第11話 vs勇気のホムンクルス、パトロクロス
「食らえッ、『エイダンキッーク』ッ!」
乗っていた小型恐竜の背を強く踏み、疾風のような速度で飛び蹴りが迫る。
テオボルドは咄嗟に斧の頭の側面をかざし、その蹴りを防いだ。
「ちい、おれの必殺技が……!」
テオボルドから間合いを保って三点着地を決めたのは、ここにいる人に近い姿の人物の中で、誰よりも小さい少年だった。
その逆立ち気味の髪は全体が緑で、前髪にのみ紅蓮が混じっている。
それだけでも十二分に派手だが、テオボルドの意識を向けさせたのは……その目。
その色は両方ともオレンジだが、片方には天を焼く火柱のような紋章が輝いていた。
今のも含めて、この例を四度見た。だからこの少年の名前は、能力盤を見ずともわかる。
『奴は自分以外の軍勢のいずれかが争っている時に、暴れることしか能のない恐竜どもを引き連れて介入し、その戦地の勝敗を有耶無耶にする天災のような存在だ……だから奴が来る前に、決着をつけなければならない』
モランから最も念押しして言われた警告を思い出し、その名前を呼ぶ。
「そちらから来たか、パトロクロス!」
「ユーシャの名前を気安く呼ぶなァ!」
この叫びとともに、無骨な金属の輪をはめたパトロクロスの右拳が放たれた。
テオボルドは左手をあてがい、いなす。
間髪を入れず斧をちらつかせて、パトロクロスの二撃目を止めさせた。
パトロクロスは再び数歩下がり、尋ねる。
「お前だな! おれたちの島を荒らしに来た悪の手先は!」
「今となっては誰の手先でもないし、悪でもないと信じている!
オレはお前らの島を平和にするために戦ってるんだ!」
「だったらどうしてベルゼブブたちと戦っているんだ!?」
「抵抗してきたからだ! 最低でも、極力殺さないようにしてたっての!」
左親指で、セベックに運ばれる伸びたホーロケとイドラーを示したテオボルド。
しかしパトロクロスの頭からは湯気が昇り続けているようで、
「御託を並べたっておれは騙されないぞ! それに、この島はおれが守るべきモノなんだ! お前みたいな新参者に勝手に仕切らせてなるもんか!
この島は……ユーシャ・パトロクロスが救うんだッ!」
ミシミシと鮮明な音を立てて、パトロクロスは両拳の輪を握りしめて、テオボルドを睨みつけた。
「今更確認するまでもないが、ベルゼブブの言ってた『敵』ってのはコイツのことか……ヤバいな」
モランの忠告が現実となってしまった。
それにまた、空気中にスリップダメージを引き起こす砂が浮いている。
この広場にて、テオボルドはホムンクルスを二人、相手に取らざるを得なくなった。
(いや待て、よく考えれば今、味方にもホムンクルスが一人いるじゃんかよ)
「おいロシュフォール! コイツかベルゼブブかを何とか……」
「……したいところは山々でございますが、こいつらをどうこうしないとですと!」
と、先回りして答えたロシュフォールは、双剣を押し込み、三つ角の恐竜を倒した。
さらにブルータルゴリラの魔力がある方にも首を回す。
全身でダラダラ汗を流しながら、火の玉を恐竜たちに投げまくっていた。
このパトロクロスが連れてきた恐竜たちは、主の決戦を見守るという利口さは無いようで、縦横無尽に暴れ回り、ベルゼブブの町を荒らしていた。
「……」
宮殿のバルコニーに座っているベルゼブブは、二杯目のジュースを一口もせず、真顔で佇んでいる。
「ベルゼブブ、ロシュフォール! ここは一時休戦だ! 待ってろ、今この島をメチャクチャにしてる厄介者をボコボコに殺してやるからなッ!」
ロシュフォールは恐竜たちを縫うように斬り倒しながら、
「は、はあ」
ありえないほどの生返事である。
「ではこちらから行くぞッ! 『キルデリクパーンチッ!』」
輪の輝きが見えた刹那、パトロクロスの右拳がテオボルドの腹に打ち込まれた。
「うっ、ただのパンチじゃねえかよこれ!」
テオボルドは怯まず、パトロクロスの右腕を取り、背を反らせて豪快に背後へ投げる。
「やったな!? 『ヨハネスキック』!」
パトロクロスが仰向けのまま放った水面蹴りを、短いジャンプでかわした後、テオボルドは手斧を振り下ろす。
パトロクロスが交差させた両腕で受け止めた。最小限の武装しかないため、刃が肉体に食い込んでいるが、彼はホムンクルスであるため、一切痛がらず、むしろフルパワーで押し弾いた。
五歩ほどかけて、よろめきを意図的な間隔空けに変換したあと、弓を構えた。
もちろんその後にするのは、射撃。
テオボルドはまとめて矢を三本弦にかけて、パトロクロスへと放つ。
内二つは相手の拳の輪で弾かれ、内一つが首筋に突き刺さった。
「なんのこれしき……おれの正義はこの程度じゃ死なない!」
それでも構わず、パトロクロスは駆けた。
「『スタエルキーック』!」
パトロクロスは軽やかに跳び、テオボルドの顔面へと膝蹴りを繰り出す。
「オレも、こんな安い格闘技じゃ死なんぞ!」
テオボルドは上半身を右後ろ斜めへ傾け、危うげなく膝を回避する。
その刹那、上半身の動きと連動させて勢いづけた左足で、パトロクロスの側面を激しく打ち、彼を地面に転がした。
「……全く、青い戦い方をする奴だな」
と、口で言いながらも、胸の内のテオボルドは、冷や汗をかいていた。
(ホムンクルスは、スキルではない何らかの特殊能力を持っている。
だからコイツも何か一つあるに決まってるだろうよ……これも誰かに聞いときゃよかった)
「どうだ、まだ立てるか……?」
「あ、当たり前……だ……! ユーシャは、絶対に起き上がるものなんだーーッ!」
パトロクロスは地面を殴り、テオボルドの背をゆうに飛び越すほどの跳躍を見せた。
「『エイダンキーック』!」
その高度からパトロクロスの蹴りが落ちてくる。
テオボルドは瞬時に見切り、バックジャンプで回避する。
パトロクロスが顔をしかめて睨みつけていた時、テオボルドは息を飲んだ。
「だろうな……これか、ヤツの能力は」
バチバチと弾ける音が常に鼓膜を叩いてくる。
パトロクロスの両拳とくるぶしから下の両足から、紅蓮の炎が滾っていたのだ。
敵の行動や形態が変化するときは、必ず何かのトリガーがある。
魔物図鑑の一節を脳裏に浮かべながら、テオボルドはパトロクロスの能力盤を視認する。
(HPが四分の一減っている……これだな)
魔王軍の有力な魔物が度々見せる、HPの減少に応じてさらなる力を引き出す御業……パトロクロスはこれを用い、両手足に炎をまとわせたのだ。
「あ、言い忘れておりましたが! パトロクロス様はHPが四分の一減るたびに、炎の鎧に覆われますでございます!」
「もう知……おお、ありがとよ、ロシュフォール……」
この形態変化があと二回残っている。テオボルドはとうとう額から目に見える汗を流した。
「ここからが反撃の時だ! うおおお、『キルデリクパーンチ』!」
幾度となく打ち込まれるパトロクロスの燃える拳に、テオボルドはただ背後に退いて避け続ける。
(もう無闇やたらに受けることはできないし、組み付くこともままならない……)
「『ヨハネスキーック』!」
パトロクロスの回し蹴りと同時に、テオボルドは前方へスライディングを行い、彼の股下を抜ける。
すかさず斧を構えて、立ち上がりざまにその背を斬り裂いた。
「ぐうッ! ……『スタエルキック』!」
後ろ蹴りが来る前に、テオボルドは後転を繰り返して間合いを確保、
「スキル使えるわけじゃないのに、なんでいちいち技名叫んでんだよ! 【ストロングアロー】!」
咄嗟の一撃であったため、魔力が込められた矢は狙いからややズレて、パトロクロスの左肩を射抜いた。
(もうじきあっちのHP残量が半分になっちまう……けどこっちのHPも半分しかない……)
偶然にも、テオボルドが今背を向けているのは宮殿だった。
それを除いた建物のほとんどが、恐竜たちの暴走によって倒壊していた。
これほどまでに自分の領地を荒らされているにも関わらず、ベルゼブブはまだ静観を決め込んでいる。しかも、注いだジュースも一切減っていない。
だが、この広場一帯の空気には砂が混じったままであった。
(せめて、これ切れよ……ん、待てよ。この砂はホムンクルスにも効果があるってことは……)
「まだまだ戦えるぞ、この悪党テオボルドめェッ!」
矢を抜く暇さえ忘れて、パトロクロスが突撃する。テオボルドの元に迫るまでの移動距離に応じて、空気中の砂が彼のHPを削り……いよいよそのメーターが半分になった。
パトロクロスが至近距離に踏み込んで来たとき、彼の両手足で燃える炎が、全身に広がった。
「『エイダンパーンチ』ッ!」
テオボルドはエルフ特有の魔力感知能力でも、勇者になるまでの研鑽でもなく、純粋な生存本能で、紙一重で横へ跳んだ。
パトロクロスの右拳が、テオボルドがいた空間を貫いた直後、まっすぐ火炎が飛び出し、そこにあった民家と、それを踏み潰そうとしていた首長竜を燃やし尽くす。
「……あいつやっば」
ベルゼブブはようやくジュースに口をつけた。だが、まともに味が伝わってこない。彼女は今まで前線で戦ってこなかったため、パトロクロスの第二形態を見たことがなかった。
「うおおおおッ! おれは最強のユーシャだあああッ!」
テオボルドは無意識に斧を構えた。衝撃波や音波の類が発されたわけではないのだが、その雄叫びは、骨の髄が熱を帯びたような感覚を味わわせた。
「ね、ねーテオボルドだか。くれぐれもアイツをあーしのほうに寄せつけないでくんない」
「だったら砂を全部地面に戻してくれないか、ベルゼブブ!?」
「じゃあ、あーし知ーらない」
「一気にカタを付けてやるッ! 『ヨハネスキパンチ』! 『キルデリクキック』!」
テオボルドは、パトロクロスの連撃を、かなりの間合いを取って避け続ける。
一撃一撃の重さに応じた火炎放射があるので、前以上に反撃を与えるのが困難になった。
「……【ストロングアロー】!」
途中、ヤケクソ気味に放った矢が、パトロクロスに命中し、そして燃えた。
見た目に反して、あらゆる攻撃を燃やし尽くして防ぐというわけではないのは、幸いだったが、これはむしろ、第三形態への移行を待ち構えているようにも捉えられた。
まだ底が見えていない以上、下手にダメージを減らしまくって、第三形態を暴発されても困る。
テオボルドは仮に隙と思しき瞬間を見つけたとしても、すぐさま食らいつこうとはせず、護身と分析に集中する。
「お次はこれだ、『スタエルパンチ』!」
「いちいち名前を変える意味もわからねえしよォッ!」
パトロクロスの正拳を、テオボルドはその場にしゃがんでかわす。
その正拳から放たれた炎は、ブルータルゴリラへ突進していた恐竜に炸裂した。
「おお、なんか助かった!」
その火炎が止んだ瞬間、テオボルドは斧に魔力を注ぎ入れて、
「【アックスバースト】!」
豪快にパトロクロスを斬り、宙へ跳ね上げる。
手早く薬草を噛みちぎり、HPを五割に戻したあと、大の字に倒れるパトロクロスを見下ろして、
「人の町を壊して、自分の仲間を傷つけて……こんなのがユーシャなのかよ、お前」
パトロクロスは四肢を一つ一つ地面につけて、ゆっくりと起き上がる。
「そうだろうが……エイダン、キルデリク、ヨハネス、スタエル……ユーシャ全員、大勢の魔物と、その頂点に立つ魔王を殺した……って、オレはそう読んだんだ……!」
「……第二次勇者パーティーの伝記か?」
勇者、エイダン・ラーマン。
戦士、キルデリク・ヴィルヌーヴ。
魔術師、ヨハネス・フィンチャー。
司祭、スタエル。
人類の未来と、現代に続く四人パーティーの伝統を作り出した栄光の勇者たち。
その物語はあらゆる作家たちによって翻案され、今もなお人々の心を惹きつけてやまない。
このパトロクロスもまた、そのうちの一冊の伝記から、エイダンパーティーに憧れを持っていたのだ。
「だとしても、お前読み込み浅くねえか? 魔法系ジョブのスタエル様とヨハネスは言わずもがな、エイダンも将軍も格闘はあんましないってのに、何故それをパンチやキックにあてがうんだ」
「それと、その本は某から借りパクしているものでありますよ」
と、ロシュフォールは翼竜を下敷きにして着地しながら補足する。
パトロクロスは拳闘の構えを作り直す。
「こんなんがユーシャなのかと言ったな……そうに決まっている! それも確かに読んだ! ユーシャとはどんな犠牲を払ってでも、正義を果たすんだって……」
このとき、壊すものが無くなり、退屈していた要塞のような甲羅を持つ恐竜が、主であるはずのパトロクロスを平気で軌道に置いて、宮殿へと突進した。
パトロクロスは燃える手でそれを受け止め、全身に火を移した状態で、放り投げた。
「……!? やったなあいつ……!」
その先にあるのは宮殿だった。ベルゼブブは一帯にある砂を集めて壁を作り、恐竜からの延焼を防ぐ。
「ねー、パトロクロス、その人間とだけ相手しててよ。あーし巻き込まないでくんないかなー」
「おれに指図する気か、ベルゼブブ!」
「!?」
ベルゼブブはチェアの背もたれにベッタリ張り付く。
「ユーシャたちは邪魔者たちを全員殺すことで、ユーシャになれたんだ!
だから……知ってるだろ、おれはお前も、ロシュフォールも、モランも、なんならおれの言いなりになっていない魔物も、全員殺すつもりだってよォッ!」
パトロクロスは跳躍し、ベルゼブブへと殴りかかる。
するとバルコニーに通じる扉から、セベックが飛び出し、身を挺して盾となる。
「うぎゃああああッ!」
たちまちセベックの身体が燃え上がる。
「「だ、大丈夫かセベック!!??」」
宮殿内で休んでいたホーロケとイドラーも、ここに駆けつけ、仲間の危機に目を疑った。
刹那、パトロクロスがそこを狙って飛び上がる。
「【ストロングアロー】!」
だが、背中の中心に矢が突き刺さったことで、パトロクロスは宙返りして広場に落下した。
ベルゼブブは砂を集めて、セベックの身体へ一気に振り落として鎮火する。
「ホーロケ、イドラー……今度はあんたたちが助ける番」
「「は、はい!! ベルゼブブ様!!」」
二人がかりで担がれるセベックへと視線を合わせるベルゼブブに、テオボルドは呼びかけた。
「それからお前も宮殿に引っ込んだほうがいいんじゃないのか、ベルゼブブ?」
「……いい、せめて見てなきゃ……めんどいけど……」
空気中の砂が完全に無くなった。
テオボルドはダメージを受けずに走れる喜びを噛み締めつつ、パトロクロスの側に移って構える。
「ベルゼブブの言うがままになったのは癪だが……お前の今の相手はこのオレ! あっちこっちつまみ食いするな!」
「だったらおれの言うとおりにして……とっとと灰になって島から消えろ! 『スタエルパンチ』ッ!」
この時、テオボルドは炎のことを忘れて、パトロクロスの右ストレートを掴んだ。
そして返す刀で一本背負いに、パトロクロスを地面に叩きつける。
「まず、オレとしてどうしても気に食わない点を一つ指摘させてもらう。
スタエル様を攻撃技の名前に使うな! かの御方は司祭であり、むしろ人を癒す方だ!」
「だがそれ以前にユーシャだ! ユーシャが第一にすべきなのは、敵を殺し尽くすことだったはずだ!」
パトロクロスの起き上がりざまの頭突きに対して、テオボルドは斧の頭を打ち付けて、もう一度倒す。
「……オレがエルフじゃなきゃ、こっちを先に言うべきだったんだろうがな……
おいパトロクロス、確かに勇者たちは『言い換えれば、魔族や魔物たちを大量に殺すこと』で、正義を示したのかもしれない。
けどよ、どいつもこいつもそうしたわけじゃないし、殺すべき奴にもいくらばしか慈悲を込めてやってんだよ、今の勇者たちもな!
大体にしろ、勇者だろうがそうじゃなかろうがにしろ……正義ってお題目掲げれば何をしたっていいわけじゃないッ!」
パトロクロスは身をよじり、テオボルドから離れて改めて安全に立ち上がった。
「……正義のために敵を倒して何が悪い……!」
テオボルドは目に血を滲ませて、即座に返す。
「その正義のために罪もなく殺された奴らを、オレはよく知っている」
【完】




