第33話 SHADOW OF BRAVES
ロスデモ島、内陸部の草原にて。
そこは今、魔王討伐の再演の舞台と化していた。
現魔王マリスフリートが解き放った秘密兵器、先代の魔王の成れの果て【恐腐古将】オオダクツナが、そこに息づく草木を死滅させ、暴虐の限りを尽くしていた。
ここに立ち向かうのは勇者四人……ではなく、
「待たせたなお前ら! ユーシャは遅れて来るもんだぜ!」
「だとしても、できれば早く来てくれたほうが良かったのですがね、ここは!」
「つか、ティボさんのほうほったらかして来てないよね、パティ」
「この一大事だ。むしろパトロクロスのみ派遣して申し訳ないと思っているはずだ……テオボルドならば」
パトロクロス、ロシュフォール、ベルゼブブ、モラン……ホムンクルスの四領主であった。
彼らはそれぞれが持つ能力を駆使し、この魔王のゾンビへと立ち向かった。
鉄拳、剣閃、砂塵、魔弾……それら四人の攻撃は、オオダクツナにはまともに届かなかった。
再生力。刻んだ傷が外見とHPともに、みるみると元通りになる様は、類似の肉体修復能力を持つ四人たちにも、気を遠くさせた。
だがこれはオオダクツナの暴威の側面に過ぎない。
オオダクツナは左右非対称に伸びる三本の腕により、火と氷と雷の魔力の剣を振りかざすなどして、災害のような大技を次々と繰り出すのだ。
これをかいくぐり、四人は反撃を与えようとも、回復されてしまう。
「パトロクロス、貴様、こいつは無理に蘇らせた先代の魔王と言ったな……」
「これでこんなのなら、全盛期はどんだけイケイケだったって話だっつーのこれ。クソほどメンドいわ!」
「いやあ、これは某でも悠長に研究云々言ってられませんですぞ……」
「それでも勝つ! このロスデモ島は決して魔王に屈しない!」
オオダクツナの最盛期――十五年前を間近に捉え、そして打ち克った勇者、リクゴー。
彼は未だにロスデモ島の海岸付近に碇泊する船の中に、指揮官として最奥に腰掛けていた。
その近辺、海岸付近で勇者軍は、ロスデモ島の勢力と交戦を続けている。
たとえかつての宿敵が復活したとしても関係ない。優先すべき使命のために、この本陣を守り続けていた。
そこへ、伝令兵が駆けつける。
「二つ、申し上げます! ナリトモ氏とルイーザ氏がテオボルドと交戦開始とのこと!」
リクゴーは素直に顔をほころばす。
「存外にも早かったな。ではすみやかに後詰めを送ろう。二点目の報告事項は?」
「本艦の南東方面から、所属不明の船が接近しております!」
この情報を耳にするや否や、リクゴーは表情を引き締めた。まるでここからが、本当の戦いの始まりであることを悟ったように。
リクゴーはようやく総司令の椅子から立ち上がり、傍に立て掛けていた剣を手に取る。
「お、ようやく出陣するんか、リクゴー」
「ええ、どうにも嫌な予感がしてしょうがないですから」
自軍の上層部と共に甲板に出て、船尾の端から南東方面を見る。
そこには、この軍艦より、スケールが二周り小さい船が、意気軒昂にこちらに突撃している姿があった。
リクゴーは遠視魔法を駆使し、その船の状態を探る。
「あの旗は、シモンズ海賊団のものか……事前情報の通り、奴らも関与していた、か。
……敵は一隻だが、油断はするな! 徹底的に砲撃開始せよ!」
バリスタンの号令を皮切りに、シモンズ海賊団の船は一時静止する。
搭載された砲台と、搭乗者の遠距離攻撃を用いて、リクゴーは接近する敵船を攻撃する。
「ぬるい技だ……野郎ども、シモンズ海賊団として海戦の作法を教えてやれ!」
対する海賊船側も砲撃と飛び道具の連射を開始。二つの弾幕は二隻の中間点で花火となる。
「更なる火力を。あのようなボロ船、さっさと沈めて、より優先度の高い作戦を……」
突如、リクゴーたちの背後で破砕音が鳴り響く。甲板の木材が弾けて剥がれる音だ。
振り向いた勇者たちの前で、甲板にたった今ぶち開けた穴から、銀髪の少女――ハザが飛び出す。
「ありえないところから襲いかかる! それが海賊の作法だ!」
バリスタンの接近は囮に過ぎない。
勇者軍の親玉、リクゴーを討ち取るべく、ロスデモ島最高峰の戦力であるハザがこっそりと単騎で敵陣に攻め込む。これこそが彼女たちの真の狙いだったのだ。
勇者軍の魔術師たちは、司令官に言われずとも、各々が得意とする魔法を放った。
まだ宙にいるハザが、掲げた大剣を片手剣と盾に分割する。
「【ヴォルテックス】」
片手剣で全方位を薙ぎ、魔法を打ち消す。ハザは盾の裏に隠されていた銃口を、魔術師たちへ向ける。
「【シースレスショット】」
こぶし大の銀色のエネルギー弾が次々と、勇者軍を減らす。
「【タイダルウェイブ】」
そしてハザは片手剣と盾を突き出し、荒波のような勢いで落下する。狙いはリクゴーだ。
近接系のジョブの者たちが、総大将の手前に並び、身を固めた。
しかしハザの突進の威力は、彼らの見積もりをゆうに超え、総大将を差し出すように激しく撥ね飛ばされてしまった。
「……無駄に上昇志向ばかり持っているからこうなるのですよ。【グランドストーン】」
勢いそのままに自分へ剣を突きつけるハザに対し、リクゴーは涼しい顔をして、手前に岩石を隆起させ、ハザの激突のダメージを肩代わりさせた。
「……し、失礼しました、リクゴーさん!」
「ここから挽回を……!」
「もう結構。君たちは船内に戻って休むなり、船から降りて魔物とでも遊ぶなりしてください。
この場は、五代目勇者パーティーが収めます」
「「「……ははっ!!!」」」
すみやかに退散する勇者たちを尻目に、ハザは剣と盾を構え直し、この急襲の標的たちを見据える。
「あなたたち三人がお相手ですの?」
「見ればお分かりになりませんかね……お嬢さん?」
聡明な雰囲気の青年、リクゴー。彼の両脇には、護衛が二人。
ハザから見て右側には編笠と、輪に輪を通したような装飾の杖が特徴的な青年――ダイオン・イシオカ。
左側には、狐の耳を生やした少女――アガタ・ミラン。
ヨハネスを除く五代目勇者パーティーが、ここに集っていた。
ダイオンは杖をジャラジャラと鳴らしながら、不満げに左へ言う。
「……もう皆行った後でゆうのも変やけど、ええんかこれで? 敵はこいつ一人やで、リクゴー」
「一人で来たからこそ警戒すべきなのです。彼女に、我々の人員を過剰に食われては困りますから」
アガタは三本の爪が伸びる手甲同士をぶつけ合う。
「アタシは構わん。久々の知らん奴の相手なんだ。邪魔モンにやらせはしないよ」
「新兵相手も飽き飽きしていたと愚痴っていましたものね。ではリクゴーパーティー、久々の戦闘といきましょうか」
苦楽を共にした仲間であるためか、アガタは合図も出さず、許可も得ずにハザへと迫った。
(この人は【格闘家】、それも素早さを重点的に伸ばした人だね)
矢継ぎ早に繰り出される突きを、ハザは盾を主軸、剣を補助として、防御に徹する。
ハザは相手のステータスを見透かす力を持つ。 彼女の爪には、まともに当たれば物理と魔法両方防御力を減少させる魔術が施されているのを、見逃しはしなかった。
さらにハザはアガタの攻撃をいなしながら、その背後の二人の様子を探る。
「【ストレングス:アタック】、【ストレングス:マジック】……」
ダイオンが杖を何度も掲げ、呪詛のようにスキル名を連呼し、リクゴーに与えられるだけのバフを与えている。
アガタが連撃で一方的に追い込みつつ、防御力を減らす。
そうして弱った敵に、ダイオンから十分なバフを受けたリクゴーが猛攻を仕掛ける。
それが彼らパーティーの主戦術……と、ハザは、アガタの攻撃を百二発ほど防御したところで推察した。
竜が尾を振るうような強烈な回し蹴りがハザへと迫る。そこにハザは盾を向け、着撃と同時に押し出す。
体幹を揺らされ、たたらを踏むアガタ、それと奥の二人を見据えつつ、ハザは盾を頭上へと掲げる。まるで渦潮のように、周囲の魔力が彼女一点へ収束して、空間が揺らぐ。
「あれは……アガタ。もういい、下がれ」
「……チッ、一発も与えさせてくれなかった……あいよ」
ハザは銀色の輝きを帯びた盾を、床に叩きつける。
「勇者奥義【ベヘモッティ・マーン・ヴァッルッタイヤ
】」
そして彼女を中心に、膨大な魔力の壁が波のように広がった。
ダイオンとアガタを背にしたリクゴーは、迫りくる魔力の奔流に真っ向から向きあいつつ、得物の剣を、簡易的な魔法陣を空に描くように振る。
落成の合図のように、リクゴーは剣先を右手の指二本で挟んでから、言い放つ。
「勇者奥義【最上霊刀・魔王切理久業】」
刹那、リクゴーは陽光に似た温かくも謎めいた光を湛えたその剣を、瞬間的に振り下ろす。
甲板の上に一閃の斬撃が走り、銀色の壁と激突。やがて相殺され、三人のいる地点を丁度外すような隙間が生じた。
魔力の壁が完全に過ぎ去った後、アガタは一歩前に出ようとした。
そこに、ダイオンが杖を突き出して制する。
「おいアガタさんよ、自分リクゴーがここ来る前に言うてたこと聞いとったんか?」
「き、聞いてたっての。けどちょっとくらいならぶん殴ってもいいと思って……」
その時、リクゴーは剣を手前の空間に振っていた。あの魔法陣を描く――勇者奥義発動直前の所作だ。
「貴方も、わたしと同じなのですのね……」
「勘違いしないでいただきたい。私は技の種類数と、連続発動数、どちらも違う」
*
一方その頃。島北西部、港町にて。
「【迅雷の閃】!」
「【アックスバースト】!」
テオボルドはナリトモが放った突きを、真っ向から斧をぶつけて防いだ。
ナリトモが【忍者】らしい身のこなしで、縦に転がり、五歩ほど背後に逃げた。
テオボルドはすかさず斧頭から矢を放ち、追撃を繰り出した。
同時に、ナリトモは回転の最中に構えていた手裏剣を両手それぞれから三枚ずつ投げてきた。
「【ブレスシールド】」
そして二人の飛び道具は、両者の射線を切るように配置された正方形の障壁に遮られる。
「お戻りなさい」
障壁は四分割されるとともに、前倒しとなる。
そしてそこで高速回転をしてから、テオボルドへと向かってきた。
テオボルドはその場で跳び上がり、四枚の障壁を飛び越す。加えて、背後にいたルイーザへ、拡散イガグリをぶん投げた。
ルイーザは手元に戻した障壁でイガグリを安全にキャッチし、適当な方向に放棄する。
その時、テオボルドの背後から、ナリトモが駆けている。着地の瞬間を刈る算段だ。
「ボクも参りましょう! 【ブレスシールド】!」
ルイーザは手前に新たな障壁を、地面と平行に展開した。それを足場としてジャンプし、落下途中のテオボルドへ剣を突きつける。
「ツラ借りるぞお前!」
テオボルドはルイーザの剣を、身をひねってかわし、さらに顔面を右足で踏み込む。
これでテオボルドは背面方向に跳び、背後で落下を待ち構えていたナリトモの、さらに背後を取る。
「【ストロングアロー】!」
ナリトモは背を反らしてテオボルドの攻撃を避けた。それらの矢は、ルイーザが回転させた琥珀色の障壁に刺さって止まる。
「腐っても、サンセマイン撃破の功労者……なかなかやられてくれませんわね」
「おまけにアーティファクトを引っ提げてきた……ルイーザ、立ち回りを考えねばならんぞ」
一時的に攻撃の手を緩め、テオボルドの隙を伺う。
そんな二人にテオボルドもまた戦う手を止め、躊躇せずに尋ねた。
「なあお前ら、相性、悪くないか?」
ルイーザは剣を持たない左手を空へ向けつつ言った。
「は、どういうことです?」
「まんま言葉通りの意味だ。オレが抜けてからそこそこ共闘しているだろうに、どうも動きが噛み合ってないぞ。
連続攻撃に長けるジョブ【忍者】。そのナリトモがお前のせいで度々中断されている。
けどナリトモもナリトモで、ルイーザにジョブ【聖騎士】が得意な『引きつけ役』を担わせず、好き勝手行動させている。
両方の得意な分野を活かすわけでも、どちらかの長所を伸ばすわけでもない。チクハグそのものだな」
ルイーザは首をかしげて呟いた。
「敵に対して説教とは何様でしょうか、あの人?」
ナリトモも言う。
「……奴は他人を分析するのが生きがいだからな」
そしてテオボルドはさらに問いを投げかける。
「だいたいなんでお前ら二人だけなんだ? オリヴァーは『オレと戦いたくない』とか言って来なかった。とは聞いた。
だがミスティアはどこ行ったんだ? アイツも同じ理由で不参戦か?」
ナリトモは、しばし目をしばたたかせて、無口な彼らしい反応だと思わせるほどには長い間を置いて、ようやく口を開いた。
「……とまあ、そういったところだ」
続けてルイーザがサラリと補足する。
「自殺したのですよ。貴方が勇者軍の旗を燃やした報を受けましてね」
「……!?」
「……言いやがったか……」
テオボルドは歯を剥いて問い返す。
「……んだ、どういうことだァ!?」
「簡単な話ですわ。かつてのパーティーが勇者軍に仇なしたと世間に知られれば、『当人にも責任があったのでは』と、そうした噂を好む方々に付き纏われますもの。
短い間の付き合いでしたが、ボクにもわかりますよ、その苦しさは。ただ、彼女がこの罪を背負って死ぬ必要まであったのかとは、甚だ疑問ですが、ね……?」
余韻のようなルイーザの短い笑いが、テオボルドの鼓膜を介して彼の良心を叩く。
ナリトモも、これまで彼の警戒心を表すように力強く握られていた剣の構えを、僅かに緩めていた。
「無駄話は以上ですか、以上ですね? では先程、ボクの勇者としての姿勢にケチをつけられましたから、このまま見くびられないように、『本気』を出しましょうか。
本当はこんなところで使いたくはありませんが、歴史的大事件の主犯相手なら、釣り合いが取れるでしょう」
ルイーザは剣を両手で持ち、空へ剣先が伸びるように構えた。
途中途中把握はしていたが、テオボルドは改めて、感覚を研ぎ澄まし、ルイーザの能力盤を読み取る。
そのスキル欄の最下の行には、よく見ると『不自然な空白』があった。
「ルイーザ、さては俺に共有していない情報があったのか……?」
「ええ、ここぞという時のために、奇跡を起こしたいのですから!
では栄光あれ! 勇者奥義【ヴァーツラフ・キャセドリング】!」
その詠唱の瞬間、この一帯が、ルイーザの剣から放たれた極彩色の光に満ちた。
【完】




