第17話 vsシモンズ海賊団真船長、ハザ
刀身にあの銀色の光が集まっていき、大海を堂々と渡る海竜のような形へと膨れ上がっていく。
そしてハザが剣を五人の方へかざすと同時に、銀色の海竜が、そこへ降った。
パトロクロスは、変わらぬユーシャへの憧れを薪にして我先にと立ち上がり、炎の鎧で全身を包んだ状態で、海竜に挑む。
「『ヨハネスキーック』!」
その紅蓮の脚は、ごく僅かに海竜を怯ませたものの、その直後、呆気なく甲板へ叩き落とされた。
続けざまに、ロシュフォールの回転斬り、モランの渾身の魔弾、ベルゼブブの砂の防壁が、成すすべもなく破れた。
「せめてこれでマシになれ!」
テオボルドは、神に祈りを捧げるように、両手で加圧ぼっくりを握ったあと、海竜へ放り投げる。
爆炎から、海竜の頭が悠然と飛び出してきた。
「こ、これもダメ……なのか!」
最後の抵抗で、五人はなるべく海竜の軌道から走った。だが、その頭が甲板にぶつかった瞬間に、甲板のほとんどを銀色に埋め尽くすほどの、エネルギーの奔流が巻き起こった。
光が止み、船員たちがざわめきながらゾロゾロと、外へ顔を出してくる。
その時、五人は甲板の上で、よろよろと立ち上がった。
「ごめんみんな、まだやる気のようです」
テオボルドは、甲板に突き立てた斧を支えにして、どうにか二本足で立ち上がる。
「悪いな……こいつら四人は、HPがゼロにならない限り戦い続けられるんでな……」
「けどあなたはエルフ、普通の人間ですのによく立てますね?」
「へへへ、お前の言った通り、やる気が、あるんでな……!」
と、テオボルドは、安定しない音程と音量で言ってのけた。さりげなく立てた親指も、常に残像を起こしている。
「んで、こっからどーすんの、テオボルド?」
と、尋ねたベルゼブブは、安定して立っている。他の三人もそう、ホムンクルスの身体能力の賜物である。
だが全員、HPは二十パーセント前後。あの勇者奥義三連発はもちろん、通常攻撃もまともに受けられない。
「あの、あーしに同じこと言わせないでよ」
「おお、すまん……」
驚天動地の勇者奥義四発目はせず、ハザは盾と剣を構えたまま、止まって様子を伺っている。
古今東西の大技にありがちな、発動直後の反動にも見えるが、テオボルドは彼女の身に巡る魔力の量から、行動は容易いことを見破った。
同時に、テオボルドは確信を得ていた。
(オリヴァーも勇者奥義は一日に二回以上使えた試しがないと言っていた。
それを三回連続で使ったアイツでも、『使えるまでの間隔』がある。
それがいつ終わるかまではわからないが……あの絶望を恐れずに戦えるのは、今しかないッ!)
テオボルドは腕をピンと伸ばし、斧をハザへと掲げて、海鳴りに近い声をして号令を放つ。
「モラン! ロシュフォール! ベルゼブブ! パトロクロス! ぶっ倒される前にやれ! オレたちの勝ち筋はそれだけだぁぁぁ!」
「言われなくてもわかってらああッ!」
パトロクロスは甲板に雄叫びを轟かせ、全身に力を込めた。
身体全体を覆う炎の鎧がさらに輝きが、れっきとした実体を持つ鎧へと変わる。それが彼の第三形態である。
床材を一蹴し、ハザをめがけて炎の刃を纏わせた右拳の鉄輪を突きつける。
ハザの剣にいなされた直後、パトロクロスへ盾の銃口が向いた。
左拳の鉄輪から、円盤状の炎を出現させて、パトロクロスは弾丸から身を守る。
「まずはおれを倒してみやがれ、海賊野郎ッ!」
剣と盾、奇しくも同じ武器同士となったパトロクロスとハザは、しばらくの間、至近距離でぶつかりあった。
この拮抗模様は、片方はのこり僅かのHP、もう片方は九割も余裕がある。という格差が下地になっている。
何としてでもパトロクロスが無事のまま、勝負を押し切る。
ここからがテオボルドの腕の見せどころ。彼は二人の間に燻煙クルミを投げつけた。
たちまち二人の周囲が白煙に包まれ、外から二人の様子が伺えなくなった。
パトロクロスはお構いなしに煙をかき分け、ハザへの攻撃を続ける。
ハザは鬱陶しそうにいなした。さらに、飛んでくる矢も、合間に弾いた。
周囲の魔力の流れを探れば、テオボルドの動きは感じ取れる。
だがこの真正面にいる燃え上がった奴ら含む、ホムンクルスには一切の魔力がない。
音、振動、空気……ハザは非魔術的な意味での警戒も怠らなかった。
だから、ロシュフォールの車輪のような縦回転斬りさえも、盾で弾いてしまう。
「おおぉ、この攻撃はもうお蔵にしたほうがいいかもしれませんな……」
「のんきに言ってる場合かロシュフォール! おればっかに任せてるんじゃない!」
ここからパトロクロスはロシュフォールと組んで、ハザに近接戦闘を強制させる。
相変わらず、ハザの戦闘技術が上回っていた。二人の猛攻にも難なく対処した。隙間に来るテオボルドの矢も、モランの空気弾にさえも。
だが、全てではない。
ハザは左側面から放たれた空気弾を、左手に構えた盾で受けた。
しかしその空気弾はただの空気弾ではなかった。
「どーよ、あーしの手助けは?」
「厳密に言えば、砂を借りただけだろうに」
凝縮時にベルゼブブの砂を混ぜて、着弾時の殺傷性をアップさせた空気弾である。
これまでガードしてきたものを超えた威力と、それを防ぎ切るような万全の構えではなかったことが災いし、ハザは左腕を意図せず大きく反らしてしまう。
「あちゃあ……」
その瞬間、パトロクロスが炎の武器を一時消滅させ、ハザの盾へと両手で掴みかかった。
ロシュフォールも、直剣の刃先側を持ち、柄を縁に掛けて引っ張る。
「この武器さえ揃わなければ、あの派手で大ダメージなだけでセンスのない攻撃は終わりでございます!」
「うおおお! 放せえええええ!」
「手放すものですか!」
だがハザの持ち手を掴む力が、まだ二人を上回っていた。だんだんと二人の顔が赤くなり、足元が浮いてくる。
「だったら三人がかりでどうだ!」
そこへテオボルドが乱入。斧の頭を噛ませて、二人同じ方向へ腕に力を込めた。
そして三人は仰向けにひっくり返った。彼らの視界の中では、コイントスのようにハザの盾が回転して舞っている。
「!? ……返してよ」
ハザは尻もちをついた体勢から、すぐさま立ち上がり、宙にある盾めがけて跳ぶ。
「させるものか」
と、モランは杖を構えて叫んだ。あの強化空気弾を警戒して、ハザは剣を向けた。
その時既に遅し、ベルゼブブが砂をまとわりつかせて、遥か遠くへ押し飛ばしておく。
「残念、こっちでした」
武器の半分を外されるという、かなりの痛手を負った真船長の姿に、それを見守っていた船長エリックと、副船長バリスタンは、目を点にしていた。
バリスタンは歳の重みで、冷静を装っているが、エリックは目を思い切り泳がせている。
「お、お前ら、これで勝った気になるなよ!」
「あんがと、オレが言いたいこと先回りして言ってくれて。てなわけで最後まで手を抜くなよお前ら、アイツにはまだ剣があるんだからな!」
ハザは両手を柄に置き、中段で構えていた。単純だが、それ故に隙が見出し難い構えだった。
それをテオボルドたち五人で取り囲む。
現代最強最悪の海賊団の切り札でなければ、この場で腰を抜かして咽び泣くほかない威圧感が、歪な五角形の内部に漂っていた。
だから、ハザは違う。
「だったら、こうするしかないね……!」
ハザがするのは、剣を掲げて、周囲に面妖な魔力の力場を発生させることだ。
それに気圧され、五人は歩幅十歩ほど吹っ飛ぶ。
テオボルドが顔を上げると、あの陽炎のように揺らめく空気が、あの剣の銀色の輝きが、ハザの元に揃っていた。
(あの海竜の勇者奥義が、来る……!)
それに戦慄していたのはテオボルドたちだけではない、見物していた船員たちと、その取りまとめ役の二人もだ。
中でも、バリスタンの焦燥は極まっていた。エリックはおめおめ船内に逃げ出していたが、老人は開け放ったままの片扉にしがみつき、引きつった顔で、少女の姿を見守っている。
そして剣を掲げて魔力を蓄積するハザの目は、またとないほど虚ろであった。
テオボルドは立ち上がりながら、少女の周囲の魔力の流れを凝視した。
――当人含むあの空間全体が傷んでいる。
魔力感知は得意でも、魔法学に素養のないテオボルドが言い表すにはそういう詩的な表現に手を出すしかなかった。
(無茶苦茶な魔力の循環方法を使ってやがるんだきっと……! これは仮に奥義が発動できたとしても、アイツも魔力が暴走して自滅する……!?)
その考察の後に、テオボルドの脳裏に浮かんだのは、五人全員で海に飛び込む作戦。
なるべくハザから離れて、奥義の射程から外れれば、勝手に自滅してくれる。
そうすればこの大型戦艦もただではすまず、シモンズ海賊団は綺麗さっぱり海の藻屑と化してくれるだろう。
「【ストロングアロー】五発!」
そう思いながら、テオボルドは強烈な矢を、いっぺんにハザへと放った。
(バカだなオレ……)
続けて、テオボルドは斧を低く構え、「【グラスカッター】!」矢の後を追うように突撃する。
五本の矢は、勇者奥義発動に伴う魔力の力場による、無意識のバリアによってぐしゃぐしゃにへし折られた。
テオボルドの突進も、あえなくそれに阻まれる。
だが、矢と斧がぶつかった地点の空気が、より激しく揺れ動いている。バリアが傷ついた証拠だ。
「うおおお! 【アックスバースト】! 【アックスバースト】! 【アックスバースト】!」
テオボルドはその箇所に、幾度となく斧を叩きつけた。
バリアの揺れが消えていく。同時に、普通の空気のように、隔てる違和感も無くなっている。穴が空き始めていたのだ。
「何をやっているのだ、テオボルド殿は……!」
「さ、さがれよテオボルドさぁん! それはユーシャのすることじゃない、蛮族だろ!?」
すべての意識と力を斧に集めているがために、テオボルドは何も返さなかった。
バリスタンが、喉を全開にして問いかけた。
「テオボルドと言ったなお前!? 死にたいのか!? その距離に留まっていれば、ハザの勇者奥義の最高威力を浴びる羽目になるのだぞ!?」
これには怒りが勝り、テオボルドは口を開いた。
「でもってハザも死ぬ羽目になってもいいってのか!?」
「……!?」
腕の感覚がなくなってくる。斧も、刃が欠け、やがて柄もポッキリと折れる。
それでもテオボルドは止めない。頭だけを持って、それで叩き続けた。
そしてテオボルドは、加圧ぼっくりをバリアの最も薄い箇所へ押し込み、そこに斧の頭を打ちつける。
正確に言えば倒れ込む。というように、爆炎をかわした後、テオボルドは、力場に空いた穴をしかと見た。
「勇者奥義【レヴィア……」
「だあああああああッ!」
テオボルドは起き上がりざまに拳を突き出し、ハザの剣を弾き落とす。
刹那、凄まじい閃光と衝撃波が巻き起こり……やがて、その場にテオボルドとハザが転がっていた。
両者、HPは一桁台。あと少し遅ければ、どちらとも死んでいただろう。
敵も味方も、絶句することしかままならなかった。
それを踏み越えて、副船長バリスタンは叫び、命じた。
「回復員! ここで仕事をしなければいつ何をする!?」
【完】




