第10話 vs崇拝のホムンクルス、ベルゼブブ
ベルゼブブ領、本拠地の中心。宮殿前広場にて。
テオボルドとロシュフォール、それとブルータルゴリラの三人は睨みつける。
巨漢人獣モンスターの親衛隊三体……の後方にある、宮殿のバルコニーで、一人の少女がガーデンチェアに腰掛け、足を組んでくつろいでいた。
この者が、テオボルドら三人の今回のターゲット……ロスデモ島の四領主かつ、ホムンクルスの一人『ベルゼブブ』である。
テオボルドは、視線と視線の間に挟まる親衛隊たちのピリついた空気に配慮しながら尋ねる。
「テメ……貴方が、ベルゼブブ……様でございますかな?」
「そ。で?」
あまりにも短い返答だったので、テオボルドたちは反応に遅れた。
「……オレはテオボルド! この島に流れついたところを拾って貰った縁から、こちらのロシュフォールさんと共闘している者だ!」
「ええっ、卿が初めに付いたのはモラ……」
ホムンクルスの耐久性を信じて、テオボルドは目にも止まらぬ速さのエルボーを、ロシュフォールの頬に打ち込み、黙らせる。
それから小声と早口で、
「南で交戦中のモランとの関係をぼかしておいたほうが戦略的に有利だろ、正直に話さんでくれ、ロシュフォール……」
「は、はあい……」
「ふーん。どーりであのロシュフォールがあーしの庭に来たと思った。自分の作ったお人形ばっかとあそんでるのにね。
んで、どーゆー感じで来たの、助っ人?」
テオボルドは一歩踏み出し、力んで言った。
「か、可能な限り、この島での争いをやめて、ロシュフォールさん含む他の領主と和平を結べ……ば、嬉しいのですが……よろしいですか?」
「やだ」
テオボルドはふいに過剰に重心が前に向いてしまう。腕をグルグル回してなんとか倒れないようにこらえた。
「バッサリやられましたなあ……いやはや、ベルゼブブ様らしい反応でございました」
ベルゼブブは上半身を斜めに傾け、ますますリラックスした体勢で座り直す。
「つーより、別にあーしが他の三人と戦いたくて戦っているわけでないし。
そっちら三人が攻めてるのと、あーしの子分たちが勝手に攻めてるだけだし。
ロシュフォール、あんたと、ここにいないモランとパトロクロスら全員ここであーしに従うと誓えば、まるーくラクラク収まるんじゃないの、これー?」
「「「然り!!! ベルゼブブ様のおっしゃる通りである!!!」」」
親衛隊たちが武器をガチャつかせて囃し立ててきた。
「それは言えてるかもしれんけどよ……領主たちの性格からして、そう長くはもたないのも事実だろうがよ」
モランは征服欲が非常に強く、常に争いを求めている。
ロシュフォールは武芸への飽くなき求道心を持ち、そう安々と腰を据える気配がない。
そんな彼らを、自分の信者を悪びれなく放し飼いにしているベルゼブブが管理できるはずがない。
まだ見ぬ最後の領主、パトロクロス……その存在を頭に浮かべた瞬間、テオボルドは、出発前に言われたモランの忠告を思い出す。
『この作戦においての大原則を最後に伝えておく。
――なるべく迅速に決着させろ。
下手に長引けば、パトロクロスが介入して、事態はより過酷かつ混沌とする』
「……ロシュフォール、あと、ゴリラ」
「いかがいたしましたでありますか?」
「おう、どうしました?」
「これ以上の講話は無理だ。だから、お前たちの得意な力を使うぞ……」
「ああははあ、それは名案でありますな」
テオボルドは二重の意味で、バルコニーにいるベルゼブブへ弓を引く。
「オレたちはテメエらに屈しない! こうなったら意地でもねじ伏せてやらあ!」
「はあ、めんどー……」
ベルゼブブは傾けた上半身を、チェアの背もたれと角度を合わせる。そして二回、手を叩いた。
「これだから反乱軍は好かんのだ!」
「ベルゼブブ様には指一本も触れさせん!」
「その台詞、そのまま返してやる!俺たちの忠誠の証で頭をぶん殴ってなあ!」
親衛隊たちは、たった三人で地鳴りのようなけたたましい足音を立て、無礼者たちを潰しにかかる。
無礼者の一人……テオボルドは構えた弓を下へ方向け、中央にいるワニ人獣『セベック』に矢尻を合わせた。
「どうせ効かんと思うが……【ストロングアロー】!」
魔力を込め、勢いよく放った矢は、セベックの胴に突き刺さった。
一瞬目をつぶり、疾走のリズムを崩したが、
「本当に効かないぞこれは」
空いた手で矢を抜き、横二人に追いついた。
(大型に睡眠毒が回りやすい法則が崩れたな……魔王軍にいたら、幹部の側近くらいはくだらないだろうな)
「アオオンッ!」
「ウララァッ!」
オオカミの人獣『ホーロケ』の棘付き棍棒と、サイの人獣『イドラー』のハンマーが同時に降りかかる。
(これはいくらなんでもパワー負けするっての……)
テオボルドは安全を優先し、素直に後転して回避。
「ふぉおおんッ! な、並の魔物ながらなかなか手応えがありそうでございますな!」
二体の大型武器の攻撃は、入れ替わるように駆けてきたロシュフォールが受け止めた。
「なんで避けた攻撃を拾うんだよお前!?」
こちらもホムンクルスの一角として、一.七倍ほどあるモンスター二体の力に抵抗するという形で、肉体の強さを示して見せた。
だが、双剣を介して武器を抑えている両腕は、やはりというかプルプル震えていた。
「ありゃりゃ……これは長持ちしませんですなあ」
「ほら言わんこっちゃない……ゴリラ!」
「あ、はい。【バーンスローイング】!」
ブルータルゴリラは五歩ほど後ろに下がり、火の玉を投げまくる。
これで牽制している間に、ロシュフォールに避難してもらおうという算段だった。
しかし、実際に怯む前に、セベックが、前二体の間から巨大ノコギリを振りかざしてくる。
「だったらこれも食らえ!」
テオボルドはカバンから取り出してすぐ、イガグリを投げつけた。
ホーロケとイドラーの間、セベックの手前で、イガグリは炸裂し、トゲを撒き散らす。
これでようやく親衛隊が怯む。ロシュフォールはそそくさと後退した。
「……ロシュフォール、これでわかったか」
「はい、一体だけであれば苦なくやり合えるでございましょう」
「……転んでもタダでは起きない。か。ちゃんと言えば、勝手に転がって来たってのに」
見ればわかることだったが、あの巨漢を二体以上同時に対処するのは困難。
テオボルドたち三人はバラバラに散って、親衛隊たちを切り離す。
セベックはロシュフォールが応戦。
それに加勢しようとするホーロケを、テオボルドが側面から弓矢でチマチマ攻撃しつつ、好きあらば果敢に斧を振るってダメージを与えていった。
一方、
「ひえ〜〜! これは俺には荷が重すぎますって〜〜!」
「やかましいぞお前! ベルゼブブ様の反逆者は反逆者! 強弱に合わせて容赦などしない!」
ブルータルゴリラは雑に火の玉を投げながら、畑を耕すようにハンマーを振るいまくるイドラーから逃げ回っていた。
ホーロケのスネに蹴りを打ち込み、素早く回避をした直後、テオボルドは、たまたまその情けない姿を目撃して、
(もしもアイツがサンセマインだったら……って、考えちまうなあ)
「このすばしっこい奴め! スピードキャラは俺のもんだったつもりなのに!」
ホーロケの棍棒が袈裟に迫る。
テオボルドはすぐさま側転して、右の地面に棍棒を食い込ませた。
「別に俺も速さで売ってないっての。あと、オオカミの魔物はそういうイメージあるが、お前のそのドデカ図体じゃちょっと難しいぞ」
「言ってくれたなあー、セベックとイドラーよりはマシだというのによ!」
「はいはい、勝手にほざいてろ」
自分の料理がしやすいように、テオボルドは後ろ歩きでさらにホーロケから離れる。
するとその途中、テオボルドは突然と全身の重みを感じ、ふらついた。
(あれ……もうつかれたのか、まだそこまで戦ってないぞ)
この島では、勇者軍からの各種指南や、魔王軍との数々の戦闘で培った知識が、平然と裏切ってくる。
テオボルドはすぐさま自分の能力盤を視認し、状況を把握する。
目に見えて変化してたのは、HPだった。
まともに親衛隊たちの攻撃を食らったわけではないのに、HPが四割も減っていたのだ。
(状態異常にもかかったわけじゃない。それは、だろうな。このデカブツどもが搦手を使う必要はない。そんなヒマあったら武器を振って直に削ったほうが遥かにいいからな。だとすると……)
テオボルドが一瞥したとき、ベルゼブブはガーデンチェアに座ったまま、いつのまにか用意したジュースを飲んでいた。
『モランかロシュフォール、ベルゼブブの能力はわかるか?』
『砂を操る……とだけは知っている。奴はめったに戦地に立たぬからな』
『それでどういう技を用いるか……楽しみでありますなあ』
(奴の能力だな……)
その姿を据えた視界の中を、よく目を凝らして見ると、いくつかのザラつきがあった。
この一帯に砂を浮かせて、まるで空気をヤスリのように仕立てている。ベルゼブブは戦闘に直接参加せずとも、キチンと敵を苦しめていたのだ。
「ウラウラ! 休憩時間は用意してないぞ!」
ホーロケの攻撃を、テオボルドは気持ち最小限の動きで回避する。
この間、彼は得意の魔力感知を発揮し、全体のHPもチェックする。
ここにいる全員、動くたびにごく僅かにHPが減っている。
ブルータルゴリラ、親衛隊、ロシュフォールの順でそのダメージ率が低い。体格が大きい方が、空気中に固定された砂粒を弾きやすいため。と、推察する。
加えて、ロシュフォールは元の総合ステータスが高いホムンクルス。だからテオボルドと比べても、目に見える消耗が少ないようだ。
(こんな形でも制限時間を設けられるとは……もっと早く決着をつけねえと)
ホーロケの棍棒が横一文字に振るわれる。
「【グラスカッター】!」
テオボルドは斧を構えて、地を這うような低姿勢で突進。
巨体である故、高めの位置でよぎる棍棒の下をすり抜け、ホーロケのスネに強烈な一発をお見舞いする。
「ギャオーッ!?」
「からの、【アックスバースト】!」
すかさず膝を伸ばし、両手で握って魔力を注いだ斧を、ホーロケの胴鎧へ打ち込んだ。
会心の手応えだった。
テオボルドはようやくこのデカブツをよろめかせ、タイミングを合わせて跳ばなければ巻き添えになるほどの振動を起こさせて仰向けに転ばせた。
テオボルドは二回後ろへ飛びつつ、追い打ちの弓を引く。
だがその引き絞った矢は、山なりに飛んできた瓦礫への相殺に使うことに。
「大丈夫か! ホーロケ!」
「ああ。みっともないとこ見せてすまん、イドラー……」
イドラーは手を貸して、ホーロケを起き上がらせる。直後、二人は鏡合わせのように武器を構え、テオボルドを刺し殺すような憎悪に満ちた眼差しを向けた。
その遥か後ろでは、ブルータルゴリラが火の玉を投げようか投げないか、迷いながら震えている。あまりにも張り合いができず、イドラーに相手をされなくなってしまったようだ。
「あのゴリラ野郎め……マジでサンセマインだったら……」
「イドラー、さっきは一本取られちまったが、コイツもベルゼブブ様の御力でなかなか弱ってますぜ……」
「ならお前はむしろ頑張ったな。このまま二人でじっくり潰していけば……」
「「ベルゼブブ様に褒めてもらえるッ!!」」
「お前ら三度の飯よりベルゼブブ様がいいのかよッ!?」
「何を今更なことを言うのだこの人間よ!」
「お前はベルゼブブ様のことを何も分かってはいない!」
「この狭い島で何の目的もなく、気まぐれに喧嘩に明け暮れるだけだった俺たちを子分と認めてくれたのだ!」
「何事も許してくれる器の広さ、何人たりとも寄せ付けない強さ、春夏秋冬の絶景をいっぺんに集めても勝てない美しさ。それがわからぬか!」
「勉強が足りていないのだよ勉強が! 本当にこの島を平定したければまずそのベルゼブブ様の真価を知って臨むべきであった!」
「「故にお前を今すぐに力ずくでぶちのめす!!」」
ここまでの台詞は、わずか十秒で納まった。
「な、何言ってんだこいつらー!?」
二人は大一番に臨む儀式として、双方の武器と、空いた手で作った握りこぶしをかち合わせて、
「アオオオンッ!」
「フンガアアッ!」
偉大なる主に従わぬ反逆者に、親衛隊二名の同時攻撃が振り下ろされた。
テオボルドは咄嗟に斧を掲げて、この重たい一撃を受ける……
「いややっぱ無理だ!」
……寸前に、地面を蹴る。
あまりにも咄嗟の回避であったためか、テオボルドは満足に受け身も取れず、六歩分後ろの地面に右肩から激突した。
「オアアアッ!?」
「ガアアアッ!?」
同時に、ホーロケとイドラーも受け身無しで背中から、宮殿の壁に激突。その重量と勢いにより、軽いクレーターが生まれている。
テオボルドは、まず首だけを持ち上げ、煙越しに映るその姿へ、ほくそ笑んだ。
「真に大型モンスターに効くのは、こっちなのかも知れねえな……」
親衛隊二体が吹っ飛んだのは、テオボルドお得意の【加圧ぼっくり】の罠によるもの。
斧を構えて防御する気マンマンに見せておきながら、こっそりと足元に、加圧ぼっくりを転がしていたのだ。
加圧ぼっくりは、与えた衝撃の分だけ大爆発を引き起こす。
結局避けたテオボルドに代わって、巨漢二人の渾身の一撃を受ければ、あれだけの大ダメージが発生して当然だった。
おまけに、先の爆風で一時的に、付近の砂が吹き飛んでいた。
ようやくノーリスクで動けることに開放感を感じつつ、煙の止んだ地点でテオボルドは構える。
ふと左へ視線を向けると、
「力任せの剣技は剣技にあらず! そんなギザギザな剣なんて、こうでございます!」
「これは剣ではなくノコギリのつもりであああっ!?」
ロシュフォールが交差させた剣を、ハサミの要領で力を込めて、セベックの得物を柄付近から圧し切っていた。
ホーロケとイドラーはまだまだ目を回している。畳み掛けるには今しかない。
「おいベルゼブブ! 親衛隊たちはもうオレたちには勝てっこない!
お前ができる残りの行動は二つ、大人しく『オレたちの話を聞くこと』か! 椅子とバルコニーから降りて『自分で戦う』か! どっちかすぐに選べ?」
「……」
ベルゼブブは、不自然なまでに顔色を変えず、ジュース入りのグラスを傾ける。
その中身が空になるまで、しばしの沈黙が場を支配した。
「……時間稼ぎしないでくれませんですか、ベルゼブブ様!?」
「そうだ、ロシュフォール様の言う通りだぜ!」
「ぷはあ」という吐息と、側のテーブルにグラスが着く音を奏でたあと、ベルゼブブはようやく喋った。
「え、あーしも戦わなきゃいけない?」
「和平を結ぶのがガチで嫌だってんならな!」
ベルゼブブは遠目に見てもハッキリとわかるくらい、首をかしげた。
「だってまだ、敵いるじゃん?」
折られたノコギリの柄を構えて、セベックが叫ぶ。
「そそそそ、そうだ! まだ俺たち親衛隊がここにいる! ホーロケもイドラーももうじき復活……」
「いや、あんたたちはもうお休みしたほうがいい。さもないとめんどいことになるから……」
「は……」
セベックは大人しく構えを解き、壁に埋まったままの同僚二人の元へ急ぐ。
テオボルドたち三人は、見逃していなかった。
ベルゼブブが一瞬、口角を上向きにして、広場から遠くをチラっと見た様を。
南東の方角から、けたたましく足音が連なり鳴り響く。
当然のごとく、テオボルドたちはそちらへ振り向いた。
ここに来るまでに横を過ぎていった建物が、次々と壊れ、吹き飛び、めくれ上がっていく。
破壊音と瓦礫と砂煙とともに現れたのは、恐竜型のモンスターたち。
全体として、まるで騎士のような装飾が鱗に施されていた。
その先頭にいる、比較的細く、俊敏に二本足で走る小型の恐竜の上から、奴らの接近の足音に負けないほどの雄叫びが轟く。
「ユーシャってのは遅れてやってくるんだぜッ!」
【完】




