第29話 再始動と復活とロイヤルフラッグ
翌日の昼過ぎ。ロスデモ島の北西部にある港町にて。
テオボルドはここに、島の面々を集められるだけ集めた。
昨日の出来事から、皆は彼が何に関して言おうとしているかわかっていた。
だからテオボルドは、余計な助走や前置きをせず、盟主の言葉を待ち望んでいる彼らに、己の決意を伝えた。
「オレは、勇者軍と魔王軍、どちらの提案にも乗らない。ロスデモ島として、戦うつもりだ」
聴衆の中から、まず恐る恐る手を挙げたのは、モランだった。
「昨日の話を額面通りに受け取れば、両軍と敵対することになるのは承知……であるな? テオボルドよ」
この機を逃すまいと、ベルゼブブも言った。
「カルキリッパーの時点でこんだけボロボロになったんだよ? アンタ本気?」
テオボルドははっきりと首を縦に振る。
「わかってる。そういう意味でも戦うつもりだ。この世界を二分してる勢力が同時に襲いかかるかもしれないって恐怖も、よくわかってる。
だけどな、この世界のどこにもない価値のあるロスデモ島は、どっちにも守れねえし、奪えねえ!
去就も勝敗もどうでもいい! オレはロスデモ島の盟主として戦い抜く! それだけだ!」
この決意表明に、住民たちはしんと静まり返る。
その沈黙に僅かな不安を感じて、テオボルドは一応補足した。
「……まあ、どうしてもって言うなら無茶はさせない。明日までに逃げても止めはしないぞ」
ぽつりぽつり、と、住民たちからざわめきが広がった。青か赤か。その二択について半日程度悩まされていた彼らにとって、テオボルドが呈した第三の選択肢はそう簡単に受け入れられるものではなかった。
「そんな甘ったれたこと、おれは許さねェからなァ!」
この地を揺るがすほどの大声がした方……港町のある建物から、続けて破砕音が鳴る。
そこから飛び出した影は、テオボルドと聴衆たちの間に着地する――パトロクロスである。
「パトロクロス、貴様……!」
「やっと目覚めたっつーわけ!?」
「今起きたばかりだから、話は聞かせて貰ってない!
けれどもテオボルドさんの気迫で大体分かった! オレたちはロスデモ島のために戦うべきだ! 誰が相手だか知らないが、オレたちは負けない!
ユーシャってのは誰であっても立ち向かうからユーシャなんだ! カルキリッパーだってなんとかなったはずだ、だから次の相手だって勝てる!
そうでしょう、テオボルドさん!」
「おお、すごいぞパトロクロス……けど次の相手は、勇者軍と魔王軍、どっちもの可能性が高いぞ?」
「なっ、魔王軍と……勇者軍!?」
今まで常にリスペクトしていたユーシャと敵対するかもしれない。パトロクロスはようやく現実を見始めて、その場で屈んで頭を抱えた。
だがものの五秒で立ち直して、熱く語り直す。
「いいや、だから何なんだ! テオボルドさんが本気で相手にするってことは、その勇者軍がユーシャの風上に合わないクズなんだろう!
だったらますますおれは戦う! これでいいよな、テオボルドさん!?」
そしてパトロクロスは、確認を取るように熱い眼差しを向けて、拳を突き出してきた。
「お、おう……! お前がまた味方になってくれて嬉しいぞ、パティ!」
証印をするように、テオボルドはそこに己の拳を合わせた。
モランは直射日光を浴びたように目を細める。
「まさかこんな都合の良いタイミングで復活するとはな……」
ベルゼブブは腕を組み、一つため息を挟んでから、
「……んで、あーしらはどうしよっか?」
「……主に隠れて密談など格好が悪い」
モランは聴衆の中から歩み出て、テオボルドに面と向かって尋ねる。
「念のため質問する。現時点で勝つ算段はあるのか? カルキリッパーの件でとうに消耗したというのに?」
テオボルドははにかんで答えた。
「あるわけないだろ、んなもん」
「そうか。では今度は我が顧問となろう。負け戦の経験者として、な……」
と、モランは自嘲気味に言い、テオボルドの傍らに立つ。
「結局、アンタもそっち側かい。おいてくなっての、あーしも行くってのに……仲間の仇を取りにさ……」
伏し目がちになりつつも、ベルゼブブもテオボルドの方へ合流する。
「……真船長。儂はお前の舵取りに従うだけだ」
「わかりました、バリスタン、では……」
そしてハザも前へ踏み出し、聴衆へと振り向いた。
「わたしたち、シモンズ海賊団はロスデモ島との約定と、海賊としての尊厳にかけて、勇者軍と魔王軍への徹底抗戦を致します! 文句は言わせませんの!」
「「「はい、真船長!!!」」」
「テオボルドさぁん! 俺も……」
「加勢するよな、エウポル?」
「え、ええ……二軍相手にどんだけやれるかどうかはわかりませんけど、何がなんでもアンタに従いますぜ!」
テオボルドの決意により、ロスデモ島は選択を決めた。
「ようし、満場一致だ! ロスデモ島はロスデモ島として戦う! 勇者と魔王の二項対立に風穴空けてやらあァ! お前ら、張り切って行くぞーーッ!」
「「「「「「オーーッ!!!!!!」」」」」」
明日。世界の歴史に例外か革命を起こす。その意気を掲げて、ロスデモ島の住民たちは出来る限りのことをし始めるのだった。
「……あれ、ちょい待て」
「ん、どうした、テオボルドよ」
「おおモラン。お前、ロッシーはどこ行ったのか知らんか? あまりにも灯台下暗しでわからんかったが、アイツここにいなかったよな?」
「スマン。状況が故に説明しそびれていた。奴は『テオボルドがどういう選択をしようとも、どの軍とでも相手できるように』と、自分の屋敷に籠ってモンスター製造に熱中している」
「アイツらしい判断だこった……一周回って頼もしいぜ」
*
翌日……返答の期日。
ロスデモ島の近海に碇泊する魔王軍の船団には、幹部のモンスターも含む大軍が待っていた。
こちらへの服従を示す赤い旗を挙げればそれで良し。そうでないのならばこの軍隊を即座に繰り出すまで。
さらには魔法の鏡越しに、魔王マリスフリートと最側近のペニーヴァナムも、固唾を飲んでロスデモ島を見つめていた。
「アッ、何カ動イテイマス!」
船内にいる遠視を得意とする魔物が、ロスデモ島の最高度に当たる丘に注目した。
そこには島の代表者であるテオボルドが立ち、ガサゴソと何かをいじっている。
やがてテオボルドは、旗を掲げた。
魔王軍の紋章が刺繍された赤い旗と、勇者軍の紋章が刺繍された青い旗。その両方を。
『あれは、どういうことだ……!?』
「どういう回答だ、あれは……?」
反対方向に布陣していた勇者軍船団のリクゴーも、このテオボルドの行動に戸惑いを隠せずにいた。
だがこの程度で驚くのはまだ早かった。
なんとテオボルドは、掲げた旗二枚に、火を付けたのである。
そして彼は、満面の笑みを双方に向けてから、足元へと手を伸ばした。
掲げられたのは第三の旗……緑色の布地に、四つの紋章を四分割して並べたものだ。
一つは、四角の上に、屈折した武具を重ねたようなもの。
一つは、右肩上がりに三つの円が並び、それらの間が二本の線で結ばれたようなもの。
一つは、地面より這い出た鎌のようなもの。
一つは、天を焼く火柱のようなもの。
その複雑な紋章が、そこに金糸で刺繍されている。
「我々はロスデモ島同盟! 勇者軍と魔王軍、どちらにも服従しない完全なる独立勢力である! どうしても頭を下げさせたいっていうのなら……来たりて取れェェェッ!」
「……ト、アノエルフノオッサンガ叫ンデオリマス! 魔王サマ!」
『であれば、手筈通り参ろうか……総員、魔王軍の恐ろしさを小島の住民どもに叩き込んでやるがいい!』
このマリスフリートの号令の元、魔王軍の軍艦は一斉に島へと迫った。
当然ながら島からの砲撃牽制が来るが、その程度では魔王軍は怖気づくことはない。
魔物たちの中には飛行や水上歩行の術を持つ者も多いため、難なく上陸した。
「とにかくゥ、知らぬ奴らはぶちのめせばいいのだ!」
ロスデモ島で得た戦果はそのまま功労者の手柄とする。
ホムンクルスという未知の戦力と、王の言葉に釣られた魔王軍幹部たちも、当然のように大軍に混じっている。
血気盛んな魔物たちは続々と港町などから上陸し、内陸へと進もうとした。
「来たぞ! 魔王軍どもめ、おれたちが相手だ!」
先陣を切って迎撃に向かったのは、パトロクロス。ホムンクルスの驚異の身体能力を駆使し、魔物たちを次々と打ち上げた。
この暴風域を逃れようと、別の侵攻経路を探す魔物たちもいた。
そうした者たちが相手するのは、この町を知り尽くした海賊団。
「こちらでは、わたしが相手しますの?」
ハザは大剣――片手剣と盾銃を合体させたアーティファクト【滄海を汎くシラホ】を豪快に振り回し、第二の台風として敵を吹き飛ばしていく。
だがそれは陸を進んで歩く魔物に限ってのこと。魔王軍は魔物の連合体、飛行、浮遊、跳躍能力で地形を無視できるものも多い。
そうした様々な魔物を、ロスデモ島軍が簡単に素通りさせることはない。むしろ、正規のルートで行った方がマシだったと思わせるような苛烈な反撃が、彼らを襲った。
まず、まとめて五十四体。様々な魔物が矢で射抜かれて撃破された。
丘の中腹に立つテオボルドは、さらに次の攻撃を放ち、六十二体の魔物を葬る。
「……ようし、コツを掴めてきたぞ……」
テオボルドは携えた片手斧をそっと撫でてつぶやき、更なる大群へと狙いを定める。
それはただの斧ではない。刃頭に魔石が埋め込まれ、そこからボウガンのような機構が搭載されたもの――アーティファクト【隆盛を敷くトキワ】である。
【完】




