第24話 ロスデモ島は倒れない:四代に従えし者
ロスデモ島北西部に位置する丘陵の上にて。
大まかな姿は人間と変わらないが、テオボルドの背丈を半分超える背丈。
その長さに迫る長剣を両手それぞれに構え、全身をほぼ覆い尽くす重厚な鎧を纏ってもなお凛と背筋を伸ばして立つ老将。
魔王軍の幹部が一人に、【漸進蟹将】カルキリッパーがここに現れた。
(これは警戒のため……当然だろ)
と、テオボルドは自分に言い聞かせて、三歩退く。
今、ロスデモ島へ集中砲火している【クラブデストロイヤー】と同格の威圧感を覚えさせるカルキリッパーに、テオボルドは尋ねた。
「どうしてこんな辺境の島までお越しくださったんだ? テメェ、魔王軍の前線指揮官だったろうが……?」
「もうじき撫で斬りにする者どもに知られたところで、吾輩に何の徳があるというのだ……」
「おれだって聞きたくないよ、魔王軍の言い訳なんてなぁ!」
カルキリッパーの言葉を風切り音でかき消しながら、パトロクロスは右手で握りしめた鉄輪を突き出す。
「青い奴め……【浮島歩法】」
だがパトロクロスの拳は何にも当たらなかった。
いつの間にかカルキリッパーは、七歩ほど横にズレていたのだ。
「【太刀切狭】」
そしてパトロクロスは目を見開いた。刹那の二連続斬りによるダメージによるものだ。
「な、何が起きたんですかい、あれは……!?」
少し離れた位置で雑魚掃除に専念していたエウポルは、カルキリッパーとテオボルドを交互に見てバタつく。
(……悪いがエウポル、お前に説明してやる余裕もなさそうだ)
かつて勇者軍に属してきた経験から、テオボルドはカルキリッパーに対して最大限の警戒を払っていた。
魔王軍前線は、彼と、後ろのエウポルとよく似たゴリラ型モンスター、サンセマインの二体によって統率されていた。
配下の勢力なども合算するとその脅威度はほぼ同じだが、大将単体で言うならば前者が二段階上だと、勇者軍内のごく一部では囁かれていた。
サンセマインは、従来のゴリラ型モンスターの突然変異による、産まれながらの破壊の天才。
一方でカルキリッパーは、魔物に詳しい人材から以下のような説が持ち上がっていた。
カルキリッパーは、古い雑魚モンスターが数々の魔王軍に従い続けて、叩き上げで成り上がったモンスターなのではと。
サンセマインと比べて接触の頻度があまりにも少なく、眉唾ものと軽んじる者も多いが、テオボルドはこの説を彼の性格上、『念のため』頭に留めていた。
それがまさか役立つとは、塞翁が馬。という喜びが今のテオボルドの頭の中を占めていた。
(高速移動からの連撃。魔力感知能力がなければオレもパニクってたかもしれなかった……あんな技をあっさりと、あんな挨拶代わりの初撃にわざわざ使うのは、相当な場数を踏んできた奴に違いない……)
もはや尊敬の意さえも感じ始めていたが、この島の主に祭り上げられた身として、これ以上長く
土を踏み続けられては困る。
テオボルドもまた、テオボルドなりに慣れによる早業で、短弓に矢を五本掛けた。
「【ストロングアロー】!」
全て勢いよく、五本の矢はカルキリッパーへ飛んでいく。おまけに全て、長期戦となりうる強敵に捧ぐ『猛毒』が仕込まれている。
「【泡沫洗浄】」
カルキリッパーは口を開き、大河のような量の泡を放出する。五本の毒矢は愚か、追撃用の加圧ぼっくりまでも包んで無力化し、テオボルドへ襲いかかった。
テオボルドはその場で跳躍し、泡の濁流を回避すると、すかさず空中でも弓矢を構えた。ここで放った矢は、カルキリッパーの純粋な剣捌きで叩き落とされる。
「【アックスバースト】!」
その斬撃の合間を掻い潜り、テオボルドはカルキリッパーの首筋めがけて落下する。
「【浮島歩法】」
だがカルキリッパーは七歩ほど右にズレ動いていた。テオボルドの落下攻撃は失敗に終わる。
(それでも近づけはした……!)
カルキリッパーからのカウンター攻撃をひらりとかわして、テオボルドはカルキリッパーの右側面へと飛びかかった。
「魔王軍なんかに先手を取られるとは……だがお前の横暴はここまでだ!」
同時に、パトロクロスが左側面から襲いかかる。奇しくも師弟の同時攻撃が成り立った形となる。
それでもカルキリッパーは対応する。双剣を斧か拳が迫る箇所へと適切にあてがい、二人に強固な守りを見せつけた。
テオボルドとパトロクロスがどうにか防御をすり抜けて攻撃を叩き込んでも、鎧の重厚さに阻まれ、気の遠くなるようなダメージしか刻めなかった。
また、エウポルが遠くから火の玉を投げつけてくれるのだが、そちらはカルキリッパーに防御する方が損と判断させる程度のダメージしか届いていない。
「そのような浅い攻撃など効かぬわッ!」
カルキリッパーは己を軸にその場で回転しつつ剣を振り、二人に一定の間合いを取らせる。
横へ伸ばした左の剣先が、パトロクロスへ重なった瞬間、
「【浮島歩法】」
パトロクロスへ急接近。
彼に構える暇も与えず、「【太刀切狭】」一振りにしか見えない二段斬りを与える。
二撃ともパトロクロスの胴体を深く抉るように命中していた。
幸いにも彼はホムンクルスであるため、戦闘が持続できないほどの肉体の損壊は起きていない。
「やったな、この野郎! 『キルデリクパンチ』ッ!」
「そんな八つ当たりじみた攻撃が通用するか! 小童めが!」
それでもダメージは確実に蓄積している。パトロクロスの両拳から前腕部にかけて、紅蓮の炎が灯っていた。
(もう第一形態……HPの四分の一を減らされちまったか……)
先日のハザという異常事態よりはマシだが、決して軽んじてはいけない損傷度である。
(ハザ。そう言えば『あちら』はどう進んでいるんだ)
*
一方その頃。
ロスデモ島北側方面の近海にて。
波風と団員の尽力によって、シモンズ海賊団旗艦は、海面に消えない傷を刻むような速度で東進していた。
向かう先は、小島ならゆうに踏み潰せるほどの巨体を持つヤドカリ型モンスター【クラブデストロイヤー】。
奴を倒すことはカルキリッパー軍の本陣を落とし、総崩れさせることと同義。
港町を裏船長バリスタンとロシュフォールたちに託して来た、表向きの船長エリックと、真の船長ハザ、それと用心棒役のモランは、甲板に立ち、徐々に大きくなるヤドカリ城を見上げる。漂う磯の香りにトゲトゲしたものが混じっている気がした。
本番で無駄な力が入りすぎないよう、緊張を逃がすために、エリックはハザに話しかけた。
「この勢力がそのまま持てばですが、真船長があのデカヤドカリの側面にブチ当たれば、簡単に転げて沈んでくれるでしょう……」
ハザは視線をクラブデストロイヤーへ固定したまま言った。
「だといいですの。この船の皆様の頑張りと、島本土でアレを引きつけている皆様の頑張りがあればこそです。
あ、あと、ワガママを言いますと……」
「ワガママを言いますと……?」
「この船に邪魔者が来なければ楽なのに……」
「全軍、撃てーッ!」
間もなく、甲板で警戒にあたっていた船員たちが飛び道具を放ち始めた。
「そんなうまい話、あるわけなかったですね。はい、というわけで船員諸君! しっかり真船長をお導きなさいッ!」
逆に旗艦の海路を示すように、クラブデストロイヤーから一筋の歪な乱反射が伸びてきた。不審な手勢への対処として、こちらにも甲殻類モンスターの軍隊が割かれたのだ。
半数は水面で撃退し、許可もしていないのに甲板へ飛び上がった敵は団員たちで団結して追い払った。
エリックは小エビ型モンスターを足蹴にして、それに突き立てたサーベルを引き抜きつつ引導を渡す。
「今のところは雑魚のみですな」
ハザは【滄海を汎くシラホ】の盾銃で五体のシャコ型モンスターを撃ち貫く。
「不吉なこと言いますね、エリック」
「なにせ私でもここまでやれる敵ですから」
「それはそうかも。こんな怪しい船、こんな手ぬるい歓迎で招き入れるわけありませんの……」
海賊団が警戒していた本気の歓迎は、突然行われた。
あと十数分もすれば策が確実に成立する位置に着く……という距離で、それは浮上する。
向かう先のヤドカリよりは遥かにマシだが、海中にこれほどの体躯を隠せる場所があるのかと、常識を疑うほどのサイズのロブスターの巨人が、大波を伴って飛び出した。
その影が四つ重なり、エリック海賊団旗艦の甲板は闇夜に落ちたかのように暗くなる。
エリックは思わず、利くかどうかも分からない銃をコートの裏側から引き出して、叫ぶ。
「あああっ!? アイツら、まだこんなカードを隠し持っていたのか!?」
一方のハザは、全体的に落ち着いているが、その表情はどちらかと言うと、曇り空であった。
「これは、ちょっと厄介かもしれません……」
「不吉なこと言いますね、真船長!?」
「だって、わたしの勇者奥義三連発は、こんなとこで使えませんから……」
「ああ、なるほど……」
「然らば、我らが護衛しなければならない、か……」
シモンズ海賊団旗艦は、暗礁に乗り上げるか否かの分水嶺に陥った。
*
「【グラスカッター】!」
テオボルドは斧を地面と平行に構えて、地を這うような低姿勢でカルキリッパーへ突撃する。
(そのような直線的な攻撃が通用するか……だがこの小狡い男のことだ、何か腹積もりがあるのだろう)
カルキリッパーは安全策を取り、右手の剣で掬い上げるように切り上げ、最も隙と労力の少ない防御を繰り出す。
「そいつはちょっと安く見過ぎじゃないか!?」
テオボルドは斜め前に転がるようにして、斬撃を回避し、再加速してカルキリッパーの足元へ進む。
「ならばもう一本くれてやるまで」
その途中、今度はカルキリッパーの左手の剣の一突きが向かってきた。
「じゃあオレはコイツをおまけしてやる!」
テオボルドは斧を持つ両手で自然に隠していたアイテム――燻煙クルミをこぼし、駆け足で踏みつける。
カルキリッパーの手前で、たちまち白い煙が噴出し、その視界が真っ白に染まった。
カルキリッパーは前方へ剣を交差させて、テオボルドに備える構えを取る。
案の定、比較的視野が拓けている足元で、テオボルドが突撃の勢いのまま斧を向けてきた。
カルキリッパーは双剣を振るい、彼を追い払う。
すると次の瞬間、
「『ヨハネスパーンチ』!」
周囲のどこからか、腹の底にまで響くようなパトロクロスの大声がした。あまりの音量に方角が把握できないが、とにかく今は警戒しなければならない。
この煙幕に紛れて死角から攻撃される。第一にそれを恐れたカルキリッパーは、
「【浮島歩法】」
即座に、右に七歩ほどの距離へと高速移動した。そして彼の右脇腹に、パトロクロスの燃え盛る鉄拳が正確無比に突き刺さる。
「なっ……がぁッ!」
口を全開にして唸るカルキリッパーから、煙幕の中にいるテオボルドの方へ勘で視線を移し、パトロクロスは渾身の一発を打ち込んだ右手で、親指を立てた。
「作戦通り、やりましたよテオボルドさん!」
「ああ、なんかいけたっぽいな、パトロクロス!」
と、テオボルドはパトロクロスの視線から四十五度ほどズレた位置から応えた。
最初に身につけた技術や才能は、いかに成長・発展させようとも、常に最初の根っこの影響が残っている。
カルキリッパーは蟹の雑魚モンスターから、今のような悪魔体の上位モンスターへと化けた存在。故に彼の得意技には、カニとしての性質がそのまま残されていた。
回避スキル【浮島歩法】が、『左右のどちらかにしか移動できない』のもその一例。これはカニ特有の横移動の早さを突き詰めて編み出したスキルなのだ。
ならば横移動に攻撃すれば、カルキリッパーの【浮島歩法】は通用しなくなる。
これをここまでのやり取りで見抜いたテオボルドは逆算し、パトロクロスに仕掛けさせたのである。
煙幕が晴れた時、テオボルドとパトロクロスは両者隣り合って並び、次の行動に備えた。
「おお、なんかいけたっぽいですなぁ! テオボルドさぁん!」
カルキリッパーは剣を背後に隠すような構えをしつつ、脇腹の傷をかばい、顔をしかめる。
「あそこの鎧も砕いてやりましたよ、テオボルドさん。ここから攻撃するならあそこがオススメですね」
「これでへばってくれればの話だろうがな。あのカルキリッパー様がよ……」
カルキリッパーは肩を震わせて、テオボルドとパトロクロスを見据える。
その目に宿る戦意の激しさに、テオボルドとパトロクロスは唾を飲み込む。
偶然にもその奥にいたエウポルは、特にターゲットにされていないのに背筋をピンと張っていた。
「計四代の魔王軍に従えた、我が忠義と研鑽……この程度では決して潰えぬ……
ここですり潰すべきは吾輩の高慢さ也! こんな小島の衛士にと渋らず、吾輩の極意を今披露しんぜようッ!」
この瞬間、テオボルドの目には、カルキリッパーが青色のモヤに転じて映った。強敵が優れたスキルを用いる際に発生する瞬間的な大量の魔力の流動現象……!
「来るぞ構え……!」
「【漸進蟹の連刃】!」
カルキリッパーが双剣を八の字のように真横へ構えた。それが見えた時、テオボルドとパトロクロスの手前には八本の斬撃波があった。
【完】




