第13話 RE:ソノコロ
現在、確かな地理が判明している限り、この世界は二つの大陸で構成されている。
それは上から見ると、丸いクッキーを南北二つに割り、その間に破片のような島々と海が広がっている。
南にあるのが、主に人類が住む大陸で、彼らの言う『大陸』は、大抵の場合こちらを指す。
北にあるのが、魔物たちが群生する方。
歴史上数年おきに魔王軍が成り立つ始まりの土地となっている。
その人間側の大陸の南西部。勇者軍西部戦線対策基地。
その中にある軍議室にて。
「四日前、魔王軍幹部の一人、サンセマインが撃破されたことにより、奴らの前線勢力に乱れが生じ始めた。
この好機を活かし、我らはこの海域に跋扈するもう一人の敵前線指揮官【カルキリッパー】の軍勢への攻撃を行うこととした」
そう、本会議の主題を告げたのは、話し合いの場であろうと油断を持たず、無骨な鈍色の鎧に身を包んだ壮年の男。
顔にはこの世にある全ての攻撃種類の一覧を表すような、無数の創傷が刻まれていた。
キルデリク・ヴィルヌーヴ。
二代目勇者パーティーの一人にして、勇者軍総司令。生ける伝説の戦士である。
「敵軍はここから北に広がる諸島それぞれを占拠し、そこから放射的にこの海域一帯に被害を与えていた。
故に、我々が第一にすべきことは、まずその島々を一つ一つ、着実に制圧して、交易・海運業を行う協力者の方々の憂いを取り除くこと。それこそが勇者たちの使命である」
六十年もの間、魔王たち悪しき手勢との戦いにのみ身を捧げてきた男の覇気が、この捻りない説明にも、一節一言一音に染みている。出席者たちは全員、あらゆる意識を耳のみに集中するほかなかった。
「そして島々を取り戻し、カルキリッパーの殻を剥がしきったあとは……いよいよ奴の首を斬るのみ。カルキリッパーは一筋縄では行かない強敵であるが……臆することはない! ここには彼らがいる!」
そのキルデリクが、この出席者の一人へ指を指す。馬の耳に尾、それと翼を生やした少年に。
「オリヴァー・ホランダー! かのサンセマインを討ち取ったパーティーのリーダーにして、期待の新星勇者である!」
既にかなりの実績を残していたはずであろう先輩たちが多く集まる、この会議に呼ばれただけでも相当な栄誉であるにも関わらず、かの伝説のキルデリクから自分の名前を呼ばれた。
まさしく天に昇るような気持ち、集められる周囲からの視線も相まって、オリヴァーは緊張から一切の応答ができなくなった。
同席していたメンバーのナリトモとミスティアも、リーダーの硬直に連動して、あたふたする。
「キルデリク将軍からボクたちのことを呼んで頂けるとは……至極光栄でございます。
これからもオリヴァーパーティーの躍進を、こうご期待ください」
そうしてうんともすんとも言わなかったオリヴァーと仲間二人に代わって、双方の間にいた少女が返した。
背丈はオリヴァーとほぼ同じ。ブロンド髪の、怜悧な雰囲気が漂う人物である。
彼女はキルデリクへ一礼を捧げる。オリヴァーにも向けられていた視線にも折れず、流れるような所作だった。
そして着席すると同時に、肘で隣のオリヴァーを小突く。
「はっ! この対カルキリッパー作戦においても、我々人類に勝利をもたらせるよう、とにかく頑張ります! はい!」
そしてこの軍議室に万雷の拍手が鳴り響いた。
これに紛れさせて、二人は小声でやり取りをかわす。
「やったね、オリヴァーさん」
「いやあ、アシストありがとうございました、ルイーザさん」
この少女はルイーザ・ウィンストン。
下級貴族の出であり、人々を救うという普遍的な理由から勇者を目指した。
ジョブは防御に長けた【聖騎士】。勇者学校ではそれに必要な課程のみならず、基礎格闘術、召喚術学、アイテム工作技術などの学問も中級レベルまで履修し、首席で卒業した。
身内の危篤など、諸般の事情で急遽パーティーを抜けたと説明されている狩人『テオボルド・レギサモン』の代役として、この有望なオリヴァーの仲間となったのも頷ける才女であった。
「果たして僕たち、カルキリッパーにも勝てますでしょうか……」
「勝てますとも。ボクとももう一回、魔物の大群を鎧袖一触に屠ってきたじゃないですか」
「ハハハ……それもですね……」
この後、島々の制圧に関する細かい指示や注意事項の説明があった。
それも終わると、キルデリクは参加者から質問を募る。
一人の先輩勇者が手を上げた。
「この作戦において、魔王軍以外の脅威はございますか? 天候とか、海賊とか……」
「海賊……いかんな、何事も皆が知ってて当然と思い込むのは。
天候については、勇者士官学校から専門の学者が何人か派遣され、常に状況を把握していただけるとのことだから、君たちが必要以上に心配することはない。
海賊については、あちらからこの作戦を嗅ぎつけて電撃的に来ない限り、心配はない。
特に、あの悪名高いシモンズ海賊団も、最後の目撃情報によると、位置が遠いため、恐らく乱入してこないはずだ。無論、絶対とは言い難いが。
……シモンズ海賊団についての説明もいるか?」
「き、キルデリク将軍のお時間を奪わないで済むのであれば……」
「では説明する」
シモンズ海賊団とは、第五次魔王軍の征伐の後に出現した、反社会的集団。
その行動は海賊らしく、輸送船の襲撃が主となっている。
国の要人が乗り込む大型戦艦にも襲いかかり、甚大な被害を及ぼした例も少なくなく、海洋関係者からは魔王軍と同格で恐れられている。
その知名度に反して、戦力の詳細や、本拠地の情報がまるで揃わないという未知性を帯びているのも、恐怖を強めている。
「なるほど、ですが、それだけ謎めいた海賊団であれば、瞬間移動の類なども使ってくるのでは……?」
「流石にそれはないはずだ。だとすれば奴らの獰猛さなら、どこかしらの王都の運河だって渡るはずだ……」
「で、ですね……なんだか、あの勇者千殺のイバラを彷彿とさせる不気味さです……」
「……」
キルデリクは一瞬、質問者に対して、剣を構えているときのような、殺意に満ちた目を向けていた。
「あ……失礼しました。私ごときにこれだけ時間を……」
キルデリクは、その勇者の机下で、布が細かく擦れる音を感じ取り、
「……いや、こちらも失礼した」
頼もしき軍人としての朗らかな顔に戻った。
「シモンズ海賊団、次なる平和のためには、そちらも撲滅しなければならないね。でしょう、オリヴァーさん」
「ええ、ルイーザさん。シモンズ海賊団……奴らは今どこで、どうしているのやら……」
*
一方その頃。
ロスデモ島の北部にある、ベルゼブブの屋敷の一室にて。
モランは、机に置いた島の簡易地図に北西部に伸びる半島を描き足す。
「ここを本拠地とするシモンズ海賊団は、我々が争い始める以前から、陣取っていたようである。
奴らは人間たちと魔物で構成されており、我々とは比べ物にならない戦力を保持している」
テオボルドは片眉を上げて、ここに集うホムンクルス四人をそれぞれ一瞥してから、
「それは、全員が束になってかかったことを基準にして言ってのことか、モラン?」
「左様。あくまで見込みではあるが……」
「数年前、あーしらと、あっちの奴らとで軽く一悶着が起こった。
勝てたのはあーしらだけど、あちらはあんまり被害を受けている感じもなかった」と、ベルゼブブが補足する。
「おれも助太刀したからな! 楽勝だったぜ!」
と、拳を掲げて誇らしげに言うパトロクロスを、ロシュフォールは半眼で見て、
「しかしまあ、あちらも所詮末端の人員だったのですがなのでしてね」
どうやらその一悶着の間だけは、四領主が共闘していたようだ。
「で、その後はどうなったんだ? あちらからお礼参りが来たり、お前らで仕返しとかしたりしなかったのか?」
「海賊どもからの攻撃は以来なかった。総力が上回っていたとしても海賊は海賊、島全体の平定よりも、海での略奪を優先したのだろう。あるいは、いつでも潰せると高をくくっていたか。
そして我々は事が済めば元の内乱に戻った。だが我は奴らの存在をこのまま忘れるわけにはいかなかった」
丘陵を挟んで半島に隣り合う領主として、モランはさらなる情報をつぶさに話す。
一悶着が収まったあと、モランは自分の斥候を計八回、向こう側に飛ばし、シモンズ海賊団の内情・戦力総数を調べた。
ところが八回の内、七回は一羽もモンスターが帰って来ず、完全な大失敗に終わった。
残る一回も成功とは呼びづらい。運よく命からがら敵の攻撃を掻い潜った一羽がボロボロで帰ってきたのみだった。
「それで得た情報が、さっき述べた『半島に広がる市街地を、奴らが占有している』ということのみだ」
「じゃあ、同じ島に住んでいた奴らにとっても、それくらいしか情報が揃っていないってことか……」
「……なんかテオボルドさんもそっちで、シモンズ海賊団を知ってるみたいな言い方してるな」
パトロクロスの目ざとさに、テオボルドは一瞬口角を横へ伸ばす。
「そりゃあもうご存知だとも。オレたち人間たちで海に多少なりとも関係している奴らは、みーんな恐れてる。
勇者軍も魔王軍もお構いなしに襲うゲキヤバ集団だってな。
なんならオレもそいつらに襲われたからな。色々あって乗った船に突っ込まれて、で、命からがらタルに隠れて……で、ふと目を覚ますと、この島に漂流してたってわけ」
「あ、そういう経緯で来たんだ、テオボルド。あーし初耳」
「おれもおれも」
ベルゼブブとパトロクロスとは違う意味で、ロシュフォールもうなる。
「であれば相当なラッキーでございましたね。
某、お恥ずかしいながら、一度この島を出ようと思ったことがあるのでございますよ」
「……新しい本が欲しくてか?」
「はい。ですが、船の作り方がよくわからなかったというのが第一の失敗理由で、その次に、この島の海流がべらぼうに複雑かつ気まぐれでございまして……水泳して帰ってきましたであります」
この海流こそが、今までロスデモという名の島を知らなかった理由であり、シモンズ海賊団の居場所が判明しなかった理由なのだと、テオボルドは確信せざるを得なかった。
ここでモランは、地図にペンを置き、話をまとめにかかる。
「本日、晴れて我々四人の合同和平が成った今、残された島の敵対勢力は奴ら……シモンズ海賊団のみ。
このまま放置して島の復興を進めようものなら、奴らはついに『食いごろ』と判断し、網をかけるように島をいよいよ丸呑みにするやもしれん。
どうする、テオボルド顧問?」
テオボルドは、モランの描いた簡易地図を見つめながら、腕を組む。
何年にも及ぶ内戦を収めた直後に、四人たちを戦地へと送るのは忍びない。
ただし、海賊団の注意が向いていないうちに攻撃を仕掛けるのなら、早いほうがいい。
モランの言う通り、土地が癒え始めたところを根こそぎいただかれ、『沈まぬ旗艦』として使われては元も子もない。
(……なによりも、オレを貨物船もろとも殺しかけた連中だ。その前の状況がクソだったから、そこまで恨んではないが、無罪放免にするにはやったことが重すぎる)
テオボルドは首を下へと深く傾けて、考え込んだ。
「……だあーッこのッ!」
するとその彼の足横を、パトロクロスが半分ほどのパワーで蹴った。
テオボルドはテーブルに両腕をつき、何とか転倒を阻止して、
「ぐおっ! ……もう早くも約束を反故にする気か、パトロクロス!?」
「そっちこそ忘れるなよ、テオボルド! おれたちはユーシャ並の力を持つ闘士だ! だったら海賊なんていう魔王軍ですらない悪党なんか、簡単に倒せるじゃんかよ!? だったらやっちまおうぜ!」
過激さこそ抑えられているが、相変わらずのパトロクロスの勇者信仰の熱さがうかがえる、理不尽な理由だった。
「……!?」
だがこの言葉にテオボルドは、ぐうの音も出せなかった。
(言われてみればコイツらはそうだ。ホムンクルスだ。オレを足そうとも、力の数だけ比べたらまだ届かない気がしなくもないが……勝機はどっかにあるはずだ)
大体にしろ、それが勇者というものだ。
何千何万もいる魔の敵に対して、初代は一人、二代目は四人。
たったそれだけの人数で巣窟となる居城の果てにいる魔王にまで勝てたのだ。
(マジで、何忘れてるんだオレって話だな……)
「わかった、じゃあパトロクロス、ベルゼブブ、ロ……」
途中、モランがテーブルに得物の杖を叩きつけた。
「待て、テオボルド! まだ貴様は我の特別顧問、故に我が軍の中にいるのだ! 雰囲気でそう思い込むのも無理はないが、まだ総大将とは認められぬぞ!」
「じゃあモランがイチバンえらいつもりなん?」
「先の和平の話では、現状誰も上としないという決まりであったような気がするのでございますが……」
「……だが、この海賊団討伐計画の発起人は我であるし、何よりも、『どうする、テオボルド顧問?』の問いの返事がまだ返ってきていないのでな。だから早ったまで」
「ああ、ごめん。パトロクロスの蹴りとかあって流れが飛んでたぜ。
じゃあまどろっこしいの抜きで。なるべく早いうちに準備を済ませて、丘を越えて海賊団を叩く。
どういう作戦を取るかとか、どのくらい痛めつけるかとかは……また後日話そう。これでいいか、モラン……殿?」
「うむ、我はその方針で構わん。同盟者他三名は?」
「異論ございません」「めんどくさいからそれで」「なんなら今からでも構わないぞ!」
「……とのことだ、テオボルド」
テオボルドはテーブルに両手を突いたまま、首を縦に振る。
「わっかりました。じゃあ今日はひとまず解散としようか。和平結ぶまでに色々やり過ぎたもんな……」
その後ろで、エウポルもうんうん頷いていた。
「了解。では、ベルゼブブを除く我ら三人はそれぞれの基地へ戻り、現存勢力の整理を行うとする」
他のホムンクルス三人も了承して、それぞれのタイミングでこの部屋を出た。
モランは作戦会議に使ったものを片付ける。
その最中、テオボルドはモランへ尋ねた。
「あの、オレはどこ行けばいいんだ? やっぱりお前の基地か?」
「気持ちはありがたいが、貴様は人間だからもう疲労困憊であろう。我が要塞のような物騒な場所ではなく、どこか長めの良いところで休むがいい……」
「はい、わ……」
ここで部屋の出入口から、ベルゼブブが顔を出す。
「ゆーとくけど、あーしの町はナーシ。そこら中壊れてるし、ここにあったばかりのヤツ泊めたくないし」
「……別にそれは考えてなかったっていうのに」
そしてその日の夜、テオボルドは、エウポルのいた隠れ里の洞窟……の手前にテントを組んで、寝泊まりした。
ロシュフォールの屋敷は散らかりすぎて落ち着かないので除外。
パトロクロスの住処は見たわけではないが、恐竜がわんさかいる中で寝るのは警戒心が騒いでしょうがないので却下。
それでエウポルから隠れ里を案内されたのだが、彼が帰るなり『里を守った英雄の凱旋パーティー』が始まって、騒がしくなってしまった。
なのでテオボルドは、そのパーティーに程々に付き合った後、こうして一人静かにテントで夜を過ごすことになったのである。
【完】




