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第1話 EPISODE THEOBALD

「よくもこのサンセマイン様をコケにしてくれたなァ! 制圧うんぬんも知ったことかァ! 貴様ら全員挽き肉にしてくれるわァッ!」


 橙色の毛をした巨大な猿型モンスター……サンセマインは、膝に刺さった矢を乱暴に引き抜き、さらに乱暴に放り投げる。

 ただでさえ太い上腕部を、体幹部の半分にまで迫るほどパンプアップさせ、焦げ茶色に染まった煉瓦道に、両拳を叩きつけた。

 その反動で後方へと飛ぶと、呼応するように生えてきたヤシの木に蹴りを入れる。

 木の靭性と己の膂力を掛け合わせて加速する。二本目のヤシの木へと飛び、同じように蹴りつける。


 このローテーションを五度ほど繰り返したあと、サンセマインは身体を丸めて、地上へ飛来する。


「あわわ……」

 その肉弾が作る影には、白い聖衣を着た少女が立っていた。その手で、宝玉付きの杖をガッチリと抱えている。

「……なんて、小兎みたいなこと言いませんよ、私! 【リフレクションブライト】!」

 少女は誇らしげに笑みを浮かべたあと、素早く杖をサンセマインへかざす。

 たちまち二人の間に白い五角形の光が出現した。サンセマインはそこにぶつかり、ミシミシと音を奏でる。


「たかが一度攻撃を防いだくらいでつけあがるな! 小娘がぁ!」


 サンセマインは両腕で光の壁を殴りつける。たちまちヒビが入り、霧散したが、これが奴の狙いではない。

 先程の初動のように、背後へ自分を押し飛ばして、さらなる三次元肉弾攻撃を繰り出そうとしたのだ。


「【爆猿刻将】の名に恥じぬ大自然のパワーをしこたま食らっていくがいいわァッ!」


 サンセマインの背後に、ヤシの巨木がグングン迫る。そして彼はその幹に両足を付けて、地面に叩きつけられた。


「うごあっ!? な、何が起こったあ!」

 自分の身に被さった巨木を、腕立て伏せ式にゆっくりと持ち上げながら、サンセマインは背後へ向く。

 そこには、奴ほどの巨体ではないが、人としては屈強の見本のような身体の、耳が尖った男がいた。

 彼は、荒い断面の切り株にもたれながら鼻を鳴らす。


「大自然のパワーはオレたちの専売特許でもあるんだな、これが!」

 彼の名前はテオボルド・レギサモン。里仕込みの実践派技術を数多く持つエルフの【狩人】である。


「お見事です! テオボルドさん!」


 木を切り倒すのに使った手斧を向けて、テオボルドははにかんでみせる。

「いやあ、ミスティアさんのバリアが相変わらずの硬さだったから、オレの罠が成ったってわけだよ……はい、じゃあ私語はこれくらいにしてだ……」


 テオボルドと聖衣の少女――【司祭】のミスティア・チャンバースは各々の武器を構え直す。

 サンセマインは腕を完璧に伸ばし切ったあと、背を曲げて、巨木を打ち上げた。しばし背中をかいて痛みをごまかす。


「許せぬぞ、許せぬぞ、許せぬぞオオオッ!」

 サンセマインは自分に落下してきた巨木を、しっかりと豪腕で掴んだ。そこから返す刀で、テオボルドとミスティアめがけて巨木を薙ぐ。


 だが、リーチが足りなかった。

「【疾風の斬】!」

「【ヘブンズエッジ】!」

 突如として訪れた二つの剣閃が、巨木を三分になるように切ったためである。


 片方は、額から一対の角を生やし、黒一式の軽装を纏う青年。

 もう片方は、左胸に王家の紋章を刻印した銀鎧を身に包み、背中からは純白の翼を生やした青年。


 ――【忍者】ナリトモ・コヤマダと、【勇者】オリヴァー・ホランダー。

 この二人によって、サンセマインの広範囲攻撃は破られたのだった。


「いいところで来たな、ナリトモ!」

「いいやすまぬ、テオボルド。人命救助は不慣れでな……」

「遅いですよ、オリヴァーさん!」

「ごめんな、ミスティア……遅れた分はここから巻き返すよ!」


 四人――オリヴァーパーティーは、挨拶もそこそこにし、改めてサンセマインへ目をやる。

 残った巨木を地面に置き、それに両拳を叩きつけて八つ当たりしている。


 もはや原型を留めなくなった木材を適当に脇へ蹴飛ばすと、サンセマインは紅蓮に染まった顔を四人へ向けて、全ての牙を見せた。


「うおおおおお! もうやってられんぞおおおお! こんな街など知らぬわああああッ!」


 サンセマインは脇を引き締め、両拳を強く、強く握りしめる。

 するとたちまち奴の纏う空気が黒い炎のように染まって揺れた。


「あれはまずい、先日かの街を地図から消した大技だ!」

 もはや声量を間違えたつぶやきのように、きっちり全文を言い切る前に、オリヴァーは翼をはためかせて突進する。


 テオボルドとナリトモはそれを不親切とも指摘せず、全速力で続ける。ミスティアはこっそりため息をしつつも、三人へ攻撃力の増強魔法をかけた。


 オリヴァーたち三人はありとあらゆる方向から攻撃を仕掛ける。黒い炎がサンセマインの全身を守る。剣と斧と刀……三人は力の限り武器を振ってダメージを与え、大技を防ごうと目論む。


 やがて黒い炎は薄まっていき、いくつかの穴が見えた。

「見たり……【迅雷の閃】!」

 そこでナリトモが、針の穴を通すように、刀で強烈な一突きを繰り出した。サンセマインの左上腕部辺りを刺し貫く。奴の顔も半分歪んだ。


「ええい、邪魔だ邪魔だあああ!」

 サンセマインはその場で地団駄を踏み、大技に使えなくなった左腕を振り回し、三人を吹き飛ばした。

 そして力の蓄積を終えた右拳を、耳元まで引き寄せて、余った黒い炎をそこへと集約、

「木っ端微塵となれえええッ! 【爆猿刻の剛拳】!」

 全身全霊を込めて、眼前の地面に叩きつけた。


「うがああああッ!?」

 そして、火傷だらけでズタボロの右腕を背後に投げるようにして、地面に倒れた。


「おいゴリラ……あんたどんだけ視野狭いんだよ?」

 テオボルドは半身を起こし、左手で真っ赤な松ぼっくりを転がす。。


 テオボルドがエルフの里で集めていたアイテム、【加圧ぼっくり】。

 ある程度大きな衝撃を加えた途端に大爆発を引き起こすアイテムである。

 先程の三人がかりのラッシュの際に、いざというときの予防策として地面に仕込んでいたのだ。


「……ぬかりないな、テオボルドよ」

 と、ナリトモはマフラーに遮断される程度の大きさで、同士を称賛する。


「いんや、まさかオレも引っかかるとは思わなかったがな。オレの里の周りのゴリラはお前の十倍くらい分別があるしよ?」


「……その地獄耳もな……」


 テオボルドは地面に左肘を打ち込み、身を起こす。度重なるダメージで、まともに真っ直ぐ立てていない。


「お、の、れ……人間どもよ……大人しく魔王軍に従えばいいものの……何故無駄なあがきをする……」


「それこそが人間のあるべき姿だからだ!」

 オリヴァーはそう放つや否や、剣を八相に構えた。その剣に稲妻を滾らせて、サンセマインへ正面から突進する。

 一瞬、稲光が辺りを包んだあと、オリヴァーはサンセマインの頭上から降下し、『二』度目を刻む。

 左から三度目、右から四度目……幾度も雷電と共に斬撃を加えていき……

「勇者奥義……【キャバリエ・フォン・ベレロンド】!」

 トドメに、下からサンセマインを振り上げて、天へと打ち上げた。


「うがああああ! 魔王軍、ばんざあああいッ!」

 まるで神の天罰が下ったかのように、悲痛な断末魔を上げた後、サンセマインは落下した。指一本も動かなくなった。


 強敵の死を確かに見たあと、オリヴァーは目配せし、ミスティアは虚空から旗布を引き出す。

 オリヴァーはそれを自分の剣につけて、翼を動かし、サンセマインが生やした木よりも高く飛び、叫んだ。

「民よ、兵よ、遥か彼方の臣たちよ! 【勇者】オリヴァー・ホランダー! 【狩人】テオボルド・レギサモン! 【忍者】ナリトモ・コヤマダ! 【司祭】ミスティア・チャンバース! 邪智暴虐な魔王軍、サンセマインを討ち果たしたり!」


 刹那、この半島にいる人々が、彼と御旗の元へ歓喜の雄叫びを上げたのだった。


*


 勇者暦一六〇年四月七日。

 第六次魔王戦線の歴史に残る日だ。


 結成からわずか一年の勇者オリヴァーパーティーが、一体目の魔王軍幹部を撃破した。

 その報せは半日も経たず、防衛地点の街から、南へ南へと流れていく。


 長年サンセマインの一派の襲撃に悩まされていた、この街の住人と衛兵たちは、今までの鬱憤を倍にして晴らすように、至るところで大騒ぎ。


 言わずもがな、オリヴァーパーティーの四人は神が降り立ったように多大なる感謝を受けた。

 あちこちで揉みくちゃにされたあと、四人はいつの間にか市長の豪邸での宴会の席にいる。と、いうくらいの熱狂ぶりだった。


「これで我々はようやく、枕元に武器を置かず寝られます……本当にありがとうございました」

 同じテーブルにつく市長がにこやかに言った。


 オリヴァーは改めて市長に会釈を送り、

「斧だけはしばらく持っておいたほうがいいでしょう」


「あはは、そうですね。アイツら好みの巨木で、景観を荒らされてますからね」


 四人もそれに合わせて微笑んだ。


 それからしばらく談笑を続けていくなか、市長はふと尋ねた。

「ちなみにですが、オリヴァーパーティーの皆様。貴方たちはなかなか珍しい構成ですよね」


 ペガサスの獣人、エルフ、鬼族……普通の人間。

 勇者軍に所属するパーティーの中でも、異種族が過半数を超えるところはここしかない。


「ええ、派遣先でもよく言われます」


「どういう経緯で知り合ったのでしょうか?」


「知り合ったというよりかは……上からの指示で組まされたといいますか」


 ミスティアは一旦カトラリーを置いて、オリヴァーのサポートに入る。

「我々が属する勇者軍は、人材のバランスを考えてパーティーを割り当てるんです。その指示で会って、かれこれ一年続いています」


「何だ……すみません、期待していたのと違ってました……すみません」


 ミスティアはつくづく真面目だな。と、水入りのグラスを傾けたあと、テオボルドは市長に言った。

「ただ、オレとオリヴァーとナリトモが入隊した経緯はなかなか聴き応えがありますぜ」


 市長は首を前に出した。

「ほう、どのような経緯ですか?」


 勇者軍に入隊するには、二通りの方法がある。

 一つは、各国に点在する勇者士官学校で、指定の四年間の教育を履修すること。ミスティアはこちらの道から入隊している。

 もう一つは、勇者軍の教官資格を持つ人と一騎打ちを行い、HPを三割まで追い込むこと。こちらが三人の入隊した経緯だ。


「同じ期に三人も果たし状ふっかけて、それでいて勝てたのって、その年が初らしいんだってな! いやあ、もう教え子に合わせる顔がなくなっちまうかもな、あの教官!」


 ナリトモもクスクス笑って乗じる。

「……俺とテオボルドは遠方から馳せ参じた故にな、悠長に机に据わってられぬとして……」


 オリヴァーも釣られて言った。

「僕も似たような理由です。父上からは『そんな危なっかしいことせずとも、通学への手筈は整っているのに』と反対されましたが、いち早くこの世界を救いたかったので。

 だからきっと、ここはそういう武闘派をかき集めて作ったパーティーなんですよ」


「ははは、これは面白いですな、ははは……」

 自分は今、近いうちに六代目の魔王を倒すパーティーを見ているのかもしれない。

 それを夢想して、市長はグラスを傾ける回数を増やした。


 テオボルドは、机に伏せるようにして頭を低くし、静かに尋ねる。

「……あの、すみません、お手洗いはどこ、です?」


「ん、ああ、そこの扉を通って左です」


「ありがとうございますッ!」

 テオボルドは席を立ち、そそくさと扉へ向かった。


 このパーティーには、勇者軍の大勝利を祝って、近辺にいた地元の有力者や、軍の上層部、それから軍に金銭や物資を提供するギルドの幹部も混ざっていた。

 そのお偉い方々を邪魔しないように、テオボルドはお手洗いへ早歩く。


「おい見たまえよ。このパーティー、エルフがいるぞ……」

「一体何様のつもりで人類の味方面をしているのやら……」

「またいつの日か勇者たちに仇なすやもしれぬぞ……」


 その道中、テオボルドは尖った耳に手を置き、擦り付けていた。


*


 翌日。


 街が用意してくれた宿で、ありがたくておいしい朝食を頂いていたとき、遅れて食堂に来たオリヴァーが、おもむろに口を開いた。


「……テオボルド」


「ん、どうした、オリヴァーさんよ?」


「この朝食含めて、準備が終わり次第、基地に来てくれ。という上からのお達しが来た……」


「おお、わかった」


 きっと昨日の大勝利に関するものだろう。

 莫大な恩賞への期待半分、書き物の面倒くささ半分。テオボルドは胸をときめかせて、朝食をガツガツと食べ進めた。


 一時間後。

 テオボルドは、この街の側に仮設された勇者軍の前線基地へと赴いた。


 指定された会議用の小部屋に入ると、そこにはオリヴァーが一人、先に席についていた。


「そちらに」

 テオボルドはその向かいに腰掛ける。


 オリヴァーは、部屋の角を見たり、両手の指を絡ませたり、頭頂にある耳をペコペコさせたりしながらも、しばらく喋らなかった。

 テオボルドはこの時間の意味が分からず、率直に尋ねる。


「で、急にどうしたんだよ、オリヴァーさん?」


 オリヴァーは、意を決した。

 懐にしまっていた書類を引き出して、神妙な面持ちで言う。

「テオボルド・レギサモン……君はこのパーティーから追放する」


【完】

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