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第20話 冠と出現

 波打ち際に立つ、甲殻類モンスターたちは言葉は発さない。

 そのギラついた眼光から、ベルゼブブとロシュフォールたちに対する敵対心を持っているのは明確であった。


「何だコイツらは?」

「海系の魔物……さてはシモンズ海賊団!?」

「おのれ、先日の盟約をもう破るとは……」


「それは早とちりしすぎじゃないの、アンタたち」

 と、ベルゼブブははやる親衛隊三人をたしなめ、背後に背負った鎌に手を添える。


「シモンズ海賊団には海の魔物が多くいましたが、こういう殻持ちの者は見ていませんでしたなあ……」


「単にタチの悪いレンチューってこと?」


「あるいは、テオボルドさん方の言う、魔王軍とかいう輩かと……」


「ま、どっちにしろやっつければいいか。めんどいもの」


「それは同感でございます」

 ロシュフォールとベルゼブブ、その親衛隊三人は得物を構えた。

 

 直後、隊長格のような雰囲気の二体の人型魔物が何らかの振動音を放つ。これを合図に周りの小エビ兵たちが一斉に突撃した。


 すばしっこく、それでいてそこそこ頑丈という長所が厄介であったが、ロシュフォールは持ち前の剣技で殻の隙間を見抜き、サクサクどかしていく。


「用があるのは貴方でありますよ!」


 開戦から間もなく隊長格のうち、シャコの魔物へと斬りかかる。

 上手く先手を取り、胴体を袈裟に打ち付けたはいいものの、甲殻の頑丈さから、傷とは言い難い傷しか負わせられなかった。

 形状然り大きさ然り、砲弾と言って差し支えない拳が迫る。

 空気のうねりから、かわすのが吉と見て取れるが、ロシュフォールは好奇心から、剣を交差させて受け止めてみた。


 激突の瞬間、つんざくような爆音と同時に、相手の重量と筋力以外の衝撃が炸裂。ロシュフォールは砂を蹴り上げて、後方で受け身を取る。

「音波攻撃。これはどのみち、かわすだけでは足りなかったようですな」

 直後、ロシュフォールの元へ電撃が降り注いだ。


 これはガードせずともどういう効果か分かる。ロシュフォールは素直に側転を繰り返して回避。


 もう一体の隊長格、エビの魔物はその極端に肥大化した片腕を振り回し、周囲へ電撃を撒き散らした。


 小エビ兵と交戦中の親衛隊たちは、これに怯えながら戦闘させられていた。

「ぐぬぬ……厄介な相手だ……」

「じゃ、あーしがやるわ。てなわけで、はいこれ」

 ベルゼブブは、自分が相手していた小エビ兵を、鎌でセベックへと弾いて押し付け、エビへと接近。


 エビの片腕にある三つのトゲがこちらへ向き、その中心点から電気が走る。

「悪いけど、来る場所間違ってるよ、アンタら」

 ベルゼブブはホムンクルスの固有能力として、砂を操る力を持つ。

 厳密に言えば『砂粒ほど細かい実体のあるもの』であれば大概動かすことができるため、砂のないところでも、他の誰かが巻き上げた塵埃や、周りの物の破壊を利用して、能力を使っている。


 そしてここは砂浜。彼女の専用武器が至るところにある武器庫。

 ベルゼブブは手前に砂の壁を築き、電撃をガードする。

 彼女はそこへとダイブし、自身の全身をコーティングしたうえで、さらにエビへと接近した。


 もう一度電撃が飛ぶも、ベルゼブブの砂コーティングが剥がれるだけで済んだ。

 これでは埒が明かない。エビは平均的な大きさの左手を、肥大化した右手に重ねる。

 するとその甲殻が変形し、より大きく、攻撃的な見た目となり、先程とは桁違いの光が集まり出す。


「あ、これ欲しい? じゃああげる」

 ベルゼブブはエビの魔物で、全身を砂で覆わせた。特に、両腕周りには念入りに、分厚く。


 そしてエビのコーティングが一気に爆ぜ飛び、中から黒焦げになった魔物の姿があった。


「はいじゃ、いっきに片付ける」

 ベルゼブブはエビの足元の砂で螺旋を作り、相手の首から下を地面に埋没させた。

 二重の意味で手も足もでないそれに対して、ベルゼブブは鎌を豪快に下から上へと振り上げて、その頭を粉々にした。


「で、そっちは終わりそう?」


「少々お待ちくだされベルゼブブ様! もうちょいでなんとかしますですから!」


 シャコの右ストレートが繰り出された瞬間、ロシュフォールは大きく後方へ跳んだ。

 爆音が鳴り、足元の砂地に波紋が広がりきった刹那、ロシュフォールは跳んだ先の地面を強く踏みしめ、全身のバネをフル活用し、シャコの胸ぐらへと帰還。

 そこで瞬間的に右手の直剣を横薙ぎに振るう。危篤を意味する鈍い音が伝わってきたあと、シャコの身長が低くなっていた。


「お足元がガラ空きでしたな」

 足を失い、身動きができなくなったシャコが、力を振り絞り、両拳でロシュフォールを挟もうとする。

 そこでロシュフォールは、流れるような動作で左手の曲剣を鞘に納めた。その一瞬後、シャコの身体に縦線が入った。ロシュフォール本人ですらも見えたか怪しい神速の居合斬りによるものだ。

「つまらないデータでございました。では、念には念を……っとお!」

 念入りに、ロシュフォールはシャコの両胸装甲を双剣でそれぞれ貫き、キッチリ分割して、両横に倒した。


 隊長格の二名が死ぬや否や、まだ生き残っていた小エビ兵二体が、ハサミを光り輝かせ、バタバタ上げ下げしながら、海へ泳いでいく。


 だが波打ち際を越えてから間もなく、二体の頭に風穴が空いて、そのまま虚しくプカプカ浮いた。


「そっちにもいたんですね」

「ユーシャってのはやっぱ遅れて来るに限るな!」


 ロシュフォールとベルゼブブたちは、小舟の上に立ち、盾銃を持つ腕を伸ばしたハザを見た。

 パトロクロスは力いっぱいオールを動かし、方向転換して、砂浜に船を停泊させた。


「おひさー。って言っても二日ぶりくらいか、ハザちゃん」

「こんにちは、ハザ様、パトロクロス様。お二方、何やら港街の工事に勤しんでいたようですが……先の言葉からして、さては」

 

 パトロクロスは堂々と腕組して、

「ああ! 魔王軍っぽい魔物がやってきた! でもっておれたちがぶっ飛ばした!」

「あそこにはたまに、はぐれ魔物が流れ着くことがあるんです。

 それにしては統率が取れてたから、計画的な上陸作戦じゃないか。ってバリスタンが言っていました。だから、もしかしたらーって思って、パティと来てみました」

「そう!」


 ロシュフォールは足元に転がる小エビの亡骸を、直剣でつつく。

「ふむう、二方向からの同時進行。これは裏がないはずがありませんな」


 テキトーに片付けといて。と、親衛隊に指示を投げかけて、ベルゼブブも首をかしげる。

「はーん、まーた面倒なことが始まったかもね。家建ててるテオボルドと、基地にいるモランにもゆーとく?」


「そうするべきに決まってるだろ、ベルゼブブ!」


「どうせなら、ティボたちも集めて会議もした方がいいですよ。ベルジー、ロッシー」


「かもねー。あー、じゃあホーロケかイドラー、どっちか代わりにテオボルドん家に行ってきてー! あーし一日に二度も同じ場所出かけるのヤダし!」


「では某はモランのところへ参りましょう」


 ロシュフォールは双剣を納刀し、車輪スライムを置いてきたところへ走る。

 その途中、ロシュフォールは綺麗に一八〇度回転して、

「待ってくださいますか、ハザ様」


「どうしました、ロッシー?」


「それそれ! ロッシーとは……誰でありますか? あと、ティボとかベルジーも」


 ハザは無邪気にニコニコ笑って返す。

「あなたたちの愛称ですの。ほら、皆ちょっと口に出すと長めの名前ですから」


「コココぉ……そうですか。失礼しました!」


 改めてロシュフォールは走り、スライムの上にまたがる。

(ロッシー……なんか気の抜けた名前ですなあ……)

 そして内心モヤモヤしながら、風を浴びて南方向の丘へと登っていく。


*


 テオボルドとエウポル、ホムンクルス四領主、それとシモンズ海賊団のトップスリーは、ベルゼブブの宮殿内にある広間に集結する。

 その主は拒否したが、一同が行きやすく、人数分の広さが確保できる場所がここしかなかったからだ。


 その奥行きのあるテーブルには、二体の魔物の残骸が転がっている。黒焦げのエビと、バラバラのシャコの魔物の残骸だ。


 ベルゼブブは黒焦げのエビの頭を、あえて拳で示して、

「これがあーしの町近くの海岸と、ハザちゃんたちの街に同時襲撃してきたっぽいんだって」


「その二箇所以外には、現時点で異変はなかったとのことでありますです」

 ロシュフォールの目配せに合わせて、モランもかぶりを振る。

「ご存知の通り、この島の至るところで常に、我の鳥モンスターが飛行・哨戒をしている。今ロシュフォールが発言した通り、他では何もなかった」


 パトロクロスは二体を交互に見つつ、机の下の爪先を交互に揺らしている。

「本当かよ……一体こいつら何なんだ!?」


「こやつは、魔王軍の手下【シューターシュリンプ】と【パンチャーシュリンプ】だ」

 その名前をするっと出したのは、シモンズ海賊団副船長、バリスタンだった。

「ほとんどの海域に出没し、魔王軍らしく人の住む島や浜を襲ったり、輸送船へ私掠じみた行為を、無差別で行う魔物だ。

 この二体で共同隊長を張り、雑魚モンスターを引き連れて行動することが多い」


「私たちの船もちょくちょく引っかかりますが、まあ、慣れれば大したことないですよ」

 船長のエリックが得意げに言って、

「私がいるからですけどね」

 ハザが口を挟み、その思い上がりを未然に防ぐ。


「つまり、こいつらが島を同時に襲撃したのは偶然ということか……?」

 モランが顎に拳を置き、怪訝に魔物の残骸を見つめる中、パトロクロスがふと思いついた。

「あ、そうだ。テオボルドさん。あんた元ユーシャなんだろ? こいつら魔王軍なら何か知ってるんじゃないのか」


 待ってました。と、言う代わりにテオボルドは片眉を上げて、

「もちのろん。こいつの上司も含めてな」

 彼には勇者軍が収集する情報と、この魔物たちとの実戦経験もある。だから彼は以下の通り、流暢に説明してみせた。

「【漸進蟹将】カルキリッパー、という魔王軍の幹部がいる。

 そいつはサンセマインっていう、また別の幹部と、人間たちの大陸を攻める先発軍の二大看板をやっていたんだ」


「カルキリッパー……なかなか切れ味良さそうで強そうな名前でございますな」


「どうだかな、ロッシー」


「……貴方までロッシー呼びするんですか?」


「サンセマインってのはゴリラの魔物だけに、ゴリゴリの武闘派で、デカい侵攻作戦があれば大概そこにいる奴だった。

 だが、カルキリッパーはそれとは真逆の慎重派。表にはめったに姿を見せず、よくも悪くも指揮官らしく波状攻撃の元にふんぞり返っている。旗色が悪くなればすぐに潔く引っ込むしな。

 だから、勇者軍の中ではその脅威度は、相方? ライバル? と、比べると一段階落ちてたんだ」


 パトロクロスは背もたれに上半身を預けて、唇を尖らす。

「なあんだ、思ったよりも大したことなさそうじゃんか。魔王軍幹部って聞いた割にはさあ」


「おいおい、早とちりはユーシャの死因トップ五には入るぞ、パトロクロス。

 だが最近、情勢がガラッと変わった。手前味噌だが、オレたちがサンセマインを撃破したことによってな」


 すると会議に居合わせた一同が、平均七回ほどの拍手を起こしてくれた。

「やはり俺は信じていましたよ! テオボルドさんならそんくらいやれるって!」


「お、おう、どうも、エウポル……」

(クリソツの魔物に褒められるのは、違和感がすごいな)


 テオボルドも一発手を叩く。場を整わせて、話を続けた。

「これにて魔王軍の前線指揮官はカルキリッパーだけになった。おそらく魔物たちの方の大陸から、追加の人材が来ているかもしれんが。

 ……何にせよ、カルキリッパーはこの事態に対して、方針を変えなければならないはずだ」


「ふうん」ハザはビシッと手を挙げて、先回りしてみた。「つまり、さっきの二隊は新しい作戦の下準備かもしれないってこと、ですの?」


 テオボルドはまた手でパンと音を鳴らして、ハザを指さした。

「そう。きっとそう。カルキリッパーの手下が二隊同時に、偶然やって来るはずがない。ましてやロスデモ島周辺の複雑な海流をくぐり抜けて。

 これはあくまでオレの最悪の見立てだが……カルキリッパーたちに目をつけられたかもしれんぞ、オレたち」


 テーブルの上にある二体の魔物の亡骸は、確実に死んでいる。

 だが、このテオボルドの考察が投げられた後に見ると、そこはかとなくカルキリッパーの笑い声がかすかに響いている……気がした。


*


 一方その頃。

 人類たちからは『魔王軍の』『敵の』『魔物が棲む』などの敵意に満ちた枕詞がつき、魔王軍たちは単に『大陸』と呼ばれる場所。

 その奥深くにある空気さえもが邪悪に黒く淀んでいる地に、身の毛がよだつ威圧を放つ居城があった。


 その中のさらに奥。出入口の扉の向かいには、歴代の魔王六人の肖像画が壁に掲げられ、側面の壁には、魔王軍幹部がそれぞれ掲げる旗が垂れている。


 肖像画の下には、常人の背丈の五倍の高さを誇る玉座が置かれていた。


 ここは魔王城・玉座の間。

 このたった一つの部屋に、魔王軍幹部たちが集まり、整列している。


 彼らは一点を見上げた。その焦点にして、忠誠の対象は、黒髪の中から一対のねじれた角を生やし、顔からあどけなさがまだ抜けきっていない、少年。

 彼こそが、六代目魔王、マリスフリートである。


 彼は玉座の左肘当てに体重を預けて、左頬を歪ませたまま、小声で言った。

 それを玉座の右に立つ、燕尾服の魔族はそれを完璧に拾い、高らかに宣言する。


「現在、本会場にいる有権者は十七人。定足数の三分の二以上に達しておりますので、これより本緊急会議を開催致します」


「いいや、十八人だ!」

 この叫びが、扉が開け放たれる音とともに玉座の間に轟いた。


 その声の主は、蟹のような鎧に、水滴を滴らせる、壮年の魔族であった。


 燕尾服の魔族はその姿に唸る。

「まさか貴方がここにいらっしゃるとは想像しておりませんでしたよ、カルキリッパー様」


【完】

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