第21話 慟哭の老将と若輩の魔王
魔物が棲む大陸の奥地、魔王城。
その最奥に位置する玉座の間にて。
六代目魔王の少年、マリスフリートと、つい数秒前に馳せ参じたカルキリッパーら、十八体の幹部たちにより、緊急会議が始まった。
第一に取り上げられた議題は先日、惜しまれつつも殉職した【爆猿刻将】サンセマインに関すること。
会議の進行は、幹部よりも、マリスフリートの最側近の面の強い、燕尾服の魔族【高貴約将】ペニーヴァナムが務める。
「サンセマイン様が保有していた兵力は、代わりの者が見つかるまでの間、陛下の直属として保留致します。反対の者がいれば、挙手を」
誰も応答しない。賛成のようだ。
「承知しました。それでは続いて、空いた片枠の前線指揮官の配置についてですが……」
「……と、その前に、僕から言いたいことがある」
十八体の魔物は一斉にどよめいた。
大概の会議では形式的な承認と挨拶しか行わないマリスフリートが、自ら発言を始めたのだから。
ただし、この会議の中で最も貫禄のある存在、カルキリッパーは口を噤み、ただじっと構えていた。
マリスフリートの眼光が刺すのは、己であるにも関わらず。
「……カルキリッパー。お前はどうしてここにいる?」
カルキリッパーは速やかに応える。
「は。吾輩は陛下からの伝令に従い、本会議に馳せ参じたのであります」
「僕はお前を呼んでいないが?」
この淡白とした反応にも、カルキリッパーはまぶたの開閉度を維持している。
「お前はサンセマインと同じく、前線の指揮官だったのだ。今の僕たちの前線を保つのは、お前一人の役目のはずだ。
なのにお前がいるのはおかしいではないか。こんな一大事に軍配を置いていいわけがないし、置かせるわけがない」
「……!? し、しかし、吾輩は陛下直属の伝兵から思念を受け取って……」
「それは誰だ? どの種族の何という名前のものだ?」
「……失礼しました、陛下。吾輩の独断でございます」
カルキリッパーが、マリスフリートの前に移り、腰を深く曲げたとき、左右から森の木々のざわめきのような、微かな失笑が聞こえた。
どの幹部のものかはわからないが、それを提言するのは会議の妨害となり、そして主への非礼に値する。カルキリッパーは、ただじっと耐えた。
「……まあいい、戻れ。むしろ此度は、来たほうが都合がよかったかもしれない」
カルキリッパーは、扉に近い位置に戻って直立してから、
「は、とおっしゃいますのは……」
マリスフリートは左肘に力を込め、背筋を座面と垂直に正してから、声を荒げた。
「お前の怠慢を責めるために決まっているだろうが!
お前はサンセマインと魔王の先発軍としての両輪を務めていたにも関わらず、人間どもが占拠している大陸に、何一つ爪痕を残せていないではないか!?
ムラは激しかったが、サンセマインはそれなりに奴らの土地に魔王軍の権威を知ろしめることには成功していた!
だがお前はどうだ! ただ砂粒じみた取るに足らない島を潰すだけで、まとまった領土を取り返せていないではないか!」
「は。滅相もございません」
マリスフリートの甲高い声に混じる失笑を、カルキリッパーは拾う。それにも彼は、ただ耐える。
自分は着実に足場を整えていたまで。サンセマインは後先考えずに目に入った敵を追いかけ回したからこそ、ああして幹部初の殉職者となったのではないですか。
――などという言い訳は、決して口にしない。
マリスフリートは右肘当てに拳を叩きつける。その際の彼の顔は、この大陸にありふれた溶岩のように赤かった。
「僕はお前に期待していたのだ! 僕の父であり、第二の魔王、イヴィルファーの時代から、一兵卒の雑魚魔物として戦い続けて、魔族に至るまで成長を遂げた老将、カルキリッパーにな!
だがいざ軍と僕の旗を預けてみれば、こんな弱腰の戦運びをするとは……期待外れもいいところだ!」
隣のペニーヴァナムからもクスクスと声が漏れていた。
「……は、誠に申し訳ありませぬ。此度は如何なる処罰も受け入れる故……」
「罰とは言っていないぞ僕は! そういう臆病な思考こそが、お前の悪いところじゃないか!?」
「はい、はい……」
カルキリッパーは、ただうなづくことしかできなかった。
それからしばらく、マリスフリートは老将に対する叱責を終えた。
ペニーヴァナムから差し出された飲み物を口にして、ようやく顔色が元に戻る。
「……ひとまず、カルキリッパーの地位は現状そのままにする。ひとまず、だが」
「は。多大なる寛大な処遇、感謝致します」
とにかくカルキリッパーは、マリスフリートへの従順さを見せつけるほかなかった。
会議は本筋に戻る。
サンセマインが空けた前線指揮官の枠だが、結局は誰も居座らなかった。
十六体とも、『保持兵力の総数が足りない』『海戦に慣れておらず荷が重い』などと、もっともらしい理由を展開して、その座を拒んだ。
「では仕方ありません。しばしの間、前線指揮官はカルキリッパー様お一人のままで保留致しましょう」
「そうするしかあるまい」
その後、ついでに定例で行う議題を片付けたあと、本会議は終了。
魔王軍幹部たちは、足早に玉座の間を後にした。
カルキリッパーは、せめてもの礼儀として、最後に退室する。
廊下の先からは、他の幹部たちの笑い声が聞こえてきた。
距離と反響によって上手く聞き取れないが、概ね自分のことを老害とみなし、嘲笑う声ばかりだった。
あの中に誰かが偽の伝令を送りつけて、自分を貶めたのだろうか。そればかりを考えて、城の門の一つへと歩く。
道中、待機していた自分の親衛隊と合流する。
「イカガデシタカ、緊急会議ハ?」
「会議というより、吾輩を罵倒するだけの時間であった。吾輩よりも年も功も少ない臆病者にな……」
第二次魔王軍から、五代に渡って魔王軍にいた身として、カルキリッパーは見抜いている。
初代魔王アクレウスの『魔物と、その上位存在である魔族の手により、人類たちの身勝手な支配を終わらせる』という偉大な意志を、現代に至るまで引き継いでいるのが魔王軍である。
だが誰もかれもがそうした崇高さを掲げているわけではない。
自分たちの発展を考えている魔物の種族たちが一つの御旗を掲げて集まっている魔の寄せ集めの連合体。というのも、魔王軍の見方である。
この第六次魔王軍は、その性質が極めて強い。
それぞれの部族の地位ばかりを頭に考えて、最低限の派兵だけをして、積極的に人類どもへ攻撃を仕掛けず、自分たちはのうのうと大陸本土で威張り散らしている。
そうした幹部たちが、カルキリッパーのような本質を見誤っていない者を愚弄しているのだ。
「だが、それを単なる蹴落としと見做すのもよくない。陛下の仰るとおり、吾輩はサンセマインのように目に見える手柄を得ていない……」
故に、ただちに前線を目指して海を渡り、あの勇者たちの反撃を仕掛ける。
と、カルキリッパーは、周りの親衛隊たちにおいそれと指示できない。
(仮にあの偽伝令が無く、あの勇者軍と鍔迫りあったとしても、無難にいけば双方撤退。運が良くとも辛勝とまでしかいかなかった。
あの翼の少年の才気もさることながら、後方の軍艦にはキルデリクがおった……
それに、今の吾輩の汚名を雪ぐには、領土を取り返すというサンセマインの真似事では足りぬ。
「ううむこの難題、我が歴戦の経験を総動員して当たらねば……」
「アノ、カルキリッパー様……忙シクナル前ニ、オ耳ニ入レテオキタイコトガアルノデスガ……」
一人の親衛隊が、目を点滅させながら、片ハサミを挙げていた。
「む。何だ、言ってみろ」
「世界各地ニ放ッテイタ偵察隊ノ一隊ガ、興味深イ島ヲ見ツケタトノコト。
ソノ島ニハ、前例ノナイ能力ヲ持ツ強者ガオリマシタ」
カルキリッパーは目を丸くする。
「具体的には何だ」
「我々ノ殻ヲ楽々切断シタリ、大量ノ砂ヲ操ル他
、異様ナ耐久力ヲ持ツ謎ノ種族ノ強者デス。
――ホムンクルス。ソレガ彼ラノ遺言デス」
「ホムンクルス……その座標までは感知できたか」
「モチロンデス」
「……ううむ。ではそれについて、我らが船の中で、よく検討してみようか」
カルキリッパーの胸の内で燃えたぎっていた炎は、若輩に対する憎悪から、再起の野心を燃料とするものに移っていた。
*
ロスデモ島にて。
おおまかに言うと北西にある丘陵の、最も高い位置では、数多くの石材と木材が運ばれていた。
これらは丘陵を越えた先にある海賊たちの街の復興が半分の用途。
もう半分は、ここに新たに建設される要塞のためである。
テオボルドを島主とする本格的なロスデモ島統治に備えて、その象徴となる、島全体を監視下に置く大拠点を築いているのだ。
監督を務めるのはモラン。
彼は、この島で二番目に高い丘に備えた自分の本陣のノウハウを活かし、それを超える要塞を目指して、手下の鳥モンスターたちに指示を飛ばしている。
「我の許可なく休むことは許さん! 常に最速最善で作業し続けろ!」
今日の彼の気合の入り様は凄まじかった。
昨日のカルキリッパーの偵察隊の奇襲から、島民全員は魔王軍の本格侵攻に警戒せざるを得なかった。
ロスデモ島側も哨戒を放ってはいるが、その動きは全く読めていない。だからとにかく、少しでも勝機を高めるための行動を取り続ける。それが今彼らにできることだった。
せめて多少の矢弾しのぎにはなるように。と、モランは愛用の杖をうならせて、建設を急ぐ。
「必死でありますなあ、モラン様は」
「あんまり働かせすぎて、いざ本番ってなったときに兵士がクッタクタで動けない……っていうアホなオチは勘弁だからな、モラーン!」
資材運搬用に整備された道を通り、ロシュフォールとテオボルド、それとパトロクロスの三人は、建設途中の要塞を横切った。
彼らは丘陵を下っていき、海賊たちの街に来る。
どうせまた壊されるだろう。という甘いことは言わず、船員たちの尽力により、復興作業が進み続けている。
テオボルドたちはそこにある、一階だけが残った、ほとんど手つかずの廃墟に行く。
その玄関と思しき空間の前に、バリスタンが待っていた。
「ここだな。ロッシー、お前が見せたいっていうものは」
「ええ、そうであります。バリスタン様」
「バリスタンさんも見たいのか?」
「自分の街に怪しいものがあっては落ち着かんからな。
それに和平を結んだからには、極力隠し事は無し。そうだろう、テオボルド」
「はい、全くその通りだとオレも思います。はい」
建物の中に入ると、まず目に入ったのは、床材にぽっかり空いた穴。
それもただ木材が突き破られただけの穴ではなく、その下に、頑丈な金属の板が、下側から砕かれて、二重に穿たれている。
その先には、石材を切り取って組まれた階段が伸びていた。
「これは某の知識として、単なる地下収納にしては作りがしっかりし過ぎております。きっと何かここに、研究施設があるに違いありません。
例えば、ホムンクルスを製造した場所などでは、と」
【完】




