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第12話 宥和偃武

 視覚的にも燃え上がっている最後の四領主の一人、パトロクロス。

 そんな彼に対して、テオボルドは己も負けじと炎を纏うような、怒りに満ちた姿で立ち構えた。


「……自分が正義だなんて言い張るのは誰だってできるんだよ。

 けどよ、それを言うからには、それ相応の困難が待ち構えているんだぜ。

 あの二代目勇者たちだって、魔王を打ち倒すまでに相当な苦難の道を歩んだのは知ってるだろ?

 エイダンは一度、敵の卑劣な罠にハマって死んで、スタエル様が必死の思いで奇蹟を起こして復活させた場面。覚えてないのかよ?」


「……けど、やっぱりユーシャは最後に、敵を全員倒した!」


「だったらお前もやってみせろ! 議論はここまで、戦闘再開だこの野郎!」

 そういい切るや否や、テオボルドはカバンから加圧ぼっくりを投げた。


 パトロクロスの炎に触れてすぐに、加圧ぼっくりは燃焼して爆発。

「勝っているつもりで言うんじゃない! この余所者が!」


 パトロクロスは何事も無かったように、爆炎から抜け出して、テオボルドに殴りかかった。

(……まあ、だろうな。火を使う奴に火が通るわけないか、やっぱ)


 テオボルドは細かく立ち位置を変えて、パトロクロスの攻撃をかわし続ける。


「テオボルド様! 周りへの警戒も怠らずに!」


「!?」

 ロシュフォールのアドバイスの直後、翼竜がクチバシを向けて降下してきた。


「第一段階入った時もだが……お前言うタイミングおせーぞ、ロシュフォール!」


「言ってくれただけマシと思ってくれませんかねえ!?」


 テオボルドはカバンの中のイガグリに手を伸ばす。

 ところがそれを手から放す前に、翼竜は胴体を貫かれて、息絶えていた。


「あーもう、めんどくさいから早く黙らせて、そいつ」

 ベルゼブブは地面に着地した後、鎌を頭上で回して、翼竜の亡骸を遠くへ飛ばす。


「ベルゼブブ、お前……」


「あとあんたたち、戦闘中に喋り過ぎ。黙ればもっと時間巻けない?」


「……おお、すまない」


 ロシュフォールとベルゼブブ、二人のホムンクルスが恐竜を決闘の場から遠ざけてくれていることに感謝を込めて、

「【アックスバースト】!」

 まず、パトロクロスの胴に斧を叩きつけた。


 すかさずパトロクロスの能力盤を確認。残りHPは三十五パーセント。

(減る速度が落ちてるな……あの炎の鎧、本来の鎧の意味も果たしてるのか)


 正直な話、テオボルドはパトロクロスをどうすれば、この戦いを終えられるか見当がついていない。

 もし二十五パーセントまでHPを減らせたとしても、『これがおれの第三形態だあああッ!』などと言って、ますます戦意を高ぶらせる可能性もある。

 けれども、やるしかない。何もしないでいても、何も成し遂げられない。

(だからオレは里を抜け出して、勇者軍に志願したんだろう……結局、追放されたけどな)


 獰猛極まりないパトロクロスの攻撃をかい潜りながら、テオボルドは弓を撃ち、斧を振るい、その暴走を挫こうと奮闘する。

(残りHP、三十パーセント……こんだけやってもこれか?)

 相手の連打の隙間をチクチク突く程度では、三日三晩やり合うことになるかもしれない。それは初代勇者と魔王の故事を、望まぬタイミングで再現してしまうことになってしまう。


(もっとデカい隙をこじ開けられれば、あの炎の鎧を一時的にでも引っ剥がすことができれば……)

 偶然か必然か、ここでテオボルドの思考が、経験と直感を巻き添えにして電撃的に回転し……彼は目を向けた。


「おい、ブルータルゴリラ!」


 ブルータルゴリラは、どうにかこうにか大きな口を持つ恐竜に火の玉を飲み込ませた後、ただちに振り向く。

「はい、なんです、テオボルド様!?」


「こっち来て、パトロクロスを一発ぶん殴ってくれ! オレもできるだけサポートするからよ!」


「なんちゅう無理難題を押し付けるのです!?」


「るせえ! さもないとあの隠れ里にお前の悪口言いふらすぞ!」


「はい、ただいま行きます!」

 ブルータルゴリラも火を扱えるのだから、ある程度ならあの炎の鎧に平気で触れられるはず。


 テオボルドはブルータルゴリラの到着を待つまで、どうにかパトロクロスをその場に留めようと、やや前のめりのスタイルに変えて応戦する。


「この野郎! 仲間を呼ぶなんて卑怯な……それは魔王軍の所業だろうが!」


「エイダン以降みんなそうだろ!」


「だとしてもオレは好きじゃない! そっちがそうするんなら……!」

 パトロクロスが指を鳴らすと、ここへ到来した時に乗っていた、小柄な恐竜が馳せ参じた。


「アイツだけはやっぱ利口だ……行け! あの猿野郎の喉笛かっ切っちまえ!」


 ところが、その恐竜は、ブルータルゴリラの前に飛び込む前に横たわった。その頭にはブドウ一粒程度の傷ができている。


「すまない。恐竜どもの相手と、こいつらとの講和に時間がかかった」

 と、真南の坂で杖を構えながら、モランは述べた。

 その周りには、彼の手勢の鳥モンスターだけでなく、ベルゼブブの人獣も集まっていた。


「遅いですよモラン様! そのくせして洒落た登場しやがるとは何様のつもりでありますか!?」

「あんがと、あーしの仲間をそこそこ残してくれて」


 もうこれでパトロクロスの恐竜たちは、主の元に近寄れなくなった。

「全力で気をつけろ、ブルータルゴリラ!」

「できるだけなんとか……」

「……と、言わず。絶対にやれ!」

「は、はいいッ!」

 テオボルドがパトロクロスを引きつけ、ブルータルゴリラは今までの人生の中で一番まぶたに力を込めて、隙を見つけようと励んだ。


「オレは、オレは、オレはユーシャ、パトロクロスだ! 絶対に、絶対に、負けないんだああああ! 『エイダンパンチ』!」

 パトロクロスが全体重を乗せて放った拳を、テオボルドは真正面で、両手で挟んで受け止める。

 追撃の火炎放射が飛ぶ前に、ブルータルゴリラは言葉も介さず、テオボルドの頭上を飛び越し、パトロクロスにボディプレス。

 火炎放射が何もない空へと吹き、それが止んですぐに、ブルータルゴリラは丸太のように転がりながら、パトロクロスの胴体の炎をかき消していた。

「【グラスカッター】!」

 パトロクロスが上半身を起こした瞬間、テオボルドが突進の勢いとともに、愛用する斧をその胴に打ち立てた。


「ごはあああっ!」

 テオボルドは足を伸ばし、真横にいたパトロクロスを見つめる……ステータスを確認する。

「残りHP、二十六パーセントくらいか……惜しいのか、危なかったのか……なんとも言えんな」


「甘い……って言うべきだろうがよッ!」

 テオボルドは身を捩り、パトロクロスのアッパーをかわす。


「……やれよ! これは第三形態にさせようって魂胆で言ってるんじゃない!

 おれは勇者のように、諦めたりはしないからだ! どれだけ追い詰められようとも! たとえHPがゼロになろうとも! 一人でもおれの正義に反する奴をあの世に叩きつけてみせる……!」


「この状況で、果たして何人送れるだろうか?」

「言っておきますが、魔物でかさ増しするのはよしてくださいでありますよ?」

「いーや、あんたにはもう、あーしらの誰も奪えないね」

 モラン、ロシュフォール、ベルゼブブ……三人のホムンクルスが、前にいたテオボルドも入れて、パトロクロスを取り囲んだ。

 三人は皆揃って、このままパトロクロスを仕留めにかかれるように、あからさまな殺意を持って武器を向けている。


 次の一手を考えているのか、追い詰められて何もできなくなったためか、パトロクロスは両拳を脇に垂らし、押し黙る。


 前に立つテオボルドは斧をチラつかせつつニヤついて、

「これがユーシャの姿か? 四人に追い詰められてて……どっちかっていうと魔王だろ、お前?」


「……だったら、やれよ」


「何を?」


 周りの炎が激しく揺れる。パトロクロスは喉にやってきた感情をありのままに吐くように、叫ぶ。

「おれを殺せ! お前らいつのまにか仲間同士になって、寄って集っておれのことを除け者にしようとして……! それがお前らのほうが正義だったからなんだろ!」


 彼の戦意に連動して、全身の火が消えた。

 その状態で、パトロクロスは膝を突き、そして焦げた地面を一粒一粒湿らせていく。

「だったら、殺せよ! だっておれは、もうほぼ負けてるんだからよ……悪なんだからよ……!」


 モランは、ロシュフォールの顔を見つめた。ロシュフォールは両手のひらを上に向けてから、彼とともにベルゼブブへ向く。

 彼女は今、腰をひねり、鎌に力を込めてみた。


 すると、パトロクロスの首元に、テオボルドが、刃が向かないように斧をかざす。

「それはダメだ。ベルゼブブ」


「は……? だってこいつ……まあ、あーしが作ったわけじゃないけど、あーしの子分たちの町をメチャクチャにしたんだよ? あと、セベックに重症負わせたし。こうでもしないと示しがつかんくない?」


「けど、コイツもホムンクルス。お前たちの同族だぞ。それに、ここまで何年間、お前だって信者を野放しにしてあっちこっちに迷惑かけてたじゃねえかよ?」


「は。あ、けど、だったらモランもロシュフォールも……」


「なら、そういう部分も同族だな」


「あ」


 テオボルドはうつむくパトロクロスの頭を持ち上げ、さらに脇の下に手を回して、無理くり立たせる。


「パトロクロス、ベルゼブブ、ロシュフォール、モラン……お前ら全員よく聞け。

 この日をもって、お互いに何もかもすり減らし合う、馬鹿な戦争はやめるんだ。

 誰が一番だとか、島の長とか決めるのもやめろ。これまでみたく、それぞれ自分の持ち場を守る程度でいい。変な欲出して土地を広げようとしたり、本気で殺し合ったりするな」


 約十七年前……第五次魔王戦線の時代。

 世界中を震撼させた【勇者千殺】。現在判明している限りの千百六十二人の勇者たちが惨殺され、魔王討伐が二年遅れる遠因となったとされる大事件だ。

 その主犯であるとされるのは、【イバラ】なる、全く情報のない凶悪殺人鬼。唯一判明しているのは、種族がエルフであることのみ。


 その情報のみを槍玉に挙げて、自分の肉親を奪われた人々が徒党を組み、あちこちに住むエルフたちに理不尽な私刑を振りかざした。

 都会に移り住んでいたテオボルド(当時十二歳)たちは、命からがら街から抜け出した。流浪の旅を続け、森奥深くに里を拓いて、憎悪の炎から逃れた。

 不幸中の幸いとして、テオボルドの親族に犠牲者はいなかった。それでも、他の地域では耐え難い悲惨な事実があったと、勇者軍保有の図書館で知って心を痛めたが。


 その件から、テオボルドは、先の言葉と同じ意味の言葉を何度も何度も述べた。

 未だに目に焼き付いて取れない、都会の集落が燃え盛る有様が、少しでも癒えるように。そして、あの光景をここへ移さないように。何度も、何度も述べた。


「……ぜえ、ぜえ……いいな。とにかく、同族で争うな!」


 テオボルドの説教が終わった直後、パトロクロスが、声をうわずらせて尋ねた。

「けど、もしもまた納得のいかないことが、勇者と魔王みたいに、話し合いなんか到底叶わないことがあったら……おれたちはどうすれば……?」


 するとテオボルドは、空を見上げた。

(やべえ、そこまでは何も言えねえ……)


『その時はその時だ!』と、言えば、ロシュフォールが理詰めしてくる恐れもある。

『もっと真剣に話し合え!』と、言えば、モランが自分が裁定者になると出しゃばるかもしれない。

『そうならないように気をつけろ』と、言えば、ベルゼブブがいずれめんどくさがって忘れだす可能性がある。


 やがてテオボルドが手を出したのは、その場しのぎの言葉だった。

「じゃあ、オレを呼べ! また一通りぶん殴って、その都度元通りにするからよ!

 こ、これでいいか、な、な、な!?」


 ホムンクルスの四人たちは、合計六パターンで、それぞれの顔を見合った。

「それが一番平等かもしれませんでございましょうか」

「で、あるな。全員、彼に敗北相応のことを喫したのは紛れもない事実であるのだからな」

「あーしは、親衛隊三人が負けただけだし。ま、めんどいからもうそれでいいよ」

 そしてパトロクロスは、涙を腕で豪快に拭い、拳の輪を手首へズラして、テオボルドの手を取り、ブンブン振るう。

「是非お願いしますッ! 真のユーシャ、テオボルドさん!」


「おー、おお! けど握力もうちょい緩めてくれええッ!?」


 そしてこの後、一番その雰囲気に合うベルゼブブの宮廷の一室に、五人は集った。


「ちゃんとした書式はわかりませんが、まあ、形式だけならこれでもいいでしょう」

 そこでロシュフォールが急ぎしたためた書類を囲む。


 一つは、四領主共同の終戦宣言を確定させるもの。

 その調停人の欄には、当然ながらテオボルドが署名することとなった。


「んじゃ、パトロクロス。あとはあーしらの間でのやり取りだけど……町、ちゃんと直してよ?」


「ああ! 町の復興もユーシャ見習いの立派な仕事だからな!」


「もし力仕事がご入用なら、某の新作ゴーレムを……」


「ベルゼブブは『更地にしたい』と言っておらんぞ、ロシュフォール」


 まだトゲが全て取れたわけではないが、ホムンクルス四人……島の代表者たちの元にようやくの平穏が訪れた。


 その姿を部屋の隅から遠巻きに見つめて、テオボルドは微笑んでいた。

「よかった。これで俺も家に帰れる……隠れ里を救った英雄としてな」


 その隣で、この戦争終結の貢献者、ブルータルゴリラがニヤついていた。


「……そういやそうだな。もう『隠れ』って文字は名前から取ってもいいしよ」


「あ、そうそう。名前で思い出したのですが……テオボルドさん、いい加減に、どうですか?」


「何だ、ブルータルゴリラ?」


「それですよそれ! 俺いつまで種族名で呼ばれているんですか!? ここまでやったんだから何か固有の名前をつけてくれないですか?」


「……そうだな。ずっと『長い』って思っていたしよ。略すにしてもどこを切り取っていいかわかんねえし」


 テオボルドは天井を見上げて、いいアイデアが降りてこないか祈る。

 先程の『オレを呼べ!』発言よりかは早く、首を元に戻せた。


「うーん、『エウポル』でいいんじゃねえの?」(猿系のモンスターにつきがちな『エイプ』をもじっただけだけど)


「おお、それはいいですね! わかりました、以後エウポルと名乗らせていただきます!」

 太い両腕を、やや気を使いつつ上げ下げしてはしゃぐブルータルゴリラ……改めて、エウポル。

 テオボルドが一応、能力盤を覗いてみると、キチンとその変更が反映されていた。


「さてさて、これからオレはどうしようか……」

 さっきは出任せで言ってしまったが、テオボルドは、まだ決めかねていた。

 本当にこのロスデモ島の裁定者として腰を据えるのか。はたまた、人間たちの世界に帰るのか。

(そういや、オレはあっちじゃどういう扱いになっているんだ? 海賊船に襲われた船に乗ってたんだから、新聞の小枠くらいには扱われてほしいが……)


「失礼する、テオボルド顧問」

 テオボルドは、このモランからの呼びかけで現実に意識を戻した。


「んおお、どうした、モラン?」


「停戦直後の疲弊しているときでもあるだろうが……もしやることがないのなら、我の話を聞いてくれないか?」


「おう、話を聞くくらいならなんとか……」


 モランは、ロシュフォールから書き損じの書類を貰い、その裏に楕円を書いた。

 これを不公平なピザのように四分割する。


「これって、あーしらの領土図みたいな?」


「よく見返すと、やっぱ欲張りすぎだな、モランとベルゼブブよ。オレは恐竜たちを寝かせる荒野だけで満足してたってのに」


「……ベルゼブブの言う通り、これはロスデモ島の非常に簡略化した領土を示す図だ」


「これを改めて書いたのは、どういうことです?」


「……そうだな。ロシュフォールは一番遠い領土であるから、そこまで意識していなかったのだな。

 テオボルド顧問。貴様はこの島の北西部に、丘陵があったのを覚えているか?」


「おお。お前の基地から見えていたな」


 その答えにうなづいてから、モランは筆を持ち、ピザの耳のみを切り取るような線を、北西部に書き加える。


「実はその丘陵の向こう側に、半島が突き出ている。島全体の面積の十五パーセントに値する。

 我らの偵察隊が最後に確認できた情報によると、このベルゼブブの町とは比べ物にならない規模の、市街地が広がっていた」


 ベルゼブブの顔が青くなった。

 彼女の領土も丘陵に隣接するために、何か悪い心当たりがあるのが見て取れた。


「で、その半島に……何があるっていうんだ、モラン?」


「……そこには、この島の第五勢力が居座っている。その名前は、【シモンズ海賊団】」

 と、告げながら、テオボルドは楕円の左上に、簡単な髑髏の絵を描き、角と牙と翼を足した。


「シモンズ海賊団……!」

 テオボルドは目を見開いた。

 彼にとっては、心当たりしかなかった。


 ちょうどさっき思い出していた、この島に流れ着く原因となった、輸送船を沈めた襲撃者……それもまた、シモンズ海賊団であったからだ。


【完】

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