第16話 サンブレイブスキル
海上にあるシモンズ海賊団の旗艦にて。
船長エリック・シモンズが『真船長』の名を呼んだ直後に、甲板に姿を見せた、老人と少女。
その二人へ交互に視線を動かし、テオボルドは戸惑う。
(ど、どちらだ……!?)
そんな中、少女の方がテオボルドへ確かに目を向けてきた。
真珠のように薄い赤や青も入り混じった銀色の双眸――テオボルドは得体の知れない神秘性と畏怖が、血流に混ざる感覚を覚えた。
(隣のジジイの方が、真の元締め感があるが……さてはこっちのガキか?)
老人が、杖で地面をコツンと一突きする。
「……おい、自分のことは自分で紹介しなさいな」
「ああ、いけませんでした。はじめまして、わたしはハザ。このシモンズ海賊団の真船長をやっておりますの」
銀髪の少女――ハザはそう挨拶したあと、ダボダボ気味のコートをつまみながら、礼をする。
「そしてこちらのお爺さまが、副船長のバリスタンです。以後、お見知りおきですの」
「ああ、儂の挨拶は儂がしてもよかったのに……バリスタン・テイラー。まあ、こちらは覚えてくれなくても構わんが……ね」
挨拶はこれくらいとして、ハザは扉からさらに前へ進む。
同時に、船員たちがそれぞれ後ろ――ハザから遠ざかるように動いていた。
「奴ら、自分の長に怯えているのか?」
「本当にアイツ黒幕か!? なんかちっさいけど……」
ハザは、シモンズの身を守るような位置で止まり、その前にいるテオボルドを無垢に見上げる。
「おじさま、どうしてここに来て、わたしたちの仲間をいじめるのです?」
「おじさま……いや、まだオレ三十代ギリ手前……」
「そこどうでもいいです。要点をかいつまんでくださいな」
(あどけない感じ出してるわりには嫌に刺してくるなコイツ……)
「……それは、君の仲間たちが、物を盗んだり、人を傷つけたり、悪いことばかりしているからだ。
かくいうオレも、一回君たちのせいで死にそうになったから」
「けど、わたしの家族はみんな喜んでいるよ? それじゃダメですか?」
あまりにも当たり前の話を説明するとなると、意外と難しい。
テオボルドは少々言葉を口の中で転がしてから、こう返す。
「それ以上に困っている人が多いんだよ」
「じゃあ困ってる人が居なくなれば、ずっとこのまま生きていてもいいんですね」
テオボルドは、卓越した身のこなしで後転を繰り返した。
片膝を突いて止まったところで、彼は、さっきまでいた地点に、彼女の身の丈の倍もある大剣の刃があからさまにめり込んでいるのを目撃する。
その持ち手には、ハザの片手が握られていた。
ロシュフォールは何度も伊達メガネをズレてもないのに整える素振りをして、
「な、なんでありますかアレは!? 半円の上に細長い三角形の刃を乗せた……変な形状の剣ですな!?」
「ツッコむとこそこじゃなくなーい、ロシュフォール?」
最近はそのルールに囚われない敵が多かったので、存在を忘れかけていた。テオボルドはお得意の魔力感知能力の応用で、ハザのステータスを覗く。
(名前:【ハザ】、種族:【人間】、ジョブ:【海賊】、これ以上はもっと時間をかけないと読めない……
別にホムンクルスとかでもなんでもない。なのに、あんなデカい武器を軽々と……っていうより、あの武器どっから出てきた!?)
ハザは大剣を持ち上げて構え直してから、
「名前:【テオボルド・レギサモン】、種族:【エルフ】、ジョブ:【狩人】、スキル:【アックスバースト】……」
「あっちも得意なのかよ!?」
テオボルドは小手調べとして、素早く弓を構えて、矢を一発放つ。
ハザが楽々と振り上げた大剣に、呆気なく両断された。
「!? だったら思いきって【ストロングアロー】五本まとめて!」
その強烈な矢も、全て防がれる。大きな刀身で遮断するという安全策ではなく、全て斬撃で防がれてしまった。
『どう、すごいでしょうわたし?』と、でもいうように、ハザはわざと大剣を手放して、両手を開いてみせた。
テオボルドはそこで攻撃をしない。隙を突こうにも、通じる予感がまるでないのだ。
「【タイダルウェイブ】」
ならばこちらの番。ハザは大剣を横向きに構えて、荒波のような勢いで迫ってくる。
跳べば避けられるが、勝ち筋を探りたい。
テオボルドは前屈姿勢で低く構えて、斧を握る。
「【グラスカッター】!」
突進と突進。その相克の結果は……テオボルドが十歩ほど吹き飛ばされる形で終わった。
「いいぞいいぞー!」
「はっはー、心が晴れるぜこりゃあ!」
「やっちまってくだせえ真船長!」
圧倒的なアウェーの空気の中、テオボルドは両手で瞬間的に床を叩き、軽やかに立ち上がる。
そして歯噛みしながら、ハザを睨む。追撃してくる様子はない。むしろ、余裕綽々に、応援してくれる船員に手を振っていた。
(【狩人】は、遠近両用のジョブ……【海賊】も同じタイプだが、こちらは搦手含む『遠』に重きを置き、あちらは『近』がやや上手だ。
……に、したってまさかここまで盛大に力負けするとは思わなかった……)
ハザが再びこちらに目を合わせた。その場からは動いていない。
「ねえ、どうしたのですか、おじさま……」
「心配するな! まだまだやれるぞオレは!?」
「……そちらの仲間は、戦わないのですか?」
「!?」
先程のエリック戦の流れを汲んでか、ホムンクルス四人は卑怯と呼ばれないように、まだ遠巻きにテオボルドの戦いを見守っていた。
だがそう質問してきたというのなら……勝つためには、変に意地を張る筋合いもない。
「二重の意味でスマン……おいお前ら! この真船長に勝って、島の完全なる平和を得るぞ! 気ィ張っていけ!」
「えー、ちょっとそれはかわいそーじゃなくな……」
「うおおおお! テオボルドさんだけに重荷を背負わせないッ!」
テオボルドの号令を受けて、真っ先に行動に移したのはパトロクロス。
彼は得物の鉄輪を両拳に握りしめ、疾風のように駆けて、ハザへ迫る。
そして彼も先程のテオボルドのように、弾かれた。
大剣の全長と見立ての重量に合わない速度でハザが構え、パトロクロスの胴を一閃したのだ。
「な、何ていう強さだ……が、おれは負けない!」
パトロクロスは両手足に炎を灯して立ち上がる。
「え、もう!?」
テオボルドはすぐさまパトロクロスのステータスを確認。あの一撃で、彼のHPが三割も削れていた。
「まともに食らったらお前らでも死ぬぞ! 気をつけろ!」
「了解した、テオボルド顧問!」
「ククク! データ収集開始ッ!」
牽制として、モランはハザめがけて空気弾を放つ。
それに紛れて、ロシュフォールは接近して、お得意の二刀流を繰り出した。
まず、ハザは刀身を向けて空気弾を受け止める。あの魔弾の威力は折り紙付きであるのだが、その防御の反動がまるでなく、微塵にも後ずさっていない。
続いてきたロシュフォールの連撃は、大剣を同じくらいの速度で振って応対。
謎の怪力により、大剣使いに似合わぬ早さでの太刀筋ではあるが、比較的軽い剣二本による攻撃にはわずかに手数が足りず、ロシュフォールはジリジリと優勢に踏み込んでいた。
ところがその勢いは露のようにあっさり消える。
「おおおっ!?」ロシュフォールが盾で真正面から押されて、強引に遠ざけられたためだ。
ハザの元なら、あの大剣は消えていた。
代わりに、右手には細長い三角形の、平均的な長さの剣、左手には丸い盾が備わっていた。
五人は己の目を疑う。
武器が分離して、新たな姿に変化するという事例を見てしまったのだから。
何よりもテオボルドの驚愕ぶりは一段階大きかった。その顔には単なる驚きに、恐怖も加わっていた。
(まさかアレは……【アーティファクト】じゃないよな!)
アーティファクト。それは第五次魔王戦線の時代に発明された、人類の新たな希望となるはずだった武器だ。
最新鋭の技術と魔術を融合し、変形や特殊スキルを武器そのものに宿したもので、訓練だけでは勇者に至れなかった人々を救済するために発明された。
これにより勇者軍は大幅に兵力を補充することに成功し、巻き返しを図った。
しかし、アーティファクトが流布し尽くした頃に、あの【イバラ】による勇者千殺が発生した。
あくまで確証のない話ではあるが、彼女は他の勇者から自分好みのアーティファクトを強奪し、それを巧みに用いて大殺戮を行ったという説がある。
こうしたイバラによる悪用を問題視した勇者軍は、途端にアーティファクトを使用禁止・全面回収。また戦争は振り出しに戻ってしまったのだった。
現在でもアーティファクト関連の法案は生きており、持つことも、作ることも禁じられている。
だがその禁忌の武器が、今、テオボルドの眼の前にあった!
そして、名前も読み取れてしまった。アーティファクトは魔力を宿すのだから、得意の魔力感知で情報を見てしまえるのである。
(【滄海を汎くシラホ】……! 得体の知れない気配がプンプンしやがる……!)
ここでベルゼブブの声が飛び、テオボルドはハザの武器の能力盤から、現実に引き戻る。
「ねー、テオボルド。そっちまでめんどくさがらないでください!」
「わ、わりいベルゼブブ!」
パトロクロスとロシュフォールが接近して戦い、モランとベルゼブブが空気弾と砂を固めた刃を飛ばして援護する。
テオボルドはどちらも行う。矢を撃ったり、斧で切りかかったり、アイテムを投擲するなどして、柔軟に戦局を動かしていく。
そうした卓越したフォーメーションでハザへ立ち向かったのだが、まるでハザには敵わなかった。
最古にして最強、初代勇者、ギル・バートンは剣と盾の攻防一体の構えを極めたとされる。
その生き写しのように、ハザは分割した剣と盾を、まるで数秒先を視ているように取り回し、遠近両方の攻撃を無にした。
「【ヴォルテックス】」
さらには攻撃の威力も桁違いである。
ハザは手早く得物を大剣に合体し直し、豪快に周囲を薙ぎ払う。
剣撃そのものと、その余波の衝撃波により、五人全員が、ハザを起点とした距離に比例するダメージを受けた。
「ぐわ〜! 落ちる〜!」
「ハザさんパネエェ〜!」
「もう船内でみよっかなーもー!?」
ついでに、見物する船員たちにも軽く被害が及んでいる。
テオボルドは、誰よりも早く体勢を復帰させ、ハザへ向き合う。
(【タイダルウェイブ】も【ヴォルテックス】も、ジョブ【海賊】が初期に覚える攻撃スキルだ……なのに、あの威力かよ!)
もっと能力盤を凝視して、その謎を明かしたいところであった。
だが、ハザがそれを許さない。彼女は大剣を片手剣と盾に分割する。持ち直した盾の縁を、意味深にこちらへ向けてきた。
その意味を、テオボルドの観察眼が捉える。
盾の持ち手に筒のようなものが付属しており、黒光りしているのだ。
「【シースレスショット】」
その筒の先端から、こぶし大の銀色のエネルギーの塊が、間断なく放たれる。
「ちいい、ある意味ありがとよ、エリック!」
銃撃が飛ぶと予期していたテオボルドは、その場から全力で横走りして、ハザの射線から逃れる。
「テオボルドさん! ここはおれが!」
途中から、パトロクロスが間に挟まり、迫りくるエネルギー弾へ短打を続けて、相殺し尽くしてくれた。
「おう、ありがとよ!」
これでようやく思い知った。
エリックは所詮、表で踊る象徴に過ぎない。
現代最強の海賊、シモンズ海賊団の恐怖の御旗は、彼女の武威を支柱としてはためいていたのだ。
攻防一体・遠近両用……その四軸を実現したこの難敵へ、テオボルドたちはあたかも魔王と対峙するかのような戦慄さえも覚え始めた。
だが、これは序の口にすぎない。と、彼らは数十秒後に思い知らされることとなる。
ハザは、船首側の室内行きの扉で見守っていたバリスタン(と、エリック)に尋ねる。
「もう、早く終わらせたいの。アレをつかってもいい、お爺さま?」
バリスタンは朗らかに返した。
「ああ、いいとも。身の程知らずに思い知らせてやりなさい」
「ありがとう、お爺さま」
ハザが五人らを視界に納め直した刹那、彼女の周りの空気が陽炎のように激しく揺らめき始めた。
テオボルドが経験則から即座に叫び、促す。
「気をつけろ、大技が来る!」
「であればその前に大打撃を与えて防ぐのはいかがでしょうか!?」
「そんな基礎基礎が通じる相手だと思うか、ロシュフォール!?」
「つべこべ言わずしたがっときなよ、ロシュフォール!?」
この時、船員たちは全員、船内へと消えていた。
ハザはただでさえ神秘的な真珠のような目に、もはや不気味の域にさえ達した光を宿す。
その双眸を一度閉じ、開いた瞬間、まず盾の裏に仕込まれた銃を、天空へと向けた。
「勇者奥義【シス・ドミナドール・デル・シエロ
】」
こぶし大の弾丸が放物線を描きながら、二つ、四つ、八つ……等比数列式に分裂し、豪雨のように降り注ぐ。
五人は各々全力で、できる限りの弾を落としていく。
多少のかすり傷を受け入れながら、テオボルドは斧を振り続ける。その脳裏には、次なる好機を置いていた。
(勇者奥義……極稀にいる、その人のみしか会得できない特別強力なスキルだ。
スタエル様のように、伝説級の人物だからといって持てることでもない。完全に生まれで、運命的なもので得られる。
そしてほとんどの人は一つしか持てない。勇者エイダンが二つ持っていたとどこかで聞いたことがあるが……まさか、いや、まさか)
この海賊船に乗り込むまで、テオボルドは信じられないものをいくつも見てきた。
そのまさかでさえも、ロスデモ島周辺では起こりうる。と、テオボルドは言い聞かせて、
「最後まで気を抜くなよ、お前ら!」
仲間にも叫んでおいた。
やまない雨はない。エネルギー弾はすべて空から消える。
だがハザの周りの歪なオーラはまだ消えていない。そのまさかが、ここにあった。
「勇者奥義【ベヘモッティ・マーン・ヴァッルッタイヤ】」
ハザが盾の面を甲板へと打ちつけると大地鳴動に等しいほど、この大型船が激しく揺れる。
これは前兆に過ぎない。同時に、銀色の波状のエネルギーの壁が、ハザを中心に広がったのだ。
その速度と高度。そして先の弾の雨を凌いだ後に出されたこの絶望的状況に対する愕然。
それらによって回避が間に合わず、五人はまとめて、船尾方向の壁に打ち付けられた。
「こ、これは……規格外のデータすぎますです……!」
「でしょーねぇー……流石のアンタも真似できないでしょうしこれは……」
「のんきに話してる場合じゃないだろ、お前ら!」
「あれだけ化物じみた技を二度も放ったのだ。ならば、三度目もあるの……だろう、テオボルド!?」
「そ、そうっぽいぜ……!」
ハザは、片手剣を頭上に掲げていた。
「勇者奥義【レヴィアターン・キリアルホス・ティス・サラサス】」
【完】




