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第28話 勇者千殺・イバラの過去

 話はさかのぼること、第五次魔王戦線の始まりの頃。


 バリスタン・テイラーはドワーフの生まれらしく、鍛冶ギルドを束ねる親方職人として働いていた。

 彼は更なる利益を求め、とある画期的な武器の開発に励んだ。


 それは『銃』と呼び、火属性の魔石を筒に組み込み、小さな金属の弾を撃ち出すもの。

 有り体に言えば戦艦などに搭載される『大砲』を小型化したものだ。


 実戦経験が少ない人でも、中級魔術師レベルの威力を持つ遠距離攻撃を仕掛けることが可能。と、バリスタンは喧伝し、各国軍、そして勇者軍の注目を集めた。


 ところが撃った後に大きな隙が生じるなどの武器としてのデメリットや、長距離からの暗殺などの社会的事情により、国家連盟から製造を差し止められ、バリスタンの発明が日向で活躍することはなかった。


 それどころか、同業種や国家からの圧力によって、バリスタンのギルドは半強制的に解散。彼は崖から落ちるように、無一文になってしまった。


 救いを求めて、散歩道に必ずあるような平凡な教会へと流れ着いたバリスタン。そこで彼は奇跡と呼べる出会いをする。


 かつて二代目魔王を打倒したパーティーメンバーの一人。司祭スタエルがいたのである。

 凱旋後、彼女は正教会の要職として迎え入れられ、大陸中の人々に施しをして回っていた。


*


「ええっ! そこで偶然、スタエル様と出会ったのですか!?」


「儂もそれくらい驚いたぞ、テオボルドよ。その際の御姿は、まさしく神のようだった。

 言わずもがな、その後の救いもだ。儂の所業を受け入れて赦し、教会建設の仕事を斡旋してくれたのだから……」


「やはり伝説通りの慈悲深い御方だったのですね、スタエル様は……あ、でもこれ、イバラの話ですよね?」


「……儂も神と同等に、あの方に敬愛の意念を持っていた……おい、急かすな。これからそこに繋がるのだから」


*


 第五次魔王の出現から数年が経っても、勇者軍は目立った成果を得られなかった。

 そんな中、魔術師ヨハネスの一番弟子であったエアフォルク・ジマーが、ある発明品を勇者軍に提供した。


 最新鋭の技術と魔術を融合し、変形や特殊スキルを武器そのものに宿す。

 勇気ある人々に勇気を与え、勇者として生まれ変わらせる脅威の発明――【アーティファクト】。


 この導入により、勇者軍は大幅に戦力を増強し、魔王軍への猛攻を行った。


 エアフォルクがロスデモ島に研究施設を開いたのはこの頃。莫大な利益を元にして島を購入したのだ。


 戦局そのものは優位に進んでいた。しかし、世界の状況は悪いままであった。


 その原因はアーティファクトによるものだった。

 士官学校などで厳しい訓練を経ずとも、アーティファクトによって勇者に相応しい武力が得られるようになった。

 もはや勇者軍の入隊歓迎条件の一つに、『自前のアーティファクトを所持し、使いこなしている』ことが書き加えられるほどだった。

 それによって、勇者にそぐわない精神を持たないものが勇者軍に属せるようになった。


 功名心や支配欲、さらには暴力性……そうした悪しき心を制御できずに、勇者活動の合間に、あたかも対価を求めるように人類側へ危害を振りまく勇者たちが各地に現れた。


 当然、各国や勇者軍本部は取り締まる姿勢を見せてはいたものの、そうした悪徳勇者には、貴族や名士などの血縁者も多い。

 方々から支援を受けて活動している勇者軍は迂闊に不興を買うことができず、『何もなかったこと』にした案件が多かったという。


 その悪徳勇者の被害者たちは、現実の権力者ではなく、神に救いを求めた。

 そうした数多の嘆願にもスタエルは真摯に応えた。時には勇者軍への直訴も行ったが、まるで管が途中で切れていたように、有耶無耶にされて届かなかった。


 神に身を捧げてきた自分でさえも救えないこの世の実情にスタエルは、徐々に弱っていった。

 側で見ていたバリスタンは当時、自分が生贄になってどうにかなるのなら、是非ともそうしたい。と、思い詰めるほど苦しんでいたという。


 やがてスタエルは、『神の救いが届いていない血へ救いを』と、正教会に伝え、一切の聖職を捨てて離脱した。

 それからすぐ、スタエルは、バリスタンを含む自分の信奉者たちを集めて、闇のギルドを結成した。


 そのギルドの主な業務は、『暗殺』。魔王軍よりも人々を苦しめる勇者紛いの悪人に裁(サバ)きの鉄槌を下すことだ。


*


「形こそ大幅に歪んだが、人々に救いを与えることだけは見失っていなかった。スタエル様は手癖から自分が黒幕とバレないように、一から戦闘訓練をして、【司祭】のジョブを【暗殺者】へと強引に変更した。

 儂も儂ながらその応援をすべく、彼女専用のアーティファクトを、エアフォルクの見様見真似で制作した……」


「……あの、待ってください。それってつまり、スタエル様が……殺人を……! 勇者エイダンを生き返らせたあの御方が今度は……?」


「……残念だが、そうだ。それぐらい当時の情勢は混迷を極めていたということだよ。ま、今もどうにか安楽椅子の老人どもが隠せているがな。

 ……っておい、テオボルド。あともう少しでイバラが出るところなのに、また邪魔しおって」


「すみません。そりゃこの話の題名を『スタエル様の過去』にしたほうがいいくらい衝撃的な話でしたから……」


*


 悪いことだが、暗殺ギルドの業績が軌道に乗り始めた頃、隠れ蓑の一つであったレストランに、一人のエルフの少女がやってきた。


 名前はイバライャ・マヒナピハ。これがイバラの本名だ。


 彼女はエルンライト・マグナルタが率いる勇者パーティーに属していたが……


*


「ああ!? エルンライト・マグナルタ様ァ!? あのキルデリク司令の息子の!?」


「話を切るのが早いぞテオボルド! ……そうだ。あのエルンライトだ。

 早逝した母に似た優しくて賢い人物……と、キルデリクは語っていたが、実情は違う。頻繁に儂のギルドに殺害依頼が来るような要注意人物だった……」


*


 表では英雄の息子として品行方正に振る舞うエルンライトは、裏では親の偉業を笠に着る傍若無人な男だった。

 魔物討伐のついでに近隣の村を襲うのは当たり前、パーティーに対しても少しの不満があれば物のように当たり散らして、取っ替え引っ替えしていたという。

 唯一の取り柄というべきだろうか……用心深さは人一倍あった。なので、これを契機に陽の光を浴びることを恐れて、ギルドもそう簡単には手出しはしないでおいた。


 イバラも意味の分からない理由を並べて、勇者軍に不名誉除隊を食らわせて追放された者だった。


 彼女は親無く里で育ち、他の勇者たちのように世界の平和を願って、勇気を持って外へ飛び出しただけの純真無垢な少女なのに。


 同じエルフとしてのよしみか、スタエル様は彼女をギルドに引き入れ、殺しの薫陶も授けた。


 適切な土を与えてやれば大輪の花を咲かせる苗のように、イバラはギルドの二番目の実力者にまでのし上がった。

 武働きは苦手だったバリスタンも含む、ギルドメンバーも、彼女があたかもスタエル様の娘であるかのように可愛がっていた。

 あの頃は、まるで大家族のような温かさがあった。


 しかし、その日々は長くは続かなかった。

 ギルドの活動が続けば続くほど、どれだけ努力しようとも、錆が出る。

 さらには『救い』を広めるためには人もいる。ただその人が、創始者たちと同等の忠誠心があるわけでもない。


 どの瞬間かは今となっては誰にも分からない。何者かが裏切って軍に内部情報を流し、たちまちギルドは各勢力に追われることとなった。


 しかし、スタエルは決して諦めはしなかった。追手をことごとく蹴散らして、救いの火種を守っていた。イバラやバリスタンもそれを更に守っていた。


 それでも、かつては神に最も近かった人物でも、結局は人。等しく訪れる絶対の死には抗えなかった。

 ほんの僅か。おおよそ一分。

 誰一人として護衛がいなかった瞬間に、スタエルは何の変哲も無い路地で倒れた。


 死因は、刺殺。それ以上はわからない。何を用いて殺したのかなども。

 

 火が消えて、導くものが無くなったメンバーたちは散り散りになって、それぞれの運命を全うした。

 バリスタンのように存命しているのは幸運であった。

 その他の人物は漏れなく捕らえられて、権力者の憂さ晴らしのため、処刑と呼ぶのもおこがましいほどの罰を秘密裏に受けたというのだから。


 この話の主題である、イバラは……最期はどうなったか、この世界の誰も知らない。


 バリスタンはある程度は同行していたが、彼女の錯乱の具合がエスカレートしていき、やがて彼の側から消えてしまった。

 彼の記憶の中で、足取りが追えるのは以下の通り。


 イバラは、自分の母親と同義であったスタエルの死に泣き叫んだ。

 イバラは、スタエルの忘れ形見であるアーティファクトを受け継いだ。

 イバラはギルドに依頼が残っていた者とそうでない者を区別せず、世界各地で勇者たちを急襲、そして惨殺した。

 イバラのアーティファクトは、他の者のアーティファクトを奪う能力があるため、並の勇者では相手にできなかった。

 イバラはその血塗られた旅路の中で、かつての仇、エルンライトがエルンライトであるかすらもわからなくなるほど痛めつけて殺した。

 イバラはスタエルのギルドの暗殺総数の十倍、勇者を殺した。


 ……それから今に至るまで、何も情報は入ってこない。


 これを期に、アーティファクトの使用と製造が全面禁止され、責任を取らせる形でエアフォルクが逮捕・処刑された。

 大幅に戦力を失った勇者軍を逆転させるべく、ヨハネスが愛弟子リクゴーの補佐として、数十年ぶりに勇者パーティーとして冒険した。

 運よく怨嗟の包囲網から逃れたバリスタンが、ハザと出会い、シモンズ海賊団を結成した。


 それらは既知の通りである。


*


「と、いうのが……イバラの話だ。ふう、久々に長く話したものだ」

 建設途中のテオボルドの家の、薄い板を打ち付けただけの仮の屋根の下、バリスタンはカップに入ったハーブティーを一気に飲み干した。


 テオボルドは、せっかく共に出したのに、とうに冷めてしまった自分のものを合わせて飲む。

「……いや、まさか、イバラとスタエル様……オレの同族が、このような運命を辿っていたとは……」


 バリスタンの目が、お喋りな好々爺のものから、修羅場をくぐり抜けた老兵の色に転じる。

「それと同じようなものの途中にいるのが、お前だぞ。テオボルド。

 人類にとっての裏切り者になるにしても、ホムンクルスと己の武勇を捧げた英雄となるにしてもな。

 繰り返し言うが、儂は貴様がどちらの道を選ぶにしても、文句はない。

 だが、相応の運命を背負うことは覚悟したうえで、選択するのだ。救いを追い求めたスタエル様のように。殺しを全うしたイバラのように……」


 テオボルドは、空のカップにうつむく。

 肩には、このロスデモ島とその周辺の海の物質全てを集めたような重荷が乗っている。と、テオボルドは感じた。


 半分は若い救世の意欲。半分は古臭い里からの脱出。それだけで勇者軍に加入した。

 軍から追放を食らってからは、流れに流れて内紛勃発中の島にたどり着き、単なる同情だけで島の統一に励んだ。

 盟主初の大仕事は辛勝。魔王軍の勢力に、あれだけ苦戦して束ねた島を荒らされた。


 そんな風に吹かれる葉のような自分に、数多の英雄が越えてきたような選択を選べるのか。


 テオボルドは苦悩に苦悩と苦悩を重ねて、苦悩した……途中、もはや何がなんなのかわからなくなった。

 ……やがて、テオボルドは、どちらでも良くなった。

(そうだ、どっちでもダメなら、もういっそ……)


「……バリスタンさん。オレはもうダメです。勇者軍と魔王軍、どちらの誘いも受けられません……」


「……何故に」


「オレの選択を選ぶためです……この島を、守るからです」


 スタエルも、イバラも、誰かに言われたのではなく、それぞれの道を自分で歩んだ。

 ……からという、崇高な言い訳もない。


 テオボルドは、とにかく守りたかった。

 禁忌の存在であり、歪んだ性格を持つ者だとしても、モランとロシュフォールとベルゼブブとパトロクロスたちは、大切な仲間だ。

 エウポルら他の島の住民たちも大切な仲間だ。

 ハザとバリスタンたち、シモンズ海賊団も大切な仲間だ。


 この追放された先に流れついた仲間を守る。それだけが、それこそが、テオボルドのやりたいことなのだ。


「去就だの勝敗だのどうでもいい! オレはロスデモ島の盟主、テオボルド・レギサモンとして、最後まで戦います! それがオレの選択です!

 ……これでいいですか、バリスタンさん」


「……」

 バリスタンはうなだれ、しばらく黙り込んだ。やがて彼は、顔を真っ赤にしてテオボルドを睨みつけ、

「それは儂個人に言わず、全員に言ええええィ! 儂なんかに確認取るような生半可な覚悟だというのなら、この場でその首切り落とすがなぁ!」


「あ、ああ……ああ! わかりました、明日明朝頑張ります!」


「……悪いが、ハザが帰ってくるのが昼頃だから、そこで頼む」


「すいません」


「……あともう一つ。悪いな、長く居すぎた」


「確かに、なんか話の半分がここで行われてましたもんね……」


 そしてバリスタンは、席を立って帰りの支度を、テオボルドは寝床の支度をするのだった。

 明日の島内部での決着。そして明後日の島外勢力たちとの決着のために。


【完】

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