第32話 ハイド・オーダー
ベルゼブブ、ロシュフォール、モラン。この三人による強固な陣形により、勇者軍は思うように任務を遂行できずにいた。
搭乗した軍艦を本陣とし、逐一、戦況報告を受けるたびに、リクゴーの顔には不服の意念が滲んでいく。
「ホムンクルスというイレギュラーが発生しているという点を加味しても、あまりにも不甲斐ない。
長らく現場を離れている間に、新参の勇者軍はここまで腑抜けたのですか」
周囲にいる上位の勇者たちは、総司令の不機嫌を移され、顔をしかめる。
(((怒っても解決する問題はないよ、リクゴー。ごめん、君に限っては余計なお世話だったね)))
そこはかとなく理性が感じ取れる声が、リクゴーの頭の中で響く。
テレパシーといえど、ヨハネスと通じていると知られれば、無用な緊張感が生じるなどのデメリットが生じる。
リクゴーは表情を悟られないように、思念を飛ばす。
(師匠、わざわざ御念話ありがとうございます。見ておりましたか)
(((ロスデモ島の制圧も、ホムンクルスの捕獲も大事だけど、君には最優先する事項があるだろう)))
(……はっ、重々承知でございます)
(((……これは僕の『カン』だけど、もうそろそろこちらに向かってくるんじゃないかな? 早めに策を講じたほうがよさそうだね)))
(それは……ご教授ありがとうございます。師匠)
「おい、リクゴー。アンタなにボーッとしとるんや」
(((おっと、長話をしすぎた。じゃあ引き続きよろしく頼むよ。じゃあね)))
ヨハネスとの念話を終えて、リクゴー、「失礼した。例のやつだ」と、尋ねてきた人物に謝った。
そしてすぐに、リクゴーは目線を移し、指示を出す。
「ナリトモ・コヤマダ。ルイーザ・チャンバース」
「はっ」「いかがなされましたか!」
「君たちには別働隊として行動していただきます。ターゲットは、そう、元パーティーメンバー、テオボルド・レギサモンです」
*
同時刻。
「ホホホ! 私の輝きの美しさをとくと思い知りなさい! 【金絢耀の威光】!」
黄金鎧に魂が宿った魔物――【金絢耀将】ルミエドンはバラバラにした全身でテオボルドとパトロクロスを包囲し、レーザーを乱反射させた。
「知るかよこんな悪趣味! 【ドランクレイン】!」
「キラキラ光ってばっかでダッセえっての! 『エイダンパーンチ』!」
テオボルドとパトロクロスは片っ端から媒体となるパーツに、斧と鉄輪、各々の得物を、縦横無尽にぶつけ回って破壊する。
そして無防備に残された兜を挟み撃ちして、トドメを刺した。
「緊急事態! ルミエドン様モ戦死シマシタ!」
『……』
魔王軍の戦艦の上。
魔法の鏡の中で、戦模様を見守っていたマリスフリートは、ただ口を閉じ、玉座の肘当てを掴んでいる。
ついさっきまではグラスを持っていたが、そろそろ叩き割られると察知した最側近ペニーヴァナムにより、前もって回収されている。
『まさか一日で魔王軍幹部三人が討たれるとは……これはこの戦いよりも、この後の人事整理について考えたほうがいいかもしれませんね、陛下』
『……それも一理あるな。
だが、このまま小島の住民どもに好き勝手されれば、魔王軍の沽券に関わる。勇者軍も来ているのだからな。
……ペニーヴァナム。あの軍にオオダクツナは積んであるか』
ペニーヴァナムがのけぞり、一瞬、鏡の縁へ消えた。
『……!? ええ、いざという時のために積むように命じておりましたが、まさかここで使うのですか、奴を?』
『六代目の魔王軍は取るに足らない。と、人間どもに流布されては困る。ここで奴らに今一度、恐怖という感情を思い出させてやらねば……!』
鏡の付近にいる伝達役の魔物へ、マリスフリートは手をかざした。
『狙いは島の中央部! 速やかにオオダクツナを投下せよ! この一手で世界の色を変えてやれ!』
「……ハッ、タダイマ!」
船内の魔物たちは、軍艦の武器庫の最奥へと、慌ただしく、ダラダラと冷や汗を流して動き出した。
やがて、十数体程度の羽を持つ魔物の群れが、魔王軍の船から飛び立った。
テオボルドなどに目をつけられないように、前からいた軍勢と自然にすれ違い、丘陵を越える。
そしてホムンクルス三人の勢力と、勇者軍たちが戦っている側へ、魔物は刀を落とした。
鞘に収められているだけではなく、端から端まで護符が貼り付けられ、締めに鎖を巻き付けた代物だ。
魔物たちが必死に軍艦へと引き返す中、刀はロスデモ島に着地。ひとりでに護符が剥がれ、鞘も砕け、反射さえない黒一色の刀身がそのまま地面に突き刺さった。
間欠泉を開いたように、漆黒のオーラが剣が刺さった地点から吹き出す。
やがてそのオーラは朧げな人型、そして徐々に細部を形成していく。
そしてこの戦場に、巨大な異形の骸骨が降り立った。
その時、テオボルドは急遽、旗を燃やした地点へと戻っていた。
得体のしれない邪悪な魔力の流動の正体を探るべく、島中央部を見下ろし、背筋を凍らせた。
顔をひきつらせる彼へ、パトロクロスは震えながら尋ねる。
「な、なんだ……アイツは……?」
「一回死んでるとはいえ……まさか実物をお目にかかるとは思わなかった……オオダクツナ……五代目魔王だ……!」
魔王軍が極秘で回収した先代魔王の肉体と魂と魔力を元にし、妖刀を依り代に生み出すアンデッドモンスター。
――それが、魔王軍最高クラスの戦力、【恐腐古将】オオダクツナ。
オオダクツナは悲鳴とも雄叫びとも判別がつかない声を発した後、左腕一本、右腕二本に、魔力の刀を作り出し、手始めに島内で二番目に高い丘へと振りかざした。
「……っ! どうしていつも我の領分が一番に狙われるのだ!」
「んなこと言ってる場合っスか、モランさあん!」
そこで戦闘していた面々はすみやかに退避。
モランやエウポル、一部の魔物たちは難を逃れたが、その他は斬撃そのもの、副次的に発生した熱波と冷気と雷光に飲まれ、丘の頂とともに消し飛んだ。
さらにオオダクツナは、ロシュフォールと彼のゴーレムたちの乱戦を見下ろし、空洞だった目に一瞬光を灯す。
刹那、その一帯へ、虚空からの黒鉄の剣が降り注ぐ。
「随分と贅沢なことをするではありませんか!」
ロシュフォールは身に降りかかるそれを双剣ではたき落としながら言った。
「まーた面倒なのが来た、ねえ!」
ベルゼブブは砂浜の砂を集め、自分の身の丈もある刃を放つ。
オオダクツナの首七割を抉るように命中した。のだが、その傷跡に黒いオーラが漏れ出し、混ざり合い、元通りに回復されてしまった。
オオダクツナ……魔王軍の切り札登場は、対する勇者軍の本陣にも衝撃を与えていたのは言うまでもない。
「リクゴー様! かの五代目魔王の復活体と思しき魔物が出現しました!」
この伝令により、一同が息を呑む中、リクゴーは瞬きせずに答えた。
「奴に最大限の警戒を払いながら、目標へ集中しなさい」
「は……」
冗談では? と、尋ねるように目を丸くして、伝令兵はリクゴーを見つめた。
彼はそのオオダクツナを撃破した勇者であるはず。自ら腰を上げるまではいかずとも、何かもう少し踏み込んだ対応策があるのでは。この冷淡な反応は一体。
(さては、何かあの方なりに考えがあるのでは……?)
と、具体的に口にするのを恐れて、伝令兵は退室した。
「リクゴー、あれはキッツい言い方だったんとちゃうか?」
「ならばすみません。ですが私には他に優先すべきことがあるので。
魔王軍などいつでも倒せます。ただ本件では、この場で仕留めておかないとならないものがあるのです」
一方その頃。
ロスデモ島の最高峰の丘にて。
魔王の再誕の恐怖が未だ身体から発散せず、テオボルドとパトロクロスは激しい危機感に震えていた。
だがこう立ち止まってはいられない。テオボルドは新調した得物――アーティファクト【隆盛を敷くトキワ】を握りしめる。
「よし、オレたちも降りて、あっち三人と一緒に戦うぞ」
その彼の眼前で、パトロクロスは右腕を伸ばした。
「いや、ここはおれだけ行かせてください。テオボルドさんはこの島の盟主。アイツなんかと戦う必要ありませんってば」
「おいおい、パトロクロス。言っとくがアイツはゾンビ版といえど、五代目魔王なんだぞ」
「ってことはつまり、もう負けたゾンビってことじゃないですか。そんなのにテオボルドさんが出しゃばる必要……ありますかね?」
パトロクロスが自分を覗き込む目には、絶大な自信が宿っていた。過剰と付くようなズレたものではなく、一周回って絶対性を帯びるような物が、そこにはあった。
「……こないだのカルキリッパーのこともあるんだ、無茶するなよ」
「ユーシャなりにな!」
パトロクロスと互いの右手を叩きあったあと、テオボルドは丘を駆け下り、港町に行く。
(向こう側の混乱に乗じて、魔王軍が海路側から攻めてくるかもしれない。そうでなかったらそうでないとして、港町を完全鎮圧して、こっちを足場に勇者軍に立ち向かう……ハザが引き返せるようにしとかなきゃならんしな……)
第二のオオダクツナとなろうと気勢を上げる町の魔物たちへ、テオボルドは斧を振りかざし、矢を連射していく。
「気合だけじゃどうともならんぞ! お前らの相手はもうやり慣れてるんだからよ……!」
目の前の魔物を蹴り飛ばしてすぐ、テオボルドは周囲全体へ神経を研ぎ澄ます。
真水に泥水一滴を垂らしたような僅かな違和感ではあるが、この海賊団と魔王軍が混在する戦地に、『どちらでもない』かつ『馴染みのある』存在が『隠れている』ことに、テオボルドは気づいた。
テオボルドは斜め右後ろの建物の、三階の壁へと斧をかざし、魔力の矢を三発放つ。
「こんな古典的な技はやはり効かないか、お前には……」
すると、その壁に人の姿が現れた。まるでそこを地面のように両足を付けて立っていた。
その人物は逆手持ちした刀を一度振るい、全ての矢を弾き落とす。
すかさず壁を走り、テオボルドの側面から斬撃を放った。
これをテオボルドは斧を構えて弾く。相手は欲張りをせず、五歩ほど離れた地面へ、かろやかに跳んで離れた。
「やっぱオオダクツナの方に行かなくて正解だったかもしれねえ……お前の相手をしなきゃいけなかったもんな」
「俺は勘弁だったがな……こんな再会は」
頭には一対の角を生やし、黒い軽装備に身を包んだ忍者……かつてのパーティーメンバー、ナリトモは腰を低くし、刀を構える。
「ボクは初対面でしたけれどもね」
ナリトモの隣に、ブロンド髪の、怜悧な雰囲気が漂う少女が並び立つ。
「……誰だお前?」
少女は剣を地面に突き立て、テオボルドへ礼を送る。
「ルイーザ・チャンバース。オリヴァーパーティの新メンバーですよ。以後お見知りおきを」
「はあ、つまりオレの後釜か」
ルイーザは剣を握り、構えを正す。
「はい、不甲斐ないエルフの貴方に代わって、清く正しい人事制度の元、改めて加入しました」
テオボルドは片眉を曲げ、短く鼻で息をする。
「……あっそ。じゃあ、そのお前のリーダーのオリヴァーはどこに行ったんだ? なんならミスティアもいないぞ」
「オリヴァーはこの戦いには参加しておりませんよ。絆の方を優先するとのたまいごと申してましてね。ミスティアは……」
ここでナリトモは弱い肘鉄を、ルイーザにコツンと入れる。
「……気をつけろ、テオボルドは他愛もない話をして敵の警戒を弛緩させる技を常用している。任務だ、任務に集中しろ……」
「ここからが肝心なところなのに……先輩風を吹かさないでくださいよ、ナリトモさん」
三人はそれぞれの武器を構えて、双方の目から火花を散らすように、睨み合う。
張り詰めた警戒は、ルイーザが断ち切った。
「【ブレスシールド】!」
ルイーザとナリトモの手前に、琥珀色の正方形の障壁が、道を塞ぐように出現する。
ルイーザはそこに剣先を当てて、押しながらテオボルドへと突撃した。
その後ろでナリトモが跳躍し、壁を蹴り、テオボルドの背後を取る。
「【疾風の斬】」
すかさず地を蹴り、刀身を正面へ横に向けて突進する。
「すみやかにお死になさい! 勇者軍に対する反逆者よ!」
「【エクソダスセイバー】!」
テオボルドは斧に魔力を注ぎ込み、真正面にある障壁に力を叩きつける。
飴細工のように破片と化した障壁の先で、ルイーザが目を見開いていた。
テオボルドは大上段で斧を振り上げる……フリをして、後方のナリトモへ矢を連射。これを防御させることで、相手の突進を中断させた。
本当に斧を振り下ろそうとしたルイーザは、とうに間合いを取り直していた。
一瞬振り向くと、ナリトモも離れた位置で次の出方を探っている。
その両方へ目をやりながら、テオボルドは声を荒げる。
「……こんな士官学校の最初の授業でやるような先鋒、通用すると思うなよ!
オレはひっさびさの元勇者の反逆者なんだぞ……そんな甘っちょろい作戦で勝てると思うな! ナリトモ! ルイーザ!」
現在、ロスデモ島同盟盟主、テオボルド・レギサモン。
その決意を再度、二人へと示し、さらに奮起する。
【完】




