第8話 残された日記
テオボルドは猫系のモンスターを彷彿させる全身をバネにした跳躍で、ロシュフォールの車輪めいた縦回転の斬撃を、斜め横に躍り出てかわす。
両手が草地につくや否や、逆立ちの体勢のまま、側を通りかかった車輪の軸……ロシュフォールの頭を蹴る。
テオボルドが斧を構え、立ち直した時、ロシュフォールは冷や汗をかきながら、やや遅れて起き上がっていた。
「ただ避けるだけでなく、この開発途中の……」
「つべこべ言わずさっさとこい! 悔しければ試行錯誤の回数を増やせ!」
「今回に関してはそこの余所者の言うとおりだ、ロシュフォール! 貴様は多弁過ぎるのだ!」
これについては、事実上の味方でもあるモランもブチギレた。
「あーもう、御託を並べるのも、某の特技でございますのに、その浪漫がわからないとは」
ぶつくさと言いつつも、ロシュフォールは次の攻撃に入った。
左右それぞれの腕を回し、剣を絶え間なく回して振るいながら突進。それはまるで荒馬で引いた戦車のような凄まじい迫力を帯びていた。
「どうだ、これなら避けられまい……いや、避けさせまいですよォ!」
相変わらず勢い任せのようだが、テオボルドにとっては、非常にかわしづらく見えた。
先程の車輪攻撃と比べて小回りが利き、自分の足で立って動いているためだ。
剣の回転角度もある程度は調節可能であるため、前面にはほぼ隙がない。背後ならなんとかなるかも知れないが、ロシュフォールが背を見せるはずもない。
そうした制約に次ぐ制約が、かえってテオボルドに逆転の術を手繰り寄せた。
「あの清濁併せ呑む奇っ怪な敵を倒すには、オレもそれ相応の変化を受け入れないとならない……」
テオボルドは前傾姿勢になって低く構えて、
「【グラスカッター】!」
斧を横に構えて突進する。
ロシュフォールの双剣の筋は足元にも通っている。
このまま正面衝突すれば、よくて相殺、悪くてズタズタに切り裂かれる。というのが、テオボルドの見立てであった。
そう、このまま正面衝突すれば……
ロシュフォールの剣が届く距離から、わずか五歩ほどの距離で、テオボルドは斧を地面へ捨てた。
ただし歩みは止めない。そのままテオボルドは、斧の頭の側面を踏みつけた。
すると斧の裏から爆発が起こる。斧を落とす先へ、加圧ぼっくりを放って仕込んでいたのだ。
テオボルドはタイミングを合わせてジャンプし、爆風の威力を加速へと変換して、ロシュフォールめがけ一気に飛び出す。
「!?」
足元から爆炎を浴びる可能性もあったこの捨て身の行動により、ロシュフォールは驚き、双剣の回転速度を少し緩めてしまう。
そうして空いた、左右の剣と剣が過ぎる間の空間に、テオボルドはダイブして、ロシュフォールの顎に片膝を突き刺した。
後方から回って降ってきた自分の斧を、テオボルドは振り向かずにキャッチする。
まだ油断はできない。ロシュフォールのホムンクルスの耐久力と戦意は、合計三発入れたくらいでは沈まない。
あともう少し、ロシュフォールから降参を取るために、相手の出方をうかがい続けなければならない。
「いやあお見事お見事、またしても某の予想を越えて参りましたね……ですが、お次はどうかなでしょうか!」
ロシュフォールは地面を踏みしめ、テオボルドとの一束一刀の間合いへ入る。
そこでロシュフォールは、双剣を道化師のジャグリングのように投げて回し、不規則な斬撃を繰り出した。
「キキキッ! これはいいデータが取れそうですね!」
「……状況に依るだろ。って言えばおしまいかもしれないが……お前が積み上げてきたデータには無かったのか? 『大事な武器を考えなしに投げ捨てるな』と」
七、八回、ロシュフォールの斬撃を読んだテオボルドは、意を決して斧を一度振るう。
まず曲剣が、テオボルドの足元脇に突き刺さる。次にテオボルドは、片手をタイミングよく伸ばし、直剣の柄をしかと掴んだ。
地面に刺さった曲剣をかばうように、直剣と斧を構えて、身動きできないロシュフォールへ言った。
「ところでお前、素手ではやれるのか?」
ロシュフォールは口をつぐむ。伊達メガネの奥にあるまぶたが、ありえない頻度で開閉されていた。
やがてロシュフォールはその場で両膝を突き、
「ございませんであります……これにて、今回のデータ収集はここまで」
テオボルドは、ジェスチャーとして胸をなでおろす。
「……よかった。お前との勝負は危なっかしくてしょうがない」
「流石っスねー! テオボルドさん!」
遠くで一連の決着を見守っていたブルータルゴリラは、両拳を握りしめ、目をキラキラさせていた。
「……まあ、ロシュフォールが落ちてよかった。そうだ、元はと言えばそちらが本来の目的か」
対するモランは嬉しさと悲しさの入り混じった神妙な面持ちで、ぶつくさと何か言っている。
*
崖の下に広がる海が赤みを帯び始めた頃。
テオボルドは、モラン軍やブルータルゴリラたちと一緒に、ロシュフォールの邸宅へと案内された。
パーティーから追放される前日に行った市長の家のように、抑えるところは抑えた豪華な作りではあった。
……のだが、いたるところに怪しい実験器具が置かれてあったり、せわしなくアシスタントのドール型モンスターが動き回っていたりと、テオボルドたちの期待を裏切らなかった。
一同が対話場所に選んだ来客席とおぼしき部屋も、さも貴族のインテリアのように、制作途中のゴーレムが鎮座しており、まずこの存在を無視することに体力を使わされる。
細かい話だが、見上げるほど本棚だけがキッチリ整頓されているのも、一同の神経を軽く逆撫でしてきた。
「それで、モラン様。卿はいかなる理由でテオボルド様と共闘することになったのです?」
「……始めに言っておく。テオボルドは特別顧問だ、立場には上下差があることをゆめゆめ忘れるな」
「は、はあ……」
(こちらから譲歩したと言えど、強調されるたびにムっとするな、やっぱ……)
ここからモランが、テオボルドと出会ってから、彼を特別顧問に置いたこと、彼とともに島の平定を進めていることを、自分のプライドが許せる範囲でロシュフォールに伝えた。
「……というわけだ」
「なるほど、実にモラン様らしい合理性と、テオボルド様らしい大胆な計画でありますな」
「そんで、どうするんだロシュフォール。オレたちと組むのか組まないのか、どっちだ?」
「なんだかんだ我と長い付き合いだから、わかっているとは思うが、組まないというのなら、こちらにはそれ相応の報いがあるからな」
「んもう、いちいち物騒なのですよモラン様は。
こっちは二つ返事で言いたかったですのに……いいでありますよ、御二方とも」
これこその二つ返事に、一同はそれ相応に驚く。
なかでもブルータルゴリラのリアクションは格別。木箱に座ったままの体勢から、自分の身の丈分飛び上がった。
「おお、すんなり言いましたなあ、ロシュフォールさん!?」
「ええ、この四者鼎立の状況には某もマンネリを感じておりましてですね。新しいデータがないのですよ。だからこそ……」
ロシュフォールは、シングルソファに座るテオボルドへ向いて、ニンマリ微笑む。
「貴方が起こしてくれるだろう新風に、快くついて行きましょう……!」
ここでモランが、位置が悪ければ天井を貫けそうな勢いで挙手する。
「ちなみにだが、当面の間、貴様はテオボルドを介してのモラン軍との同盟という形で動いてもらう。勝手にテオボルド個人に従属するのは許さん!」
「つくづく細かいなあ、モラン……」
「はいはい、そうさせていただきますよ。貴方みたいな凝り固まった頭脳に従いたくもないですからねッ!」
形こそ歪ではあるが、テオボルドはモランとロシュフォール、二領主を味方に引き込むことに成功した。
「しかしまあ……いつ見ても圧倒されるな、これは……」
話が一通りまとまり、あとは解散するだけの空気になったとき、モランはふと、部屋にある本棚へ向かってつぶやいた。
合わせてテオボルドも、それを見上げて、
「王国の図書館には量で劣るが、質は相当だな。背表紙だけ見ても頭が痛くなりそうな専門書ばかりだ……」
「俺はもうめまいがしてますわ〜……」
ブルータルゴリラが、木箱から転げ落ちたのを尻目に、テオボルドはロシュフォールに尋ねる。
「これか、さっきの戦闘中に言ってた本ってのは? よくこんなに集めたな?」
「はい、左様でございます。まあ、厳密に言うと、某が集めたのではありませんが……?」
「そういう匂わせる発言をしたのだから、その説明をする責任があるぞ、ロシュフォール」
「卿は人の欠点を全て洗わないと気がすまないのですか? あんな小汚い家とも言えない家に住んでるのに……
わかりましたよ。友好の証にお聞かせ致しましょう。
この蔵書……というより、この屋敷全体は、某の前に誰か所有者がいたのです」
「ほう」
テオボルドは最低限の相槌を打っておく。
来てすぐに、この屋敷全体が、明らかにロシュフォールの研究者気質に合っていないと感じていた。意外性がなかったのだ。
「どうやらその所有者は某たちがこの島で躍進を遂げる前に、島から去っているようでして……某がそのまま占拠させていただいたというわけでございます。許可はないですが、文句も言われませんので。
地下室にズラリと並んだ実験器具も、そのまま拝借しております」
「ツいていたな、ロシュフォールよ。こんな地の利の少ない区画を選んだと斥候より聞いたときはしくじってくれたと、嘲笑っていたがな」
「……で、ロシュフォール。何で自分たちが出てくる前に、島からいなくなった前の所有者を知っているんだ? というより、何でいなくなったってわかるんだ?」
「それはでございますとね……」
ロシュフォールは、軽やかに跳躍し、本棚の一番左上にある本を取って戻った。
「こちらの日記から推察したものです。
記述のある最後の日と、某がここを拝領した日時に大幅なズレがありましてですね。そのページには『ここを去る』という旨の記述はなかったため、その理由はわかりませんが」
ロシュフォールは説明を終えたあとも、その日記を感慨深そうに、ペラペラめくる。
「人の隠し事みたいなの知れるのは楽しいのかもしれないけどよ……ずいぶんとその日記に食いついてるな、ロシュフォール」
「まあね。ちょうど、これを見て、テオボルド様にお教えしたこともありまして……」
「オレに教えたいこと? 人様の日記に関連して?」
「はあい」
ロシュフォールは日記を閉じ、大してズレてもいないメガネの位置を正してから、
「テオボルド様。卿は某たちの能力盤を見通す力があると、察しておりますが……その中の【種族:ホムンクルス】という記述に興味がございますでありましょうか?」
「ああ、あるよ! 生まれてこの方初めて聞いた言葉だからよ!」
ブルータルゴリラもこっそり言う。
「あ、俺も聞きたいです。なんか人間なのか魔物なのかよくわからなくて、うっすら悩んでたんで」
「そうですか。まあ、期待しているほどの情報は某の口から言えるかわかりませんがね……
種族:ホムンクルス――それは、人間・魔物問わず、様々な生きものの特徴を良いとこ取りして創造された、『全く新しい種族の人間』でございます」
この情報に大して、テオボルドは……驚けばいいのか分からず、ただ口を結ぶ。
逆に納得している部分すらも生じていたのもあっての、微妙な反応だった。
「何だと!? 我々は人間の手に作られた人間だと!?」
「ろ、ロシュフォール様の手下みたいな感じで生み出されていたのです!?」
モランとブルータルゴリラは身を乗り出して驚いていた。
ロシュフォールが期待していた反応は、後者のようだが、そちらにはあまり触れずに、テオボルド中心に向けて話を続ける。
「種族的な特徴としては、『超人的な運動能力を持つこと』、『肉体を半永久的に再生・維持可能であること』、『スキル・魔力を持たないこと』、それから『特殊な能力を有すること』です。
某の場合は、『高い頭脳』でございましょう。 モラン様は、『周囲の空気の圧縮』。空気を凝縮して塊を作り、弾として射出するのです。すぐに作って撃ってもそれなりの脅威ですが、圧縮すればするほど、威力が増し、長距離に飛ぶようになります」
「勝手に我が戦闘技術の秘密をバラすな! ロシュフォール!」
「あと、あの杖の構えに特に意味はありません。心理的な優位性はあるかもしれませんですが」
「へえ、それは耳寄り情報だな……」
そしてロシュフォールは、このホムンクルスにまつわる最大の謎について言及する。
「なお、この日記を読んでも、『誰が何のために某たちを創ったのか』はわかりませんでした。この屋敷の主が、何か言われてやったみたいなことを書き残してくれませんでしたからねぇ。
……どうせなら、製造方法も残してくれれば、某も嬉しかったのですが」
「……」
「……」
「……」
テオボルド、モラン、ブルータルゴリラは、そのアクなき探究心に絶句せざるを得なかった。
「さて、脱線のほうが長くなった気がしなくもないですが……今日のところはひとまずこれでいいでしょう。
ではまた後日会いましょう。
また何か聞きたいことがあれば、遠慮なくどうぞ、テオボルド様」
「言っておくが、奴を介して我の内情を探るなよ、テオボルド顧問」
「はいはい、わかってますとも……」
「お邪魔しましたー、ロシュフォールさーん」
モラン軍は、玄関先までロシュフォールに見送られて、この屋敷を後にする。
すると、左門柱に、黄色のオウムがいた。
このモンスターは伝令オウムといい、体色によって取り扱う情報の重要度が示されている。
この色が運ぶのは、モラン軍にとって重要度・緊急性ともに高い情報である。
『伝令! 対ベルゼブブ境界で兵力集中の動きあり!』
「ほう、これはグッドタイミングでありますなあ!」
「どこがだ、ロシュフォールよ! 総司令が本拠地に不在なのだぞ!?」
「次から次に戦闘……ってか」
背後で照る夕日が、警告の篝火のように赤く燃えている。
【完】




