◇20 初めての夜 忠告(アドヴァイス)
【国境・王国側谷】
【2日目 夜 固守残り2日】
「ご主人様」
「ご主人様」
肩を揺らされて気が付く。
どうやら寝てしまっていたらしい。
次第にシュールの顔が鮮明になってくる。
闇も深く赤毛は漆黒の髪に見える。
「シュール。どうした?」
シュールの顎を向ける方を見てみると、木椀が地面に落ちていた。
「あ、あぁ。すまない。少し寝てしまったようだ」
「もう少しお休みして頂きたいところですが、個人的にお話がありまして」
樹冠の切れ目から覗く月を見るとあまり変わっていない。
一瞬の夢だったのか。
手で顔を拭うと脂で手がギトつく。そしてその手は戦塵で黒く汚れていた。
「構わない。話してくれ」
「起こしますか?」
見るとソチェニが横で寝ていた。
確か先ほどまで、背に刺さった矢の治療をしていたはずだ。
俺は首を振る。
「今【歌うもの】に構築させているものですが、頼らない方が良いかと」
「それより、平野部まで続くこの森で敵を足止めする方策を考えた方が良いかと思います」
「それは何か? 俺の方針は間違っていて、夜を徹して作っている障害物は無意味で徒労という事か?」
「いえ、そうではありません」
シュールの少し棘がある言葉に、はっきりと目が覚める。
「すまなかったシュール。許してくれ。俺はまだ寝ぼけていたようだ」
少し頭痛がする。
「良い夢でしたか?」
「なんとも評価が難しいな」
「かまいませんよ。話してください」
知性を象徴するかのような秀でた額をやはり脂で光らせて、顔を寄せてきた。
「俺はここではないどこかで、朝寝坊をして朝食を目の前にしている」
「母親が作った朝食なんだが、それは酷く手抜きに見えて、ハハッ……喰う気がしなくてな」
「そんな他愛のない夢だが、今ここにいる自分とは違う世界の自分」
「……そんなつまらない夢だが、そこにはシュールはいなかったから、混乱してしまった」
「良い夢かどうかはともかく、面白いですね」
伸びてしまったのか伸ばしているのか、顎鬚を撫でてついた脂を鎧にこすりつけている。
「そうか?」
「私の知る限りご主人様の朝食は、母親が作る事はありませんし、寝坊する事もありませんからね」
「あ、でも。ひょっとしたら、母親達と冒険していた頃の思い出かもしれませんね」
母親達?
冒険?
やはり俺は記憶がない。
「なるほどな」
「確かに興味深い」
もっと俺自身の事を聞きたいが、それよりもする事がある。
「で、シュール。お前の話を続けてくれ」
「我々は平野部では相手にもなりません」
「丘と谷の戦いも終え、我々の後ろにはもう平坦な地形しかありません」
「敵は弩弓を前面に出してくるでしょう」
「それは?」
「共和国の兵は鉄の弩弓を持っています」
「皮の弩弓と違って、雨でも使えて威力が強い」
「それは盾も鎧も打ち抜きます」
「しかし今作っている障害物も意味がない……と」
「攻城兵器も持っています」
「一晩程度の応急構築では一撃で壊されるでしょう」
「壊された後は人間の壁か……」
「それももう無理かと」
「この一晩があります。恐らく長槍を繰り出してくるので、我々は防ぐことも近づくことも出来ないでしょう」
「それは?」
「身長の2倍か3倍ある槍を並べて敵の接近を防ぎます」
「それで防いでいる間に弩弓が出てくるわけか……」
「そうですね」
「弓……じゃどうにもならないか……」
「こちらが高所にいればこその武器ですね」
「俺たちの味方はこの森……しかないわけだ」
「森から攻撃して森に逃げ込んで……」
「部隊の統率が取れなくなるな……」
シュールと一緒に森を見る。
それは闇を湛え、人が立ち入ってはいけない領域。獣の住処。
未知の恐怖が広がっていた。
「俺たちの死に場所はこの森という事か」
「貴重な情報をありがとう」
その闇の中から【歌うもの】達が木材を運んでくる。
「【歌うもの】は凄いな」
「亜人……失礼しました。【歌うもの】はやはり我々とは違いますからね」
「違う特技を持っている。というべきだな」
「はい」
「シュール。お前は怖くないのか?」
「この絶望的な戦いに」
「絶望的な戦いとは思いませんよ。ご主人様がどうにかして下さいます」
「気楽に言ってくれる」
「従うものの気楽さです」
「それに私はもっと戦いたい。吟遊詩人に歌われたい」
「そう希望しています」
「ならこれは徹底してくれ」
「死ぬな。俺は死にたくない。歌はいらない。歌を望まない」
「しかし……奮戦して生き残れば、歌に歌われるんじゃないかな」
「そうですね」
「ありがとう。先が見えた。方針が決まった」
「モニオムを呼んでくれ」
「コルネスティと【歌うもの】は大休止だ」
※
俺の前に3人が並ぶ。
この3人を見ると自分のチカラの無さを痛感する。
「モニオム。レディ=マホ。ヌワ」
跪くレディ=マホの手を取って立ち上がらせる。
ヌワの舌打ちが聞こえるが気にはしない。
それは俺とレディ=マホに向けられたものだからだ。
俺がいちいち怒っていては、レディ=マホがやりづらくなる。
「命令を下す」
客として遇するといった相手を兵として使う。
命令と言ったのは自分の弱さの表明だった。
「【歌うもの】の中から、普通語(人間の言葉)が話せる者。夜目が聞く者。足が速いもの。人間に悟られなく会話が交わせるものを選び出してくれ」
「これから俺の部隊を細かく分けて森に潜ませる」
俺の言葉をレディ=マホがヌワに通訳する。
「選抜された【歌うもの】はそれぞれの班に同行して貰う」
「部隊間の連絡と敵の視察情報を同行している部隊長に教えてくれればいい」
「戦う必要はないが、【歌うもの】の動きが我々の戦いを左右する」
「そして生死を」
ヌワが金属音で何かを話す。
俺はレディ・マホに顔を向けるが困った顔をしている。
「【歌うもの】の賓客扱いは終わりというわけですか?」
モニオムが口を開く。
どこか敵意を感じさせる響きが滲んでいる。
「それはモニオムの質問か?」
「いえ、ヌワの言葉でもあります」
「【歌うもの】の言葉を知っていた。という事か」
「いえ。学びました」
「1日も経っていないが?」
「教師が優秀でしたから」
「そうか」
そういうものでもないだろうと思う。
モニオムはある種の天才なんだろう。
「すまない。俺の限界だ」
「これから生き残るにはお前たちのチカラが必要だ」
「彼らは自由民です。命令は撤回して頂けますでしょうか」
「中隊長殿に命令する権限はないと具申します」
俺の告白を即座にモニオムが否定する。
続いて金属音を響かせて、ヌワも否定する。
俺は救いを求めてレディ=マホを見た。
【歌うもの】が命令に従わなかったら、首を斬るか?
モニオムへの命令を翻した挙句、【歌うもの】への理不尽な処刑を行えば、誰もついてくるものがいなくなる。
俺は右手を握り、そしてチカラを抜いた。
まだ剣の柄までは握らない。
彼ら(シンガー)は元々王国軍の兵士ではないのだ。
しかし【歌うもの】に命令を拒否されれば、もう打つ手はなくなる。
全身に嫌な汗が噴き出す。
次の手は何かあるか?
どうする?
俺の手が震えてくるのがわかる。
どうする?
喉が渇く。
どうする?
そして、レディ=マホは首を横に振った。
レディ=マホは……。
首を……。
横に振った……。
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次回 初めての夜 刃物の少女
2016年07月05日07:00公開予定
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