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第30話 エアフォルクの遺産

 テオボルドがアーティファクト【隆盛を敷くトキワ】を手にしたのは、昨日のこと。

 開戦前夜の熱気が漂う中、バリスタンに呼び出された時だった。


「テオボルド、これから少しでも勝率を上げたいというのなら、こいつを使え」


 バリスタンは空の右手のひらを差し出した。

 何も無いじゃないですか。と、テオボルドの喉まででかかったところで、そこに虚空から、斧が出現する。


「これは儂がスタエル様に仕えていた時に、自分用に作ったアーティファクトだ。あまり実地に立つことはなかったから、二桁も使っていないがな」

 

「それを、オレに譲るってことですか」


「こんな一大事に骨董自慢なんかすると思うたか。まあ、貴様がこれを用いれば、ますます【勇者千殺】に近づいてしまうから、無理にとは言わぬ」


「わかりました……それなら、有り難くいただきます」


 ホムンクルスという禁忌の存在を、勇者軍と魔王軍から守るためなら、自分も禁忌に身を染めるべき。

 それだけの覚悟ならもう十分ある。テオボルドはその柄をしかと握りしめた。

 斧頭にある魔石が一瞬点滅する。持ち主が移った証明である。


「しかし皮肉なものだな……エアフォルクが発明し、イバラが己の殺戮の象徴としたものを、あろうことかお前が使うとは……」


「どっちも嫌いなヤツだったというのに、その轍を辿るとは……ここまで来るといっそロマンを感じますわ、ホント」


「気楽だなぁ、貴様……で、それら全員を見てきた奴が、ここにいる。と……」


*


 テオボルドはこの斧を横向きに構えて、視界にいる魔物全てへ向ける。

 魔力により精製された矢が瞬時に撒き散らされ、魔王軍の尖兵を薙ぎ倒す。


「ジュルウディ様! あの奇妙な武器を持つ盟主のせいで、まともに前に進めません!」


「ならば他の道を行けばいいだろォ! 奴は代わりに俺が引き受ける!」


 古木の魔人――魔王軍幹部、【樹木醒将】ジュルウディは切り株に丸太を組み合わせた、愛用の戦車に乗り、自らの魔力で車輪を回転させて、テオボルドへ突撃する。


「おっ、あのイカダのアイツか……斧のお試しにはまたとないマトだ!」

 テオボルドはそちら一点に矢を連射し、その皮を次々と剥がして砕く。


「大自然の生命力を知れェ!」

 だが次から次へと新しい皮が現れ、ダメージらしいダメージは刻めなかった。


「ま、これは弓……弩……どっちでもいいけど、斧の力じゃないからな!」

 テオボルドは両手で斧の柄を握りしめ、斜面を駆け下りジュルウディへ立ち向かう。


 まさしくこれこそ丸太のような腕が、幾重にも伸びて、拳を繰り出す。

「【エクソダスセイバー】!」

 テオボルドは、拳の雨へめがけて、魔石と自分の魔力によって振動を起こす斧を叩きつける。

 たちまちジュルウディの腕は一時全滅し、その隙にテオボルドは、戦車に足掛け、相手の懐へと飛び込む。


 ジュルウディはすぐさま一対の腕を再生させて、テオボルドとの肉弾戦に移る。

 斧頭からの矢の射出を織り交ぜて撹乱しながら、体格差をものともせずジュルウディを押し込んでいく。


 最中、テオボルドはジュルウディの腕を両断し「【エクソダスセイバー】!」がら空きの胴体へ斧を叩きつけた。

 だが手応えがない。使い捨ての利く樹皮のバリアと、即席の樹液コーティングによるものだ。


「木こりごときに負けはしないィ……!」


「俺は【狩人】だ。斧振るだけじゃない」

 と、テオボルドが言った瞬間、斧頭から無数のトゲが飛び出した。

 隆盛を敷くトキワに備えられたボウガン機構は、アイテムを射出することも可能。

 テオボルドは即座に、斧頭のボウガン部に【拡散イガグリ】を引っ掛け、命中と同時にそれが炸裂するように仕込んでいたのだ。


 無数のトゲによりコーティングと皮を削られただけでなく、視界も奪われたジュルウディ。

 そこでテオボルドは、渾身の力で斧を振りかざす。


 だがその直前で止めた。四方八方から、鈍い金属光沢を持つ円錐が飛来したためだ。


 テオボルドはジュルウディを足蹴にして横跳び。ジュルウディも数秒遅れて戦車を動かし、その場から退避。

 二人のいた地点で円錐同士がぶつかり合い、爆炎を巻き起こした。

 その上空には、横倒しにした車輪の中央に宝石のような眼がついた、魔物と呼んでいいのか怪しい形状の魔物が浮遊している。


「この盟主は俺の手柄だよォ!? フォルフォード!」


「JSVH(危うく死ぬところだったのに贅沢を言わないでください)」


 車輪の魔物……【流転輪将】フォルフォードは中央の目から光線を放つ。

 光線は地面に蛇のような焦げ跡を残しながら、テオボルドへと迫った。


「JIVVEVM(これでお終い)」

 それからテオボルドは逃げるが、フォルフォードは追い打ちとして、車輪の輻(スポーク)の延長にあたる部分から円錐を八発放つ。

 円錐はテオボルドへ狙いを定め、執拗に追い回した。


「俺もまだいることを忘れるなァ!」


 さらに、あたかもテオボルドを誘い込んだように、ジュルウディが背後から回り込んでいた。


「面倒に面倒を重ねやがって……もういい、全部いっぺんに片付ける!」

 テオボルドは腰を捻り、斧を持つ手に力を込める。

「【ディアスポラショット】!」

 その場で自分自身を軸に高速回転して、斧を全方位へ振るう。同時に、斧からおびただしい数の矢が射出される。


 円錐は相殺され虚空で爆発。加えてフォルフォードとジュルウディにも命中して、ダメージを与えた。


 フォルフォードは空中で揺れを抑えた後、中央の目をギラギラと輝かせた。

「KIRIVEPQSXSVW……!(ここまでしぶといのは気に入らない。一瞬でカタをつける……!)」


 フォルフォードの目が一瞬閉じて、即座に開く。

 するとそこに星空のような文様の魔法陣が現れ、下の空間の空気を吸引し始める。

「【QIVGIHIW-FIRD】(【流転輪の廃退】)!」


「俺も加勢するッ! 【樹木醒の繁栄】!」

 さらにジュルウディが自分の身体を地面に埋めた。テオボルドの足元からいくつもの根が、突き上がり、襲いかかった。フォルフォードの下へ押し込むため。あわよくばこれで仕留めるために。


「オイオイオイオイ……! これは悪手だったな」

 テオボルドはジュルウディが放つ根を、全身のバネを駆使して回避し、ジュルウディへと接近する。その軽快な立ち回りは、森を知り尽くした民の動き……原点回帰である。


「は、早いィ!?」


「木の目線ならそうだろうな、【エクソダスセイバー】!」


 テオボルドは斧をジュルウディの顔面めがけて叩きつける。直後、セットした加圧ぼっくりが爆発して二度目の衝撃を与える。

 テオボルドは爆風の反動を活かして、ジュルウディの背後へと回り込む。そこで、【隆盛を敷くトキワ】の柄を延長させ、戦斧のように構え、目を見開く。


「勇者奥義【ダムナティオ・メモリアエ】」


 斧頭に埋め込まれた魔石から、持ち手から受けた膨大な魔力が逆噴射し、猛烈な加速を帯びる。

 直撃の刹那、ジュルウディは地面から千切れて、枯れ葉のように軽々と宙へ打ち上がった。

 その先にいたのは、魔法陣を生成しているフォルフォードだ。


「QEDHE!?(こ、来ないでください!?)」


 ジュルウディは特殊な磁場を生む魔法陣を文字通り砕き、フォルフォードへ衝突。

 そして二人はまとめて空中で粉々となって敗れた。


 テオボルドは柄を伸ばした斧を、爆発地点に向けたまま、すました顔をして言った。

「……すげえ、これが派手な高火力技ってのか」


「でしょー」

「うおおっ!?」

 テオボルドは、いつの間にか左横に現れたハザに驚き、アーティファクトを支えに、坂道を転がることを防ぐ。まさかここでも柄を伸ばしたことが有効に働くとは思わなかった。


「んで、ああ、こいつはすごいな……こんなものトーシローユーシャが渡されれば派手にやっちまうのも、最悪だけどわかっちまうぜ……」


「でも、テオボルドさんならそうならないと思いますの。第一にそれを言えているのですもの」


「……かもな。ようし、バリスタンさん以上に使いまくってやるぜ」


「お願いしますの、盟主サマ。あなたが魔王相手に暴れてくれれば、わたしも『後』が助かりますから」


 そしてテオボルドは、アーティファクトを杖から、戦旗のようにして地面に立て直して、叫ぶ。


「見たか! これがロスデモ島だ、お前ら!」


「覚悟しろ魔王軍! 貴様らはロスデモ島のユーシャの前に倒れるんだよ!」

 と、パトロクロスはがらんどうの鎧のモンスターをベコベコの鉄くずに変えながら、盟主の鼓舞に箔を付ける。


 この奮迅により、周辺で戦っていたロスデモ島軍も、続々と魔王軍を押し返していった。


 未だに近海に碇泊する魔王軍の軍艦に、魔法の鏡は置かれている。

 その中で、マリスフリートは不気味なガラス細工の中で紫色の液体を踊らせながら、口を尖らせていた。


『ジュルウディ、フォルフォード……これだから腰抜け共は嫌いなのだ』


 主の不機嫌を察知し、隣のペニーヴァナムは、そうと知りつつも気休めを言う

『お待ちください。まだこの戦争に参加している幹部はおります。彼らの本領発揮に期待致しましょう……』


『あればいいな。程度で考えておく!

 しかし、それ以上に奴らはまだなのか……?』


『奴ら……?』


『勇者軍だ。反対側に布陣していると数時間前に聞いていたが、奴らも島に来た気配が無い。あのエルフの親玉含めて、主戦力がこちら側に偏ってる気がするのだが』


『ほほう。確かに……目ざといですな、陛下』


*


 一方その頃。


 勇者軍の主戦力、五代目勇者、リクゴーは、ロスデモ島……ではなく、そこに最も近い自軍基地へ戻っていた。


 与えられていた軍艦三隻とそれに付随する兵団があるが、万が一に備えるためだ。


 特に必要なのは……

「総司令、ロスデモ島で私が確認した情報を共有致します」


 基地の最奥にある総司令部で座す、キルデリク・ヴィルヌーヴは、『話してくれ』と言う代わりに、会釈をする。


「はっ、テオボルドは我々と魔王軍、双方への反抗の意思を表明しました。

 その報復として魔王軍がロスデモ島へ攻撃を開始し、現在戦闘が行われているとのことです」


「リクゴー殿。先発隊として攻撃をせず、一度この基地に戻ったお考えはお有りで?」


「はい。魔王軍と奴らが激突、そして消耗して貰ったほうが、我々として都合がいいですからね……」


「そうか。仮に私が貴殿の立場なら、そうしただろう……」

 そしてキルデリクは襟を正し、司令官の席を立とうとする。


 その前にリクゴーは言った。

「お待ちを、ここで私からの提案ですが、キルデリク様、貴方はこのロスデモ島の制圧作戦から外れた方がよろしいかと」


 キルデリクは片眉をピクリと動かし、再び背もたれに背を寄せる。

「その理由は如何に。除隊者と言えど、勇者が自分の領土を無許可で占有し、王のように権利を主張した事例は未だかつてない。

 この事例は、軍の最高責任者である私が……」


 リクゴーは右人差し指と中指を合わせて、ピンと真上へ向ける。

「だからこそ、外れていただいた方が都合がいいのです。この件にキルデリク様が関与していたとなれば、勇者軍はこの反乱の非を全面的に認めたことになります」


「それはいささか論理が飛躍していない……」


「そういう風に面白がったことを言いふらしたがる方々がいるのですよ、大陸には。そして資金提供者はこうした醜聞に不快感を示して、財布の紐を締めたがるのですよ。

 ここからが本題。この件は私が汚れ役を被ります。

 私が指揮官代理となり、テオボルドへの制裁を完了した後、『エアフォルクの負の遺産を完全に抹消した』と表現すれば、勇者軍への面子は保たれるでしょう」


 あまりにも突然の提案に、キルデリクはリクゴーを訝しみ、それについて尋ねようとした。

 ――完璧な知恵というのは、仮に失敗してもなお先に続くからこそ完璧。

 かつてのパーティーメンバーが度々口にしていた言葉を、その弟子である彼から思い出した。


「……と、ヨハネス様から本件の解決にあたって、事前に提案いただきました」

 右手を下ろすと同時に、リクゴーは左手でキルデリクの机に手紙を置く。


 中身は、ヨハネスからの『リクゴーへの一時的な指揮権の譲渡』の推薦状だ。

「ご安心を。私も私で、魔王討伐の実績がございます。田舎者に遅れは取りません。

 というわけで、いかがでしょうか……?」


 キルデリクは、組んだ両手を額にあてがい、クスクスと笑い始めた。

 あまりにも準備が良すぎる。だが、あの腹黒魔術師ならやりかねない用意周到な行為だった。と、キルデリクは追憶混じりに思った。


「わかった。退路を守るためにも、私はこの基地に……」


「それもいけません。関与が疑われます……」


「……わかった。ではここの戦力の指揮を一任する。くれぐれも無駄遣いするな」


「は、感謝致します。」


 そしてリクゴーは踵を返し、本格的な制圧作戦の指揮を取るべく、部屋を出ようとする。

 だがその扉に手を伸ばしかけた瞬間、向こう側から勢いよく開け放たれた。


「すみません、テオボルドが反旗を翻したっていうのは本当ですか!?」

 言葉と言葉の繋がりが皆無な勢いで、翼と馬耳を持つ少年はまくし立てて尋ねた。


「……貴方は誰です? ここは総司令の」


「オリヴァー・ホランダー。現勇者軍の有望株で、テオボルドがかつて属してたパーティーのリーダーだ。リクゴー殿」


「ああ、道中に聞いていた彼ですか」


【完】

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