第19話 殻と孤島
勇者軍による撃破に次ぐ撃破。
土台として、本陣のある島への電撃的な突撃が功を奏した。
彼らは、哨戒と制圧以上の役割を持っていなかったカルキリッパー軍をバッタバッタとなぎ倒していく。
乱戦の最中、学者風に言えば、全長五メートルの巨体を誇るロブスターの巨人が、勇者軍の前に現れた。
「ここは僕が!」
オリヴァーはその周囲を飛び回り、いくつもの斬撃を刻んでいく。だがその外殻は並の魔物にはない堅牢さを持ち、空虚な音が鳴るばかり。
やがてロブスターは、オリヴァーにヘイトを向けて、その鋭利なハサミを備えた右の剛腕を突き出した。
彼のパーティーメンバーであるミスティアが、咄嗟に杖をかざす。
「ここは任せて、オリヴァーさん!」
「いいえ、防御はボクが担当しますよ。【ブレスシールド】」
その数秒前に、同じくメンバーのルイーザが剣を、剛拳の先へ向けた。
琥珀色の正方形の障壁が、オリヴァーの前に出現する。
ロブスターの拳はそこで止まり、反動によってのけぞる。
「斬り裂きなさい!」
さらに、障壁は円盤状に回転し、先程の右腕にガリガリと食い込む。
ルイーザは障壁に意識を集中させながら、側のミスティアへ、
「ミスティアさん。オリヴァーさんに物理攻撃力のバフを与えましょうか」
「は、はい! 【ストレングス:アタック】!」
ミスティアが杖先をオリヴァーへ合わせ直すと、彼の身体が一瞬赤く輝いた。
「【ヘブンズエッジ】!」
すかさず、障壁により傷ついた箇所へと、光り輝く剣を打ちつける。たちまち巨人の右腕の先が地面に落ちた。
片腕を失うという大損害を被った巨人は、残った腕と足をがむしゃらに振るい、その一帯を無差別に攻撃する。
その乱打の間を素早くすり抜ける黒い影。オリヴァーパーティーの一人、ナリトモだ。
ジョブ【忍者】としての軽やかな身のこなしで、重力をものともせず巨人の左肩へと駆け上がる。
逆手に持った刀をもう片手で撫で、そこに炎を纏わせてから、
「【火焔の斬】!」
足元の外殻へ一撃を繰り出す。大幅に焼き焦げ、ヒビが入った。それでもまだ切断までには届いていない。
「足場となりなさい!」
そこへ、四分割した障壁を飛び移って、ルイーザが接近。
「【グラディウス】!」
そして脇下から渾身の力で剣を振り上げて、そこの外殻も割った。
やがて自重により、左腕はボッキリと肩口から剥がれ落ちた。これにて警戒すべきは足元のみ。
ペガサスの獣人であるオリヴァーには地面のみへの攻撃は通用しない。
その利点を活かし、オリヴァーは十分に加速付けてから、巨人の首筋へと急接近し、
「【ホーリーブレイズ】!」
流星群と見まごうほどの連続突きを食らわせ、トドメに眉間に蹴りを食らわせた。
まもなく、巨人の頭は崩れ去り、その亡骸も、仰向けに荒野へと倒れる。
その振動に負けないほどの勇者軍の感嘆が、この島中に轟き、ますます勢いづいた。
この光景を、島の最北部に陣取っていた、鎧姿の魔族の老将は、唇を噛んで見下ろしていた。
この者の名前は【漸進蟹将】カルキリッパー。
魔王軍幹部であり、この島周辺の海域に派遣された司令官の一人。
周囲で護衛に当たるエビの兵士たちは、老将の溜飲が上り続ける有様に、たじろいでしまっていた。
(よもや【トランプルロブスター】さえも倒されるとは。やはりここは吾輩が直々に人間どもへ喝を入れてやらねば……)
総大将の出る幕へ備え、カルキリッパーは側に立てかけていた一対の剣へ手を伸ばす。
(((カルキリッパー様。お取り込みのところ失礼致します)))
伸ばした手を引き、兜に覆われた頭の中からこだました声に、荒く返事する。
「かような一大事に何事だ!?」
(((カルキリッパー様、テレパシーはわざわざ実際に声に出さずとも会話できると、何度も申していたはずでございますが……)))
「……失礼した」
これは周りの兵士へ向けた言葉でもある。だから口にした。
(((陛下がお呼びでございます。先日のサンセマイン様の殉職に関する緊急会議が行われます。同じ前線の指揮官として、貴方様にもご出席を願いたいところですが……)))
(この海域を外れてか……!)
しばしテレパシー先の相手が、慇懃無礼な笑い声を漏らしてから、
(((かのカルキリッパー様が、一度離れた土地を奪い返せぬと言うのですか?)))
(……あいわかった。では直ちに海を渡るとする)
(((早急にご対応をお願い致します)))
テレパシーを終えた後、カルキリッパーは違う目的で得物を手に取る。
「いかがなされました、将軍!?」
「撤退だ……」
「へい……?」
「撤退する! 陛下からの命令だ! この海域は一時捨て置くとする!」
(覚えておくがいい、人類……)
と、呪いを込めるように、つい数秒前に座っていた椅子を踏み潰してから、カルキリッパーは近くの崖から海へと飛び込んだ。
その他魔王軍の魔物たちも、続々と海岸へと逃げていく。半分は、背後へ猛追撃を受けて、砂か土に倒れていった。
「ちいっ、都合が悪くなったからと逃げ出すとは……」
「大将は取り損ねたが、勝利は勝利だ!」
「勇者軍に栄光あれーッ!」
と、先輩勇者たちから連鎖的に、一同は御旗を掲げ、盛大に勝ち鬨を響かせる。
オリヴァーは先達へ謙遜し、控えめに拍手だけを捧げる。
するとその片手を、ルイーザが強引に旗を握らせ、「ええっ、ちょっ、ルイーザさん!?」上へ持ち上げた。
「オリヴァーパーティー! ここに勝利いたしましたあーッ!」
直後、周りの自軍から、オリヴァーたちへと称賛の声が巻き起こる。
オリヴァーは照れくさく、ルイーザは誇らしげに微笑んだ。
その後ろで、ナリトモとミスティアは、ささやかに拍手を送り続ける。
島内の安全確認がある程度終わったところで、戦艦の一隻から、キルデリクが親衛隊を伴って上陸した。
彼は真っ直ぐ、この戦いの功労者、オリヴァーの元へ向かう。
「でかしたぞ、オリヴァー。勇敢な戦運びであった」
オリヴァーはその場で片膝を突……く前に、キルデリクの眉尻が下がるのを見逃さず、代わりに背筋を伸ばして直立する。
「至極光栄です、キルデリク様! ですが、カルキリッパーを取り逃がしてしまいましたが……」
キルデリクはオリヴァーの両肩を押さえて、食い気味に言った。
「構わん。島を奪い返せただけでこの戦役の目的は大方達成している。手にした勝利を噛み締めるのも、勇者の務めだ」
そしてキルデリクは右手でオリヴァーの頭を、耳にかすらないようにワシャワシャと撫でた。
「へ、へえ……そういう愛嬌もおありでしたか、将軍様……」
その隣のルイーザは、作り笑いで驚きをごまかしている。
「おっと、失礼した」
その配慮に気づくと、キルデリクは手を離し、二歩下がる。そして咳払いを挟んでから釈明を行う。
「……すまない、どうも貴殿の勇姿を見ていたら、エルンライトのことを思い出してしまった……」
オリヴァーたちは即座に脳裏にフルネームを浮かべた。
エルンライト・マグナルタ。キルデリクの唯一の息子。姓が違うのは、生を受けて間もなくこの世を去った母への敬意で継いだためである。
「……とにもかくにも、オリヴァー殿。貴殿は息子と同じくらい……と、までは流石に可哀想だからいかないが、それ相応に期待している。
次はどの戦地へ臨むのかはわからぬが、そちらでも我軍に勝利をもたらしてくれ」
と、キルデリクは頬をやや赤くしながら言い切り、先輩勇者パーティーの元へ行く。
その背中を見届けながら、オリヴァーは肩をすくめる。
「エルンライト様と同じぐらい……は、流石に責任が重すぎますよ、将軍……」
「まあ、あまり気負いせずに受け取っておきましょう、オリヴァーさん」
「然り。それだけ将軍にとって目覚ましい活躍であった程度に捉えろ、オリヴァー」
後ろにいたミスティアとナリトモのアドバイスでも、オリヴァーの曇りはまだ取れない。
「うん、けど……エルンライト様の名前まで出してくださるとは、ね……」
エルンライト・マグナルタ。
その名前を聞いた瞬間に、オリヴァーは別のことも追憶していた。
第五次魔王戦線の頃に起こった一大事件、勇者千殺。
その最中に、エルンライトは殺された。当然のごとく、犯人として有力なのは殺戮者の【イバラ】。
生涯連れ添うと誓った伴侶のみならず、その唯一の形見でもあった息子に先立たれた衝撃は、あのキルデリクでさえも耐えられなかった。
その訃報を知るや否や、キルデリクはすべての職を辞し、同じパーティーメンバーだった司祭スタエルが建てた大聖堂に約五年も閉じこもり、神への祈りを捧げ続けたと言われている。
今のように軍人として復帰したのは、ほんの四年前であった。
(きっとあの方が今生きていれば、キルデリク将軍に匹敵する軍人となれたはずだっただろうに……それと僕が並べるはずなんてあるものか)
「ところでですが、オリヴァーさん」
オリヴァーはポカンとしてから返した。
「……あ、は、はい!」
「ボクのパーティーへの貢献はいかがだったでしょう?」
「ああ、とてもよかったかと、僕たち三人の行動に合わせて、防御から攻撃まで手広くやってくださって」
ルイーザは胸に手を添えて、深々と礼を捧げた。
「ありがとうございます。あのエルフの前任者を過去のものにするくらい、今後も励みたいと思います!」
「こちらこそ、よろしく」
「私からもよろしくお願いします……」
オリヴァーとミスティアは、それに合わせて礼を返した。
「……よろしく」
ナリトモは静かに腕を組みながら、会釈だけで応える。
*
一方その頃。ロスデモ島にて。
先日、四領主と海賊団との折り合いがついたところで、島内のあちこちで復興・発展作業が始まっていた。
島の南東部。四領主の領土の端が重なる場所にある森では、テオボルドの家の建設が進んでいた。
発展を優先するべきでもあるが、島の主に定住する拠点がないというのも不憫であるので、建設が始まっている。
「おー、なんか色々やってんねー」
ほんの気まぐれでベルゼブブがやってきた時には、付近にある隠れ里の魔物たちがせっせと木材を削って整えている。
「オラー! 島主様の屋敷だ! 気合いれて作れー!」
エウポルは一番高い位置に掴まって、周りへ威勢よく声を出していた。
数々の小粒な活躍によって、この里の間では段違いに偉くなったようだ。
「ただそれっぽく身振り素振りしてるだけで、何にもやってないだろアイツ」
テオボルドはベルゼブブの横から現れ、丸太を肩に担ぎながら言った。
「あ、そうなの?」
「家の設計もオレがやってるからな。どうにか里の自宅のことを思い出してな」
「ふーん」
心底興味のない様子の空返事である。
「大変だったんだぞ、あそこどう繋がってたかとか、こちらで考えなきゃいけないことばっかりで……」
「じゃあ砂固めて作ればよかったじゃん」
ベルゼブブは前髪をグルグル人差し指に巻き付ける。
「それはお前の町だろ。嫌だよ、木の家じゃないと息苦しいだろ。エルフとしてよ」
「あっそ。せっかくあーしが壁一面くらいは作り上げてやろうと思ってたのに」
「余計にいいっての。一面だけ材質違ったらまた気持ち悪くなるだろうが」
このまま喋っていると、自分もエウポルの同類になるので、テオボルドは担いでいた木材を置き、新調した斧(※海賊団の倉庫からセレクト)で皮を削っていく。
「エウポル! 暇なら端持って押さえてくれ!」
「はいっ、ただいま!」
エウポルにもしっかりと仕事を回す。
妙に慣れた手つきで丸太に斧をあてがいながら、テオボルドはふと謝る。
「お前の町で思い出したが。すまんな、こないだは。そっちは今どれくらい直せてるんだ?」
「まあ、ぼちぼち」
木材作りを見ていても何も面白みがない。ベルゼブブは大あくびをしながら、自分の領土へと歩いていった。
町に着くと、その統治者が言った通り、元々あった建物がぼちぼち修復されつつある。
ベルゼブブの配下の人獣たちが汗水流して再建にあたっていた。
軽い気持ちで一回手伝うと、引っ張りだこにさせられる。それは面倒なので、ベルゼブブは作業中の手下たちに、声がけと手振りだけしてあげた。
「はーい、頑張ってねー」
自分の寝床である宮殿の手前の広場にいると、見慣れた三人がいた。
セベック、ホーロケ、イドラー。ベルゼブブ親衛隊は、宮殿側にある特に手痛くパトロクロスたちにやられた地帯の片付けにあたっている。
人獣たちが手探りで作った、安普請に片足を入れた建物であるからか、土台そのものがやられていた。だが、逆に言うと、三体の怪力ならば楽々更地にできた。
瓦礫をどかして見えた先には、白い砂浜と青い海岸線のコントラストが輝いている。
これはこれで開放的でいいかもしれない。と、ベルゼブブは思った。
(ま、宮殿の二階から似たよーな風景見れるけど)
「引き続きよろしくー、セベック、ホーロケ、イドラー」
「「「はい、喜んで!!!」」」
宮殿の入口へとあと六歩ほどのところで、何かが地面を押し転がるような音と、嫌な気配を感じ取った。
「おお、これはこれはベルゼブブ様! 奇遇ですなこんなところで出会うとはですね!」
鞍と手綱をくっつけたような金属装備を取り付けた、車輪のように転がるスライムに、ロシュフォールが乗ってやってきた。
相変わらずの珍妙な発明に白目を剥きながら、ベルゼブブは言う。
「あーしの家の前だから、そりゃそうでしょうに。
んで、ここに何しに来たん、ロシュフォール?」
ロシュフォールはスライムの上に乗ったまま、手を振る。
「いえ、ここは単に通り道でございますです。テオボルド様に会いに行こうかと思いましてですね」
「人ん家の前をルートに使わんでくんない?
テオボルドは自宅造りで忙しいみたいだから、そのまま帰ったら?」
「それは困りますよ。どうしてもなるべく早くお伝えしたいことがあるんですのに……!?」
途中、ロシュフォールは伊達メガネの奥にある目をカッと見開いた。
四領主の中では奇行の多い部類なので、ベルゼブブは特に触れない。
ところが、ロシュフォールがスライムから降りて、
「ちょいと失礼」
作業中の親衛隊三人の前を通り、海岸へ行く。
「……なーんかメンドーなことになってくるぞー、たぶん」
ベルゼブブもその後を追った。ついでに親衛隊たちも言葉を交わさずに続く。
隣に立ったベルゼブブのために、ロシュフォールは指差す。
自分たちならば足のつかないほど離れたところに、いくつかの影がうっすら見えた。
「そういう魚なんじゃない?」
「にしては、配列が整い過ぎておりますし……明らかに某らの方へ向かっておりませんか?」
「言われてみればそ……!?」
やがて影たちから水しぶきがいくつも、連続で打ち上がった。
そして波打ち際に、その影が降り立ち、正体を現す。
人の背丈より二回りほど大きな、二足で立つ甲殻類のモンスターが二体。それと、その三分の一ほどの小さなエビの魔物が十数体現れた。
【完】




