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ある日神の寄越し給ひし異形の獣に撥ねられて失せにければ異世界へ転生仕りき、されど能力の鉄の牛車召喚も黒き神境(?)とやらも使いよう皆無なり!  作者: イグアナ
新大陸・華国到達編

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305/313

皇都の市へ赴き、異国の文化と人々の暮らしを見しこと

 華国皇都で迎える二度目の朝。


 宮廷の空気にも少しずつ慣れ始めし御池貴光一行は、この日、玲華の案内により皇都の市へ出ることとなった。


 皇宮。


 それは確かに美しき場所であった。


 整えられた庭。


 静かな廊下。


 礼を重んじる人々。


 されど国というものは宮だけに存在するものではない。


 そこに暮らす民。


 日々の営み。


 声。


 匂い。


 それら全てを見てこそ、その国を知ることができる。


「せっかく華国まで来たのですから」


 玲華は穏やかに言った。


「宮廷だけ見て帰るのは勿体ないでしょう?」


「それは助かる」


 佐藤健一は頷いた。


「正直、ずっと宮廷だと緊張するしな」


 その言葉にエレノア・シルヴァリアも同意する。


「分かるわ」


「綺麗だけど、ずっと姿勢正してる感じがするもの」


 一方。


 御池貴光。


 首を傾げる。


「そうなりや?」


「貴光さんは馴染みすぎなんだよ」


 佐藤、即答。


「普通、皇帝と茶飲んで詩の話とかしないから」


「茶を飲み語らふことは普通なり」


「その普通の基準が違うんだよなぁ」


 そんな会話をしながら、一行は皇宮の門を越えた。


 


 皇都の街。


 そこは宮廷とはまた違う美しさがあった。


 広き通りには多くの店が並び、人々の声が響く。


 果物を売る者。


 茶葉を扱う者。


 美しき布を並べる者。


 細工物を作る職人。


 旅芸人。


 料理人。


 数え切れぬほどの人々が、それぞれの日々を生きていた。


「おお……」


 フィアは目を輝かせる。


「すごい人ですね」


 玲華は頷いた。


「皇都は大陸中から人が集まりますから」


「地方ごとの品も多くあります」


 レンは周囲を見る。


「平和だな」


 何気ない言葉。


 しかし、勇者である彼だからこその言葉だった。


 争い。


 魔物。


 戦場。


 それらを多く見てきた。


 だからこそ。


 普通に笑う人々の姿が目に入る。


 玲華。


 少し嬉しそうに答える。


「そう見えるなら、良かったです」


 その声。


 少しだけ意味深であった。


 レンは気付いたが、今は何も聞かなかった。


 


 しばらく歩くと、佐藤はある店の前で止まった。


「ん?」


 そこでは薄い生地に肉や野菜を包んだ料理が売られていた。


 香ばしい匂い。


 湯気。


「うまそう」


 素直な感想。


 店主は笑う。


「異国の兄ちゃん、食ってくか?」


「あ、言葉通じるんだ」


 佐藤が驚く。


 玲華が説明する。


「皇都は商人も多いので、他国語を学ぶ者もおります」


「なるほど」


 佐藤。


 購入。


 一口。


「……」


「うまっ」


 完全なる感想。


 それ以上でも以下でもない。


 フィアも食べ、笑顔になる。


「美味しいです」


 エレノアも頷く。


「香辛料の使い方が違うのね」


 そして。


 貴光。


 一口食べる。


 静かに目を閉じる。


「……」


 しばらく考え。


「良き味なり」


「素材を殺さず、香りを添えるもの」


「作り手の心感じたり」


 店主。


 目を丸くする。


「兄ちゃん、料理人か?」


「違うなり」


「貴族」


「貴族!?」


 店主、驚く。


 佐藤。


 横で呟く。


「普通はそういう反応なんだよな」


 


 その後。


 一行は様々な店を巡った。


 フィアは装飾品。


 エレノアは魔法とは違う華国の道具。


 レンは武具。


 それぞれ興味を持つ。


 そして。


 貴光。


 足を止めた。


 そこは。


 筆と紙の店。


「珍しいな」


 佐藤が言う。


「武器でも食べ物でもなく?」


「当然なり」


 貴光。


 筆を手に取る。


「文字とは心を残すもの」


「良き筆は良き言葉を生む」


 店の老人。


 その言葉を聞き、目を細めた。


「若いのに面白いことを言う」


「西の者か?」


「うむ」


「遠き地より参りたり」


 老人は笑った。


「なら一つ書いてみるか?」


 その提案。


 貴光。


 受けたり。


 紙。


 筆。


 墨。


 静かなる時間。


 周囲の客達も興味深そうに見る。


 異国人が何を書くのか。


 そして。


 貴光は筆を動かした。


 華国の文字ではない。


 彼の故郷の文字。


 されど。


 線。


 流れ。


 迷いなき動き。


 そこには確かな鍛錬があった。


 老人。


 静かに見る。


「……文字は読めぬ」


「だが」


「良き字だ」


 貴光。


 軽く礼をする。


「ありがたき言葉なり」


 その光景。


 佐藤は不思議な気持ちで見ていた。


 今まで。


 何度も思った。


 この人は変だと。


 もちろん。


 実際変である。


 しかし。


 それだけではなかった。


 御池貴光という人間の中には、確かに積み重ねたものが存在している。


「……」


 佐藤。


 小さく笑う。


「何なり?」


「いや」


「貴光さんって、本当に貴族だったんだなって」


「今更なり」


「本当に今更」


 二人。


 静かに笑った。


 


 夕刻。


 皇宮への帰り道。


 空は赤く染まり、街には灯りがつき始める。


 玲華は、その景色を眺めていた。


 民の声。


 笑顔。


 賑わい。


 それを見る彼女の顔は、皇女ではなく、一人の少女のものだった。


「この景色を守りたいのです」


 小さな声。


 しかし。


 確かな意思。


 レン。


 それを聞く。


「玲華」


「お前、何か抱えてるだろ」


 玲華。


 少し沈黙。


 そして微笑む。


「勇者様には隠せませんね」


「勇者だからじゃない」


 レンは答える。


「旅してると、そういう顔を何度も見る」


 玲華は何も言わなかった。


 皇都の灯り。


 美しき景色。


 その奥にあるもの。


 華国という巨大な国の姿が、少しずつ見え始めていた。

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