北の翼、雪原に残りしこと
東へ。
海を目指す旅。
そう決めし御池貴光一行であったが、すぐに出発とはならざりき。
何故なら。
別れねばならぬ者達がおりければなり。
北方の村。
かつて巨大なる虫の群れに襲われ、滅びの危機に瀕した場所。
されど今。
そこには再び人の声あり。
壊されし家々は直され。
道には人が歩き。
子供達の笑い声すら響いていた。
その中心。
一機の鉄鳥。
Il-2。
静かに雪原へ翼を休めていた。
「……本当に残るのか」
佐藤健一、少し寂しそうに言ひける。
目の前。
ヴィクトルとアレクセイ。
二人の兵士、静かに立っていた。
ヴィクトル、何かを答える。
いつもの如く。
ロシア語。
「…………」
佐藤。
「最後まで分かんねぇ」
苦笑しける。
貴光、横に立ち訳す。
「この地には守るべき者あり、とのことなり」
「……そっか」
佐藤、頷く。
彼らは兵士。
異世界へ来ようとも。
時代が違おうとも。
その本質は変わらず。
何かを守る者。
この北国には。
彼らを必要とする人々がいた。
「まあ確かに」
エレノア、遠くの村を見る。
「あんなもの見せられたら頼りたくもなるわよね」
村の子供達。
Il-2を見上げていた。
「鉄の鳥だ!」
「守り神だ!」
「また飛ぶ?」
アレクセイ。
それを見て、小さく笑う。
言葉は通じずとも。
何となく。
伝わるものはあった。
「……」
佐藤。
少し考える。
「でもさ」
「何?」
「結局あの飛行機って何なんだろうな」
エレノア首傾げる。
「何って?」
「いや」
佐藤、Il-2を見る。
普通なら。
燃料が必要。
弾薬が必要。
整備が必要。
だが。
あの機体。
何故か飛ぶ。
何故か直る。
そして。
何故か。
異世界の空に存在している。
「……」
「考えたら負けだな」
佐藤、自分で結論を出した。
その時。
後ろから声。
「いや考えろよ!!」
田所源三である。
彼は最後までIl-2周辺を歩き回っていた。
完全に整備士の目。
「おかしいだろ!」
「エンジンあるんだぞ!」
「機械なんだぞ!」
「なのに壊れねぇんだぞ!?」
佐藤。
「軽トラもそうじゃん」
「それもおかしい!!」
即答。
源三。
頭抱える。
「なんで俺の周りには整備士泣かせの機械しかねぇんだ……」
一方。
貴光。
当然のように言う。
「丈夫とは良きことなり」
「そういう問題じゃねぇ!!」
いつもの流れであった。
やがて。
本当の別れの時。
ヴィクトル。
アレクセイ。
二人は一行を見る。
レン。
静かに言う。
「また会えるといいな」
貴光、訳す。
ヴィクトル。
少し笑い。
答えたり。
貴光。
頷く。
「空ある限り、また会える」
「そう言ひたり」
しばし沈黙。
佐藤。
「……」
「かっこいいこと言うな」
そして。
少し悔しそうに続ける。
「直接聞けないけど」
全員、少し笑ひたり。
その後。
黒牛二頭。
軽虎へ繋がれる。
がらり。
鉄の牛車。
再び動き始める。
雪道。
ゆっくりと。
いつもの速度。
時速四キロ。
後ろ。
ヴィクトル達は敬礼していた。
異世界の旅人達へ。
そして。
貴光達も振り返る。
「さらばなり」
貴光、静かに言う。
遠ざかる村。
小さくなる鉄鳥。
北国での戦い。
出会い。
別れ。
それら全て。
確かに存在したもの。
しばらく進んだ頃。
佐藤。
ぽつりと呟いた。
「寂しくなるな」
エレノア。
頷く。
「そうね」
しかし。
貴光だけは違った。
「別れとは終わりに非ず」
「お?」
佐藤が見る。
貴光。
遠き空を見る。
「再び会ふ日までの間なり」
「……」
珍しく。
普通に良い言葉。
佐藤。
少し感心しかける。
その時。
貴光。
「されど通訳疲れたり」
「最後で本音出たな」
こうして。
北の鉄翼との旅は終わりたり。
次なる目的地。
東。
大陸の果て。
まだ見ぬ海。
そして。
その向こうに広がる。
未知なる世界へ。
鉄の牛車は。
今日もゆっくり進み続けるのであった。




