第7話 vs研鑽のホムンクルス、ロシュフォール
ロシュフォールの交差させた剣に対して、両手のパワーを重ねて手斧を押し込むテオボルド。
そのガードは、釘や縄などで固定されているかのように、ビクともしない。
(やっぱ【ホムンクルス】に力押しはダメだ)
振りかざした斧を持ち上げるとともに、後方へ跳んで間合いを保つ。
近接物理特化の相手には、一方的に遠距離で押し込む。
(そんなありきたりな戦法が通用するとは思えないが……)
「【ストロングアロー】!」
短弓を縦に構えて、魔力を込めた矢を射る。
一筋の光となって矢はロシュフォールへと跳んでいき、相手の手前で斬り捨てられた。
まだやれるでしょう? と、言わんばかりにニヤけ顔を見せつけられ、テオボルドは半分それに乗る。
「【ストロングアロー】、五本まとめて行け!」
テオボルドのスキルを用いた矢は、最良の当たり方をすれば、石造りの壁すら撃ち抜くレベルの威力かつ速度を持つ。
「あほい、ほい、ほほいの、ほいィッ!」
それをロシュフォールは、白衣を花弁のように広げて舞うように……否、剣舞のついでのように、ことごとく落としてしまった。
「だったらこれなら……!」
テオボルドはカバンから、木の実を一つ取り出して投げた。
燻煙クルミ。殻が割れると煙幕を巻き起こす。
直接攻撃になるものでもよかったが、逆利用されるのも怖いので、無難にこれをチョイスした。
間もなく、安全策をとった自分をテオボルドはわずかに褒めた。
そのクルミは、ロシュフォールが腕とともに平行に伸ばした双剣の間に挟み取られたのである。
かつてのパーティーメンバー、ナリトモの故郷で用いられていた『箸』なる食器のような防御作法であった。
「なっ、硬い地面なら落としただけでも煙が漏れ出す代物だってのに……!」
「ええ、絶妙な力加減でキャッチいたしました……これで某の剣技がつまらない教養止まりではないことは、おわかりいただけましたでございますでしょうか?」
「……話の終わりがくどいな!」
泣きの一回。テオボルドは短弓に素早く矢をかけて、弦を放す。
ロシュフォールは咄嗟にクルミを背後に投げ捨て、戻りの一振りで矢を両断した。それも、矢柄を縦真っ二つにして。
二つに矢が増えた錯覚に、テオボルドが硬直する間に、
「では某のターンと参りましょうよです!」
ロシュフォールが己が得意とする一束一刀の間隔をテオボルドに押し付けた途端に、彼の連撃が始まった。
ついこの間までは勇者パーティーにいた身として、テオボルドは剣士に対する備えは万全にしてあるつもりだった。目の前にいるこのメガネはそこに『つもり』と表現を訂正せざるを得ない存在だ。
かつての仲間にも刀剣類を使う人物は、勇者オリヴァーと忍者ナリトモがいた。
前者はいざという時に、空いた片手で物を掴み、救うべきものを救うため。後者はテオボルドと同様、アイテムの使用頻度が高いので、二刀流は習得していなかった。
このロシュフォールという剣士は、勇者に憧れる子供から見習い兵が、とりあえず二本あったほうが強いだろう。という、安い考えで二刀流で構えていない。れっきとした技術として極まっていた。
突きと払いを巧みに使い分け、護身の術を狭め続ける怒涛の攻撃。それをホムンクルスの特性らしい無尽蔵のスタミナで永続的に仕掛けてくる。
里の狩人時代にも、勇者時代にも、時には険しい地帯にまで足を運ぶことがあったテオボルド。
それで鍛えられた持久力でどうにか致命傷を避けてしのげているが、防戦一方、ジリ貧である。
(右手は直剣、左手は曲剣……冷静に見ると形状の違う剣を同時に扱ってるのもヤバいぞコイツ……)
それでもお得意の分析は忘れない。相変わらず能力盤があってないようなものなので、自分の目と知識で手繰り寄せるしかないが。
「ムムム……鳴り物入りで来たわりには、歯ごたえのない相手ですな……」
「へん! 調子に乗ってられるのも今のうちだ!」
「調子に乗ってるのはどちらでございましょうか!? 某の剣技の真髄は、まだ全て明かしておりませんというのに!?」
「いらんわそんなもん!」
テオボルドは一瞬の隙をついて、前蹴りを放つ。
右手の剣に遮られ、直接ダメージにはならなかったが、ロシュフォールを引き剥がすことに成功した。
だが、それでロシュフォール側も利益を得ていた。
左手に持っていた曲剣を右腰の鞘に納めて、右足を出して前のめりながら姿勢を低くして構えている。
あの構えには既視感しかなかった。
『ナリトモ。お前時々剣を抜かずに敵に突っ込むことがあるだろ? あれは、なんだ?』
『居合だ。鞘に納まった刀を抜き去るときの加速を利用して、相手に強烈な一撃を見舞う技術だ。繰り出す瞬間が読み難く、奇襲に向く』
(ナリトモのあの技だ! よく知ってやがるな、国交が結ばれてから数年も立っていない国の技を……!)
テオボルドは脇を締めて斧を構え、ロシュフォールの抜刀を待つ。
するとあちらは、低姿勢のまま左足を電撃的に踏み込む。
刹那、テオボルドは背中がくの字に曲がるほど、腹部に強烈な衝撃を受ける。
ロシュフォールが、右腰に提げた鞘を持ち、曲剣が納められたまま、突き出して、その柄頭をテオボルドのみぞおちに打ち込んだのである。
さらにロシュフォールが、右手の直剣を側面から振りつける。
二連撃を受けては趨勢が危うい。テオボルドは歯を食いしばり、どうにか斧を左半身をかばうように構え直す。
するとロシュフォールが、振っていた直剣を手放した。
空中で半回転したそれを、ロシュフォールは剣先手前を改めて掴み、スイングを再開。
直剣の十字に伸びる鍔がツルハシのように、斧の刃を避け、テオボルドに命中。
左肩をツルハシで殴られたように傷つけられ、彼は歯を見せながらよろめいた。
「な、なんちゅう奇抜な小技使いだ……」
「無礼千万! これは資料に基づく理論的な剣技の一部でありまするぞ!」
「じゃあお前が読んでるらしい資料が奇妙奇天烈ってことでいいか!?」
「まあ、そういう認識でも構わないでしょうよ……それもまた、このロシュフォールが、古今東西の剣術指南書をかき集め、それら全てを印字が掠れて消える寸前まで読み返したことによる、膨大なデータにより大成したこの我流剣術の一部でございますからねェッ!」
「して、その流派の名前は?」
「『ロシュフォール流剣術』以外に何を付けろというのですのでしょうか?」
「……だろうな」
「わかればよろしい」
ロシュフォールの猛攻が再び迫る。
さっきとは違って左肩の負傷があり、完全な形での防御ができない。
「ハイハイハイハイィ〜ッ! このまま押し切ってしまいましょうぞーッ!」
ここまで数百にも及ぶ打ち合いをして、テオボルドはようやく掴めてきた。
ロシュフォールの剣の届く距離……彼の得意領域を突破することはできない。
聞いたことのない島だの、ホムンクルスだのとで、すっかり基礎を怠ってしまった。
毒蛇の毒を自己免疫で無力化した上で殺すのではなく、毒蛇の牙がブッ刺さる前に毒蛇を殺す。それが原義の狩人の仕事だ。
(得意分野の重ね合いといこうじゃんかよ……)
テオボルドは、ロシュフォールの突きを斧で真正面から受け止める。その反動で自分を後方へ押して、間合いを確保した。
たたら踏みを両足で踏ん張って鎮め、テオボルドは再び弓を構えた。
「【ストロングアロー】!」
一の矢はやはり斬られた。
「加えて五発の【ストロングアロー】!」
二から六の矢もまた落とされた。それもロシュフォールの剣舞を交えた接近の過程で。
あと三秒後にロシュフォールの間合いが来る。
テオボルドはカバンから松ぼっくりを取り出して、右手を振りかぶり、豪速を乗せてロシュフォールへ投げる。
(あの木の実は【加圧ぼっくり】……衝撃を加えれば爆発するタイプのアイテムでしょう。迂闊に触らないようにしなくては……)
ロシュフォールはあの箸めいたキャッチもせず、身体を反らせる。
その瞬間、テオボルドが、七本目の矢を弓にかけた。
(アレをぶつけて起爆する気でございますかな!?)
ロシュフォールは身体のバネを用いて、常人にはどういう理屈で体勢を維持しているのかわからないようなひねりを利かし、テオボルドの前で、剣の残像による真円を描く。
テオボルドの矢はその円に引っかかり、真っ二つに斬れて落ちた。
直後、テオボルドは回転斬りを終えた直後のロシュフォールを間近に捉え、斧で袈裟に斬りつける。
さらに落ちてきた加圧ぼっくりを自ら掴み、ロシュフォールへ押し付ける。
テオボルドが十歩ほどの距離のバックジャンプを果たした刹那、ロシュフォールは爆炎に飲まれた。
「矢で加圧ぼっくりをいきなり爆発させてやろうってのが、最終的なゴールだったが、そこにも対応してくるとはぶったまげた。
軌道修正がうまく行ってよかった……なんか締まんねえな」
案の定、ロシュフォールは特段弱った様子はなく、軽々と立ち上がって見せた。HPは三割減っている。やはりホムンクルスの不屈性はおぞましい。
「クククッ……カカカカカァーッ! これは一本取られましたァ! かような奇計に次ぐ奇計を繰り出すとは……卿はよーやあっとも遊びをやめる気になりましたですかァ!?」
「遊んでねえよ。ずっと真剣にやってるっての」
「あらこら失礼!」
ロシュフォールは足を交差し、腕と双剣を斜めへ、八の字に伸ばして構える。ああいう見栄えがいい構えは実用性に乏しいのが定石だが、相手が相手なので、逆にテオボルドは不吉な予感を覚えさせられる。
「ククク……しかしまあ、これは参りましたなあ。定番らしきものから奇をてらったものまで、あらゆる指南書を集積したデータに基づく、某の剣術が通用しないとは……」
「本だけで最強になれると思うな。世界は広いし、この島は狭いんだよ。特に年がら年中おんなじ相手と戦ってるようじゃあ、すぐ天井に頭ぶつけちまうだろうがよ」
「ほう、良いこと言いますね、卿……」
「感心したか。じゃあここからの話も同じリアクションしてくれ。今すぐ無駄な争いを……」
「……であれば、ここからは、実践ではなく、試験を開始しましょうか。某の剣をさらに重くする、新たなデータを求めましてねェェェェ!」
ロシュフォールは一瞬、両膝を曲げて力を溜め、そして己の身長の十倍近くにまで跳んだ。
勢いが弱まったところで、両手と、そこに握る剣を真横へ伸ばす。それを軸に回転して、まるで猛禽類の餌取りのように、テオボルドへ降下してくる。
「つくづく常識が通じねえなあッ!」
テオボルドは無様ながらも三回ほど側転して、ロシュフォールの飛来を回避した。ゴオォッ! と、風を切る音が誇張抜きに怖い。
ロシュフォールは地面スレスレをよぎったあと、再び空へと再上昇する。
次の攻撃を警戒する中、テオボルドはふとモラン軍を一瞥してみた。
あの中で一番戦闘経験に乏しそうなブルータルゴリラは言わずもがな、モランでさえも目をパチクリさせている。
テオボルドは吐き捨てるようにぼやいた。
「データ収集ってこういうこと……ロシュフォールの野郎、俺を実験台にして変な技を試してるのかァッ!」
「その変な技がスタンダードになるまでの贄となりなさいよォ!」
ロシュフォールは太陽を背に手足を大の字に広げる。双剣を頭上に掲げて、錐揉み回転を起こして突撃した。
ほんの数回側転したくらいでは、あちらが軌道修正してくる……テオボルドは全速力で位置を変え続けて、一本の槍と化したロシュフォールが突き刺さるのを見届ける。
ロシュフォールはしばらく剣を掲げて逆立ちしたあと、身体を倒して自分の足で立つ。
「さあて次は、どんな剣技を披露してさしあげましょうかねぇぇへへぇぇ……」
舌なめずりをし、焦点の合わない双眸で、こちらへ向いてくるロシュフォールに、テオボルドは不覚にも身震いしてしまう。
(真面目にやっても付け入る隙がないってのに、あんな曲芸見されられたらどうしろって言うんだ……)
折れるな、テオボルド。
自分はついこないだまで、勇者パーティーにいて、数々の強大な敵たちと戦ってきたであろう。
そう自分に言い聞かせながら、彼は次にロシュフォールをどう攻略するかを考える。
その中でテオボルドは、かつての仲間、ナリトモとの会話を思い出す。
*
それは、三回目か四回目の、軍からの司令をこなした後の宿屋でのこと。
オリヴァーとミスティアが、新聞ギルドの取材に言っている間、律儀に寝ず、ロビーの待合スペースで待っていた。
そこでテオボルドはふと尋ねた。
「ナリトモ、お前確か、最近航路ができたっていう東国出身だったよな」
ナリトモは薄く丸い木箱から、手裏剣を一枚取り出して、手元の布に置く。
「ああ、それがどうした」
「どうしてお前はこっちに来て、勇者軍に入ろうと思った? 海路が確保されたといえど、一か八かの遠出ではあるだろまだ?」
「あちらには居られる場所がもうなくなってな」
「そうか……すまんな、雑談にしては重いテーマだった」
「……すまん、答え方が抽象的過ぎて、別の意味になった。それはそれで悪いが、お前らエルフの里のようなことになったわけじゃない」
「いや、こっちこそ辺に配慮させて悪い……え、お前らは純粋な人間たちに追い払われたわけじゃないのか?」
ナリトモは鬼族という、魔族の亜流の種族の出である。前々から地図内にあった地域にも、鬼族はいるが、大概は魔族に与しており、魔王軍の片棒を担いでいるという認識で知られている。
ところがナリトモのいた東国は、魔王軍の介入がほぼなかったこともあってか、鬼族は忌み嫌われていない……どころか、好意的に思われていたという。
「どこの村に行っても一家族はいて、一番の力持ちとして持て囃されていた。
俺は、ご先祖様から代々、お侍――ジョブじゃなくて、城と町と地位を世襲する政治的役職のほう――に雇われていて、城下町の平和を守っていた」
「オレなんかよりもうんと立派に地域貢献してるじゃんかよ。それで、どうして急に外国の軍に来た?」
ナリトモは拭き終えた手裏剣の一角を、床へと向けて言った。
「他国との国交に備えての大規模改革のためだ。
地方それぞれの侍があちこちで仕切るのではなく、ここの世界によくある、国の頂点に権力が集まる国の治め方に変わることになった。
それで各町の侍は、必要以上の武力を持つことが禁じられて、俺はその『以上』の方になった」
テオボルドは腕を組み、目を細める。
「それは可哀想に。先祖代々支えてやったってのに……」
ナリトモは二枚目の手裏剣を取り出す。
「いや、俺は五男だったからというだけだ。今も一番上の兄が元お侍様の警護をやっているはずだ」
「なんだよ、つくづく展開予想を外すなオレ」
「それで食い扶持のない俺は、たまたまこの世界で強い兵を募っていることを知り、遠路はるばるやってきたというわけだ」
「そうか……まあ結局、お前も大変ってことか。慣れ親しんだ里を捨てるってことは」
「いいや、そうでもない……」
二枚目の手裏剣を拭き終えた一枚目の隣に置く。
三枚目はすぐに取らず、テオボルドへ向かって、
「……『諸行無常』、俺の国の絵巻物に高頻度で出てくる言葉だ」
「意味は?」
「全てのものは絶え間なく変化し続ける。ということ。あるいは、その悲しさを表す
……俺だって、できることなら向こうで一生を終えたかったさ。だが、来てしまった変化は、受け入れるしかない。
だからこうして俺は勇者パーティーに身を置いている」
そしてナリトモは三枚目の手裏剣を手に取る。何度も無理して投げては拾っているもののためか、汚れがひどかった。
「……まあ、何でもかんでも変えろとも思わないが」
ナリトモはそれを念入りに拭いていく。
「そうだな。オレもこの先、色々と受け入れていかなきゃいけないのかもな……」
「お前は二度も住まいを捨てたんだ。何を自分から大波を生まずともいいだろうが……」
「それもそうか」
テオボルドはフッと軽く笑ってから、横のカバンから、愛用する斧を出す。
「それは拭くよりも砥石を使うべきではあるまいか」
「……だな、無理に頑張らなくてもいいか、やっぱ」
*
全てが変化を続ける。ならば、自らもそれに順応して立ち回らなければならない。
この何気ない会話から、テオボルドはインスピレーションを引き上げた。
そして今。
「お次はこれでございまあす! キエェェェイ!」
ロシュフォールは自分を横倒しにして高速回転し、伸ばした双剣とともに車輪のようになって、テオボルドへ突っ込んでくる。
【完】




