華国の朝、茶と詩と異国の貴族語らひしこと
華国皇宮。
朝。
柔らかき光が庭へ差し込み、池の水面を静かに揺らしていた。
鳥の声。
風に揺れる木々。
遠くより聞こえる宮廷楽の音。
西大陸の城とは、やはり違う。
そこは権力者が住む場所でありながら、同時に一つの巨大な芸術品のようでもあった。
佐藤健一は客室より庭を眺めながら、小さく息を吐く。
「……慣れないな」
昨日まで。
旅。
魔物。
戦い。
野宿。
軽虎。
そういう生活だった。
それが突然。
皇宮。
高級料理。
使用人。
礼儀。
「差がすごすぎるだろ」
思わず呟いた時。
後ろより声。
「何がだ?」
レンであった。
「いや」
佐藤は振り返る。
「少し前まで巨大な虫と戦ってたんだぞ?」
「ああ」
「その前は魔王」
「ああ」
「その前は神界」
「ああ」
「で、今」
佐藤は周囲を見る。
「宮廷で茶飲んでる」
沈黙。
レン。
少し考える。
「……確かに変だな」
「やっと気付いたか」
佐藤は苦笑した。
普通ならば一生経験しないような出来事。
それを短期間で経験しすぎている。
そして。
何より不思議なのは。
「貴光さんが一番馴染んでることなんだよな」
その言葉。
レンも否定できなかった。
その頃。
庭園。
御池貴光。
玲華と共に歩いていた。
宮廷の庭。
池。
橋。
石。
草木。
一つ一つを眺めながら進む。
「この庭は、百年以上前の皇帝が造らせたものです」
玲華が説明する。
「四季それぞれで違う姿を見せるよう作られております」
貴光。
静かに頷く。
「良き考えなり」
「花は咲く時のみ美しきにあらず」
「散る姿にも趣あり」
玲華。
少し驚く。
「散る姿にも……ですか?」
「うむ」
貴光は池に落ちた花びらを見る。
「終わりもまた一つの景色なり」
「変わりゆくからこそ、人は心動かされるもの」
玲華。
黙って聞いていた。
この男。
最初は奇妙な旅人だと思った。
鉄の牛車を連れ。
不思議な仲間達と旅する者。
しかし。
話すほど。
違う一面が見えてくる。
「貴光様の故郷は」
「華国に似ているのですね」
「似て非なるものなり」
貴光は答える。
「されど」
「美しきものを愛でる心は同じなり」
玲華。
静かに微笑んだ。
しばらく後。
茶室。
玲華の提案により、一行は華国の茶を学ぶこととなった。
静かな部屋。
美しき器。
香る茶。
エレノアは興味深そうに見ていた。
「こういう文化もあるのね」
「はい」
玲華は頷く。
「茶はただ飲むものではありません」
「相手を迎える心も含めて茶なのです」
その説明。
貴光。
普通に理解。
「なるほどなり」
一方。
佐藤。
「……」
飲む。
「うまい」
終了。
「俺だけ感想が小学生」
自分で言った。
フィアは小さく笑う。
「でも美味しいと思うことも大切だと思います」
「優しいフォローありがとう」
そんな平和な時間。
久々であった。
だが。
その空気を変えたのは。
一人の男。
宮廷官であった。
「失礼いたします」
部屋へ入り、礼をする。
「玲華皇女殿下」
「本日の詩会についてですが」
玲華。
少し表情を変える。
「ああ、今日でしたね」
「詩会?」
佐藤が尋ねる。
玲華は説明する。
「宮廷の者達が集まり、詩を作り、教養を競う場です」
「へぇ」
佐藤。
頷く。
そして。
次の瞬間。
気付く。
「あれ?」
視線。
貴光へ。
詩。
貴族。
季節。
文化。
「……」
「まさか」
貴光。
首を傾げる。
「何なり」
「いや」
佐藤。
信じられない顔。
「貴光さんの得意分野来た?」
その言葉通り。
今まで一度も無かった。
剣でもない。
魔法でもない。
現代知識でもない。
純粋に。
御池貴光が本来学んできたもの。
午後。
宮廷詩会。
多くの貴族達が集まった。
その中には。
昨日から貴光達を警戒していた者達もいた。
西から来た者。
皇女が連れ帰った謎の客。
彼らを見る目は、決して好意だけではない。
一人の若き貴族が口を開く。
「西の方々も参加されるとか」
「ならば、その教養を見せていただきたいものですな」
明らかな挑発。
レン。
少し眉を動かす。
しかし。
剣の場ではない。
ここで怒れば負け。
その時。
貴光。
静かに前へ出た。
そして。
庭を見る。
風を見る。
散りゆく花を見る。
しばらく。
何も言わず。
やがて。
静かに詩を詠んだ。
華国の形式ではない。
異国の言葉。
異国の響き。
されど。
そこに込められた意味。
季節。
時間。
人の心。
それは伝わった。
会場。
静まり返る。
玲華。
微笑む。
佐藤。
呆然。
「……」
「本当に活躍してる」
エレノア。
少し笑う。
「だから言ったでしょ」
「貴光は元々貴族なのよ」
「いや分かってる」
佐藤。
頷く。
「分かってるんだけど」
少し間。
「あの軽トラが全部邪魔してた」
正論であった。
一方。
詩会の奥。
ある貴族。
静かに目を細める。
「……面白い」
「ただの異国人ではないか」
華国。
宮廷。
ここでは。
力よりも。
知が試される。
そして。
御池貴光という男は。
初めて。
本来の場所に近き世界へ立ったのであった。




