第26話 仮初めの平和
――魔王軍幹部、カルキリッパー死す!
その知らせは吉報として各国各社の誌面に掲載され、瞬く間に人類側の大陸に広まった。
だがこの情報には二点、勇者軍からの報道規制が掛けられている。
勇者軍は予め、諜報、偵察、占術を駆使してさらに一歩踏み込んだ情報を把握した。
一点は、その現場が『公用地図には掲載されていない島』であること。
もう一点は、カルキリッパーはその島で『勇者軍でも、魔王軍でもない、正体不明の勢力』に『討たれた』ということ。
この事実が下手に市井の人々に広まれば、要らぬ不安を抱かせることになってしまうという判断から、この二点を除外した、単なる吉報として報道されたのである。
サンセマインに次ぐ幹部の死。大陸中の人々たちが平和への二歩目に歓喜しているのと対照的に、勇者軍の上層部と、各国の軍事関係者たちは、まるで第三の幹部が迫っているかのような逼迫性を帯びて、軍議を繰り返した。
「あの臆病大将め……おめおめと占領地を捨てて逃げおおせたと思いきや、死してなお厄介事を残すとは……!」
「我々でもない、魔王軍ですらもない、得体の知れない第三勢力が現れたのだ! これが国民に知られれば根も葉もない醜聞が生じるやもしれんぞ!」
「そもそもロスデモ島とは何なのですか!? 何故そのような地図に載せてもいない小島が、魔王軍幹部を倒すだけの戦力を保有するのです!?」
「静粛に!」
この雷鳴にも似た一言により、紛糾間際であった軍議はすぐさま静まり返る。
勇者軍総司令、キルデリク・ヴィルヌーヴの貫禄は今なお健在である。
「かれこれ三日もその話題が堂々巡りするばかりで、私も皆様方の時間を頂戴することに申し訳なく感じていたが……今回、当問題について一段上の見識のある方をお招きした」
キルデリクが両手で一拍鳴らしてから、一秒も空けずに会議室の扉が開く。
「失礼致します。大変お待たせいたしました」
地面と平行に切り揃えた黒髪の、勤勉な雰囲気を持つ青年。その姿が目に入るや否や、キルデリクを除く参加者たちは畏敬の意を口々に漏らした。
「皆様方もご存知のとおりかもしれませんが、念のため……お初にお目にかかります。
私はリクゴー・マリノフスキ。師であるフィンチャー様と共に五代目魔王を打倒した勇者でございます……手前味噌ながら」
参加者たちのささやかな喝采を浴び、軽く片手を掲げつつサービスしつつ、口角を持ち上げた。
それからキルデリクの左脇に立ち、自分がここに来た目的を果たそうとする。
「まず、場を暖めるがてら、先ほど僅かに聞こえた『ロスデモ島』という用語について説明致しましょう。
あの島は、十七年前の【勇者千殺】の遠因となったアーティファクト発明者『エアフォルク・ジマー』が保有する島でした。
奴の人物像から大方察しがつくと思いますが、島は奴の極秘研究施設であり、様々な非人道的な実験が行われていたといいます。
こちらについてはあまり報道されることはなかったのですが……その島は奴が逮捕前に潜伏していた土地で、拘束と同時に奴の悪行に関するものを全て押収しておりました。
その一部が私たち士官学校で、我が師の厳重管理のもと、保管されておりました」
ここからが本番。聴者たちが息を呑むのに合わせて、リクゴーもまた彼なりに呼吸を整え、
「それで今回、師匠とともに再びかつての押収物を調べ直したところ……到底信じがたい事実にたどり着きました。
――あの島には、魔王軍との戦いを中断してでも排除せねばならない危機が眠っている。と」
*
ロスデモ島にて。
カルキリッパーの襲撃から数日経っても、ロスデモ島の風は煤を帯びているように重かった。
位置関係と、建設途中であることが災いして、目立った損壊の無かった家方面から、テオボルドは島北部の海岸へと向かった。
かつてパトロクロスも乱入した平定戦の後よりも、ここが町であった面影は皆無。
大怪我を負った人獣たちが適当にズタ布を引いて、淀んだ目をして横たわっているのがいくつも見えた。
忠臣たちの忘れ形見のように、辛うじて宮殿の体裁を保っていた。
その裏にある庭に、ベルゼブブは居た。
彼女は自分の素の力で土葬した三体の死体に、ノコギリ、トゲ棍棒、ハンマー、それぞれの残骸を墓石代わりに突きたて、虚しく見つめている。
自分のエルフの里の方式でやろうかしばし逡巡したが、結局、テオボルドはベルゼブブの脇から手を伸ばし、ベタに花を供えた。
「……ベルゼブブ、本当にすまなかった……オレが巻き込んだばっかりに、セベックとホーロケとイドラーを死なせちまって……」
「……そういうの、いいよ……めんどうくさいから……」
このベルゼブブの言葉に、魂は無かった。普段は気だるげな彼女にしても、あまりにも空虚な言葉であった。
生前、イマイチ扱いが荒いように見えてはいたが、ベルゼブブはちゃんと親衛隊たち三人を信頼していた。
それを後から知ったからこそ、テオボルドは、墓石代わりの彼らの得物がより攻撃的に思えた。
テオボルドは内陸の方へと進み、丘陵を登る。
ロスデモ島を一望するための要塞の建造予定地に、モランがただ一人いた。
彼は崩れかけた石材を、ホムンクルス特有の怪力で持ち上げ、一つ一つ積み直していた。
この調子では何百何千年……終わりがあるかわからないというのに、モランは要塞再築に執念を見せていた。
クラブデストロイヤーの内陸部への攻撃により、モランの元いた基地は壊滅的被害を受けた。彼の残存する手勢は、戦闘に向かないものばかり。モラン軍は解体したも同然になっていた。
さらに彼は、シモンズ海賊団の旗艦がエリック船長と共に沈む様を目撃してしまっている。
そうして、もし実体化すればホムンクルスでも再生不能なくらいの重石を背負い、無力感に苛まれている彼が、唯一すがれるものがこの新要塞だった。
(……オレが言えた義理じゃないし、アイツは頑固だ。そっとしておこう……)
テオボルドは彼の横をゆっくりと静かに通り過ぎた。
やがてテオボルドは下り坂を下り、島の北西部にある港町を訪れる。
こちらもまた、戦いの爪痕が残っているが、ベルゼブブの町よりはマシであった。
カルキリッパー軍の優先度が低かった点と、バリスタンの指揮とロシュフォールの奮闘が功を奏した。と、後者から場違いなくらい意気揚々と聞かされた。
だが他の戦地の惨状を耳にすると、ロシュフォールは激しく反省し、『こうなれば、某が何人もいるかのような新戦力を作りましょうですよ!』と言って、屋敷に引きこもり、研究に明け暮れている。
(まあ、ありがたいけどよ……ロッシーだけは清涼剤でいてくれて)
テオボルドは港町にある、辛うじて屋根を組み終えた建物の中に入る。
二階上の部屋に入ると、即座にエウポルが振り向き、ペコペコと頭を下げる。
「あ、今日もいらっしゃいましたか! テオボルドさん!」
「まあな。で、パティの様子は?」
「昨日とお変わりござあせん!」
「そうか。いいのか悪いのか……」
テオボルドはベッドの脇に立ち、パトロクロスの顔を覗く。目も口も完全に一文字に閉じ、微動だにせず横たわったまま。
カルキリッパーとの決着後からずっと、彼の意識は戻っていない。(謎多きホムンクルスであるので、厳密にはないのかも知れないが)鼓動はあるはずなのに。
そのときはHPが残り『一』で止まっていて、首の皮一枚繋がったと喜んではいたが、一向に彼は目覚めようとしない。回復魔法で満タンに戻したにも関わらず。
これもまたホムンクルスの性質なのか、彼のHPが四分の一減るたびに強化される能力の一端なのかもわからない。
ただ、あの老将の撃破の立役者であり、島の中心人物である彼を見捨てることなど到底できず、テオボルドは仲間たちに協力を仰ぎつつ、彼の回復を待っていた。
「そういやテオボルドさん。数十分前にハザ真船長も来ましたぜ。忙しいのですぐ帰りましたけど」
「おう、ありがとう」
先の通り、名目上の船長であるエリックと、数多の人材、世界最凶の海賊団の旗印でもあった船を失ったシモンズ海賊団は大規模な再編と立て直しに追われていた。
老齢である副船長バリスタンは、本拠の留守番を引き受け、ハザたち若輩は、船の修復や物資の再補給のため、出払っている。
「さて、オレは……これからどうすればいいんだ……」
前に進んでいるか否かは問わず、皆、あの過酷な戦いを過去のものにしようとしている。
だが、自分はどうか。この島の盟主に担ぎ上げられたはずなのに、仲間たちの一刻も早い無事を願うことしか、未だにできていない。
テオボルドはパトロクロスの寝顔を見下ろしながら、皮が裂ける寸前まで両手を握りしめた。
(カルキリッパーが言った通り、オレたちは魔王軍の恨みを買った。いずれ仇討ちの大軍がこっちに押し寄せるかも知れない……もしそうなったら、オレは……この島はどうすればいいん……!?)
「うおっ!?」
「おおっ!? どうしたんですかぁテオボルドさぁん! 驚かせてパトロクロスさんを起こす作戦ですか!?」
「あ、いや、そうじゃない。下に人の反応がしてな……」
魔力の揺れ動きの通り、しばらくしてパトロクロスの寝室に、チョウチンアンコウの頭をした魚人がやってきた。
「おおっ、ここにいましたか。すいません、お大事なときに……ちょっと伝言を頼まれたんですよ」
「誰にだ?」
「あのー、驚かないでくださいね。ホントに。フリじゃないですよこれ。
魔王軍のジュルウディという、幹部の人が『話がしたい』と……」
テオボルドは両足に力を込め、思わずパトロクロスに尻もちを突きそうになるのを、踏みとどまった。
「また魔王軍か……ご存知ですかい旦那!?」
エウポルが目を丸くして身を乗り出す。
「いや、ジュルウディはオレも知らん。だが、いたずらに名乗れるような名前でもないよな……」
チョウチンアンコウは、自分の本気度を示すように額から垂れ下がったランプをチカチカさせる。
「ホント僕もビックリしましたよ。港から少し離れて船釣りしてたら、バカでかい船がいきなり現れてて……とにかく、早く見てくださいよ! 罠だとしてもモタモタしちゃいけない相手でしょうし!」
「お、そうだな……エウポル! パティは任せた!」
「アイアイサー!」
テオボルドはチョウチンアンコウの後を追い、建物の外へ出る。
その瞬間。何かがけたたましく転がり落ちる音が直ぐ側で響く。
「おお、ここにいましたですか。グッドタイミングでありますなぁ」
車輪のように転がるスライムに、馬の鞍のような金属防具を備え付けた、摩訶不思議な乗り物に乗ったロシュフォールである。
「ロッシー! さてはお前も伝言か!? まさかあっち側にも魔王軍が!」
「ええ!? こっち側には魔王軍がいたでありますか!?」
テオボルドはこめかみに折り曲げた人差し指の関節をあてがいながら言った。
「な、何だよ……まるでそっちには別のモンが現れたみたいな言い方……と、とにかく答えろ! こっちも忙しいんだよ!」
「承知いたしました! 某、ふと休憩中に島の外を眺めてみたら、あまりにも立派な造りの船が三隻も迫っているのです! そしてその帆には、このような紋章がありました!」
テオボルドはロシュフォールからのメモを受け取り、後ろの建物の壁に頭をぶつけた。
盾に剣を重ね、それを白翼の印章が抱擁するように囲んでいる。
紛れもなく、勇者軍の紋章だ。
【完】




