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第15話 テオボルドのエリック・シモンズぶん殴り大作戦

 海賊団の旗艦として、当然のごとく、甲板には盗品で武装した不揃いの兵たちが待ち構えていた。

 身なりは街にいた者たちと大差ないが、目つきの鋭さや、たじろぎの無さなど、細やかな佇まいの違いが、ここにいるにふさわしい位の高さを醸し出している。

「野郎ども! やっちまえー!」

 この誰からともなく発された合図にも全力で乗っかり、団結して戦い始めるのも、上澄みの証だった。


「こっちだってやってやるぞ、この海賊野郎!」

 だからといってどうということもない。

 それに臆さず、テオボルドらは引き続き、たった五人で挑みにかかる。


 恵まれた体格をした魚人の魔物が、甲板を滑って迫る。

 テオボルドはぐるりと翻るように跳んでかわす。

 その頭上を捉えた瞬間、片手に構えた斧を背中に叩きつけながら着地。

 すかさず、後続としてドスドス突進する一体の魚人へ弓を向けて、矢を射る。


 その魚人は胸を射抜かれてもなお、その目から赤い眼光を迸らせていた。

 なのでモランが側面から空気弾をぶつけて、完璧に仕留める。


 モランは杖先に添えていた左手を離し、右手のみで長く持ち直す。

 それで意気軒昂にナイフをこしらえて来た人間の海賊たちを、五人連続でまたたく間に殴って気絶させた。


 壮年の男がサーベルを二本携えて、モランの背後へと悠然と迫る。

 その気配をモランは感じ取る。彼は、杖を構えて、その男と正反対の方向にいる敵兵を撃ち抜く。


 サーベル二刀流の男は、モランではなく、ロシュフォールが割り込んで相手した。

 十合、双剣をぶつけ合わせたあと、ロシュフォールは飽いたように、相手を見ずに鋭い突きを繰り出し、引導を渡す。


 さらなる剣士を求めてロシュフォールは辺りを見渡す。と、ノコギリザメに四つ足を生やしたような魔物が暴れまわっていた。

 あれもギリ剣士と呼べるだろうか? と、ロシュフォールがしばし迷っている間に、それはベルゼブブの鎌に狩られた。


 厳密に言うと、暴れまわっていたのは、目と鼻に砂を入れられて感覚を封じられたためであった。


 ノコギリザメの仇討ちをするように、今度はシュモクザメの四つ足の魔物が、自軍を跳ね飛ばしながら頭を振り回してくる。


 その間に、パトロクロスがホオジロザメ型の魔物を下敷きにしながらやってきた。

 そして強い血の気を放つノコギリザメの魔物へ、「『キルデリクパーンチ』ッ!」鉄拳一閃を浴びせた。

 その魔物は壁をぶち破らせて、海へ落とされる。


 このようにして、テオボルドたちは甲板にいる海賊たちを蹴散らしていく。


 最初こそは荒くれ者らしく、豪快な大波を浴びせてかかった海賊たちだったが、この大嵐を見てしまっては、さしもの彼らも怯えの色が見え始めた。


「もうダメだ! 俺たちじゃ敵わん!」

「こうなりゃ大目玉食らおう! 全滅よりかはマシだ!」

「誰かー、船長を呼んできやがれー!」


「もう来ているとも!」


「「「!?」」」


「やっと来たか……」

 この雑音だらけの戦場でも、テオボルドはその異質な気配を帯びた声を聞き拾った。


 船首方向にある鉄扉が、重い音を発しながらゆっくりと開いた。

 船員たちは全員、攻撃も移動も停止して、そちらへ首を上げる。テオボルドらも義理と警戒心から、同じように一切の行動をやめる。

 ツバの広い帽子を被り、胸元に髑髏マークを刺繍したコートを羽織っている。絵に描いたような海賊姿の伊達男が、コツコツと甲板で靴を鳴らして、五人の前に姿を表した。


 その男は両腕を広げて、挑発的な笑みを浮かべながら礼を捧げる。

「君たち、ようこそ我が城へ……私はエリック・シモンズ。あとは言わなくてもわかるね?」


「ああ、お前がこのシモンズ海賊団の船長……だよな?」


「……確認するまでもないでしょうよ、そこまで言えるのなら」


 エリックは倒れた味方たちへ逐一目を向けながら、テオボルドから十歩ほどの距離にまで歩み寄った。


「で、何しに来たんだお前? 降参!?」


 エリックは薄ら笑いを浮かべながら、答える。

「それは貴方にして貰いたいことですね。勝手に攻め入って、我らが同胞を傷つけた罪を、それで弁償して頂けませんか?」


「やなこった。シンプルにテメェが謝れ。散々大勢の人たちに迷惑かけやがって」


「それは無理難題かと。私たちは海賊……人様に迷惑かけなければ、陸に上がったちょいとそこらの魚と同じようになりますのに」


「ならせめて二つだけ謝れ。オレの故郷行きの船を沈めたことと、オレの仲間たちの土地を脅かしてたこと」


 エリックが仰々しく喉を鳴らす。

「生憎ですが、我々はやったことをカウントする意義がわかりません」


「あっそう……じゃあ意地でもその頭をこの綺麗すぎてかえって汚い船にめり込ませてやる!」

 やはり、海賊などに問答など不要。テオボルドはそう言う代わりに、手斧を構えた。

(正直、もっと早くこうしとくべきだったかもな)


「では貴方は今晩の宴の題目に利用させてもらいましょうか! 具体的にどうするかは未定ですが!」

 エリックは、柄にふんだんに宝石をあしらったサーベルを引き抜き、余裕たっぷりに右手だけで持つ。


 開戦の合図は一瞬で終わった。

 エリックの瞬くような一閃を、テオボルドは斧の頭の側面でガードする。

「ハハハ! そらそらそらそらッ!」


 刀身が光るのを見たときにはもう遅い。それだけの早さを誇る突きが、四連続で襲いかかった。

 それでもテオボルドは防いだ。ひねりのない理屈ではあるが、彼はかつて勇者パーティーにいた身として、訓練と実戦で、この程度の危機はいくつも超えてきた。

 加えて……

(久々に人間と相手したらこうなるんだな……若干遅いな)

 彼は、まだ底の知れていないホムンクルスたちとの戦いを、四度も経験していた。

 だから今、エリックの攻撃は、物足りない域に落ちている。


 なのでエリックの六撃目の剣閃を、テオボルドは斧の頭に引っ掛けて、彼の得物ごと弾いた。


「え、あれー……?」

 目と口を大きく開けた、そのエリックの呆けた顔に、斧を持っていない左手で、全力のパンチを真正面から打ち込む


「うぎゃぼぼぼぉーッ!?」

 三回転ほど甲板を転がったあと、エリックは起き上がれないダンゴムシのように、情けなくジタバタする。

「痛い痛い痛あーい! な、なんてことしてくれんだ貴様ァッ!?」


 テオボルドは、先程のエリックの顔真似をするように唖然として、

「いや、だって勝負だし……」


「ああ、勝負だぞこれは!」

 テオボルドは瞬発的に首をかしげた。空気のうねりと、ほのかな焦げの匂いを、頬の側から感じ取った。


 エリックは、角度の足りないL字に曲がった武器を突き出し、その瞳を小さくしていた。


「こ、これも見切っただとぉ!?」

 闇のルートで手に入れた、世に出る前に潰えた新武器『銃』を引っ張り出した奇襲だった。

 それもまた、ホムンクルスたちからの死線を乗り越えたテオボルドには、かすり傷一つも負わせられなかった。


「あ、ああ、どうしよどうしよ……これ一発撃ったらまた撃つまでに時間かかるのに……」


「そう、じゃあこれやるよ」

 テオボルドは不気味にニッコニコ笑いながら、拡散イガグリを投げつけた。

 それはエリックの前で炸裂し、彼にいくつものトゲを浴びせた。


「ぎゃあああ! 痛い痛い痛ぁい!」

 そしてエリックは、タルのように甲板を転がって、出てきた扉の方へ戻っていく。

 先回りする位置に、テオボルドは矢を放って突き刺した。


「ヒィィィィ!?」


 テオボルドは真顔で、そちらへと歩む。

(魔王軍に次いで世界から恐れられている、シモンズ海賊団……その頭目がこんなんだったとは……拍子抜けすぎないか?)


 さてはコイツが僭称しているだけなのでは?

 と、自分の苦労を納得させる理由を探すように、テオボルドは辺りの船員たちの様子を見てみる。

 半分は船長を、蔑むような様子でいた。だがもう半分は、こちらに対する不幸を待ち望むようにニヤけていた。


 警戒を怠るな。と、ホムンクルス四人に目で訴えたあと、テオボルドはエリックを見据える。


「……おい、エリック」


「は、はい、何でしょうかあ?」


「お前、本当に船長か?」


「は、はははい、船長と言えば船長です。はい……」


「何だよその肩書だけはあるみたいな言い草。じゃあ、この船にはお前よりも実質的に偉いやつがいるのか?」


 ここでエリックは、抜けかけた腰を正す。

「ああ、そうだ! このシモンズ海賊団の旗の恐怖性は、私のものじゃない!」

 

 テオボルドは、エリックが一瞥した方……あの扉へ視線を向けた。ホムンクルスらもそれに合わせる。


 静かな足音が、甲板の方へ近づいていく。

 その扉の暗闇が日の当たる外までも蝕むような錯覚を、五人は感じた。


「お、お待ちしておりました、真船長! やっちゃってください!」


 暗闇から現れたのは、顔にいくつものシワを刻み、古い工具を組み合わせたような杖と同等に、背をまっすぐ伸ばした小柄の老人。

 それと……高貴な家柄からお守りを委ねられたような、老人よりも一回り大きく背の高い、銀色の髪の少女……この二人だ。


【完】

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