果てなき海へ漕ぎ出し、鉄の牛車も船に乗りしこと
朝。
港町。
普段ならば魚売り達の声響き、商人達の行き交ふ賑やかなる場所。
されど。
この日。
人々の視線は、一隻の船へ集まりたり。
グラン・オルフェの造りし船。
誰も越えたことなき東の海。
その先を見るためだけに造られし船。
多くの者は笑ひたり。
「海の向こうなど何も無い」
「夢物語だ」
「命を捨てる気か」
そう言はれ続けた船。
されど今。
その船は。
初めて本当に海へ出ようとしていた。
⸻
「よし」
グラン。
船員達へ指示を出す。
「荷物確認!」
「水、食料、予備帆、全部積め!」
船員達。
慌ただしく動き回る。
一方。
港の端。
問題の物。
軽虎。
「……」
船員達。
見る。
鉄の箱。
見る。
牛。
見る。
また鉄の箱。
一人。
静かに呟く。
「……本当に積むのか?」
佐藤健一。
頷く。
「分かる」
「俺も最初からそう思ってる」
別の船員。
「馬車なら分かるんだが……」
「馬車じゃない」
佐藤即答。
その瞬間。
後ろより声。
「牛車なり」
「違う!!」
もはや条件反射であった。
御池貴光。
不思議そうに首を傾げる。
「牛が牽くゆゑ牛車なり」
「その理論だと何でも牛車になるんだよ」
「ならば何なり」
「……」
佐藤。
軽虎を見る。
軽トラ。
しかし。
エンジン使えず。
牛牽引。
不壊。
異世界。
「……」
「何なんだろうな」
ついに本人も分からなくなりたり。
⸻
数時間後。
どうにか積載完了。
軽虎は船内下層へ固定された。
そして。
黒牛二頭。
船へ乗る。
「もぉー……」
明らかに不満げ。
エレノア・シルヴァリア。
苦笑する。
「牛って船酔いするのかしら」
「知らん」
佐藤、即答。
「そもそも牛を海越えの旅に連れてくこと普通ないだろ」
しかし。
貴光。
黒牛の頭を撫でたり。
「案ずるな」
「新しき景色見に行くのみなり」
黒牛。
少し落ち着く。
「……」
佐藤。
それを見る。
「そういう所だけ妙に上手いよな」
人間相手には意味不明。
されど。
牛とは通じる。
不思議なる男であった。
⸻
昼。
ついに。
出航。
帆。
大きく広がる。
風受け。
船動き出す。
港。
少しずつ遠ざかる。
大陸。
彼らが旅した場所。
出会ひ。
戦ひ。
笑ひ。
多くの出来事があった場所。
それが。
少しずつ。
小さくなる。
「……」
佐藤。
甲板より眺めたり。
「変な感じだな」
レン。
横へ来る。
「何がだ?」
「いや」
「今までさ」
「どれだけ遠く行っても、同じ大陸だったじゃん」
「……」
「今回は本当に知らない場所なんだなって」
レン。
少し笑ふ。
「怖いか?」
佐藤。
少し考える。
「まあ」
「ちょっとな」
そして。
「でも楽しみでもある」
レン。
頷く。
「俺もだ」
⸻
夕方。
船。
既に周囲は海のみ。
右を見ても。
左を見ても。
青。
フィア。
静かに海を眺めていた。
「すごいですね……」
エレノア。
隣に立つ。
「世界って広いわね」
魔王との戦い。
それが世界の全てだと思っていた。
だが。
違った。
知らぬ土地。
知らぬ人々。
知らぬ文化。
世界にはまだ。
見ていないものが多すぎる。
⸻
夜。
甲板。
貴光。
一人。
月を見る。
そこへ。
佐藤。
「何してんの?」
「月見なり」
「あー」
「それは平安っぽい」
珍しく納得。
貴光。
静かに言ふ。
「同じ月なり」
「え?」
「場所変われど」
「海越えようとも」
「空にあるものは変わらぬ」
佐藤。
黙る。
また。
たまに出る。
普通に良い言葉。
「……」
「やっぱ貴光さんって、たまにちゃんと貴族だよな」
「常になり」
「それは違う」
即答。
貴光。
少し不満げ。
⸻
その頃。
船の下。
軽虎。
静かに揺れる。
黒牛。
眠る。
鉄の牛車。
ついに。
陸を離れたり。
行き先。
誰も知らぬ海の先。
新たなる大陸。
そこで待つものを。
この時の彼らは。
まだ知らなかった。




