第22話 業績を消された男
パトロクロスが目を見開いて尋ねる。
「研究施設ぅ!? おれたちホムンクルスの!?」
ロシュフォールは白衣の内側ポケットから、一冊の手帳を出した。
「それはオレと初めて会った時に見せてた、誰かの日記だな?」
「はい。この中にちょくちょく、あの家から研究施設へ通っていた記述がありましてね。それは一体どこなのかとずっと頭を抱えておりましたが……」
「儂らの街に隠されていた、ということか」
「というより、今一度日記を調べて見たところ、この街自体が、某ら四人のホムンクルスを創造した方々の居住区のようなのです。もし某らホムンクルスに関するデータがあれば、近い日のカルキリッパー戦に役立てるかも知れませんです」
「そうだったのか。どおりで初めてこの島に降り立って見た時、ホコリを被った家具が多いと……」
「そんなことどうでもいいからさっさと降りて見に行こうぜ! そのケンキューシセツってのを!」
バリスタンが目を三角にして、パトロクロスのふくらはぎに杖を打ち付けた。
ホムンクルス特有の頑丈さから、彼は気にもとめず、我先にと階段を駆け下りる。
「まあ、百聞は一見に如かずとも言う。こ、こ、だ、け、は! 特別に堪忍してやろう……」
バリスタン、テオボルド、ロシュフォールもその後に続く。
ある程度階段を駆け下りると、壁と天井と床が一つの円になった廊下があった。
このような凝った地下空間は、どこの文献にも載っていない。
テオボルドらは、この先にあるものに、ますます胸を躍らせた。
……のだが、廊下の長さから、段々とこの空間、湿っぽく殺風景に印象が変わっていった。
少しでも気を紛らわそうと、テオボルドは、バリスタンに聞いた。
「そう言えばですが、バリスタンさんはどうして海賊団をやっているんですか?」
「……何だ、その儂が海賊に向いていなさそうな言い草は」
「そんな目くじら立てないでくださいよ。素朴な疑問ですって」
「……だったら余計な話ものしつけてやる」
*
隣のテオボルドの半分ほどの身長しかないことから察せるとおり、バリスタンの種族はドワーフである。
代々物づくりに長けた種族性から、彼もまた、都会でそういうギルドに携わっていたようだが、『なんだかんだ』あって、大勢の人々から恨みを買ったまま、放浪の身に追いやられたという。
そのあてなき旅路の途中、バリスタンはある砂浜を歩いていたとき、一人の少女に出会ったという。
彼女は波打ち際にうつ伏せに倒れていた。周りに残骸のようなものはなかったが、きっと漂流したに違いなかった。と、バリスタンは見た。
彼はその少女を見捨てることができず、手持ちの少ない中介抱して、放浪に同行させることにした。
そう、その少女こそがハザである。名前は砂浜と海の『狭間』に居たから、というシンプルな由来だった。
ある日、彼らはとある港街で釣りをしていたとき、海賊団に絡まれた。
海賊団。と、言っても、古びた漁船にそれらしい旗を掲げただけの、乗員五名の不良少年の集いだった。
だが一般市民にとって脅威であることは変わりなく、バリスタンはその場から逃げようとした。
しかしハザは、一番年長だった者のサーベルをサッと奪い取り、逆にそれを突きつけた。
バリスタンはその光景を見ていたが、具体的には視認できない手際であった。
たちまち海賊団はペコペコと頭を下げた。
その先頭にいたのは、もちろん船長。名前を、エリック・シモンズと言った。
この瞬間、バリスタンは自分の余生のあり方を悟った。そしてバリスタンは彼らに提案した。
『儂らも船に乗せろ。こんな海賊ごっこを、儂ら二人でまともにしてやる』
これが現在、世界で恐れられているシモンズ海賊団の成り立ちであった。
*
「どうする、その『なんだかんだ』の部分も話してやろうか?」
「いえ、結構です……もうこれだけの話でお腹いっぱいになりましたんで」
「そうか、それは賢明な判断だ。『なんだかんだ』の部分はその倍、内容が重たいのでな……!」
バリスタンはカタカタと歯を鳴らして笑った。
(そこがスゲー気になるんだけど、その様子じゃマジで複雑なんだろうな)
「おーい! こっちこっちー!」
(おっといけない。この通路を歩いている目的が飛びかけてた)
パトロクロスが手をバタつかせている後ろには、満月のような白い光があった。
あそこがゴールである、研究施設なのは明白。三人はやや歩速を早めて、そしてパトロクロスとともに、通路を抜けた。
そこには、自発的に輝く魔石が至るところに散りばめられた、滑らかな石材で一面覆われた、広い広い部屋だった。
四人の目を引いたのは、部屋の奥。巨大な透明の円柱が割れたもの、計四つ。
その根本にはそれぞれ、古代文字が刻まれた石板があった。
「オレ、士官学校に行ってないから古代文字は読めんぞ。ロッシーは?」
「屋敷の蔵書に古代文字で書かれたものがございますので、どうにか。パトロクロス様は?」
「おれは知らん! 勉強より運動のほうが大事だからな!」
「いやどっちも大事だろ。あとロッシー、何でお前読めるのに、一回パティに聞いたんだ」
「『試験体No.1』……」
そうこうしている間に、バリスタンが先に解読し始めた。
「貴方も読めたんですね、バリスタンさん……」
「この古代文字は、話者がいないのに、学者が通ぶって使うものだ……」
バリスタンは、左から二番目の試験体のものから、順に解読していく。
「『試験体No.2』『試験体No.3』『試験体No.4』だと」
「……まんまですね」
「この何らかの装置が四つ。これは間違いなく……ここはパトロクロス様にお答えいただきましょうか」
「おれたち四人のホムンクルスは、ここで作られたってことだな!」
「正解でございます!」
その後、四人はこの空間内をくまなく調べてみた。だが他に、文字が書かれているものはまともに見つからない。
「某も魔物開発をやっておりますのでわかるのですが、研究には記録するためのメモが必須なのです。ですがここにはそういったものが全く残っていない。これは変ですな……」
バリスタンは言った。
「情報漏洩を防ぐために、書類の類を極力排する仕事もあるぞ」
「じゃあこういうの要らなくないか!?」
パトロクロスは、本棚と思しき段組みの箱を持ち上げた。
冷静に見渡してみると、ここは広さに反して、あまりにも物が無さすぎる。
王族などは己の器の大きさを見せるように、お手洗いすらも庶民の家くらい広く作る事例もある。と、テオボルドは聞いたことがあるが、それにしてもという片付きっぷりであった。
「これは、誰かがここからあれこれ持ち去った可能性もあるんじゃないか?」
「言っておくが、儂は先日のお前たちの大破壊まで、この隠し部屋を知らなかったからの」
「某も、本当につい先日この存在を知りましたからね!」
「オレは今さっき知った!」
「ああ、そうか……」
だとすると、シモンズ海賊団が来る前に、何かあったと考えるしかない。
思い返すと、ロシュフォールが持っていたあの研究者の日記は、突然記述が途絶えたという。
ここがもぬけの殻になるような、予想だにしないことが起こった。
テオボルドは、二歩進んで三歩下がるような、このロスデモ島の謎に、苛立ちと期待の入り混じった感情を覚えた。
「お! オレいいモノ見つけたかもしれない!」
この歓喜の声に合わせて、三人はパトロクロスの方を見る。
彼は、『試験体No.1』の、割れた透明の円柱の土台を持ち上げていた。
「パ、パトロクロス様! こういう調査物は極力現状維持するのが……!」
「じゃあ元の位置に戻せばいいだけだろ、ロッシー!?」
「早く、その小僧が頑張っている間に、それを取れ!」
テオボルドは地を這って、土台の影に身を滑らせ、一般的な書籍の半分にも満たない大きさの魔石の板を回収する。
「もういいか、テオボルドさん!」
「おお、もうとっくに出てるぞオレ!」
「はい!」
パトロクロスが土台をきっかし元の位置に戻したところで、四人は集い、その魔石の板を見つめる。
魔石には、周囲で照明になっているもののような、『常に効果を発揮するもの』と、『特定の手順で起動するもの』の二種類がある。
後者はだいたい、衝撃を加えると発動する。
テオボルドはそれの六面をベタベタと触ってみる。と、突如としてその輝きが増した。慌てて、近くにあったテーブルに置く。
上の平面から光が溢れて、やがてそれは人の上半身を象った。
光が空色のみである都合上、色こそは判別できない。細い目をした、胡乱な雰囲気の漂う男だ。
さらに、魔石からはその光の像だけでなく、音までもした。豪雨の中のような粗さではあるが、この男が何かを話している。
四人はテーブルに耳を傾け、その内容を聞く。
『うーん。カラーで投影できていないな。これじゃあダメだ。ボツ!』
この台詞が終わった直後、一瞬、その男と半回りほど若い男が肩を落とす姿が映り、そして何も映らなくなった。
もう一度、魔石を起動してみる。
『うーん。カラーで投影できていないな。これじゃあダメだ。ボツ!』
このホコリっぽい空間に訪れた沈黙を打ち破ったのは、ロシュフォール。
「……何のデータもないではありませんか!?」
パトロクロスも大声を上げて同意する。
「全くだよ! こんな凄そうな技術を作って貰ったのに、ボツの一言だけなんてヒドすぎる!」
「ええ、まさしくパトロクロス様の言う通りであります!」
非難轟々のホムンクルス二人と対照的に、テオボルドとバリスタンの二人は、繰り返される像の台詞と出現へ、険しい表情をしていた。
彼らには、この男に心当たりがある。
「テオボルド。お前も此奴は知っているか」
「ええ、知っていますとも。エルフとして。
エアフォルク・ジマー……第五次魔王戦線期に、アーティファクト武器の製造開発の総責任者ですよね」
「そうだ。この邪悪な面構えは、やはり忘れがたいものだな……」
二代目魔王を討伐して国元へ帰ってからしばらくしたあと、伝説の魔術師、ヨハネスは現代の勇者士官学校の前身となる、魔術研究の学舎を設けた。
その第一期生として在籍していたのが、このエアフォルクという男。
彼は数年早く生まれてくれば、彼が二代目勇者パーティーの一員になっていたかもしれないと称される程の天才であり、ヨハネスも彼のことを『一番弟子』と太鼓判を押していた。
学ぶべきものを学び終えたあと、エアフォルクは各国に呼ばれて転々とし、国策規模の技術開発のサポートをしていたという。
そのキャリアの果てに、第五次魔王戦線期に、かの悪しき遺産、アーティファクトの製造に携わった。
そしてかの【勇者千殺】が起こり、アーティファクトが全面禁止となった折に、彼は生贄のように責任を取らされる形で、逮捕・公開処刑されている。
「で、コイツの姿を記録した魔石がここにあるってことは……このロスデモ島は、コイツの研究所だったってことか」
「そう考える他あるまい。そもそも、人に近く、人をゆうに超える生命体を創造するなど、奴かその師のヨハネスでもなければ成せんだろうに……」
「すいません。当たり前過ぎること言って……」
『うーん……』
エルフとして、このエアフォルクという男は【イバラ】の次に憎い存在だ。
その声が繰り返されることに辟易し、テオボルドは魔石をベタベタ触って、像と音を止める。
「こういうもの好きだろ、ロッシー」
「ええ、大好きですとも」
その魔石を押し付けたあと、テオボルドは再び、この研究部屋を見渡す。
この片付き過ぎた様子は、あまりにも都合が悪い情報が山積みになっていたので、エアフォルクが処分した。あるいは、逮捕時に各国軍が押収した。と、考えると合点がいく。
それを数少ない収穫の一つに、強引気味に足して、四人はこの部屋から引き上げた。
せめてカルキリッパー戦前に、無駄な時間を過ごしたとならなければいいのだが。
【完】




