◇11 亜人 歌(ソング)
【国境・共和国側平原】
最初は嫌々上る丘も、自然と勢いがついてくる。
自分に勢いをつけないと、敵と戦えない。
だから私はいつの間にか叫んで丘を登った。
弓は飛んでこない。
あの稜線を超えたら何が待っているのだろう。
今その丘を登り切った。
「後退! 予備陣地まで後退!」
見えたのは、丘を放棄して谷へ逃げ込む敵だった。
大砲や馬車を残して。
「凄い慌ててる」
「何があったんだろう」
ちょっとほっとした。
でも、直ぐに敵を追いかけて谷へ殺到する仲間の波にのまれて、私も進んだ。
心なしかみんなの叫び声も、只の声になっている。
戦わなくて済んだ安堵。そして取りあえず声を出して追わないと、今度は後ろから殺されるから。
だから取りあえずの動きを見せていて、丘の下のご主人様に伝えている感じ。
でも直ぐに谷の入り口でみんなの動きが止まった。
戦いが始まっているのかな?
みんなの叫び声も段々小さくなっていく。
そして聞こえてきたのは歌だった。
※
【国境・谷】
【1日目 昼 固守残り2日と半日】
俺とモニオム、レディ=マホと4人の【歌うもの】が立つ両脇を、如何にも慌てたように、兵たちが後ろへ駆け抜けていく。
中には本当に慌てているものもいた。
「おい若旦那! このまま俺の女を捨てたら、絶対許さないからな!」
会社の掌砲長だった。
両脇を部下に掴まれて引きずられていく。
俺は苦笑して、片手をあげた。
「ご主人様。やはり剣は持っておいた方が」
シュラーが預けた剣を俺に押し付けてくる。
「いらない。それこそがこの作戦の成否を握る」
「俺が死んだら、谷を抜けたところまで後退」
「そこで指揮を執ってくれ」
「そういう話は聞けませんな」
シュラーも谷が曲がって姿を隠せるところまで後退する。
丘の上から見えるのは、無防備な俺達だけだった。
間髪入れずに共和国の奴隷兵が殺到してくる。
そして俺と5人の【歌うもの】を見て止まった。
いぶかしげに俺達を見ている。
俺はレディ=マホに頷くと歩き始めた。
レディ=マホの歌が始まる。
それは人間の歌とは違い、短節の金属音の様な高音がリズムとなって響く。
歌というより、声を奏でているような音楽。
そう。”俺の知っている”鳥の歌。
歌いながらレディ=マホは俺の後を歩き始めた。
そして4人の【歌うもの】も声を奏で始める。
5人の【歌うもの】の声は、重なり合い、高低が絡み合い。リズムが同調し、ずれてまた同調する。
その声が谷に反響し頭上から、音の雪が降ってくるようだった。
俺は【歌うもの】の群れ前に到達するが歩みを止めない。
【歌うもの】の群れは真ん中から割れて、俺に道を空ける。
鎧の隙間から脇腹へナイフが刺さる。
俺がその少女のような【歌うもの】を見ると、ナイフを放して後ずさる。
更に進むとさっきの少女に顔を斬りつけられるが、ナイフを持つ腕を掴むと、相手はナイフを落とした。
ナイフは俺の鎧で止まって刺さってはいない。
俺の顔にもナイフの刃は届かなかった。
それ位幼く見える【歌うもの】が奴隷兵士としていたのだ。
俺たちは【歌うもの】の群れの中で止まった。
レディ=マホを始め、【歌うもの】はまだ歌を奏でている。
※
何が起きてるのだろう。
つま先立ちで立つが、前の雄達の陰で何が起きているのか全然わからない。
突然。目の前の雄が退くと、現れたのは敵の人間だった。
じっと私達を見ている。
その後ろには亜人が従って、歌を唄っていた。
卵の歌だ……。
敵は武器も持っていなかった。
でもその自信にあふれた姿が恐ろしくて、思わず脇腹にナイフを突き立ててしまった。
殺される!
しかしその人間は私を見るだけで何もしなかった。
だから思い切って鎧に守られていない顔を指そうとした。
……届かなかった……。
その人間は気にする様子もなく立っている。
私……何をしてるんだろ……。
お腹……減ったな……。
見ると敵に従っている亜人が歌をやめていた。
私たちは【亜人】ではなく【歌うもの】】だと。
敵の人間は私たちを自由人として【歌うもの】と名付けてくれた。
武器を捨ててここから離れよう。
私たちについてきて。
信じられなかった。
この亜人は奴隷じゃなくて自由人なの?
騙されているのではないか。
そう思った。
私たちは騙されて売られていく。
そう思った。
今までいい事なんてなかったけれど、苦しみながら死ぬのも嫌。
でも騙されて、またつらい目に合うのも嫌。
思わず私はナイフを拾い上げて、突き立てた。
その男は黙ったまま、何もせずに立っていた。
ナイフは鎧に妨げられて弾かれた。
それでも男は何もせずに立っていた。
死にたいの?
再び呼びかけた亜人が歌いだした。
懐かしい懐かしい卵の歌。
卵の中でお母さんが歌ってくれた唄。
思えばその時が一番幸せだったかもしれない。
少し懐かしくて、少し涙が出た。
※
レディ=マホは何を話しているのかわからなかった。
しかしその言葉を聞いて、再び目の前の少女が俺にナイフを突き立ててきた。
俺を殺して主人に褒めてもらうのか?
俺を殺して自由人になるのか?
わからない。
俺に出来る事は黙って、レディ=マホを信じる事だった。
そして、目の前の少女が歌い始めた。
目に涙を浮かべて。
それは次第に広がっていき、谷から降る音は積もって歌になり、谷を埋めた。
目を閉じれば満点の星空が奏でる音の様でもあり、雲が流れる音の様でもあり、水が天に昇っていく音の様でもあった。
もっと聞いていたいが、時間がない。
俺はモニオムに合図を出すと、モニオムが更に合図を送る。
会社の連中が、谷の壁沿いに【歌うもの】をよけて、丘へ駆け抜けていく。
【歌うもの】が歌を止めてざわつく。
俺もその少女を脇にどけて、丘に向かって歩き始める。
※
やっぱり私たちは騙された。
口をつぐんで歌をやめた。
何度騙されれば済むのだろう。
それは私たちが亜人だから?
囲まれて殺される。
その時はこの男も……。
でもナイフは落としてしまっていた。
人間に従う亜人が再び口を開いた。
彼らは武器を持っていない。
私達の元ご主人様を倒しに行く。
これから武器を持っている人間も通る。
彼らも私たちの元ご主人様を倒しに行く。
もう私たちの主人は私達。
私たちは亜人ではなく【歌うもの】
剣と槍を持った人間が壁沿いを駆け抜けていく。
自然と後ろから押されて私は前に出る。
もう後ろまで囲まれたのか。
丘の方から恐怖が波のように伝わってくる。
どんどん押されて、どんどん前に出る。
酷い。
卵の歌で、私たちを浸らせてから殺すなんて。
絶対に目の前の人間を殺してやる。
とっさに落ちているナイフを再び拾って握りしめた。
恐怖からか、後ろの亜人たちが争って谷の奥に進む。
ナイフを掴んで地面に跪いたままの私は、このパニックに巻き込まれた。
その時、殺戮を告げる大砲の音が丘からした。
思わず座り込む。
他の亜人達も言葉を失い、動きを止めた。
「お腹すいたな……」
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次回 亜人 殺戮
2016年06月07日07:00公開予定
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