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異世界に来たけど義母が5人もいた上に結構ハードモードだった。  作者: 雨露口 小梅
第一章 撤退支援戦闘(ウィズドロワル・サポート・バトル)
24/212

◇21 初めての夜 刃物の少女(カトラリーガール)

 【国境・王国側谷】

 【2日目 夜 固守残り2日】


 月はその輝きを薄めて、代わりに空の闇が濃紺に色づいてきた。

 シュラーと共に即席の壁の上に立つ。


 途中で構築を止めたとはいえ、良く一晩でここまで作れたものだ。

 高さは人の3倍はあり、身を隠しながら上に立てる。


 この障害物で、どれだけの時間を稼ぐ事が出来るか。


 「クライナーの後衛部隊は森の出口で防衛線を形成」

 「コルネスティの傷病部隊は、最後の予備兵力として平原まで後退」

 「モニオムと【歌うもの(シンガー)】はコルネスティの後方……」


 俺は独り言を呟きながら、部隊の配置を再確認する。


 全てではないが、【歌うもの(シンガー)】達への約束は果たせたような気がする。

 少なくとも戦場から距離をおく事が出来た。


 「リンヴェッカー、シュール、ジアルマタは森の中に埋伏しました」


 「そうだな」


 「落ち込んでいるのですか? ご主人様マイロード

 「兵には悟られないようにしてください」


 「結論を言えば俺は命令するべきではなかった」


 「【歌うもの(シンガー)】の協力は得られました」

 「それほど気にしなくてもよいのではないかと」


 シュラーの漆黒の鎧が次第に浮かび上がってくる。


 「そう。俺はこの障害物を作るときと同じように、協力を要請すればよかったのだ」

 「俺はどこか根本で人をわかっていないのかもしれない」


 「何をいうかと思えば……」

 「人をわかっている人などいませんよ」

 「わかったという人間がいたら、そいつは嘘つきです」


 「ただ、そのわかろうとする行いを忘れなければいい」

 「ご主人様マイロードの祖父であるロストッカー・ノイシェーハウ様のお言葉です」


 「レディ=マホとモニオムは……俺の命令を拒否することで……」

 「俺が自分から手放した」

 「俺の良心を守ってくれたんだな……」


 「シュラーの慰めも心に染み入った。感謝する」


 「いえ……」


 視線を合わさないシュラーを見る。

 照れているのか、当惑している老人を見る機会はなかなかない。


 「シュラーはどうして俺が感謝すると困ったような態度をとるんだ?」


 シュラーは白い髭を震わせながら逡巡する。

 その目は苦悩に満ちていた。


 「それは……」

 「貴族は普通……感謝を述べません。身分の低いものに感謝を述べるときは……、死刑宣告と同義です」


 「俺も感謝をいう事はなかったか」


 「いえ。ご主人様マイロード

 「ご主人様マイロードだけは、よく口にされてました」


 「しかしお許しください。私のような年寄りは、身を守る習慣が染みついております」

 「感謝はきちんと受け取っております」

 「しかしながら、貴族が簡単に身分の低いものに感謝をすると、付け込まれます」

 「お気を付けを」


 「俺は無知だ」

 「それ故に、流儀が通せるし、それ故に危ない目にも遭うだろう」

 「その時は護衛隊ガーズとして助けてくれ」

 「そして俺からの感謝は慣れてくれ」


 「努力します」


 「甘い男だ……」


 いつの間にか傍に立っているソチェニが毒づく。


 俺とシュラーは視線を谷の奥へ向けた。

 篝火もその勢いを弱めている。


 戦いの時間は近い。


 「ご主人様マイマスター


 笛の音が混ざったような声がする。

 振り返ると俺についた【歌うもの(シンガー)】達が跪いていた。

 いや、一人跪かないものがいた。


 「立ってくれ。これからは跪かなくていい」


 両手で立ち上がるよう促すと、跪いていた【歌うもの(シンガー)】が立つ。

 真ん中に立つ少女はまっすぐ俺を見つめたままだった。


 「俺はアクティム・バシュリンガー」

 「自己紹介をしてくれ」


 跪いていた二人が顔を合わせる。

 やはり普通語(人間の言葉)は話していたのは、小さな女の子だった。


 「私を覚えていませんか?」


 笛の様な音に混じって、絞り出す挑戦的な細い声がする。


 「申し訳ないが初対面だと思う。【歌うもの(シンガー)】はレディ・マホとヌワしか知らない」


 少女が歩いてきて俺の脇腹に触る。


 それはまるで宝物を撫でるような慈しむような撫で方だった。


 そうか……。


 「俺の鎧にナイフを突き立てた子か」


 「謝るつもりはありません。まだご主人様マイマスターを信じられないから」


 「シュラー……。お前と同じだな」


 俺は首を回してシュラーを見る。

 シュラーはワザとらしい困り顔で肩をすくめた。


 「謝罪を要求するつもりもない」

 「俺の協力依頼に応じてくれて、君はここにいる」

 「それで十分だ。感謝する」


 少女は驚いた表情をすると顔を背けた。


 「私の名前はイルチ・ドリナ」


 顔を背けたまま、後ずさり離れた少女を見る。


 「ご主人様マイマスターの通訳と【歌うもの(シンガー)】の会話を担当します」


 上唇から上は黒、下唇から顎は白と2色の肌と髪をしている。

 鼻頭から眉を抜けて後頭部まで白いラインが走る。


 人間でいえば15か16位の子供に見える。

 レディ=マホが20を過ぎた女性として見るならばだが、【歌うもの(シンガー)】の本当の年齢はわからない。


 「……あの……」


 体の前面は茶色の肌をして、手足と背面は灰色の肌と羽毛。

 胸元にV字に黒と白のツートンのラインが走り、背中で首を回ったラインが合流して、鋭く腰まで伸びる。


 胸と下腹部に僅かな布を体に纏うだけだが、本当に人間と違う、その身に複雑な模様をまとっている。


 「マイ……マスター……」


 少女が羞恥に体を背ける。


 「ご主人様マイロード。あまり見つめるものではないかと」


 シュラーが俺の肩に手を載せて諫める。

 そして俺は自分の行いに気が付いた。


 「無遠慮な視線を向けてすまなかった」


 「いえ、【歌うもの(シンガー)】を初めて見る人は、そうしますから」


 声に含む怒りは消せないが、努めて不興を買わない様にしているのがわかる。


 「許しに感謝する」


 「申し訳ございません」


 跪くイルチの手を取って立ち上がらせる。

 自分の過ちを他人に償わせるのは、俺の主義じゃない。


 貴族の感謝は死刑宣告……か。

 ガーズですら怯えるのだから、奴隷だったならばなおさらだろう。


 「もう、誰にも跪く必要はない」

 「それで、残りの二人は?」


 素早く質問して、偽善に満ちた俺の思いをかき消した。


 「ウイチ・ジュ。森を見通す役目です」

 「そしてア・レ。ご主人様マイマスターの伝令を担います」


 「宜しく頼む」


 紹介された二人の肩を叩いた。

 これで森への埋伏によって、部隊間の連絡方法が確保された。


 「ここでの戦闘では、取りあえず協力してもらう事はない」

 「森の入り口まで離れていてくれ」


 「わかりましたご主人様マイマスター


 「お前たちにはすまないと思っている」

 「それでもお前たちの力を貸してほしい」


 イルチが一礼するとウイチとア・レを連れて森へ降りて行った。

 【歌うもの(シンガー)】が離れるのを確認して、再び谷へ向き直る。

 空を染める濃紺も次第に薄くなりはじめていた。


 壁の前には逆茂木。壕を掘る時間はなかった。

 これでどれだけ時間稼ぎが出来るだろうか。


 「半日は稼ぎたいな……」


 「随分弱気なんだな。俺に剣を向けた時の威勢はどこへ行った」


 「威勢で生き残る事は出来ない」

 「特に敵の方が強い時はな」


 「生き残る事より優先する事があるんじゃないか?」


 ソチェニが疑問を投げかけてくる。


 「俺はそれを知らない。自分の命より大切なものがあるのか?」


 「貴族の誇りだ」


 シュラーが黙って俺たちのやり取りを聞いている。


 「だまし討ちに、障害物に隠れての戦い。それに森に籠って戦うなど、男の戦いじゃない」


 「どうしろと?」


 「正々堂々と組み合って戦うべきだ」

 「そして勝利を勝ち取るのが貴族ではないのか?」


 「谷の戦いで矢を受けながら、そう主張出来る勇気を尊敬するよ」


 「俺を愚弄しているのか?」


 「言葉通りだ。俺にはない勇気だ」


 ソチェニの目をまっすぐ見る。


 「ただし貴族は俺とお前だけだ」

 「部下はみんな貴族ではない」


 「貴族の誇りで死ぬのは勝手だが、俺は嫌だし部下は巻き込ませない」

 「俺と共に立て。指揮官は俺だ。文句は言わせない」


 「お前の汚名に付き合わされる屈辱は忘れないぞ」


 「ああソチェニ。お前が生きていたらな」


 そして、最も遠い篝火が消えた。


 「敵が来たな」


 篝火が防いでいた闇が谷の奥から迫ってくる。


 「弓兵配置につけ」


 「弓兵配置に付け!」


 シュラーが怒鳴ると、慌ただしく兵達が動き始める。 


 来たぞ。

 俺達は。

 俺達は生き残る。



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 次回 初めての夜 夜明け前


 2016年07月08日07:00公開予定


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