華国大書庫へ入り、古き知識と向き合ひしこと
華国大書庫。
その場所は、皇宮の中でも特別な意味を持つ建物であった。
皇帝が暮らす宮。
政治を行う広間。
美しさを追求した庭園。
それらとは違う。
ここにあるものは権力でも、財宝でも、武力でもない。
知識。
何百年、何千年という時間の中で、人々が残してきた記録だった。
高い天井。
壁を覆うほどの棚。
そこに隙間なく並べられた書。
紙の匂い。
墨の香り。
静かな空気。
初めて足を踏み入れた佐藤健一でさえ、自然と声を小さくしてしまうほどの場所だった。
「……すごいな」
佐藤は周囲を見渡す。
「図書館っていうより、歴史そのものって感じだ」
玲華は頷いた。
「ここには歴代皇帝の記録、各地の出来事、学問、詩、技術書まで保管されています」
「全て読む人いるのか?」
佐藤の疑問。
玲華は少し笑う。
「いません」
「あ、いないんだ」
「一人の人生では足りませんから」
その答えに、佐藤は改めて棚を見る。
一冊一冊。
誰かが書いたもの。
誰かが残そうと思ったもの。
それが、この数。
少し圧倒された。
その横。
御池貴光。
完全に動かなくなっていた。
「……」
大量の書物を見つめる。
いつもの軽虎を語る時とも、牛を見る時とも違う。
純粋な興味。
知りたいという目。
「貴光さん」
佐藤が声をかける。
「大丈夫?」
「うむ」
即答。
「素晴らしき場所なり」
貴光はゆっくり棚へ近づく。
「人が生きし証」
「考え、悩み、答えを探した跡」
「それがこれほど残されておるとは」
玲華は、その言葉を聞いて少し嬉しそうにした。
「そう言っていただけると嬉しいです」
「最近は、古い書など不要と言う者もおりますから」
その言葉。
貴光は振り返る。
「不要?」
「はい」
玲華は一冊の本に触れる。
「華国も変わっています」
「新しい技術」
「新しい考え」
「外の世界との交流」
「それらを求める者が増えています」
少し間。
「もちろん、それは悪いことではありません」
貴光は黙って聞く。
「ですが、中には古きもの全てを捨てるべきだと言う者もいます」
古いから不要。
新しいから正しい。
そう考える者。
「なるほどなり」
貴光は静かに言った。
「されど、新しきものも、いずれ古きものになる」
「……」
「古きものを知らぬ者は、新しきものも残せぬと思ふなり」
玲華。
少し驚く。
そして。
微笑む。
「やはり、貴光様は面白いですね」
「よく言われるなり」
その返事。
佐藤。
「意味違うと思う」
小声であった。
その後。
一行は大書庫を見て回った。
レンが興味を持ったのは戦記。
過去の戦争。
将軍達の判断。
戦わずして終わった争い。
「……」
レンは真剣に読んでいた。
佐藤が覗く。
「珍しいな」
「何が?」
「剣術書とかじゃないんだなって」
レンは少し笑う。
「昔ならそっちを選んでたかもな」
「今は?」
「戦わずに終わらせる方法を知りたい」
佐藤は少し驚いた。
昔のレンなら。
強い敵。
強い剣。
そういうものを求めていた。
だが、旅は変えた。
勇者とは敵を倒す者。
そう思っていた少年は、少しずつ違う答えを探し始めていた。
エレノアは魔法関連の書を見ていた。
しかし。
華国のものは、西大陸とは大きく違う。
「仙術……」
小さく呟く。
玲華が説明する。
「華国に伝わる技術です」
「魔法とは少し違います」
「自然に存在する力を借りる、と考えられています」
エレノアは興味深そうに読む。
「同じ現象でも考え方が違うのね」
未知。
それは恐れるものではなく、学ぶもの。
この場所は、それを教えていた。
そして。
数時間後。
「……」
佐藤。
あることに気付く。
「あれ?」
周囲を見る。
「貴光さんは?」
沈黙。
全員。
周囲を見る。
いない。
「え?」
フィアが心配そうな顔になる。
「迷子ですか?」
佐藤。
少し考える。
「いや」
「あの人の場合……」
数分後。
発見。
大書庫の奥。
大量の本。
その中心。
貴光。
普通に読んでいた。
「いた」
佐藤、安心。
しかし。
次の瞬間。
違和感。
「待て」
「貴光さん」
「何なり?」
「それ読めるの?」
華国の文字。
西とは違う。
当然。
読めないはず。
貴光。
答える。
「少し分かるなり」
「え?」
玲華も驚く。
「華国文字を学んだことが?」
「無し」
「では何故?」
貴光は文字を見る。
「完全には分からぬ」
「されど形、意味、流れ」
「似る部分あり」
佐藤。
少し考える。
そして思い出す。
貴光。
平安貴族。
つまり。
「漢文か……」
文化の繋がり。
世界は違う。
時代も違う。
だが。
奇妙なところで、知識が繋がった。
玲華は思わず笑った。
「本当に不思議ですね」
「遠い異国の方なのに」
「誰より華国を理解しようとしている」
貴光。
本を閉じる。
「知らぬものを知るは楽しいことなり」
ただそれだけ。
しかし。
その言葉こそ。
旅人として最も大切なものだった。
一方。
佐藤。
小さく呟く。
「……」
「華国来てから貴光さんの株上がりっぱなしだな」
そして。
少し考える。
「まあ」
「たまにはいいか」
今まで散々変人扱いされてきた平安貴族。
そんな彼が評価される場所。
それが、この華国だった。




