◇10 亜人 亜人(デミ・ヒューマン)
【国境・王国側丘】
【1日目 昼 固守残り2日と半日】
「中隊長殿。モニオム到着しました」
突然後ろから声をかけられる。
「おおう!」
「モニオム。いつの間に」
これで2度目だ。
いつの間にか傍に来ている。
モニオムが敵になったらと思うと背筋が凍る。
「賓客も……一緒か」
「ついてきてくれ」
「はい。中隊長殿」
俺は、モニオムと賓客5人を連れ立って、陣を見回る。
先の戦闘では、壕の中で怯えていた部隊も肚が決まったように見える。
リンヴェッカーがうまくまとめたのか、戦闘を経験して諦めたのか……。
それとも俺の目が節穴だったか……。
「亜人の事を教えてくれ」
「質問が漠然としています。問いを絞って頂きますか? 中隊長殿」
「……そうだな。王国の言葉を話せる亜人はいるか?」
「レディ=マホ。中隊長殿が貴方たち亜人に聞きたいことがあるそうです」
「彼女は王国の辺境で育ちました」
モニオムが振り返って、一人の亜人を呼ぶ。
その亜人は前に出ると跪いた。
「ご主人様。何なりと用件を」
声には金属音の様な高音が所々混じる。
”俺が知っている”鳥の声が混じる。
”俺の知らない”この世界の鳥の声ではない。
「ご主人様? これはどういう事か?」
俺はモニオムに聞く。
「共和国軍の所有からマリーエンロッゲン閣下の所有になり、更に中隊長殿の所有に変わったと、レディ=マホは解釈しております」
「俺は賓客として扱えと命令しなかったか?」
「はい。中隊長殿……。ですが……」
その亜人は跪いたまま、口を開く。
「申し訳ございません。ご主人様。口答えをどうかお許しください」
「私共は誰かの所有になる事しかしりません」
「モニオム様にはお咎めがございませんよう。お叱りは私共にお願いいたします」
改めて俺はその亜人を見る。
頭髪は中心部が黒く、それ以外は黄色をしており、背は茶色の羽毛で覆われていた。
姿こそ違えども、そこには1個の知性があった。
知性を持つ者を、姿姿が違うだけで奴隷にするのか。
ひょっとしたらこの世界は、人間すらも奴隷にするのかもしれない。
「なるほどわかった。モニオム。すまなかった」」
「端的に聞く。俺は共和国の亜人達と戦いたくない」
「主人の命令より優先する事はあるか?」
「…………」
跪いたレディ=マホはうつむいたまま黙っている。
「中隊長殿。宜しければ」
「構わないモニオム。なんでも教えてくれ」
「その問いは愚問です。素直に答えれば主人にそれを利用されます」
「…………。そうだな」
「好きで奴隷になっている訳じゃないもんな」
「答えによっては殺されます」
「答えないことが答えです。あるのでしょう。しかし死を覚悟して黙っているのです」
「仲間の為に……」
「黙っていることを咎めて吊るしますか?」
俺はモニオムに叱られていた。
俺は奴隷というものを根本から誤解していた。
「すまなかった。レディ=マホ。モニオム。無知な俺を許してほしい」
跪いているレディ=マホの手を取って立たせる。
顔を上げるレディ=マホの目の目の周囲は、眉間から頭の後ろまで墨を流したように黒かった。
その黒い模様の中に、全て漆黒の目があった。
「俺は焦っていた」
「俺は共和国の奴隷兵を殺したくない。そして戦わず無力化したい」
「俺自身が生きるために。部下たちを死なせないために」
レディ=マホがまっすぐ俺を見つめている。
本当に奴隷なのか?
目に宿る知性は力強いものを感じた。
「しかし俺は、お前達を根本から理解していない」
「だから端的に聞く。あの奴隷兵への命令をより強いもので打ち消したい」
「そしてこの戦場から遠く離れてほしい」
「奴隷ではなく、自由人として」
「レディ=マホのように元の主人から奪い取るか。亜人に反乱を促すかのいずれかになるかと思いますが」
モニオムがまとめてくれる。
「確かにそうだ。しかし奪い取るには奴隷兵を殺さなければならない」
「反乱……になるが、それは俺達の為に戦えという訳ではないんだ」
「ただこの戦場から離れてほしい」
「すなわち、レディ=マホのように、投降を促して全員賓客にすると?」
「それも1つの選択肢だ」
じっと黙っていたレディ=マホが黒い上唇と黄色い下唇を開く。
「私たちは季節が巡ると恋をし、子供を生みます」
「亜人の種によって、恋の季節は変わりますが、亜人の中に共通する思いがあります」
砲撃が続く中、レディ=マホが語り始める。
敵の攻撃が近い。はやる気持ちを押さえつけて黙って聞く。
「それは卵。卵の中。殻に囲まれ、母もしくは父に抱かれて、2度目の誕生を待つ」
「とても温かくて懐かしく、安全な場所」
「それは全ての亜人が持つ共通の慰めです」
レディ=マホが手を下腹部の前で組む。
卵が宿される場所だろうか。
人間と同じなのだろうか。
人間だったら子宮のある位置だ。
「亜人毎に求愛の歌は異なりますが、その慰めの歌は1つです」
「その歌を唄って、届けば……」
「投降を促せるかもしれません」
「この戦場から逃げる歌はないのか?」
「ありません」
「そうか……届けば……か」
「俺達が敵ではないように見えないと意味ないな……」
「なあ。お前たちは自分で自分たちの事を亜人って呼んでいるのか?」
「はい」
レディ=マホが再び跪こうとするのを手で止める。
「亜人って、人間がいて、それに似たものっていう事だろ?」
「亜人以外の呼び名はないのか?」
「あったかもしれませんが知りません。生まれてからずっと亜人です」
「なんかそれ嫌だな?」
「…………」
「…………」
レディ=マホとモニオムが困った顔をして俺を見る。
俺が何を言いたいのか、図りかねているようだ。
「お前たちは俺の捕虜でもなく奴隷でもない。人間の亜種でもない」
「…………」
「歌を唄うんだよな」
「ならお前たちの事は【歌うもの】でどうだ?」
「恋の歌を素直に歌えたらいいよな」
「恋の歌だけじゃなくて、喜びの歌も全部」
レディ=マホが再び跪く。
「ご主人様。は私の鎖を取り払ってくださいました」
「私は全てをかけてあなたの為に歌を唄います」
「どうか、【歌うもの】をお救いください」
「救われたものは、皆ご主人様に歌を捧げる事でしょう」
「そうか……」
どこまで信じていいかわからない。
しかし、チカラを借りられるものから借りないと、俺たち自身、生き残る事も出来ない。
方針は定まった。
レディ=マホに賭けるのは、全員の命だ。
※
【国境・共和国側平原】
「我らは栄ある共和国軍の先鋒だ!」
「愚かにも我が祖国を踏みにじった、王国の貴族共に鉄槌を下す最初の1撃なのだ!」
「歴史上初めて手にした人民のチカラ。自由市民のチカラを見せてやれ!」
「一部の特権階級が幸福を独占するのではなく、全ての人民が幸せを噛みしめる」
「そのための戦いだ!」
「共和国人民よ! 勝ち取れ! 革命のように自由を!」
「連隊! 前へ!」
奴隷兵は槍を背に、血濡れの丘に向かって突撃を始めた。
盾もなく、大剣もなく、小さなナイフを胸に。
----------------------------------------------------------------
次回 亜人 歌
2016年06月3日15:00公開予定
----------------------------------------------------------------




