第18話 Proud PIRATES
テオボルドが目を覚ますと、木目そのままの天井が見えた。
「んって……」
肘、手のひら、そして足、と、順番に麻布へ接地して、起床する。
足元を一瞥すると、これまた飾り気のない床に、ただの麻布が敷かれていた。
(どこで寝かせてるんだよコイツら……)
コイツら――監視役の海賊たちの前で、テオボルドは首を回したり、肩を鳴らしたりして、お目覚め直後の全身にかかる重量を逃がしていく。それ以外に目立った傷や痛みはない。
監視役の一人が薬箱を抱えているので、気を失っていた間にあらかた治してくれたと見た(彼がやったかはわからないが)。
「起きたな」
「いや、立っただけ」
「じゃあ歩けるな。船長室まで来い。大事な話がある」
下っ端三人に囲まれて、テオボルドは船(通路の広さからして、あの旗艦にいると推察)の中を進む。
道中、食堂に差し掛かったところで、ホムンクルス四人と遭遇する。
「待ちくたびれたぞ、テオボルド顧問」
「ちょいまち、今すぐそっちいきまーす」
四人は、テオボルドを見るなり、それぞれの手前にある雑な味付けらしい肉料理を、大至急平らげた。
(アイツらメシ食えるのか……いや、そこじゃない)
見張りも五倍に増えた状態で、テオボルドたちは船長室に入る。
その中央には、ソファが三つ置かれていた。
入口から見て左側のものにはエリック船長と、バリスタン副船長、奥にはハザが毛布をかぶってスヤスヤ寝ていた。
「テオボルド、君はそこへ座りなさいな」
「は、はあ……」
(一番偉い奴が寝ている中で大事な話を進めていいのか?)
と、内心首を傾げながら、右側のソファに着席する。
その幅は二人分ある。が、残りの一枠をどうするかと、揉めさせたくないので、四人は背もたれの後ろに立って警戒してもらうことにした。
本題に切り出したのはバリスタン。
「して、テオボルド。お前はなにゆえ儂らの拠点と船を襲撃したのだ」
ここまでの道程で、頭もすっかり冴えた。
「用件は二つ。
一つは、ロスデモ島を、完全にこの四人の手中に収めて、平和にすること。
もう一つは、貴方がたシモンズ海賊団に、これまでの悪行に対する報いを与えるためです」
バリスタンはしばし部屋の隅を見つめてから、
「……どこかの船員がそういう眉唾物の話をしていたな。あの丘の先には、見たことない魔物たちと、それを操る怪人がいると……それが、奴らか」
「怪人とは失礼だな! おれたちはホムンクル……」
モランとベルゼブブが、パトロクロスの口を塞ぐのを確認してから、テオボルドはうなづく。
「はい。この前、オレが戦争状態だった彼らをまとめて、和平を結ばせました。
となると、残る脅威は貴方がたと判断して、こういう作戦に及んだというわけです」
「なるほど。その平定直後の、足元がぬかるんだままのところを、儂らが突いて、島を完全なる要塞とする……と踏んだわけだ。いい軍才ではないか」
「……それ、褒めてます?」
「まあ、団の規模を増やして食わすためには、ゆくゆくはそういうことも考えていたからな。その一つ目の理由については、これ以上の追及はしないでおく」
話の区切りを示すように、バリスタンは背もたれによりかかり、座る位置を微調整する。
隣のエリックは軽率そうにニヤけていた。
まもなく、彼の待っていた言葉がバリスタンの口から飛び出す。
「だがしかし! もう一つの理由に関しては、全面的に物申す。
船員たちの面々を見ていればわかるだろうが、この船は、勇者と魔王の嵐のどちらにも耐えられなかった者たちが最後に流れ着く場だ。
開き直りと言っても構わんが、大勢の人々に迷惑をかけているのは重々承知。だが、そういう正論だけでは儂らは止められぬ。そういう世知辛い世の中なのだ……」
と、バリスタンはしきりに眠っているハザへと目をやりながら、テオボルドらに語った。
テオボルドもそちらへ目をやり、思う。
(あんな大技を使える子だ……きっとアイツも、そういう事情があるんだろうな……)
「テオボルド、大事な話をしているのに真船長をジロジロ見るな!」
「はい! 失礼しました!」
「……それで、貴様らは我々に何をどうしてもらいたい? あらかじめ言っておくが、『すべての船に火をつけて全員海に身を投げろ』と言われてもどうともしないぞ」
(言うわけないだろ、どっちが海賊だ……)
「……まず、コイツらロスデモ島の住民とは争わないことを約束してください」
「ああ、それは最低限誓うとしよう。我々もあんなのに定期的に襲われては本業が成り立たぬ」
本業。その二文字を自然に口にしたというからには、まだ海賊行為を辞める筋合いは更々なさそうだ。
「……して、次は?」
テオボルドは、一つ飛ばして三つ目の要求を述べる。
「この島を拠点にするのはやめていただけますか? 貴方がたのような悪名高い海賊団は、どちらの軍もその本拠地を炙り出そうと躍起になっています。そして見つかったら、まとめてコイツらもろともやられるでしょう」
「……」
それくらい、お前が行け。と、言う代わりに、バリスタンは隣のエリックの足を杖で小突く。
「断ります! あの半島と市街地、そして島そのものは、海賊の隠れ家としてまたとない立地! そうむざむざ手放すわけにはいきません!」
(後ろ盾がある分イキイキとしてんなコイツ……)
と、テオボルドが目を細めていると、エリックは勢いよく間の机を叩いて、畳み掛ける。
「それに! 我々だって貴方がたに要求したい! そちらにも理由があるとしても、やって良いことと悪いことがある!」
エリックは背後を親指で示す。
どうやら旗艦をまた桟橋に戻したようで、あの半島の街並みが向こう側にあった。
ただし、ほとんどの建物が焼け焦げ倒壊した瓦礫まみれの地で、ロスデモ島の魔物と海賊団員が睨み合っている。
ロスデモ島軍の先頭にいるのは、エウポル。テオボルドに最も近い魔物として、将軍のように虚勢を張っていた。頼もしいのか、情けないのか……
「どうしてくれる! 貴重な人材と補給が山程いたというのに! そこからさらに立ち退けだと!? 悪魔か貴様らは!?」
「エルフ一名、ホムンクルス四名」
「そういう慣用表現もわからないのか!?」
ここでバリスタンは、杖でエリックのスネを打つ。
「……エリック、やはりお前は大人しくしていろ。お前は交渉に向いていない」
「ぞ、ぞんなぁ……!」
改めて、話の主導権がバリスタンに移る。
「というわけで、あの被害に対する弁償として、我々はあの土地に住まわせていただく。
タダでとは言わん。お前らに何か問題があれば助けを送るし、あの拠点に自由に立ち入ることも構わん。
そちらが言い出したのだから、そちらも遵守するのだぞ。『こちらにも危害を加えない』と」
そう重い声色で言い切った後、バリスタンはハザが被っていた毛布を微調整する。
保護者としての優しさと、また喧嘩しようものなら、いつでもできる。という合図が同居する仕草だった。
テオボルドは一度振り返り、尋ねる。
「どうします、モラン殿」
「……我々もまだ戦乱の傷が癒えていない」
「まーたあんな無茶するのはトーブンごめんだからね、あーし」
「某は構いませんが。データ収集がまだ足りていな……」
モランとベルゼブブがロシュフォールの口を塞ぐ様に、テオボルドは後頭部を向けて、
「わかった。じゃあ……最低でもオレたちには厄介事持ちかけないように」
一つの妥協点を見出したにも関わらず、テオボルドとバリスタンは、剣呑に睨み合った。
「そして、最後に一つだけ、儂らの要求を聞いて貰う」
「何です? あの街直すの手伝えとか?」
「それはいちいち言わなきゃダメか?」
テオボルドは、窓の向こう側をめがけて唇を尖らせてから、
「……じゃあ、一体どういう要求ですか?」
「今後、島全体に関する問題が発生した際、最終的な責任と決定権がどこにあるのかを明確にしなければならないのだが……テオボルド、お前の後ろにいる誰が、その島で最も偉いのだ?」
これは顔色を伺うまでもない。
「いいえ、誰でもありません。四人並列で、島の自治権っぽいものを持って貰っているつもりです」
「ならば今回の襲撃は誰が主導した」
「それはオレですが……自治に関してはまだ決めてません」
「それでは困るのだ。お前らを信用していないわけではないが、そういった多頭の君主は、互いに責任をなすりつけるのが宿命だ……」
「じゃあ、今からジャンケンさせて、仮で決めておきます?」
「そんな雑に決めさせてなるものか。海賊とて自分たちの身を守るべく、精密な掟を持っているのだ。
儂らも、大まかな方針はエリックが練り、儂が承認するという形で、これまで行動していたのだ……」
バリスタンは腰をやや前に傾けている。既に定まった答えを待ち望んでいるような熱量がそこにあった。
「ということは、まさかオレが島の代表者をやれってことですか」
「そうだ。わかっているじゃないか、テオボルド」
「……」
テオボルドはしばし黙りこくり、左――ハザの反対側へ、軋んでいるようにゆっくりと首を回す。
それを元に戻しながら、人差し指を自分の顔へ向けた。
「ああ、そうだ。儂ら以降、シモンズ海賊団は、貴様をロスデモ島の代表者として認め、その土地に住む限り、協力関係を結ぶこととする」
その格式張った宣言をバリスタンから聞くや否や、テオボルドは振り向いて、背もたれを掴んで、座高を高める。
全員、『そりゃそうだよね』と、言わんばかりの微笑みを称えていた。
あれだけ自分が上に立つのを嫌っていたモランでさえも。
テオボルドは口パクで訴える。
(おい、モラン! お前このままでいいのか!?)
モランはしっかりと言葉に出して、返した。
「ここまで身勝手な行動をされ、かつ多大なる貢献されては、我も貴様を我が軍に留めておけない。
我々モラン軍は、貴様を名誉を称えて特別顧問の任を解除するとともに、貴様を島の代表者として追認する」
「マ、ジ、か、よ……」
テオボルドは背骨を抜かれたようにガクンと崩れて、顎を背もたれに乗せた。
海賊のせいでこの不可思議な島に流れ着いた元勇者が、海賊からこの不可思議な島の代表者に任命される。皮肉に皮肉を掛け合わせて、もはや何なのかわからない有様に、テオボルドは意識の遠のきすら感じ始めた。
「テオボルド、海賊だからといって礼儀を怠るな。ナメてもらっては困る」
「はい、すいません」
テオボルドが座り直したあと、バリスタンは再度尋ねる。
「では、お前をロスデモ島の代表者と認める。それでいいな?」
「……はい、未熟ながら、やらせていただきます」
ここまで来たからには断れない。帰る場所や目的などの、対抗しうる理由もない。
テオボルドの目には、海賊団のトップスリーと、その船長室の風景が引き続き広がっている。
しかしそれが今見えていない。
ヨハネス・フィンチャー並の高位の魔術師に瞬間移動魔法を使われ、雲の上から落ちている……そういう錯覚が、ロスデモ島代表者、テオボルド・レギサモンの頭の中を占めていた。
*
大陸北東部の海岸に散らばる諸島群。
その中で最も大きく、かつ、今は最も危険な島――魔王軍北東部戦線の本陣にて。
まるで重装兵のように、分厚い外殻を持つエビやカニなどのモンスターが、その島の草と土、近海周辺を埋め尽くしていた。
盾に剣を重ね、それを白翼が抱擁するように囲む――勇者軍の紋章旗をメインマストに掲げた軍艦が三隻、堂々と進む。
途中で阻みにかかる魔物たちは、搭載された砲弾、乗船する遠距離攻撃系のジョブの勇者などによって、藻屑となって沈んでいった。
最も早く、砂浜に両足をつけたのは、頭に馬の耳、背に翼を生やした少年。
彼は船から飛び降りてから、五体のモンスターを撫で切りにした上で、二足歩行のエビモンスターを足蹴に一番乗りを決めた。
「勇者、オリヴァー・ホランダー! いざ悪逆の民たちに打ち勝たんッ!」
その名乗りと、迫り来た小柄なカニモンスターを剣で串刺しにして、続々と船から降り立つ味方たちの士気を、開幕から最高潮に押し上げる。
【完】




