第14話 PIRATE WAYS
何の変哲もない快晴の昼下がりの時。
石材と木材を掛け合わせた、約十五年前に成立したやや古風な様式の建物が、湖風を防ぐように整然と敷き詰められている。
そこに粗末な木材で架けられた建物間の簡易的橋や、とりあえずの物置用の網、そしてあらゆるギルドの紋章が刻まれた箱など、至るところに散りばめられた物が、均一性のある町並みを潰し、生活感を作っている。
そうして猥雑になったこの港町を、ネズミのようにコソコソと、五人が隠れて進んでいた。
テオボルドと、ホムンクルスの四領主である。
ロスデモ島の土地を完全なる自分たちの領土とするべく、半島を埋め尽くすように築かれたこの市街地に侵入していた。
可能な限り奥へと立ち入り、そこで場を荒らす。そして狼煙を焚いて、丘陵の向こう側で待機する、エウポルなどの魔物たちの軍勢を呼び、一気に畳み掛ける。
そのために、魔物よりかは小さく、市街地でも動きやすい人型のテオボルドたち五人が、こうして先に侵入していた。
最高の目標は、丘から見て最も遠い要所――桟橋。
そこで海賊団たちの誇りにしている足である船に火をつけてしまえば、相当な陽動と大打撃になる。
「最近はドデカイ得物がいねえなあ」と、シャチの頭を持つ魔物が、串焼き肉を噛みながらボヤく。
無精髭の人間の男は、酒瓶をグイッと空にする。
「何やら西部戦線に力が入るらしくて、物資が集結してるらしいってさ」
「マジか。じゃあ久々にそっちに遠征するのか」
「どうだか。そっちまで行った頃に片付いてたら、無駄骨だからな」
「まあ、結局はお頭の判断ってとこか」
「だなあ。なるべく行って帰るまでが早い船にしてくれりゃあ、どうだっていいがな」
という、荒削りな料理と安酒が振る舞われる酒場の雑談を聞き流しつつ、五人は路地裏を駆けていく。
「なんか、思ったよりも地味でつまんないな」
パトロクロスは両手を後頭部に置いてボヤいた。
目をこする彼の隣で、ロシュフォールはそれにうなずく。
「上手くいきすぎておりますな。果たして某のデータ収集は叶うのでしょうか」
「地味でもデータとならなくても結構。勝利すればそれでいい」
モランは杖を構えたまま、声を潜めて、鋭く叱る。
「あーしは楽に終わればいいんだけどね……」
と、ベルゼブブは大きく開けた口から、震わせた声を出す。
「散々言っている通り、シモンズ海賊団は今、魔王軍並に恐れられている連中だ。
まだ見つかってないってだけで、これから実戦となったら、そうウカウカしてらんねえぞ……」
テオボルドが予期していた実戦は、思いの外早く訪れた。
「でさー、オレが欲しかった八をアイツが引きやがってよー」
「あの先輩はビビリだから安い役ばっか狙うもんなー」
「おお、そんでそんで……って!?」
物資流通の最中だったのだろうか、木箱を抱えた海賊の下っ端三人組が、テオボルドたちの前に現れた。
「「や、やべぇ……!!」」
テオボルドと一人の下っ端の声が、偶然にも重なる。
「し、侵にゅ……!」
不用意に騒がれる前に、モランが空気弾を一発放った。テオボルドから見て左側の海賊を寝かせる。
彼の持っていた木箱が落下とともに、赤い液体と緑のヘタを撒き散らした。
「ああ、なんてことしやがる、貴重なお野菜……!」
「そんなの知らなーい」
さらにベルゼブブが、足元の砂を操作し、右側の海賊をよろめかす。
こちらは自分の持ち物に顔面から飛び込むように倒れた。やがて重さで木箱が崩壊して、中身が飛び出す。こちらには魚が詰まっていた。
「うわ、くっさそ……」
「ひ、ヒイィィィ!」
そして最後の一人は、自分の木箱(中身は酒瓶)をその場に捨て、バタバタと両手足を動かして一目散に逃げ出した。
「逃すか!」
テオボルドが素早く矢を放ち、黙らせようとする。
ところが、その下っ端は足元に広がるトマトやら魚やらに足を滑らせ、テオボルドたちが予想だにしない方向へと滑った。
貴族が好むというテーブル上の球技の玉のように、滑稽にも幾度と壁を跳ね返ったあと、建物の窓を突き破って、そちらへ転がっていった。
そこから十数人くらいの悲鳴が轟く。
「まずい、結局気づいた奴が増えちまった!?」
あからさまに事後処理であるが、しないよりはマシ。
テオボルドたちは、あの下っ端が突き破った窓へと、警戒しつつ向かう。
ところが、雲行きが怪しくなってきた。
真夏の天気の荒れ模様の予兆となるという、高い雲のように、白煙がそこから昇ってくる。
あの下っ端が飛び込んだのは、海賊たちの料亭の調理場であった。
彼の足元にはアルコール度数が高い安酒が染みており、それがコンロの火に移る。
そして彼は焦燥極まり、建物内で大暴れした結果、たちまち火事となってしまったのだ。
それを察した直後、テオボルドはほんのちょっとでもこの不幸を凌ごうと、片手で目を覆った。
「まあ、『木を隠すなら森の中』ともいいますでありますから……これは逆にチャンスかもしれませんよ?」
「そんなわけないっての、ロシュフォール」
「こんなときに仲間の揚げ足を取るなよみんな! ユーシャならこういうピンチを巻き返してこそ、だろ!?」
「ええーいッ、とにかく桟橋方面へ急げぇえいッ!」
このボヤ騒ぎを収めるために、街中の海賊たちが動き回る。
自分たちが見つかるのは時間の問題。テオボルドは乱戦覚悟でホムンクルスたちを引き連れて、できるだけ早く走る。
周りにあったガラクタやゴミにも延焼して、あの建物はすっかり炎に包まれて、黒い煙が盛大に立ち昇った。
「ん……待てよ、テオボルド顧問」
「どうした、モラン!?」
モランは青い顔をして、空に浮かぶ黒い一筋を見上げている。
「……丘に待機している後詰めへの出撃命令は、狼煙で行うと決めていたな?」
「ああ。凝った材料がなかったから、単に『煙が昇ったら来い』と決めてた……だろ?」
「そうだな……『煙』が、合図だったのだな……」
「……あ」
一同は、街へと下る斜面へ視線を向けた。
けたたましい咆哮と、戦意に満ちた雑踏が、魔物たちの雪崩とともに近づいていた。
「うおおおお! 待っててくださいな、テオボルドさあん!」
エウポル、ベルゼブブ親衛隊の三体、モランの鳥モンスター軍、ロシュフォールの試作魔物に、パトロクロスの恐竜たちが、海賊たちの街へと猛進してきた。
「なんだあ!? あの魔物たちはあああ!?」
「とことん火事場泥棒だねえ!?」
「と、とにかく全部対処しろおおッ!?」
大火事と魔物の群れ。これにより、街の海賊たちは右往左往を強いられ、ますます大混乱に陥っていった。
「もうしょうがねえ! アイツらの手が回らん隙に桟橋行くぞォォォ!」
「何たる虫唾の走る場当たり的な作戦だ……!」
「ケケケケ! これはいい外れ値でございますなあ!」
「もう何でもいいから早く終わらせられればいいよー、あーしは」
「うおおお! どんどんぶち当たって行くぞー!」
五人は堂々と大通りへ躍り出て、桟橋一直線に突き進む。
「いた、きっとあいつよ!」
「この野郎! よくも俺たちの住処を荒らしやがって!」
「くたばれええッ!」
当然のごとく、この見知らぬ五人組が視界に入った海賊たちは、真っ先に彼らへ襲いかかった。
「喧しい」
「そんな及び腰な構えで某らに勝とうとでもですか?」
「はいはい、じゃーどっかいってね」
「『エイダンパーンチッ!』」
「悪いな! お前らの相手はしてられねえんだよ!」
空気弾、双剣、鎌、鉄拳、それと斧と弓矢。
一行もまた、目に飛び込む敵たちを蹴散らしていく。
あの輸送船の襲撃の際は、かなりの脅威であった。だが今は、先手を取れたこと、沈まない陸地で戦っていること、そして何よりも仲間がいること。
この優位性を噛み締めながら、テオボルドは敵を薙いでいく。
やがて、桟橋が見えた。
だがそれよりも先に、船が見えた。
悪名高き角と牙と翼を生やした髑髏の紋章が描かれた帆、黒鉄で威圧的に縁取られた船体、そして周りの船をゆうに超え、小島かと見まごうほどのサイズ。
このシモンズ海賊団の旗艦の、錨が今、巻き上がっている。
「まずい! アイツら逃げる気だ!」
「悔しいほどの迅速な判断であるな……!」
モランは杖を構えて力を溜め、よく凝縮した空気弾を船尾へ放つ。
魔弾は確実に船体の木材へ命中した。だが、ビクともしない。クジラに小魚がぶつかったように、まるで効果がない。
「こうなったら乗り込んで直接ぶん殴ってやろうか! な、みんな!?」
「はあ……まー、そーなるわなー。仕切り直されたらめんどいもん」
五人はようやく、港から垂直に伸びた桟橋の石畳を踏んだ。
水滴を纏ったイカリが完全に水面から出ている。出航までもはや一分もない。
そんな時に、桟橋の両横から、三体の魚影が飛び出した。
その他の船と同格の巨体を持つ、大きな魚型のモンスター……港の守護者である。
「テオボルド様、ここは某にお任せあれ!」
「おれもおれも! テオボルドさんを守ってやるぞ!」
「おお、ありがとよ。けど三体いるからオレも結局やるがな!」
ロシュフォールとパトロクロスは、ホムンクルス特有の膂力で、砲弾のような勢いで二体の魚へ肉薄し、片方は刺身、片方はたたきのようにして、あっさりと撃破した。
残る一体は、「おらあ、餌!」テオボルドが握った加圧ぼっくりを口内に投げられ、炙る方のたたきのようになって四散した。
無惨な守護者たちの姿へ背を向けた時、巨船が桟橋から離れ始めていた。
「あんまもたないから、とっとと渡ってね」
そこでベルゼブブが砂を集めて簡単な橋を形成する。
「感謝する、ベルゼブブ殿。とあっ!」
モランは超越した跳躍力を発揮して、桟橋から甲板へとひとっ飛び。続けてロシュフォールとパトロクロスも、同じように敵船へ乗り混んだ。
「ありがとよ、ベルゼブブ! こっから気を引き締めていけ!」
続けてテオボルドは、なるべく橋が持続するよう、大股で、二歩のみ砂地に足をつけて、向こう側へ渡った。
「……ど、どういたー」
ベルゼブブは、しばし逡巡したあと、自分で作った橋をトコトコ歩いて、他の四人に続く。
【完】




