◇24 埋伏 ゲリラ戦(ゲリラ・ウォーフェア)
【国境・王国側谷の出口】
【2日目 朝 固守残り2日】
部隊全員が声を殺して、鎧のこすれる音すら気を付けて森の切れ目に向けて進む。
幸いに雨が大地を叩く音に紛れる事が出来る。
森の切れ目の茂みに到達して身を屈める。
「ひっ! やめっ! がっ!」
雨の音が支配する世界で、声がする。
どこの誰がこの静寂を破ったのか、辺りを見回す。
一人の兵が宙に浮いていた。
あのレベル2が木々の間に四肢を張り、伸びた舌で兵を巻き上げていた。
下半身をかみ砕かれた兵は、体をくねらせ助けを求める声を上げる。
伏撃がばれる!
傍に控える兵が槍を投げた。
その槍は捕まった兵の胸に刺さり、苦悶の声を終えた。
俺はその兵の元に駆け寄ると肩を叩いた。
「よくやった。5人選べ、俺達が突撃したら取り返して来い」
「はい。中隊長殿」
俺はシュラーの元へ戻ると、命令を出す。
「弓、構え」
復唱が波の様に伝わっていく。
この雨の中、弓の皮と木材がふやけていずれ使えなくなる。
それに後生大事に持っていても、ここで俺達が死んだら意味がない。
「放て」
応答の代わりに、矢を射る音が波の様に伝わってくる。
前進中だった敵の弩弓部隊は、突然の横合いからの攻撃に倒れるが、直ぐに態勢を立て直してくる。
立膝を突くと、番えていた弩弓を放ってきた。
味方は地に伏せるか、木の陰に隠れるかするが、幹を貫いて弩級の矢じり(ボルト)が突き出す。
奇襲効果はあったが、敵の部隊長は倒れずに指示を出していた。
「突撃!」
降り上げた手を前に振りおろすと、剣を抜いて森から走り出た。
敵が弩弓に矢を番える中、味方の矢が敵に降り注ぐ。
そして番え終えた敵は2射目を放ってきた。
突撃している何人かが射られて倒れるが、突撃は緩めない。
挫けそうな自分の心を叱咤するように叫ぶ。
「俺に続けぇ!」
目の前には、顔を引きつらせながら3射目を番える敵が見えた。
何も考える事無く体が自然に動く。
番える動作を止めて、弩弓を頭の上に構えるが、剣を振りおろした。
弩弓で押さえきれない剣はそのまま頭蓋を砕いて、切っ先が俺の足元まで戻ってくる。
そのまま横に立つ、番え終えた弩級を腰だめに構える兵に体当たりをして態勢を崩す。
崩れた態勢で引かれた引き金は、空に向かって矢を放つ。
そのまま横殴りに胴体を切り裂く。
足は濡れた大地を踏みしめる中、切り裂かれた腹から重量物が落ちる。
それを何かは確認する必要はなかった。
次の脅威に向けて頭を巡らせた。
戦場は乱戦になっていたが、剣を持たないが故に弩弓を手放せない相手に、少人数の味方は押していた。
「注目注目!」
頭上で剣を振り回す。
剣に矢があたり弾かれるが気にしない。
俺が狙われている事など最初から知っている。
「目標! 敵の指揮官!」
剣で指し示すと、指揮官を中心に固まる一団に味方が殺到する。
俺も剣を刺突に構えると、突然視界を弩弓が埋める。
強烈に顔を殴られて、後ろによろけるとソチェニにぶつかって倒れた。
ソチェニを下敷きにして顔を上げると、敵が腰だめに弩弓を構えていた。
剣を横に振るが敵に届かない。
敵が笑みを浮かべて、俺の剣の軌道から外す為に、肩に構えなおす。
殺される!
足掻くが湿った土を長靴が掴めずに、体を動かす事が出来ない。
その敵の顔面が割れて、剣の切っ先が現れる。
剣に操られるように、円を描いて敵兵が崩れ落ちると、シュラーが立っていた。
シュラーの手を借りて起き上がる。
「助かった」
シュラーは俺の礼を聞き終わる前に、目標の一団に向かっていった。
俺が下敷きにしたソチェニが気になる振り向くと、敵の背中が見えた。
ためらいもなく、後頭部に剣を突きたてた。
敵が立っていた陰には、ソチェニが泥にまみれてもがいていた。
「シュラーと俺のリレーだな」
何が面白いのかわからないが、思わず笑みがこぼれた。
「増援だ!」
誰の警告かはわからなかった。
しかし谷の方角を見ると、雨を割って水しぶきを上げる一団が見えた。
恐らく騎馬隊だ。
雨で蹄の音が聞こえなかった。
この雨は敵にも味方するっていう事か……。
「注目注目注目!」
頭上で剣を振り回す
直ぐに近くの兵から集まって集団をつくる。
「森へ後退! 傷ついた仲間をおいていくな!」
剣を突撃発起点に向けて振り下ろす。
瞬く間に味方の兵が、森に向けて走り出す。
俺はソチェニと、傷ついて倒れた兵の両脇を抱えて森へ走る。
「ありがとうございます。中隊長殿」
「ありがとうございます貴族様」
ソチェニが励ます。
「がんばれがんばれ、森に入ったら手当をしてやるぞ」
取り残された兵がいないかどうか、周囲を確認しながら腋を抱える兵を見る。
足に弩弓を受けて両膝から下が千切れていた。
足元がぬかるんで滑り、3人とも倒れる。
顔についた泥も拭わず、体を立て直すと再び森に向かって走り出した。
「もう少しだ。もう少しだ!」
森の茂みまで約5歩という時、突然荷重がなくなる。
俺とソチェニをおいて、担いでいた兵は目の前の水たまりに倒れこむ。
「おい! おい!」
目の前の兵をゆするソチェニの両脇を掴んで引きずる。
味方の弓兵が、茂みから出て来て掩護する。
しかし雨を受けた弓はふやけて張力に勝てず、弾けて壊れるものもあった。
ソチェニは元より、兵も生きているのか死んでいるのかわからない。
敵の弩級を背に受けて倒れたものは、森から出て身を晒した弓兵によって、森に引きずり込まれていく。
無事森の中に入れた俺は、ソチェニの両脇を手放して、兵を見た。
後頭部から矢を受けた兵は、顔面をなくしていた。
もう少しだったのに……。
自分の行いが実らず、徒労感を覚えるが、それは俺だけではないだろう。
ソチェニは地面を叩いて水しぶきを上げている。
街道を見ると騎馬が通り過ぎていた。
間一髪、後退が間に合った。
敵は森にいる俺達に向けて弩弓を放ってくるが、体を隠しているだけ安全だった。
「中隊長殿。取り返してきました」
振り返ると、野生動物から仲間を救い出すように命令した兵だった。
持ち上げた左手には、人間の右脚が掴まれていた。
他はどうなった。とは聞かない。
俺はその兵の肩を叩いてねぎらってやる。
「中隊長殿の【歌うもの】が手伝ってくれました」
「ご苦労。よくやった」
俺はその兵とイルチ達に礼を言う。
戦争で死ぬのも、野生動物にやられて死ぬのも、悲惨だ。
無力感が沸き上がってくるが、無理やり抑え込む。
「シュラーはどこだ?」
当たりを見回すと、シュラーが切り取った頭を小脇に抱えて帰ってきた。
「敵の隊長を倒しました」
シュラーが頭を地面に置くとその横に座った。
息が荒い。
誇り高き騎士の戦い方も、俺の戦い方も、殺される側にとってそう大きな違いはないな……。
そう思っても口にはしなかった。
体を伏せながら這って、茂みから街道の敵を偵察する。
敵は騎馬隊を周囲に配置して、俺達を警戒している。
どうやら森の中まで追撃はしてこないようだ。
シュラーが敵の隊長を倒したからか、それとも野生動物まで敵に回すつもりがないからか。
負傷兵はそのまま集合させて、戦死者の番をさせる。
血の匂いを嗅いで、また野生動物が集まってくるのではないか。
戦えば犠牲者が出る事はわかっていたが、森の中では負傷者や戦死者を後送する事は簡単ではない。
かといって、戦える兵で守っていたのでは、目的が達せない。
モンスターの事を掴んでいなかった自分の落ち度だ。
悔やみきれない悔悟の念が前進を駆けまわる。
いつも自分が打てる手は少ししかない。
これしか方法はないと思いながらも、無知ゆえの窮地。
俺に才があれば他の方法で切り抜けられるのではないかと思う。
イルチとア・レを呼び出してクライナーへの伝令に走らせた。
クライナーの部隊も最後の抵抗線が故に、一兵も割けないだろうが、負傷者戦死者の後送を命じる。
早く増援が欲しい。
敵が谷の出口まで後退を始める。
いい傾向だ。
先頭の長槍部隊も後退を始めるだろう。
敵が谷の出口を固めてくれたら、それだけで時間が稼げる。
不意に股間が暖かくなるのを感じた。
今日一日、雨に打たれて冷えた体にとってそれは、太ももまで熱湯をかけられたかのように感じた。
失禁しているのか?
下腹部にチカラを入れて止めようとするが、熱い液体は足首まで届く。
初めて人を殺した……。
この俺が……。
足が震えて、今にも膝をつきそうになるが、足にはチカラが入る。
歯を食いしばって、ぬかるんだ地面を踏みしめる。
雨が降っていてよかった。
兵にばれる事はない。
長槍部隊が後退して来たら、もう一撃をかけるか……。
その時、雨の音を縫って、リンヴェッカーの隊が攻撃を始める音が途切れ途切れに聞こえた。
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次回 埋伏 2日目
2016年07月18日07:00公開予定
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