第34話 栄光の独占者
ルイーザが勇者奥義【ヴァーツラフ・キャセドリング】を発動し、極彩色の光が辺りを包んだ。
光が止んですぐ、テオボルドは自分の状態を確かめる。ダメージ無し。状態異常無し。持ち物の変化無し。
「この場全体にダメージを与える……そんなありきたりな技をボクが使うものですか!」
さらにテオボルドは相手のルイーザとナリトモの状態も把握。どちらもテオボルドが確認できる限り、異常はない。
(オレが確認できる限りは、な……)
「おいル……」
「ではこれより、ボクの独壇場をご堪能ください! 【ブレスシールド】!」
ルイーザは自分とナリトモの前に、琥珀色の障壁を展開した。
外見上は特に変化はない。だがテオボルドは嫌な予感をしていた。エルフの魔力感知能力によって、なんとも言えない違和感を覚えているのだ。
あちらも動く気配がない。相手の手に乗るようで気分がよくないが、テオボルドは障壁へ向けて矢を一本放つ。
するとその矢は、障壁に命中した瞬間、テオボルドが放った威力そのままに、彼の方へと帰ってきた。
自分の矢で傷つくのは【狩人】の恥。
テオボルドは横に数歩移り、矢を安全に回避する。
「【ブレスシールド】!」
ここでルイーザが、二枚目の障壁を、テオボルドが回避した先の地面に配置した。
ここからも不吉な予感を覚えたテオボルドは、すかさず前転して、障壁から逃れる。
振り返ると、その障壁からいくつものトゲが勢いよく伸びていた。
このようにして、自身が展開した障壁・バリア類の魔法に、トラップのような効果をエンチャントする。
それが勇者奥義【ヴァーツラフ・キャセドリング】の効果である。
それをテオボルドは、前転先にも配置されていた障壁から巻き起こった爆風を、背で感じながら察知した。
「こんなものでは終わりませんわ! 障壁はまだまだございますのよ!」
ルイーザは気力が続く限りどこへでも、何枚でも【ブレスシールド】で障壁を展開できる。
反射やトゲ、爆発、吹き飛ばし、さらには落とし穴効果など、様々な罠の効果を付与したバリアを、いたるところへ展開。
さらに元々の技能でもあった、バリアを回転移動させる術も織り交ぜて、テオボルドを追い詰める。
この土地はまさしくルイーザの城と化した。
近くにあった港町の建物が崩れていくのは言わずもがな、周囲で戦っていた海賊団員や魔王軍の兵士が巻き込まれて大打撃を受けた。
さらに、あろうことかその大規模攻撃にはナリトモまでも含まれていた。
彼は忍者としての才幹で、ルイーザの障壁をかいくぐる。今はこれしかできていない。
「こんなのが勇者奥義なのか……あまりにも独りよがり過ぎる……」
偶然、彼女の横を通り過ぎた瞬間、ナリトモは目を三角にして言い放った。
「ルイーザ、貴様! 俺がいるということ……いやそれ以前に、勇者としての在り方を忘れるな!」
「やかましい! ボクはボクなりに戦っているのですわ! 味方を妬んでいないで、貴方も攻撃しなさい!
辺境の国の鬼なんかに説法受ける筋合いはありませんのよ!」
「……!」
ナリトモは少しでも、テオボルドに近寄ろうとするも、やはりルイーザの無軌道な障壁配置によって、なかなか上手くいかなかった。
「将来性のある名家に女子を嫁がせ、うまい具合に子に家督を継承させることでしか家格を維持できなかった貧乏貴族の生まれとして……純粋な実力でのし上がるには勇者になるほかなかった……それが私なのですわ。
そんな不幸な私に神はこの勇者奥義という祝福を与えてくださったのです! この祝福と、私の栄光の道! 止めるわけにはいきませんわ!」
と、誰も求めてもいないのに自分の勇者としての正当性を、天を仰ぎながら証明するルイーザ。
そんな彼女に向かって、テオボルドは背面跳びで障壁五枚を飛び越しながら、
「オレも元勇者のボケエルフだが、説法垂れてやるよ……自分の名声欲だけで勇者やってんじゃねえぞこのボケが!」
障壁も魔法の一種。その当たり前の法則を再度意識し、展開位置を把握できるようになったテオボルドは、確実にそれがない位置に着地すると同時に、久々に地面を踏みしめて、力いっぱい斧――アーティファクト【隆盛を敷くトキワ】をルイーザへと投げた。
「たとえ禁じられた悪夢の武器だろうと、ボクの障壁は打ち破れません! 【ブレスシールド】!」
ルイーザはその方向に、反射効果を備えた障壁を張った。
テオボルドの斧が障壁の元に来た瞬間、その斧頭からトゲが飛び散る。あらかじめ、そのボウガン部に拡散イガグリを装填していたのだ。
障壁はそのトゲのいずれか一本を反射して、霧散した。
そしてがら空きになったルイーザ本人の左肩に、斧が豪快に突き刺さる。
テオボルドは手元にトキワを再度生成して回収する。黒目を揺らし、両膝を突いているルイーザへ、慎重に近寄りながら彼は言う。
「こんなのがオレの代わりに入ってたとはな……オリヴァーも、ミスティアも、それからナリトモにもいい迷惑だ」
「だ、黙りなさい……! アーティファクトを手にし、勇者軍に歯向かう、次代のイバラに成り得る貴様如きが……! 【ブレスシールド】」
ルイーザは自身の前後左右と頭上に障壁を展開。彼女はまるで琥珀色のガラスの箱に入ったような形で、防御の姿勢を取った。
「【地裂の斬】」
ルイーザの背後で、ナリトモが地面に刀を突き刺す。その衝撃が箱の内部へと浸透し、彼女は前のめりになって障壁の内側にぶつかった。
そして中でトゲが伸びる。やがて、この港町にある全ての琥珀色の障壁が消えた。
「……いいのか、味方殺しは勇者軍じゃご法度だろうが」
「……テオボルド、お前が言った通りの理由で、コイツには心底ムカついていたんでな。コイツが首吊ってくれれば多少は現実がまともになったというのに。それに……」
ナリトモは肘に挟んで刀の汚れを吹き払った後、素早く構えを正す。
「お前と同じだ」
「別に倣わなくてもいいってのこんなの……」
テオボルドも、礼儀として斧を数回振り回してから、その柄頭をナリトモに向ける。
「オリヴァーはオレと戦えないからここに来なかったらしいな。なのにお前は、よくここに来た……
今更だけどようこそ、ロスデモ島に。名物はまだないけど、なんか食ってくか?」
「……俺はリクゴー司令からの希望で来ただけだ。尤も、俺はオリヴァーのように断られたとしても、船に忍び込んででもここに来るつもりだった……」
「……その心は?」
「貴様を、歴史に残る巨悪にさせないため、それだけだ。この小さな島で小さな反乱を起こしたうつけ者。
それだけで炎を止める……その使命を遂行するために、俺は来た。
――テオボルド・レギサモンの友、ナリトモ・コヤマダとして」
「……そうか、立派な覚悟をありがとさん。まるで侍みたいだな、【忍者】だけど。
だったらこっちも言わせてもらう。
――誰であろうとこの島を傷つける者は許さない。ロスデモ島盟主、テオボルド・レギサモンとしてなぁッ!」
斧と刀。二人の得物が同時にぶつかり合い、空間を割くような金属音が鳴り響く。
友同士の戦いは、如何なる指図もなく、幕が切って落とされた。
「【エクソダスセイバー】!」
「【火焔の斬】!」
魔力を注いだ斧の一撃と、火を帯びる刀が、二人の間で激突した。
挨拶すらできなかった別れから、数日が経ち、得物もスキルも変化している。だがお互いの根幹の技術は知り尽くしている。
「【ディアスポラショット】!」
「【破嵐の連】!」
テオボルドが全方位に矢をばら撒く。それら全てを、目にも留まらぬ刀捌きで弾き切った上で、ナリトモは低姿勢で駆け、テオボルドの懐へ潜り込んだ。
「【グラスカッター】!」
テオボルドは瞬時に腰を曲げ下ろし、斧を横持ちして構えを変化させた。そこから突進し、逆にナリトモをはね飛ばした。
「【雷降の撃】!」
まるでナリトモは空に自分のみが使える足場があったかのように、瞬間的に体勢を立て直す。刀に稲妻を纏わせて、地上のテオボルドへと落下。
テオボルドは咄嗟に背面跳びをして回避したものの、落下時の電気を帯びる衝撃波までは対処できず。一瞬痺れを起こした。
そこをすかさずナリトモが狙う。首めがけて刀刃の反射が迫ってくる。
痺れが治まった瞬間、テオボルドは斧を向け、魔力の矢を放ち牽制。その隙に燻煙クルミを投げ捨て、煙幕に紛れて間合いを取り直す。
するとその先で、ナリトモの煙玉が転がってきた。
結局テオボルドは煙幕の中でしばし危機を凌ぐことになる。ナリトモは魔力感知を誤魔化すために、スキルを用いず、純粋な肉体により、格闘戦を仕掛けた。
テオボルドは風を切る音のみを頼りに、ナリトモの攻撃を防ぎ、時たまこちらもお返しをする。あちら側も視界を塞がれた上での戦闘は無理があったためか、かなりグダグダな応酬になってしまった。
どちらのアイテムからも煙が止んだ後、テオボルドとナリトモは、軽く息を切らしていた。
特に言葉も交わさず、二人はお互いに後ろに下がる。
「この程度で死んでもらっても困るからな、テオボルド」
「そちらこそ、オレをちゃんと名誉高そうに仕留めておけよ」
しばし休息を挟んだあと、手練れ同士の一進一退の攻防が、またしても突然に再開される。
*
ロスデモ島内陸部にて。
ホムンクルス四人と、オオダクツナの戦いはとうとう終焉を迎えつつあった。
四人全員の残りHPはとうに半分を切った。パトロクロスに至っては、第三形態の炎の鎧を纏っていた。
対して、オオダクツナは、降臨した際の状態を保っている。その不死性を剥がすことは未だに叶っていないのだ。
さらに、ここから南――海岸近辺における、ロスデモ島の住民たちと、勇者軍による戦いも、劣勢の色が見えていた。
カルキリッパー戦を乗り越えた魔物たちも、ロシュフォールが手塩にかけて開発したゴーレムも、次々と撃破されていく。それがまた四人の士気を下げた。
モランは、ベルゼブブの砂を混ぜ、殺傷力を上げた空気の魔弾を連射する。
オオダクツナの火剣を持つ手が手首から千切れる。だがもう間もなく、手首がひとりでに戻っていき、やがてくっついた。
それを足場として再利用し、ロシュフォールはオオダクツナの上半身へ急接近。その首筋に回転斬りを与えるも、まるで霧を掴むような手応えしか得られず、成果なく着地した。
オオダクツナは三本の腕で、火、氷、雷、それぞれの剣をこの地に振り下ろす。
仮に避けても、地面に当たれば衝撃の余波で周りに被害が生じることを、彼らは十分理解している。
ベルゼブブは砂を集めて、頭上に壁を展開。それで迸る魔力のエネルギーを削ぎ落としたあと、「『ヨハネスキーック』!」
パトロクロスが渾身の力で全て打ち返した。
どうにか三本の剣撃を凌いだあと、パトロクロスは地面から、次の行動に構えるオオダクツナを見上げる。
「……本当に、勝てるのかよコイツは……!?」
魔弾で空けた眉間の弾痕が塞がっていくことに顔をしかめつつ、モランは言った。
「一度負けたゾンビだと言ったのはどこのどいつだ……貴様!」
ロシュフォールはオオダクツナの足にかすり傷を大量につけるのを諦めて後退する。
「ここまで来ると何か特殊な術が無いと倒せない類の敵やもしれませんですな……そんなつまらない結末は信じたくありませんでございますが」
ベルゼブブは、南の方で戦っている自軍が、勇者軍に苦戦する姿へ目をやり、吐き捨てるように言った。
「こんなものを放置してまで必死にあーしらの仲間たちを倒すことに躍起になってさ……あんなのが勇者なのか」
「全くその通りだぜ、ベルゼブブ! アイツらは何のためにユーシャやってんだ!」
オオダクツナが悲鳴とも雄叫びとも捉えられる声を轟かせた。
たちまちその頭上に黒鉄の剣がいくつも精製され、やがて雨のように降り注いだ。
ホムンクルスたちは防御に徹するも、その全体攻撃の苛烈さから、一割前後、HPを持っていかれてしまった。
「好き勝手なさいますことですよ……あの骸骨……!」
「警戒しろ……また何かするぞ……」
剣の雨が止むと、オオダクツナは、南へと向いた。
四人の相手に飽きたのか、邪悪な存在として殺戮の甲斐がある方へ興味が湧いたのかは定かではない。
オオダクツナはその足を動かして大地を揺らし、南へと進んでいく。当然、その先には勇者軍と、ロスデモ島の住民たちがいた。
【完】




