第5話 契約
モランが杖を斜め下へ向けた。
すかさずテオボルドは、後転倒立の要領で立ち上がる。
ついさっき腰を下ろしていた地点が、鋤でえぐった畑の土のようにえぐれた。
歩幅十三歩ほど離れた先にいるモランを見据えて、テオボルドは短弓を地面と水平に持つ。
「また遠距離戦を望むか、余所者」
「勝手にそう思ってろ、お前がそうしたいのなら」
テオボルドはカバンに手を入れ、二の矢を探す素振りを続ける。その最中、モランの能力盤を覗くことを忘れない。
(HPは三割くらい減っている……肉体の損傷は治せても、そこは回復しないか、流石に)
HP(生命力。健康率ともいう)は、肉体の損傷に応じて減っていき、ゼロとなれば死ぬ。
つまり基本的には、人類にしろ魔物にしろ、HPがゼロに近づけば近づくほど、その対象は弱っていくものだ。
例外としては、ジョブ【格闘家】などは、HPの減少に応じたパッシブスキルによって、ステータスが強化されることもある。
これは空元気や火事場の馬鹿力に近く、戦闘が終わるとグッタリしている同僚を、テオボルドはたびたび目の当たりにしていた。
そして今、新たな例外が生まれた。
(最悪の事態は免れたが、これはこれでまずい。つまり奴は死ぬまでフルパワーで戦えるってことじゃねえか!)
後転の次は側転。テオボルドは紙一重で魔弾のダメージを後ろの木に押し付ける。
かなりの樹齢がありそうだったが、食い意地の張りすぎた昆虫にかじられたように幹がボロボロに削られて、後へとへし折れていった。
「……相変わらず凄まじいこと」
「悔しければそちらも撃ってみろ。弓は射撃武器であることを飛ばしたか?」
カバンにはとっておきの毒矢がある。大型の魔物すらもゲーゲー言わすレベルの強烈な、明確に仕留めることに特化した毒矢が。
だがモランに効く自信がまるでない。
(あんだけの重傷を秒で直したんだ……状態異常にも耐性があるに決まってる。すかさず毒が染みてる部位を削いで無力化するかもしれん……うわ、オレがゲーゲーやりそう)
あの魔弾の正体が掴めていない今、ただ遠距離戦に持ち込むのも無謀。
かといって再び格闘勝負をしても、テオボルドにはまともな決定打がない。お得意のグラップリングがただのHP削りにしかならないのだから。
(どちらがマシかと言えば……遠距離かもな)
弓はエルフの象徴。テオボルドはそこに武運を委ねることにした。
ただし、安易に神頼みをするつもりもない。
テオボルドはカバンに入れた左手を瞬時に引き抜き、イガグリを投げた。
彼とモランの間で、イガグリは弾けた。同時に無数の針が撒き散らされる。
モランはコートを翻して、降りかかるトゲを払い落とす。
そこへテオボルドが二個目の投擲。次はクルミだ。
「毎度律儀に撃ち落としてやるつもりはない」
モランは杖の持ち手を両手で握り、クルミを一閃する。
すると殻の中からプシューと、白い煙が溢れ出し、モランの周囲を覆い尽くす。
殻が割れると中の実が炎上し、煙幕となる【燻煙クルミ】である。
(毒はないようだな)
足止めすら満足にできなかった【兵卒ペンギン】たちなら、慌てて無防備で抜け出したところをむざむざ叩かれていただろう。
指揮官として、そのような醜態は晒さない。
モランはあえてその場に留まり、テオボルドの出方に構える。
左斜め後ろからズサズサと、苔むした土を踏み鳴らす音が聞こえた。
モランはすかさず振り向き、杖を構えた。
一筋の煙のない空間が生まれた。刹那、モランの杖に添えた左手に矢が刺さる。
(この煙は我の射線を見抜くためのものでもあるのか……)
モランは躊躇なく矢を抜いた。連撃を食らわぬように、数歩位置をズラしながら、四方八方に杖を向けて、次の出方に警戒する。
その行動がテオボルドの狙いだった。パキパキという拡散イガグリの針が折れる音を頼りに、彼は引き絞った矢を撃つ。
パキパキパキッ! 煙に覆われていてどのような反応をしたかはわからないが、これまたダメージになったことは十分伝わった。
モランは己の能力盤をチェックする。HPの残量は六割に減っていた。
(無闇に撃てば、煙の晴れた射線を辿られ、位置がバレて反撃を受ける。
位置を変えれば音で気づかれ、狙撃される。
何もせずにいれば……いいや、するものか。そのような軟弱な思想がまかり通ってなるものか……)
一つ一つ愚策を潰し、モランがたどり着いた帰結はこれだった。
モランは、垂直に伸びる杖の持ち手を、右手だけで握り、あちこちへと向けて、魔弾を連射する。
「ウオオオオッ! 姿を見せよッ! 部外者めがあああッ!」
ヒエラルキーの下層にいるような魔物も用いる、数撃ちゃ当たる作戦であった。
次々と伸びる射線をかい潜りながら、テオボルドは思う。
(結局、奴が何でどういう能力の使い手かはわからなかったが、まだ戦地に身を置く者として『青さ』が残っているな……)
ホムンクルスは無敵だと思っていたが、やはりそのような都合の良い存在などなかった。
魔弾の乱射を一心不乱に行なうモランの姿を見ていると、安心というよりかは、同情の気持ちが芽生えてきた。
里を出た前後の頃は、自分は里一番の腕利きの狩人であり、たまたま通りかかった行商人から買った本から、知識を蓄えた博識であると自負していた。即戦力であると信じてやまなかった。
すぐに勇者軍に加われると高をくくっていたものの、実際は入隊のシステムを詳しく知らず、一年間のお預けをくらった。
海上警備隊などで路銀稼ぎに勤しんだことで、その高慢を捨てられたからよかったものの、もしあそこで目的を忘れていたらどんなことになっていただろうか。
今のモランは、どことなくその時の自分を彷彿とさせた。だからこそ、一度痛い目に合わせてやらねばなるまい。
「ほら、こっちだ!」
まんまとこちらに首を回してくれたモランへ、テオボルドは手斧を両腕で振りかぶって投げる。
清々しいほどグッサリと、額に刃が突き刺さった。
すかさずテオボルドはタックルを浴びせる。さらに杖を奪い取り、喉元へフルスイング。
そして仰向けに倒れたモランの頭から、乱暴に斧を引き抜いた。
斧と杖の二刀流を構えて、モランを見下して、問いかける。
「どうだ、死ぬまでやるってんならこのままいくぞ?」
するとモランは仰向けのまま、堂々と言い放つ。
「やれるものならやってみろ。仮に貴様が我が首を取ったとしても、ロスデモ島の猛威は止まらぬ。本部にいる我が軍の残党と、我が占有地を食い荒らさんとする抵抗軍三派から逃れられぬのだからな!」
「うるせえほざいてろ。オレはお前がいなくなった大騒ぎの中、適当にイカダでも漕いでトンズラするつもりだからよ!」
「我はそのような楽観主義者に負けたのではないぞ、この島には……」
「モランなんかの口車に乗るなよ、お前!」
テオボルドは一瞥する。隠れ里に通じる洞穴に、そこの住民たちが集っていた。
先の台詞を発したのは、第一村人だったブルータルゴリラである。
「俺言ったよな!? そいつは四領主の中で一番残虐な奴だみたいなことを! 何もかも悪いってことじゃないが、俺たちは今までずっと、そいつに怯えて生きていたんだ! その苦しみがわかっているのか!」
モランは顔を洞穴へ向けて返す。この時、斧の傷はとうに消えていた。
「やかましいぞ軟弱者ども。官軍につけばよかっただけのことを、貴様ら自身の忍耐力の脆さを棚に上げて我を暴君のように罵るとは……」
「まさしく暴君じゃねえかよテメエ! さっさと殺しちまえ!」
隠れ里の住民たちの罵詈雑言が、「殺せ!」の三音二文字に集約され、激しくなっていく。
その意見にはテオボルドも同意する。
具体的にモランが何をしたのかわからないが、あのような苛烈な征服欲と、冷徹な軍隊を併せ持つ者が、ごく少数の身内以外に善人と呼ばれた事例は歴史上ほぼ存在しない。
他の三領主の追撃も知ったことか。言った通りこの得体のしれない島から逃げ出せばいい。
テオボルドは斧を持つ右腕の肩を上へ回す。
「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」
「死ねー! モラーン!」
『『『殺せ! 殺せ! 殺せ!』』』
『悪しきエルフを絶滅させろ! 大陸に平和をもたらすんだー!』
「……ハッ!?」
親族に手を引かれながら、振り返ると、都会近郊にある、燃え盛ってしまった生家があった。
十五年前に視界に焼き付いて取れない景色から、現実に戻ったとき、右手に持っていた斧が、モランの左太腿に突き刺さっていた。
「……無駄の多い処刑方法を好むのだな……?」
「……違えっての全部」
テオボルドは斧を拾い直して、代わりにモランの杖をその場に放った。
(オレがしちゃあダメだ、こんなの……森の奥へと追いやったアイツらと同じもんだろこれ)
たちまちブルータルゴリラを筆頭に、困惑の反応が広がる。
「な、何してんだよお前!?」
「そういや名乗ってなかったな、テオボルド・レギサモンだ!」
「何してんだよテオボルド・レギサモン!」
(ああそうか、姓と名の概念がないのか……)
「ご覧の通り! お前らのお望みじゃないが、こいつは殺さない!」
「何でだ! そいつは絵に描いたような極悪人だぞ!?」
「だから殺せ一択とは、俺の故郷の掟にすらもねえぞ」
「じゃあ無罪放免にするのか!?」
「それもしねえよ。まあ一回黙って見てろ」
改めて、モランへ向く。既に拾い直した杖を地面に突き、いつでも臨戦態勢に移行できるような体勢で待っていた。
「今から俺は馬鹿みたいなこと聞くが……」
「敵の武器を返した時点で相当の馬鹿だが」
「……この島には、お前以外に他に三人の領主がいるんだな」
「後の唯一の領主は我一人となるのだから、その呼び方は好まぬが……そうだ、他に三人いる。そして全員、互いに敵対している」
「ご親切にどうも。じゃあ今から頼む、この島の平定を手伝え」
「は?」「え?」
モランとゴリラたち隠れ里の住人……テオボルド以外の全員が、黙りこくった。
「……いや、だからぁ。この島の争いを全部無くすために、オレの言うこと聞けってわけだ、モラン」
「……そ、そんなことして何になるという?」
モランは狼狽えている。筋金入りの軍人気質が極まり、戦争以外の状態を知らない故のリアクションだろう。
「お前らが何歳で、何年ぐらいこういう戦乱繰り広げてたかわからんが……無駄だろ? 実際問題、ずっと硬直状態らしいしよ……こんな実のないこと続けて、楽しいか?」
「……少なくとも、楽しいわけがなかろう」
「だあーったらオレの指示に従って、島を一つにしようじゃないか?」
テオボルドはさらに、ざわめく隠れ里の住民にも目配せをする。
「お前らも、モランがいなくなったあとのさらなるいざこざを考えたら、こんな暴君でもまだ使いようがあるってもんだろ? や?」
ポツポツとうなづきが見えたところで、テオボルドは改めてモランへ向く。
そして、斧を左手に移して背中に隠し、空いた右手を差し出した。
「お前だって散々ボロクソ言ってた侵入者一人にぶちのめされたら、死んでも死にきれんだろうよ? はい、てなわけで一旦握手といこうじゃんかよ、な?」
里の住民たちが心配そうに交渉の行く末を見守る中、モランは暫しその右手を凝視した後、テオボルドへ面と向かって言い切る。
「断る!」
「……この流れで!? お互いに取っても得の話だってのに!?」
「貴様の言い分は至極真っ当ではある……だが我は気に食わん! 特に『従え』という文言がな!」
テオボルドは首を傾げた。
「……は?」
「このモランは我軍を長年束ねてきた。故にその上に新たな者を置くような真似はしない。
我が軍と志は、我が率いてこそのもの! たとえ我に一応土をつけた者に対しても、一切屈しはしないッ!」
テオボルドは、眉を八の字に曲げた。
(どこまでプライド高いんだこいつ……)
「そのな、『従え』っていうのはオレが上、お前が下みたいなのをきっちり決めたくて言ったわけじゃない」
「だとしたら何なのだ! お前が我が軍に属するというのか!? ならば命ずる、反逆罪で処刑……」
「違う違う! だあーもうッ!」
テオボルドはしばらくモランの視界内で頭を抱えたまま、グルグルと回り、この頑固者を納得させる折衷案を絞り出す。
「そうだ、じゃあこうしよう! オレはお前の軍の特別顧問としてしばらく居させてもらう!
これまで通り軍の最終決定権はお前のものだが、毎回必ずオレの意見を聞け!
ほら、これならどうだ!?」
モランは即答する。
「よろしい。貴様の腕が加われば、ロスデモ島の地図が、我の領土図と同義となるであろう」
(やっと終わった……)
モランは洞穴にいる隠れ里へ叫ぶ。
「というわけで、ここはテオボルド・レギサモンの名に免じて、貴様らの処遇は保留とする。安心するがいい」
「いや、綺麗さっぱり見逃せよ」
と、意見するブルータルゴリラは視界外に追いやって、モランは右手をテオボルドに向ける。
「では今後とも、よろしく頼む」
「お、おう……そうだった。解除してた」
テオボルドも再び右手を出して、固い握手を交わした。
それをほどいた後、テオボルドは背中の裏でその手をブンブン振る。
(ひ〜〜! 握力も半端ないぞコイツ〜〜!)
「では緊急作戦会議を行なう。テオボルド・レギサモン顧問!」
「お、おう……あと、テオボルドだけでもいいぞ」
「承知した、テオボルド顧問!」
こうして、テオボルドは、このモランというホムンクルスの異常さと極端さに、頭を痛めながら、彼の本部へ向かうことになる。
【完】




