第6話 無敵の四領主
このロスデモ島という未知の島には山というほどの高低差が厳しい土地はないが、丘と崖が点在している。
モランの拠点……本部は、この島で二番目に高い位置に設営されていた。
過去の文明の遺産と思しき、煉瓦の基礎や獣道があったが、それを活かすことなく、木材を攻撃的に組み合わせた防壁で何重にも囲い、丘そのものを要塞化していた。
空中からの急襲を行なうカラス、隊列を組んでの射撃演習に励むペンギン、黒板を凝視するカモメ、物資作成に励むツル……数々の鳥モンスターがせわしなく動き回る姿に、畏怖に近い感心を抱きつつ、丘の頂点にある、大規模なテントに入った。
「ここがお前個人の拠点か? ちゃんとした建物じゃないんだな」
「上層部が贅沢な思いをしている様を見せつけられて、不機嫌にならぬ部下がいるものか」
(そういう半端な良識もあるのかお前)
そのテントの中心部にある、作戦会議室らしき、大きな円卓のある空間に案内される。
国をよりよくする場においては、臣下も王も同じ。という意識を形にするために、議会の場に円卓を用いる国は多い。
……のだが、この円卓には、椅子が一つしかない上、モランがいの一番に腰掛けた。
(やっぱりワンマン運営なんだな……)
テオボルドは、モランの了承を得て、近くにあった適当な木箱を引き寄せて、モランの向かいに腰掛ける。
円卓の中央には地図が広げられていて、水色、黄緑、紫、橙の四種類の木の駒が散らばっている。モランの目の色からして、水色が自軍で、他が三領主の軍の侵攻を示すものだろう。
モランは杖で駒を全て払い、その全容を見やすくした。そしてこのロスデモ島の現在の領土関係を説明する。
ざっくばらんに言うと、不平等極まりないピザの切り方のようなもの。
楕円を左上から右下へ、割ったあと、それぞれの右下をさらに小さくちぎる。
そうして四分割されたのが、現在のロスデモ島の四領主の分土だ。
なお、あの隠れ里は、四勢力の境界線が重なるところから、ややモラン寄りの位置にあった。
そうした微妙なところにあったからこそ、隠れ里として成り立っており、モランもテオボルドがこなければ放置しておく気であったのだろう。
「この南西にあるのが我が領土、北に対峙するのがベルゼブブという奴。その東に隣り合っている一欠片がパトロクロス。そして残りがロシュフォールという者が占めている土地だ」
「……なんか、四国が分立してると聞いてたから、もうちょっと面積が拮抗しているかと」
「ロシュフォールとパトロクロスは領土争いに興味がない愚か者なのでな。
この島での争いは、だいたいは我とベルゼブブどもの戦線の押し引きに、奴らが隙あらば介入してくる。という場面が多い。
羽虫潰しをしようにも、ベルゼブブが虎視眈々としているのでな……」
「結局面倒なんだな。素人目線で恐縮だが、一対一でやろうと思ったことはないのか?」
「何度か他の抵抗軍と組んだこともあるが、あちらの首領と反りが合わず、長続きしなかった」
その光景は絵本を見るように思い浮かぶ。
この目の前の軍人もかなりの曲者なのだから、他の三人もかなり人格に難のある人物なのは、容易に想像がつく。
「なお、我の知る限り、四人全員で六通りの組み合わせを組んでいる」
「へえ……ちなみにだが、その三人の抵抗軍の指揮官も、ホムンクルスなのか?」
「……だから、どうした?」
「……なんでもない」
どうやら彼らにとっては、自分たちがホムンクルスであるのは当たり前の認識であるようだ。
(人間が、自分が人間だと常日頃自覚していないようなことだろう……うん)
基礎情報の把握が終わったところで、いよいよモランとテオボルドは、これからの作戦を練る。
「我はまず、南東に住まう抵抗者の一人、ロシュフォールをいよいよ屈服させたいと思う」
「だよな。それで二人してベルゼブブ軍と決戦するのか、はたまたパトロクロス領も併合するのか?」
モランは机に杖をピシッと叩きつける。
「顧問のくせに無許可で事を性急に進めるな」
「はい、すみません」
テオボルドは縮こまり、反省の意を演じておく。
「……というわけで、これよりロシュフォールへの攻撃作戦を開始する。
今から十分後に本部から奴の陣地へ向かうぞ! いいな!」
「了解!」
*
二代目魔王の討伐を果たしたパーティーメンバー、伝説の魔術師『ヨハネス・フィンチャー』は、祖国に帰還したあと、様々な魔術的発明品を生み出した。
太陽と月の運動を分析し、一日を二十四、さらに六十に分割して表す『時計』もその偉大さを支える発明品の一つである。
経緯については教えてくれなかったが、モラン領にはこれが五台用意されている。
これを確かに参照して、きっかり十分後に、モランとテオボルドは本部より進軍した。
連れてきた軍勢は、【兵卒ペンギン】十体、【砲手ダチョウ】一体、【掃射カラス】三体、【偵察カモメ】三体である。
「……なんか、オレをぶち殺そうとしたときよりも少なくないか? 長年戦ってきた宿敵の一人を相手にするっていうのに」
「ロシュフォールはそうした物量押しを必要としない相手なのだ」
「なるほど、余程トリッキーな相手なのか? どういう能力か教えてくれよ、せめて心の準備をした……」
「戦闘を前にして口数が多すぎるぞ、テオボルド顧問。貴様、さては怯えているのか?」
「いえいえ、そんなことござあせんよ」
テオボルドは口をとがらせて、そっぽを向いた。
太陽の目に見えて動いたとわかるくらい一定時間歩いたあと、崖肌と草木と土以外のものがようやく見えた。
元漁師の偏屈な老人の終の棲家……
海岸線へ向かって切り立った崖に立つ、平民の家と貴族の屋敷の中間くらいの規模の、古風の建物だ。
屋根に五本ほど、黄緑色の旗が翻っていなければ、とても領主の一人が住んでいるとは思えない。
「あれがロシュフォールの本拠地だ。一応気をつけろ」
「了解」
その門の格子模様がはっきりするところまで歩くと、その辺りの芝にゼリー状の生物がうろついていた。
これはスライムという魔物で、その強さは最弱中の最弱。
最も普遍的に存在する種にいたっては、子どもの自慢話のタネにされる始末である。
テオボルドも幼く、都会にいた頃は、近所の悪ガキと撃破数を競い合ったものだ。
そうした思い出に浸らず、テオボルドは斧を構える。
青、赤、黄色……勇者軍のモンスター図鑑であらゆる種のスライムを見てきた。
だが、黒に複雑なラインが入ったものは今初めて見た。
これまでの傾向からして、コイツもロスデモ島限定の種であり、厄介な能力を持っているに違いない。
その予感は見事的中した。
テオボルドたちの進軍を見るや否や、厚みのある車輪状に身体を固めて、ギュルンギュルンと高速回転して突撃してきたのだ。
「あれが新作か……砲撃開始!」
モラン軍の魔物たちは、迫りくるスライムたちに弾幕を展開する。
何体かは形を保てずにバランスを崩し、急カーブした先にて停止した。
だが残りは構わず接近してくる。
「やっぱもっと連れてきたほうがよかったんじゃねえの!?」
テオボルドは、ペンギンたちの前に躍り出て、直接斧で殴って、スライムたちを片付けていく。
「進軍!」
またロシュフォールの本拠地へ進むと、門から等身大の灰色の人形が続々と出てきた。
人形系の魔物は、魔術に長けた上位の魔物に生み出され、壊れるまで簡単な動きと、簡単な呪いを用いてくるものが多い。
そうした常識はあのブルータルゴリラに出会ったときに捨てた。
人形たちは四つん這いで接近し、目からビームを射出する。
「砲撃!」「ったく、いちいち驚かせてくれんなあ!」
モラン軍は、前衛にいたペンギンとカラスの半分を焦がされつつも、矢なり、魔弾なり、火の玉なりで始末した。
「止め!」
「ふう、攻撃的な連中だぜ」
「でしょう? ロシュフォールは自ら魔物を生産・改良してけしかけているんだ」
「自分で魔物を? お次は相当な頭脳派のようだな……って! 何でだお前!?」
テオボルドが思わず掲げた斧にビビり、ブルータルゴリラは両手を挙げる。
「忘れるなんてそんな切ない!? 俺はあのとき助けてもらったブルータルゴリラだ!」
「それは知ってる!」
「テオボルド顧問は『何故貴様がいるか』と聞いているのだ。余計な時間を取るな」
「ほら、ついさっき、里にモラン……様方がいらっしゃったとき、俺、貴方を差し出そうとしたでしょう?」
「『出そうと』じゃなくて『出す間際』だったがな」
「あの一件で里のみんなから軽く嫌われまして、反省の意を示すために、里を代表して、テオボルドさんのお供に参ったってわけでさあ!」
ブルータルゴリラは、右手をビシッと額に当てて、その忠誠心を示す。
それはさておき、テオボルドとモラン軍は、ロシュフォールの待つ建物へ慎重に進む。
「ちょいお待ち!? せめて良いのか悪いのかだけ答えてくださいな!?」
「別に思い切り面倒を起こさなければ『良い』」
「仮に悪戯しようものなら、我も容赦しない。テオボルド顧問は今は我が軍の作戦の一部なのだからな……」
「は、かしこまりましたー!」
果たして次はどんなアタッカー魔物が出てくるのか……テオボルドはヒヤとドキのミックスの感情で、その門構えを見上げる。
「待ってろロシュフォール! お前の相手はこのオレだ!」
「某は待ってなどおりませんよ……」
鉄格子の門を、影一つがスッと抜けた。
スライムとは違い人型で、人形のようにぎこちない動きもしていない。
余裕の程を見せつけるように、悠然とした歩みをして、やってきた。
身体の大部分を覆い隠す布面積の白衣を羽織り、銀髪を一直線に切り揃え、レンズの無いメガネをかけている。
レンズが無いとわかったのは、縁の中が光を反射していないからだ。
外側の陽光にも、内側……右肩上がりに三つの円が並び、それらの間が二本の線で結ばれたような紋章を宿す、黄緑色の左目の眼光にも。
モランは構えていた杖を、肩に担いで、吐き捨てるように言った。
「お次はゴーレムでもよこしてくるのかと思ったが……意外とすぐに来たか」
「左様でございますよ、モラン様。そこのエルフの来訪者に興味がございましてね……」
たった一人でモラン軍を見ても、まるで動じていない。
(もう完璧にアイツだろう……)
「お前か、この島の四領主の一人……!」
「はあい。いかにも……某の名前はロシュフォールでございますよ!」
念のため、テオボルドは目の前の男の能力盤を確認する。
名前はロシュフォール。その種族は当然、【ホムンクルス】だった。
(聞いてたこと以上の情報が出てこねえ……やっぱ)
ロシュフォールは両手を白衣のポケットに突っ込んだまま、張り付いたような笑みを浮かべて、問いかける。
「卿で間違いないでありますね? この島に侵入したという、テオボルド・レギサモン様は?」
「ああ、オレだ……って、何でお前が名前を?」
「簡単な話でありますよ。あの隠れ里の住人から情報を買い取らせていただきました」
テオボルドとモラン軍は、一斉にブルータルゴリラへ向く。
「いや、ここについては俺じゃないってば!?」
「……まあ、知られたとてって話だしな」
「ちなみにそちらのゴリラ様ではございません。勝手に話の腰を折らないでいただけませんかな?」
「ごめんごめん」
改めて。ロシュフォールはテオボルドへ問いかける。
「テオボルド様、その同行者の面々からして、モラン様と何らかの協力関係に基づいて、某に挑み参った……という認識でよろしいでありますか?」
「ああ。できれば話し合いで決着をつけたいんだが……」
「ククク……」
ロシュフォールは、別にズレてもいない伊達メガネを正す素振りをして、
「それは受け入れがたい要求であります……」
「じゃあやっぱ、一度戦わないとダメか?」
「はあい。卿と某が一対一で決闘する。むしろそれだけで構わないとも言い換えられるでしょうよ」
「まあ、言い方次第ならそう……ん、待て、一騎打ちか? 実験体とかも使わないのか?」
ロシュフォールは大きく首を縦に振る。
「はあい。左様でございます」
一騎打ちを求める者は、大まかに二種類に分類できる。
自分は歴史上の英雄にも等しい力があると誤解しているような、自信過剰な者。
もしくは、本当に相応の実力を持つ手練れの者。
この白衣とメガネの男が何をしでかすのかまるで予想がつかず、そもそも大前提として、ホムンクルスが何なのかも分かっていない。そんな不確定要素だらけで一騎打ちを挑めば、テオボルド側に『無謀』の二文字が降り掛かってしまう。
「……いや、待てよ。おい、モラン! やっぱお前、なにかこいつの情報持ってないか……あ!?」
テオボルドが尋ねたとき、モランたちは百歩ほど後退していた。
「冷たいなあお前ら!?」
黙りこくると奴は延々と質問を投げてくるだろう……モランはその予防として、叫ぶ。
「ロシュフォールのご指名は避けられない! 大人しく堪忍して戦え!」
「そうだそうだ、アンタならやれるぞ、テオボルド!」
と、ブルータルゴリラは、モランに合わせて励ましの言葉を送った。
だがモランの内心は、その真逆で、冷たい。
(テオボルドが勝ってロシュフォールを服従させればそれでよし。奴がロシュフォールに負けて死ねば、我の屈辱が晴れる……我ながら見事な二重策だ)
「あーもう、しょうがねーなあ、っと!」
テオボルドは右手に手斧を装備する。
「ご期待に応えてやる、ロシュフォールさんよ!」
「グレイト! 某も誠意を尽くして、卿から新たなデータを収集いたします故! いざいざ!」
テオボルドとロシュフォールは、しばし無言で睨み合う。
それから、ロシュフォールが、白衣のポケットから手を引き抜いた瞬間、テオボルドは突撃する。
一瞬の後、ロシュフォールは胴の前で腕を交差し、その両手に剣を握って見せた。
「お前、そのナリで剣士なのかよッ!?」
「ククク……! 某の剣の重み、とくと記憶に刻んでさしあげましょう!」
二人の間で、金属音と火花が飛び散る。
テオボルドの渾身の初撃は、ロシュフォールがバツ字に重ねた二刀に完全に阻まれてしまった
【完】




