第2話 古臭い狩人
テオボルドは目を点にして、その二文字を反芻する。
(追放、追放、追放……)
昨日、魔王軍幹部の討伐に貢献したこと、祝賀会に呼ばれていたこと、それらとまるっきり矛盾する二文字に、テオボルドは狼狽えた。
「ま、待てよ! 追放ってどういうことだよ!? オレが一体何をしたっていうんだよ!」
待った。と、オリヴァーが手のひらをかざしてくる。
「わかっているよ、僕も。君は特別悪いことをしていないことも、むしろ、昨日まで僕たちに多大な貢献をしていたこともわかる……だから、今から言うことを黙って聞いてほしい」
オリヴァーは、持ってきた書類を机に横向きに広げて、テオボルドにも見える状態にしたうえで、内容を読み上げる。
「我々勇者軍は、以下の理由により、テオボルド・レギサモンを当軍より除隊とする。
一、勇者軍に相応しい、人々を高揚させる能力を持つ人材でないため……」
「待て! 一条目からおかしいこと書いてやがるな! 『高揚させる人材』ってなんだよ!?」
「……テオボルド、君には何か、派手なスキルはあるかな?」
「え、あ……」
テオボルドはその場で念じる。
すると視界の左側に、黒い四角が浮かび上がった。
これは【能力盤】と呼ばれる、人の持つHPや各種ステータスを数値化して確認できるもの。
一定の訓練を積めば視認することが可能となる。
二代目魔王との戦いの最中に発明された技術体系だ。
テオボルドはその中にある、自分のスキル一覧を確認。【アイテム威力向上】、【体力増強】などのパッシブスキルに、弓系・斧系の汎用攻撃スキルだけがある。
「……ああ、そうだよ。地味だよオレの戦い方は。だから何だよ」
「わかるよ。魔王軍の脅威に怯える人々に元気と希望を与えられる。そんな英雄に誰しもなるべきなわけじゃないって」
勇者たちの役目は世界を守り、魔王軍を倒すことだけではない。報道や事実を元にした物語などで、人々の憧れを集め、勇気を与える必要もある。
お前にはそういう類には需要が無い。市民にウケていない。ということをオリヴァーは遠回しに伝えたのである。
テオボルドはこの時点で呆れつつも、次なる条項も読んでいく。
「二、勇者の平均年齢の二十二歳をゆうに超えているため、万が一に備えて裏方に回る必要があると判断したため」
たびたび方々から誤解されるのだが、この世界で現在確認されているエルフたちに、千歳以上の高齢者はいない。
人間と比べて、肉体的に若い時期が非常に長いため、そうした誤解が生まれている。
平均的な寿命は百二十歳と長命の傾向にあるのは間違いないが。
現在のテオボルドの年齢は二十九歳。まだ十二分に前線で戦えるはず。彼はますますこの書類に腹が立った。
だが、最後の条項を読んだ際に、ついにそれが行動に出た。
「三、当軍に援助をいただいている出資者様方から、貴殿の除隊を求める請願書が、現時点で四十一枚提出されているため……だと、ざけんなぁ!」
テオボルドは机にある書類をクシャクシャに丸め、それを頭の右横に構える。
しばしオリヴァーの堅い面持ちを見つめたあと、部屋の隅にぶん投げた。
この書類は理由を正式な形で書面にまとめたものに過ぎない。だからそれをどうこうしようとも、テオボルドの去就は何も変わらないのだが……
テオボルドは座っていた椅子の背もたれを叩き、訴えかけた。
「おい、ずっと黙ってないで何とか言えよオリヴァー! オレたち仲間だろうが!? いくら上の指示だとしても、このまま尻尾振りっぱなしでいいのか!?」
オリヴァーは、懺悔のように眉間に両手を置いた。
「……わかっているよ。僕だってこれには納得していない。君には返しきれない恩がいくつもあるんだ。昨日のサンセマインの大技を阻止したことは、まさにそうだ。
だから昨晩深夜に上層部に呼び出されたときは、僕は質の悪い悪夢を見ているのかとも思った……」
「……」
テオボルドは、席に戻った。『反論しなかったのか?』などという安易な質問は、今のオリヴァーから伝わる切実さから、時間の無駄にしかならないので、口内に留めた。
「……ただ、軍は君の功績自体は考慮してくれている。名誉除隊扱いで、昨日までの相応の恩賞は用意してくれる。細かいところだと、故郷に最も近い港町への帰還船も用意してくれるそうだ」
「……」
「……他に、何か聞きたいことはないか? 僕が答えられる限りのことなら何でも」
「……昨日あった上層部は、この説明の際に、エルフに対することを話していた?」
「……何もなかった。エルフのエの字も言及されていない」
「ああ、そうか」
嫌な意味で納得がいった返事だった。上層部は、一日も経過していないにも関わらず送りつけられた苦情から、ろ過したのだ。
テオボルドは確かに里生まれの立派なエルフだ。
だが、【勇者千殺】のようなことは起こす気なんて更々ない。むしろ、偉大なる司祭スタエル様のように、本気で世界を守ろうと思って志願してきたのに。
父親が叩き上げの軍人であるオリヴァーはともかく、ナリトモも異国で独自の進化を遂げた魔族――鬼族だというのに。
テオボルドは、折れる寸前まで、テーブルの足を強く掴んだ。
「……他にはないか、テオボルド?」
「……もうない」
「わかった。じゃあ、今までありがとう、テオボルド。どうか遠くからも、僕たちの活躍を祈っていてほしい」
「ああ、わかったよ。神のご加護を」
テオボルドはテーブルの足を掴んでいない方の手で、オリヴァーと最後の握手を交わしてから、部屋を出た。
重装備の兵士二名が入口で待っていた。
「待て待て、オレは逃げも隠れもオリヴァーに当たり散らそうともしないっての」
テオボルドは一応手をひらひらさせながら、二人に連れられて、基地を後にした。
*
テオボルドは、宿に置き去りだった私物をまとめて、付近の港へ真っ直ぐ向かった。
ナリトモにもミスティアにも会うことはない。宿屋の長に聞いたところ、新聞ギルドからの取材が立て込んでいたとのこと。
せめて無言で立ち去るのもよくはないので、カウンターにあったメモに簡単な書き置きを残して、宿屋に預けて去った。あのいい親父に処分されないと信じたい。
船に乗り込むと、腰に量産されたサーベルを提げた船員が、船室に案内してくれた。
帰還船とオリヴァーは言っていたが、実際は貨物船にあった寝室一つを貸し出してくれただけ。
階段下にあるハンモックとミニテーブルしかない部屋で、テオボルドは、倉庫を強引に空けて用意したのではと勘ぐる。
一応、船内の食堂で、船員用の精が出る重めの飯を食べさせて貰ったので、多少なりとも安心はした。
夜。
テオボルドは自分に割り当てられた個室で、ハンモックに腰掛けて、光魔法を込めた魔石のランタンに照らされてる。
単純に、眠れなかった。
勇者軍の大本営に行くための旅費を稼ぐために、里近くの街の海上警備隊に身を置いていた時期もあるので、船酔いなどをしているわけでもない。
とにかく、不安がテオボルドの体内を、遅効性の毒のように駆け巡っていた。
テオボルドは、この部屋の唯一の彩りである窓を覗いた。
ほぼ青と黒二色ではあるが、それが大陸と夜空であるかはわかった。
自分たちがいる【大陸】は、ざっくばらんに言うと丸いクッキーを二等分した後の下部分のようになっている。
この船はその断面の中心からやや西へずれた位置から、線に沿うようにして、西へと向かっている。
クッキーを割って出てくる欠片のように、点在する諸島群を越えて、北へ北へと行くと、円の上半分に該当する大陸がある。
そこが魔物とそれを従える魔族の住処であり、昔も今も魔王の本拠地となり、忌み嫌われているのだ。
船の方向上、その大陸の遠景すらもお目にかかることはできないが。
「はあ、この先どうしようか……」
二年前に、今の六代目の魔王が出現したとき、テオボルドはいても経ってもいられず勇者になることを誓った。
自分が里と隣接する密林で培った狩りの腕は、きっと役に立つはずだからと。
しかしその決意は父親と母親……それから里全体から猛反発を受けた。
『我々にあんな仕打ちをした者たちに手を貸す必要はない!』
『行ったところでお前の居場所なんてない!』
『馬鹿なこと考えてないで、里の未来を案じろ!』
今となれば、黙って里を抜け出したことが申し訳なくなる。
またあの港町で、海岸線を小舟でウロチョロする生活を続けるか。はたまた、引退した勇者のベタになぞり、どこかの国軍になんとか志願するか。
そうした将来のことを考え続けて、早いところぐったり横になれないか。と、テオボルドは願い、ハンモックに座り続ける。
するとその時。ベニヤ板数枚を重ねて金具で繋げた、簡単なドアからギシとドンと二重の音がした。
「テオボルド、何の用だ!」
「夜の見回りだ! この海域にはおっかない海賊団が出るんだ! 中へ入っていいか!? そんな時間は取らないぞ!?」
(海賊団を警戒するなら、船の外を見回るべきなんじゃないか……内通者の可能性も探っているのか?)
テオボルドはハンモックから降りて、ドアのカギを開ける。
「どうぞ」
「おう、夜に押しかけてすまん……なぁ!」
テオボルドはサーベルの刃が目先を横切るのをしかと見た後、それを持つ腕を掴んで、ひねり上げた。
サーベルがガシャンと床に落ち、船員が歯を食いしばってジタバタする。
テオボルドは関節を無事な方向に戻そうとする反動を活かして、船員を廊下に投げた。
テオボルドはミニテーブルに置いていたカバンを持ち、愛用の手斧を倒れた船員へ突き出す。
「いきなり何しやがるんだお前、さては海賊か!?」
「ち、違う……この船の帆を張る担当……」
「そこは重要じゃない! なんでお客様に襲いかかるんだって話をオレはしてるんだ……!」
「そ、それは……船長からの命令でさぁ……」
「はあ、船長!?」
「は、はい……詳しい事情は説明してませんでしたが、とにかく殺したやつの給料を倍にすると言ってて……」
「ああ、そう」
テオボルドは丸太のような膝蹴りを、その船員の顔面に打ち立てて気絶させた。
廊下の両サイドが徐々に騒がしくなる。あからさまに後詰めだ。
「こいつ乗り込んでくる前、自己紹介してたのか……?」
だが厄介なことに、全員正式な船員の服装をしている。
せめて正当防衛として受理してくれ。と、思いつつ、テオボルドはさらにカバンから愛用の短弓を取り出し、矢を間断なく放つ。
全て致命傷を避けて突き刺さり、左側の襲撃者は強引気味に就寝時間を迎えた。
右の襲撃者は矢のストックを考えて、斧と徒手空拳で対応する。相手が容赦なく持ち出した刃物を斧ではたき落とし、的確に急所を叩き、足元に転がした。
何をするにしてもまず対話が肝心。
テオボルドは船長室一直線に船内を進む。
その道中、甲板に上がると、ちょうどあちらからも出向こうとしていた船長とその側近二名に出会った。
タイミングが予想外に早い気もしたが、テオボルドは隙を見せず斧を構える。
「おい船長! 元勇者に対してなんて無礼なことをしたもんだな!」
船長はサーベルを引き抜きながら、せせら笑う。
「ははは、重要な部分を端折るな。貴様は元勇者の前に、エルフではないか!」
「……ああ、貴様もそういう崇高な考えをお持ちのようで」
「新聞は欠かさず購読しているのでね。旅に出た娘が、勇者千殺のせいで果てしない方向に行ってしまってね……!」
「だからってエルフ全員が当てはまるとは限らんだろ。スタエル様だってエルフだったのに」
「アイツは『神の威光が届かぬ場所へ救いを』と言って、旅行に行ったっきりではないかあああ!」
船長はサーベルを振り、風切音を鳴らした。
テオボルドは弓を二本同時に射ち、悠長にボウガンを構えた側近二名を倒す。
船長は嘆く暇も作らず、テオボルドに最上段で切りかかった。
(何もかもガラ空き過ぎる。差別意識だけマンマンとは情けないな……)
殴る程度で勘弁してやろうか、斧を叩きつけて反省させてやろうか、だとしたら刃かその裏か……という情けを、勇者基準では遅すぎる船長の歩みを見つつ、テオボルドは悩む。
そうこうしている間に、テオボルドは攻撃のチャンスを失った。
「ごわああああ!?」
船が大きく左へ揺れて、船長が海に投げ出されたのだ。
(ここは安全な海域だったのでは……)テオボルドはたたらを踏みながらも、衝撃が伝わった方……右へ見た。そしてテオボルドは思わず腰を抜かしかける。
その帆には、角と牙と翼を生やした髑髏のエンブレムが描かれていた。
海上警備隊にいた頃に、古参の隊員から飽きるほど聞かされた眉唾物の話……十年前から勇者も魔王もお構いなしに襲撃して、無敗を誇ったとされる『シモンズ海賊団』の証である。
それを掲げた船が、今いる輸送船の側面に突き刺さっている。さらに、後方から二つ、同じ規格の船が迫ってきた。
「いたぞー!」
「やっちまえー!」
「船長からのご褒美だー!」
運がいいのか悪いのか、後ろの船内に通じる扉から、船員たちがそれぞれ武器を携えて来た。
同時に、突き刺さった海賊船から、盗品で武装した野蛮な人間と海洋の魔物によって構成された、恐るべき混成集団が、続々と降りてくる。
いくらなんでもこれは一人では対処できない。
何か、脱出用の物はないか、テオボルドは船長室に近い船首に全速力で駆け出した。
甲板にはあからさまな左方向への傾斜ができてしまった。
もはや沈没は時間の問題。
その前に頂けるものを独り占めしようと、海賊団たちは船員を蹴散らして、室内に入っていく。
「おい、あの強そうな奴はどうする!?」
「とっ捕まえてこき扱いましょうや!」
あまり金の匂いがしなさそうなテオボルドにも何人か追手が迫る。
テオボルドは船長室に行くまでの階段の上に陣取り、多少の高低差を活かして、弓矢で応戦する。
略奪経験が十分にあるためか、追い払うのが精一杯だ。
「ったく、オレからは恩賞くらいしか出てこないぞ!」
やがて、二と三隻目の船が、側面にそのサメめいた船首を打ちつけた。
船はますます激しく傾くだけでなく、右側面がズブズブと浸水していた。
テオボルドは両手で手すりにつかまり、船長の後追いをしないように抵抗する。
「クソォ! よくもこんなに怒涛の不幸をよこしてくれたな、神様よ!」
そこまででもない。と、神が言うように、テオボルドの目に、月明かりが見えた。
正確には、転がってくるタルの金具からの反射光だが。
テオボルドは手斧を投げて、タルの蓋を突き破る。
振り子のように加速をつけて、手すりから勢いよくジャンプ。開いた口の中に身体を投げ入れた。
たちまち木材がへし折れる音が何重にも響き渡る。
テオボルドがこの時、最後に聞いたのは、ドボーン! だった。
*
「う、うう……」
テオボルドは、おぼろげな意識の中、絶え間ない波の音、潮風の香り、そして砂のザラツキを段階的に感じ取った。
そして、口の中に入った塩気と砂粒を覚えて、ゲホゲホとむせたショックで、ようやく五感がはっきりとした。
両手を砂に突き、ゆっくりと立ち上がる。
側には、タルの残骸と、見慣れた道具入れのカバン、それと愛用の手斧が転がっていた。
テオボルドはすぐにそこへ駆け寄り、中身を確認する。
最悪、ドラゴンの火を浴びても、数秒までなら持ちこたえる。港町から旅に出る直前に聞いた、うさんくさい売り文句がたった今証明されたことに、テオボルドは軽く興奮した。
「だいたいそろってるな……」
自分が今、砂浜にいることを確かめたテオボルドは、海と反対側の風景を見上げた。
切り立った崖が白く日光を湛え、その上にある青々とした草木が被さっている。
この角度からは、自然体そのもの。
あちこちの島が勇者か魔王のどちらかの軍に、拠点として使われている時勢にしては、珍しいにも程がある、まさしく手つかずの孤島に見えた。
(ナリトモの故郷のように、まだ未発見の土地があったのか……?)
テオボルドはカバンを提げて、砂浜を踏み、比較的低い崖をよじ登り、草地に立つ。
「マジかよ、ホントに……」
「こんな僻地まで連れてってただの漂流物だったら承知しねえからな……」
「おらこっちだこっち、本当に見たんだ俺は……!?」
テオボルドは、思わず大事なカバンを草地に落とした。すぐさま拾い直し、視線を一点に向けたまま、斧を構えた。
「うわ……言ったとおりかよ!?」
「いや嘘つけ、死んでるって聞いたぞ俺!」
「死んでるかもしんない! って言ったぞ俺は!」
テオボルドの目の前には、上腕部が発達した猿の魔物がいた。
その姿にテオボルドは、嬉しくも悲しくも、あの魔王軍幹部、サンセマインを思い出さずにはいられなかった。
いや。その魔物は、奴と酷似していた。
体毛が青色で、かつ、自身の背丈と同等の二周りスケールダウンしていて、かつ、三体も同個体がいることを除けば。
(いや、似てないか……?)
【完】




