第25話 ロスデモ島は倒れない:爆炎の連撃
「【漸進蟹の連刃】!」
カルキリッパーが双剣を八の字のように真横へ構えた。それが見えた時、テオボルドとパトロクロスの手前には八本の斬撃波があった。
そしてテオボルドが次に見たのは、踏み荒らされた土と、パトロクロスの足元。
「あ、危なかっ……た……!」
パトロクロスは絞り出したような声で、自分とテオボルドに言い聞かせる。
全身に深く刻まれた裂傷が徐々に塞がり、かさぶたのように炎が宿る。
その炎は全身に広がり、実体のある鎧と化した。
残りHPが四分の三を切ったことで、第二をすっ飛ばして第三形態に移行したのである。
テオボルドは両手を突いて素早く立ち上がり、短弓を構える。
「パティ……お前オレのことを庇って……!」
「気にするな、テオボルドさん! ユーシャってのは味方を守ってこそだ……でもってその後、魔王軍を打ち倒す!」
パトロクロスは両手をカルキリッパーへとかざし、鎧から練り上げた火炎を一気に放射する。
「【泡沫洗浄】!」
対するカルキリッパーは口から泡の濁流を撃つ。二人の攻撃は中間点でジリジリと押し合いを続けた。
「【漸進蟹の連刃】!」
その間に、カルキリッパーは剣を八の字に開いて持った。八つの斬撃は、泡の間から飛び出している。
「……ちょいと我慢しろっ!」
テオボルドは咄嗟に加圧ぼっくりをパトロクロスの手前に投げつける。
斬撃の命中の直前に、パトロクロスは加圧ぼっくりの爆風を受けて吹っ飛んだ。無傷では済まなかったが、斬撃をまた直撃するよりは遥かにマシだ。
「あのカニおっさんめ、まだあんな隠し玉を持ってたなんて……」
「だよな……パティ……」
テオボルドは遠くのエウポルを一瞥する。斬撃の余波による、戦闘地点にパックリ刻まれた地面の傷を見て、すっかり腰を抜かしていた。
(あのサンセマインはだいぶヌルい方だったんだな……魔王軍、やはりただ者じゃない……!)
「パティ、しばらくはあんまり派手に動くなよ……」
得意の魔力感知でさえも効果を発揮できない速度の、連続斬撃波。
これに対処する有効打を現状持ち合わせていないテオボルドは、とにかくカルキリッパーから離れて、遠距離攻撃をすることだった。
弓矢とアイテム投擲、これらを織り交ぜてカルキリッパーを攻める。
だが相手の戦闘技術と、防御力の高さがそれを阻む。当然、先程の負傷箇所は絶対に無防備にしてくれない。
奥義を恐れるあまり、状態は振り出しに戻ってしまった。
カルキリッパーは片手間でテオボルドの攻撃を弾きながら、彼へ荒々しく言った。
「この程度かァ、ホムンクルスとやらの主にして、小島の王よ! これでは吾輩の手柄は愚か、肴にもならぬわ!」
「オレはホムンクルスの主とも、小島の王とも、テメェの手柄とも言った覚えはないぞ!」
「そんな自分の立場も弁えぬ半端者ならさらに許さぬぞ!」
「……!?」
「【漸進蟹の連刃】ヌゥッ!」
カルキリッパーが八の字に剣を構えたその時、八つの魔力の刃が八方向へと飛ぶ。
「……うっっと!?」
テオボルドは意識を現実へと戻して、辛うじて自分へ飛んできた刃を宙返りで避けた。
「……散らすこともできたの、かよそれ」
と、テオボルドは吐き捨てるように言った。自分の中で淀み始めた異物を除去するように。
*
一方その頃。
ロスデモ島北部の海岸は、地獄絵図と化していた。
間断無く繰り出されるカルキリッパー軍のモンスターたちの波状攻撃により、この地点の守りについた島勢力は大幅に減少していた。
「うがああッ! お、お許しを……ベルゼブ……様ァ……!」
雷撃で射抜いたホーロケを蹴りでどかし、エビ型のモンスターは両腕の電撃砲を、遠方のベルゼブブへと向ける。
ベルゼブブは自分の仲間を討たれた悔しさを噛み締めながら、その仇の足元の砂を操作した。たちまちエビは流砂に飲まれて消えた。
「だいじょぶかよ……ホーロ……」
倒れたホーロケへと駆け寄るベルゼブブの手前に、サイの人獣が力なく落下する。
「イドラーまで……こん、にゃろうがあああ!」
誰が犯人でも構わない。ベルゼブブは金切り声に合わせて周囲に砂嵐を炸裂させた。周りのカルキリッパー軍はそれに飲まれ、砂粒に削られて消滅する。
「……ああ、ベルゼブブ様。なんてことに……」
主君の激昂する姿と、同志の戦死に胸を痛めつつも、セベックは自軍とともに、島に上陸しようとする巨大ロブスターの進軍を阻み続けていた。
その砂浜の様子を、カルキリッパーの親衛隊たちはクラブデストロイヤーの操縦室から見物していた。
大将の代理として母船の指揮を譲り受けていた親衛隊の一人は、周囲へ言い放つ。
「最早砂浜ノ敵軍ハ死ニ体。【トランプルロブスター】デ十分ダ。アノ怪シイ船ニ警戒シヨウ」
「島中央ノ主ノ援護ハイカガ致シマスカ?」
「アレハ主ノ戦場。手助ケスルノハ不信頼ノ証トナル」
ロスデモ島北海岸の側に布陣していたクラブデストロイヤーは、轟音を立てながら、西に方向転換する。同時に一部の攻撃体もそちらへと泳ぎ始めた。
その先には、シモンズ海賊団の旗艦があった。既に先駆隊に包囲されており、その進軍は止まっている。
「真船長、モランさん! あのヤドカリがこちらへ向いてます!」
モランは小エビ五体を杖で殴り飛ばした後、すぐさまエリックのピストルが伸びる先に目を合わせる。
「なんてことだ……ベルゼブブがしくじったのか、もしくはテオボルド殿が……!」
「【シースレスショット】」
ハザは盾銃から銀色の魔弾を放ち、ロブスターの巨人の眉間を射抜いた。
「どうやら、もうダラダラしてはならないようですの……」
ハザはクラブデストロイヤーを見据えながら観念して言った。
「モラン。貴方空気を圧縮して弾を作る技を持っているのでしたね?」
「……ああ、それがどうした」
「つまりあまり圧縮しないで弾を撃つと、それはただの突風になるのでしょう? それでわたしをヤドカリにぶっ飛ばしてくださいの」
モランは思わず歯の隙間からキッと音を漏らす。
(流石は世界に悪名を轟かせる海賊団の真の船長。何という迅速な決断だ……)
こうしたハザの才気に感心していると、発砲音が甲板でこだまする。エリックの銃からの物だ。
「この船に乗ったからには船長の命令は絶対聞け! おまけに私の追認付きだから、より絶対に聞け! モラン!」
「というわけで、お願いしますの」
「は……承知した!」
ハザは敵を軽く掃除しつつ、船首付近に立ち【滄海を汎くシラホ】の銃付き盾を構えた。そこにモランが突風を起こし、彼女は勢いよく船外へ射出される。
旗艦へ向かう途中の魔物たちが空を割る彼女を見上げ、すぐさま撃墜を狙うも、彼女に集まる魔力の流動がそれを弾いた。
ハザは海に浮かぶ巨城をしかと見下ろすと、銀色に輝く片手剣を振り下ろす。
「勇者奥義【レヴィアターン・キリアルホス・ティス・サラサス】」
銀色の光は巨大な海竜の形に変貌して、クラブデストロイヤーへと食らいかかる。
「「「防御魔法、展開!」」」
クラブデストロイヤーの周囲に、幾重ものバリアが張り巡らされた。海竜はこれと相討ちとなって霧散する。
だがハザの攻撃は終わらない。落ちながら銃盾の砲身を向け、
「勇者奥義【シス・ドミナドール・デル・シエロ
】」
無数の銀色の魔弾を、クラブデストロイヤーの全身に浴びせる。
城壁とも言える甲殻はたちまちひび割れ、全身が大きく揺れ動き、やがて悲鳴に似た轟音を響かせながら沈んでいく。
まさかこの牙城が主の凱旋より先に落ちるとは……船内に居る魔物たちは、当然のごとくパニックに陥った。
「ソソソ総員撤退!」
「コノママデハ皆海ノ底ダ!」
「落チ着ケ! マダ何カ出来ルコトハ……!」
それでも、カルキリッパーに近い親衛隊たちは辛うじて冷静を保ち、必死にクラブデストロイヤーを制御しようとしている。
(……申し上げます。私が乗るクラブデストロイヤーが沈没しつつあります。最期に、何か必要な情報があれば何なりと……)
(((……そうか。ここまで努めてきた君が、ね……その攻撃者は誰かね?)))
(『ハザ』という一人の少女です。勇者奥義を複数使いこなす異常な力を持っております……)
(((『ハザ』ね……ふうん、わかった。では、ご苦労だった。後は上手に頼むよ。お疲れ様)))
(仰せのままに……ヨハネ……!)
「勇者奥義【ベヘモッティ・マーン・ヴァッルッタイヤ】」
最後に、極大の魔力を帯びた盾を叩きつけ、ハザはクラブデストロイヤーを粉砕した。
「これでよし……さて、わたしはどう戻ろう……」
小舟でも見つけるか、一旦島に戻るか、そう考えながら、ハザはふと旗艦の様子を見る。
長い海旅の世話になったその船は、明らかに傾き、その生涯を終えようとしていた。
クラブデストロイヤーの轟沈の影響により、旗艦を攻めていた勢力は、数十倍大きな魚が迫った小魚のように散ってくれた。
それでも、直前にまで与えていたダメージが深刻化し、旗艦は限界を迎えているのだ。
「野郎共! さっさと逃げるのです! ヤドカリと心中したくないでしょうが!」
へし折れる寸前のマストにしがみつき、船長エリックは全力で船員たちの誘導を行っていた。
続々と脱出船が海面に着水していくも、エリックはその場から動こうとしない。
モランは傾く船の上で、未だにしがもうとする残党の清掃を手伝いながら、エリックへ問う。
「エリック、貴様はいつ逃げるつもりだ! もう脱出船も残り少ないと聞くぞ!」
エリックは即座に怒鳴り返す。
「お前が指図するでない! この船で一番偉いのはこの私だ! グダグダ余計なこと言わずにお前も逃げなさい!」
「だとしたら尚更我は簡単には逃げおおせんぞ! この船で最も偉い者が死ぬなんという報告など……!」
エリックは返す刀で言ってのける。今度は、目を細めて。
「私も、せっかくの旗艦を沈めたと報告したくないのですよ……真船長と副船長に、ね……!」
やがて船の傾きがより大きくなる。マストは自重に負けて豪快にへし折れて落下する。
モランは甲板を滑り落ちるも、船長の意を汲んだ船員が落下地点に待ち構えており、無事拾い上げられた。
「おいヤベえ! 何体かまたこっち来てるぞ!」
「今更になってお土産無しで魔王軍に帰れないと気づいたな!」
「こっちも早く帰りたいってのによ!」
「こ、この魔王軍どもめがああああッ!」
モランは魔弾を力の限り連射し、カルキリッパーの残党を撃墜していく。
*
ロスデモ島内陸。丘陵にて。
「【漸進蟹の連刃】!」
何度もこの高速斬撃を見たことにより、テオボルドは警戒さえ怠らなければかわせるようにはなった。
それでもこれを乗り越えてカルキリッパーへ一撃かますことは未だに叶わない。
相変わらず魔力感知による軌道予測ができず、有効な反撃手段が思いつかないのだ。
「このっ、『スタエルキーック』!」
「【浮島歩法】!」
パトロクロスも炎の鎧を纏い続け、奮戦しているが、やはりカルキリッパーとの素の実力差を覆せず、テオボルドに体力の心配をさせるばかり。
パトロクロスの連打を、子どもの遊びに付き合うように気だるげいなしながら、カルキリッパーはテオボルドへ問う。
「どうしたテオボルド、先程から勝負にすらなっていないぞ!」
テオボルドは矢を三本同時に射る。
「……だったらもっとこちらの選択肢を狭めないでくれませんかねッ!」
カルキリッパーは右手の剣を回して矢三本を斬り捨てた。
「何も選んでいないくせに欲張るな! ただ未知なだけの無知な種族を従えて殿様気取りするばかりで、目の前にある危機からも逃げおおせることも、立ち向かうこともどちらもせず、無益な時間ばかり費やしおって!
授かった力ばかり達者な猪武者と軽蔑しておったサンセマインに、今更になって憐憫の情さえ思い始めて来たわ! この程度の勇者に足元を掬われて不運に死ぬとはなァッ!」
「ほざいてろ……【ストロングアロー】!」
テオボルドが放った矢は、あらぬ方向へ飛んでいった。
「エルフの弓術は世界一と聞いておるが……ついに手元にもその優柔不断が表れているな」
「このジジイ……テオボルドさんに好き勝手言ってんじゃねえぞ!」
「黙れ小童!」
カルキリッパーはパトロクロスの顔面を蹴飛ばした。
「……先程からろくに行動せずに、仲間に押し付けるばかり……それが貴様の性根か」
ここでエウポルが『俺スか?』と言わんばかりに、とぼけた顔で自分を指し示していたが、誰も気に留めなかった。
パトロクロスは飛び起き、矢を弦に掛けたところで固まっているテオボルドへ叫ぶ。
「ちょっとテオボルドさん! アンタもなんか言ってやりましょう! あのジジイさっきからずっとカリカリして言いたい放題やってるってのに!?」
「……いいっての。オレたちは弁論家じゃねえんだぞ。言葉で勝負する必要……ねえよ」
テオボルドは頭痛を覚えていた。まるで頭にカルキリッパーの第三の剣を突き立てられたような痛みを。
自分はどうしてこの島を束ねる盟主になったのか。自分はどうして勇者になったのか。それで、何を求めていたのか……
自分の才能を活かすため? エルフへの差別を覆すため? ロスデモ島の住民に平和をもたらすため? それもそうだが、それでは足りない。
もっと果てがあるべきなのではないか?
この不意に浮かび上がった問いが毒の霧のように、テオボルドの心身を曇らせていたのだ。
「珍しく小童にしてはいい事を言ったな。もう無駄話はやめだ……このような奇妙なだけの島、直ちに平らげて、また勇者軍との前線に舞い戻るとしよう……!」
「だったらくたばれ、この魔王軍がぁぁぁッ!」
パトロクロスは裂帛の気合とともに、全身の炎の鎧を燃え上がらせ、カルキリッパーへと駆ける。
カルキリッパーは対照的に冷静沈着に、双剣を構えた。
「さっきから口を開けばすぐに魔王軍を罵るな……貴様からどの恨みを買ったというのだ!」
「あっちこっちで悪いことしてるからに決まってるだろ! 悪いことした奴はコテンパンにして償わせる! そんでもって仲間を守る! それこそが、それだけがユーシャの役目だ!
食らえ、『スタエルパアアンンチッ!』」
渾身の力で、パトロクロスは爆炎迸る拳を突き出す。
「【漸進蟹の連刃】!」
しかし、それが命中するよりも遙か先に、カルキリッパーは八つの斬撃波を撃ち出す。
炎の鎧が半壊して、辛うじて形を維持する。パトロクロスは虚ろな目をして、その場に倒れ込んだ。
その身体を飛び越えて、テオボルドは斧を相手へ向ける。
「【アックスバースト】!」
強烈な技を確実に避けるには、それを使い終えた直後の間隙を突くしかない。
テオボルドはパトロクロスを勝手に利用し、犠牲にしてしまった罪悪感に苛まれつつも、魔力を込めた斧をカルキリッパーへ振るう。
「【浮島歩法】!」
カルキリッパーは七歩分、右に高速移動した。
「その動作なら魔力感知で反応できらあッ!」
すかさず、テオボルドは魔力を込めた斧をカルキリッパーへ投げる。思わぬ行動の速さに、防御が間に合わず、カルキリッパーの側頭部に斧が突き刺さった。
さらにテオボルドは短弓を持ち、一本の矢を放つ。鏃付近に加圧ぼっくりを引っ掛けたものだ。
カルキリッパーが片膝立ちのまま、反射的に剣を振った。たちまち爆風が炸裂し、鎧の破片を撒き散らしながら、仰け反っている。
「こいつも食らえやぁぁぁッ! 【ストロングアロー】!」
テオボルドの魔力を込めた矢は、先程パトロクロスが殴りつけた脇腹を抉るように命中した。
金属音が二度重なる。カルキリッパーの双剣が、主の手元から離れた音だ。
「わ、が輩の……戦歴が、ここで……!?」
「ああ、そう……大人しくくたばれ、カニジジイッ!」
カルキリッパーは右手で地面を突き、辛うじて『倒れる』という結果を拒み続けながら、口角を強引に吊り上げる。
「ハッ、せいぜい仮初めの平和を享受しておれ……吾輩が死すとも、この島の脅威が去ることはないのだ……ぞ……!」
と、ひどくしゃがれた声で言った後、カルキリッパーは白目を剥いて、ついに力を失った。仰向けでの絶命であった。
「よ、よし……終わったな。だ、大丈夫ですかい! テオボルドの旦那ァァァ!」
「んなことよりパトロクロスの方を心配してくれ、エウポルッ!」
「は、はいいいっっ!」
目前の敵に集中せざるを得ず、気づいていなかったが、最後の記憶では遠景にいた巨大ヤドカリは、とうに木っ端微塵になっていた。
まだ残党などがいるのだろうが、これにてカルキリッパー軍の迎撃戦は終わった。
それでもテオボルドの頭痛は晴れずにいた。
まだあの呪詛が響いているというのもある。だがそれ以上に重たいものが、今、テオボルドにのしかかっている。
それは予感であり、見事に現実となるものだった。
数日後、魔王軍と、勇者軍上層部に異様な事実が、稲妻の如く広がる。
――【漸進蟹将】カルキリッパーが、『ロスデモ島』という未知の島で、自軍諸共敗死した。と。
【完】




