第3話 漂流先之譚
漂流した先で出会った第一島民……魔王軍幹部、サンセマインの色違いみたいな青い猿三体。
テオボルドはその三体へ双眸を狭めて凝視する。
ブルータルゴリラ。奴らの名前が書かれた黒い板が、その頭上に浮かび上がった。
(勇者軍が編纂している魔物図鑑に載っていなかった名前だな)
エルフの種族的特性として『魔力への感性が高い』というものがある。
そのために、人間がある程度学んで使える魔法を、直感で放つことができるなど、魔法に慣れている場合が多い。
ただテオボルドは、魔法がてんで使えない珍しいタイプのエルフ。その特性は体内での魔力循環による肉体強化や、今のような敵の能力を覗き見するときにしか役立っていない。
(何がともあれ……単なるそっくりさんの新種のようだ。
この前の防衛戦でも奴は同類の猿系のモンスターを連れ立っていたが、ここまでそっくりなのはいなかったがな……)
「おい、聞いてるのか人類!?」
真ん中のブルータルゴリラがこっちに向けた指を震わせて言ってきた。
「おう、聞いていなかった。もう一度言ってくれないか!」
「なんで生きていやがるんだよ、お前!?」
「生きてちゃダメかよ!」
真ん中のゴリラは両手をサイドの仲間に向ける。
「俺はこいつらに『引っさびさに人類の漂流物があったんだ!』って言って来たんだ! これじゃあ俺がウソつきになっちまうじゃねえかよ!?」
テオボルドは少し黙って、こう返す。
「……それだけの理由でキレてるのか?」
「ああ!」
やけに自信満々な真ん中のゴリラに対して、両サイドの二体は辟易していた。
「……あのー、センパイ……」
「なんならオレたち、『浜にいた余所者をボコしてやったぜ!』って聞いてたんだけど……」
「……で、そいつを領主サマの誰かに届けて大儲けだぜ! って俺たちもウホウホしたんスけど……このガッカリ、返してくれます?」
「……」
真ん中はバツが悪そうに口をつぐむ。
テオボルドも見ていて、自分までも先輩風の代償を食らったような気持ちになった。
それでも斧は構えたままだ。なぜなら、ああいう場当たりなワルが使いそうな、この逆境を打壊する術は一つしかない。
「……ええい! だったらここで倒しちまえば結果は同じだろうが! ほら、俺に当たってないでさっさとアイツをやれーッ!?」
「さっすがセンパイ、やっぱあったまいいぜぇぇぇッ!」
「覚悟しろ! 塩と砂臭い野郎めが!」
「しょうがない……海流れて来たんだからよ……!」
テオボルドは手斧を両手で握ったまま、相手の出方を伺う。
(サンセマインは羨ましいほどゴツい肉体を駆使した肉弾戦を得意としていた。
サイズダウンしつつも奴らもゴツいから、迂闊に近づかないようにしないと……)
三体は、軽く間隔を空けて、テオボルドから七歩分くらい真正面と側面を陣取り、
「やれー! 【バーンスローイング】!」
両腕を何度も回して、青く燃え盛る火の玉を投げつけてきた。
「接近も体術も使わねえのかよ!」
テオボルドは即座に後ろ斜めへジャンプし、三体の斜線から抜け出した。
「がむしゃらに投げまくれー! 数撃ちゃ当たるだ!」「「ウッホーイ!!」」
ゴリラ三体はキビキビと方向転換して、斜線がテオボルド一点に揃うように調整し続ける。
公園で時たまに見るいじめっ子の殺傷力を上げたような作戦。
これに対してテオボルドは、ほとんどその場に動かず、身をひねる、しゃがむ、跳ぶなどの最低限の動きで、全て回避していく。
「おい、ちゃんと狙って投げろよ!」
「けどセンパイ、さっき『がむしゃらに投げまくれー!』って言った……」
「だとしてもアホな方向に投げろとは言ってないだろうがー!」
(正直、あのゴリラが魔法を撃ったのはとんだサプライズだったが……そこがピークだったな。
むしろ、魔法を撃ってきて助かったとも言えるぞ)
テオボルドはエルフとして、魔力感知に長けている。
そのため、奴らの玉が、手から離れた瞬間にその放物線が見えるかのように、かわすことが可能なのだ。
なかなか当たらず、頭の毛をじわじわ逆立てていくゴリラたち。
そこでテオボルドは、ようやくカバンから短弓を取り出して、矢を三本射る。
「ごぉっ!?」「りょっ!?」「ぼぁっ!?」
後輩ゴリラ二体と先輩ゴリラ一体は、全員右肩を押さえて、草原で転がり始めた。
「『らぁっ!?』って言えよせめて。
……安心しろ、それは警告用の弱めの毒だ。抜いて二日寝てりゃあ治る」
初期位置が真ん中だったブルータルゴリラは、両目と上唇をひん剥いたまま、
「本当かよぉ、むっちゃ痛いんだけどこれえ!?」
「そんだけお前らが悪さしてきたってことよ」
テオボルドはそいつの側に片膝をついて、優しさから、三体に刺さった矢を抜いてあげた。
「……いきなり迷惑かけた詫びに、こっちの言うことを聞いてもらうぞ。この島はどこ?」
「ロスデモ島だ……位置がどうこうは知らん……生まれてこの方、島を出たことはないのでな……!」
ロスデモ島。いつの時の仕事の都合上、現在判明している区域の地理はだいたい把握しているテオボルドの記憶にも、その名前は浮かびあがらなかった。
「じゃあもう一つ聞く、お前たちはなんなんだ?」
「ぶ、ブルータルゴリラ……?」
(そりゃ知ってるっての)
「ほう、ブルータルゴリラだな。で、所属は? 魔王軍か、それとも単なる野良の魔物か?」
「ま、おう、軍……? そんな領主の名前は知らん……?」
魔物というのは、字面の物騒さに反して、全てが魔王軍の手下であったり、人に害を及ぼす獣ということでもない。
扱いが難しいだけで、そこさえクリアになれば共生関係が結べる、野生動物の延長線上にいるものもそれなりにいる。むしろそうした魔物でも、魔王軍の被害に遭っている事例も相応にある。
だからテオボルドは、『魔王軍を知らないだと!?』というリアクションはすっ飛ばして、新情報の深堀りを始めた。
「領主ってなんだ? この島の管理者でもいるのか? 魔王軍でも勇者軍でもない……どっかの王国の権力者の保有地かなんかか!?」
「お前、質問の仕方が下手だぞ。勝手に選択肢を狭めやがって……領主だ、この島は……うああっ!」
「何だ!? ウアアっていうのが領主の名前か!?」
「そんなマヌケな名前の奴が威張れるわけないだろうが人類!? おい、上を見ろ!」
テオボルドとゴリラ三体の上空には、五体のカモメが飛んでいた。
ただのカモメではない。一回り大きく、体色は鈍色、首元に水色の布を巻き付けている、魔物と思しきものだった。
(あんな地味なカモメも知らんぞ……ここはとんだレア魔物の住処だな……)
カモメ五体はしばらくテオボルドたちの頭上を周回すると、『ブォー! ブォー!』とけたたましい鳴き声を響かせた。
それを聞くや否や、五体は毒の痛みも忘れて起き上がり、
「センパイ! 早く逃げましょうよ!」
「そういやここ、奴らの領土でしたぜ!」
「ますますしまった……奴らが来ちまう!」
「奴らァ!?」
テオボルドは空へ向かったまま首を傾げる。
間もなく、カモメたちは旋回と合唱をやめて、北方向へと飛んでいった。
入れ替わるように、カラスが八体飛んできた。
そのカモメの倍近い体長で、水色の兜を被り、鉄色の羽根を持つカラスだ。
奴らは下にいるテオボルドたちを見下ろし、そちらへ足の爪を連射する。
「逃げろ……うぎゃあ!」「らあぁぁぁッ!」
後輩ゴリラ二体は背を向けてすぐ、背中に大量に被弾して、うつ伏せに倒れる。
「なんだかわからんが……これを!」
テオボルドはカラスの群れへ向かって、イガ栗を投げた。その手前で針を撒き散らし、放たれた爪弾をかき消すだけでなく、カラスたちの隊列を崩すことに成功する。【拡散イガグリ】様々である。
テオボルドは、側で頭を両手で押さえて震えるゴリラの肩を掴む。
「次の掃射が来るまで逃げるぞ!」
「うう……けど俺のウザかった後輩が……!」
「ウザかったならもうちょっとドライに捉えとけ!」
「そういう裏返しの表現だっての!」
「半端な言葉選びしてる場合かァッ!」
「すいやせんッ! 逃げるんだったらこちらへいッ!」
先輩ゴリラに続いて、テオボルドはまず近くにあった森へと突っ走る。
枝葉の連なりが多く、ここなら鳥モンスターは二人を見失ってくれるだろう。
それでも安心は出来ないので、テオボルドはゴリラの背を追って走り続ける。
「さっき『奴らの領土』だかって言ってたが、この先は大丈夫なのか!?」
「何とか! まあ、完璧にそうじゃないけど……!」
一人と一体は走り続けて、いよいよ陽の光が少なく、苔むした倒木の多い辺りに差し掛かった。
「ここだぜ!」
そしてゴリラは、倒木とツルが絡まった自然の門が待ち構える洞窟を示した。
「クツってのは脱がなくても結構だぜ」
「そりゃそうだろ……お邪魔しまーす」
テオボルドは門をくぐり、暗闇に伸びる坂道を降っていく。
坂道はやがて人為的に岩肌を削って作られた階段になる。湿った空気が肌を嫌に撫でる中、それを五十段ほど下った先に……村があった。
小舟くらいのサイズのドラゴン、宝石のように輝くたてがみのユニコーン、どこを見てもトゲだらけの鎧のお化け……珍しい魔物の博覧会のようだった。
その中にある、集会場らしい広場にあるベンチに、テオボルドはゴリラと腰掛ける。
「……すげえ、ここだけでも二冊目の図鑑が書けちまうな」
「ここは俺みたいな、どこの領主にも属していない魔物の隠れ里だ」
「当たり前に言ってるが、まだ領主のことを全然聞けていないんだが。
島を支配しているってことと、『ウアア』って名前の奴がいないこと以外はほとんど」
ゴリラは握りしめた右拳を向けて怒鳴る。
「当たり前だろ! 掃射カラスに途中から襲われたんだからよ!」
対するテオボルドは斧をちらつかせて、
「わかったわかった、じゃあ今度こそちゃんと説明してくれ」
「はい、かしこまりましたぁー!
領主ってのは、それぞれ自分の手下の魔物を引き連れて、この島の大部分を支配している連中です」
「連中……つまり複数人いるのか?」
「はい、四人! そいつらは全員、仮に運よく一人でほっつき歩いているところを見かけて、ここにいる奴らが束になって襲ったとしても勝ち目がないような、バケモノ中のバケモノ! 怖い奴らだ!」
「ここにいる魔物たちがか……?」
横にいるブルータルゴリラもそうだが、ここにいる魔物は、図鑑に載っている上位の魔物の色違いのようなものが多い。下手をすればまだ確認されていない魔王軍幹部にも似ているものもいるかも知れない。
にも関わらず、領主は単騎でそれを上回る……テオボルドは、ゴリラの言うことを一旦、誇張表現と記憶に留めておくことにした。
「で、その領主とその取り巻きがみんな怖くて、お前らはここに隠れ住んでいるってことか?
誰かに頭下げて守ってもらうってこともせずに?」
するとゴリラは握っていた右拳をほどき、膝上に移して、それを見下ろす。
「そんなことできたら苦労しないっての……それが嫌だからこうして隠れているんだ。アイツらの誰にも従っても、アイツらの勝手な争いの駒にされるだけだ……」
テオボルドはまた一つ、この島の情勢を紐解いた。
その四人の領主たちは一枚岩ではなく、島内で争い合っているようだ。さもなければあのカモメやカラスのような軍事力は保持する気にならないのだから。
(そうだ、カモメとカラスといえば……)
「あの鳥モンスターたちは、その領主の手下ってことでいいんだな?」
「ああ、アレは四人の領主の中で、特に全体の動きを把握しておかないといけない危険人物だ。最も領土争いに精力的なのでな……」
「つまり好戦的な武闘派ってことか……ああいう軍隊を組織するくらいに」
向けた親指の先へ、テオボルド当人とゴリラは振り返る。
隠れ里の入口からペンギンが列を成して続々と突入していた。
水色の胴鎧を纏い、発行している左の羽を少し手前にズラして、右の羽と合わせた独特の構えをしている。
里の住民たちが怯えおののくのも構わず、通路を歩む。左右の足を出すタイミングが、全体寸分の狂いもない。
やがてペンギンたちが集会場を封鎖・包囲した後、それらとは違う足音が、入口から、テオボルドの耳に聞こえる。
「我が軍の戦局に大差ないので看過していたが、まさかこのような形で訪れることになるとはな……」
足音だけでなく、姿も鮮明に見えた。
背丈はテオボルドの半回り下だが、その威圧感から三倍に錯覚した。
髪の色は焦土のようなダークブラウン、目は水色である。
一見すると、オーラの凄まじい人間のようだった。が、冷静に観察すると異常な点が一つあった。
左目にぼんやりと光が灯り、四角の上に、屈折した武具を重ねたような紋章が浮かんでいるのだ。
「お前は……領主の一人……」
「領主などと矮小な称号を勝手に被せるな……我はモラン、このロスデモ島の征服者の器である」
【完】




