馬鈴薯、生まれを語りしこと
港町の夜は、王都とは異なる静けさありけり。
昼には漁師の声響き、商人ら行き交ひ、船の鐘鳴り続けし港も、夜となれば波の音ばかり目立つものなり。
宿の窓より見ゆる海は黒く染まりたり。
遠き船の灯り、星の如く揺れておりけり。
「海とは不思議なるものなり」
貴光、窓辺より外を眺めながら呟きける。
「昼も夜も動いておる」
「波だからな」
佐藤答へたり。
「池とは違ふなり」
「まあ、規模が違うしな」
部屋には一行集まりたり。
明日の予定を決めるためなり。
されど。
机の上。
一つ、妙なる光景あり。
馬鈴薯。
座りたり。
否。
置かれておりたり。
「……」
エレノア、じっと見つめたり。
「何でしょう」
ポテ彦問ひたり。
「いや」
エレノア少し困りたり。
「もう一緒に旅してるから慣れてきたけど」
「はい」
「冷静に考えたらやっぱり変よね」
「何がでしょう」
「全部よ」
当然なり。
眼鏡掛けた馬鈴薯が宿の机で会議に参加しておる。
慣れとは恐ろしきものなり。
「そういえば」
レン、ふと思ひ出したやうに言ひける。
「前聞いた時、お前喋れる理由を努力って言ってたよな」
「左様です」
ポテ彦頷きたり。
「いや」
佐藤、手を振りたり。
「努力で済む範囲超えてんだよ」
「努力は大切です」
「そういう話じゃない」
ポテ彦。
しばし黙りたり。
眼鏡の位置を直し、少しだけ窓の外を見たり。
「……そうですね」
「?」
「皆様には、話しておくべきかもしれません」
先ほどまでとは少し違ふ声なり。
フィアも静かに耳を傾けたり。
「私は」
ポテ彦言ひける。
「元々、ただの馬鈴薯でした」
沈黙。
「いや」
佐藤眉を寄せたり。
「そこは予想通りなんだよな」
「続き聞きなさいよ」
エレノア注意したり。
ポテ彦は続けたり。
「遥か昔……と申しましても、皆様ほど長くはございませんが」
「ある冒険者がおりました」
「冒険者?」
村上聞き返したり。
「はい」
「異世界より来たりし者」
その言葉に佐藤とレン、少し反応したり。
転生者なり。
この世界に幾人も現れし、不思議なる者たちなり。
「その方の能力は」
「自我付与」
「物や植物に、考える力を与える能力でした」
「そんな能力あるのか」
佐藤呟きたり。
レンは腕を組みたり。
「まあ、俺らの能力考えたら無くはないか」
軽虎。
ポテチ。
スマホ。
確かに今更驚くほどでも無かりけり。
「その方は旅の途中、偶然一つの馬鈴薯へ能力を使いました」
ポテ彦。
静かに言ひたり。
「それが私です」
部屋、静まりたり。
波の音のみ聞こえたり。
「最初は何も分かりませんでした」
「言葉も」
「世界も」
「自分が何なのかも」
「ですが、その方は私に様々なことを教えてくださいました」
文字。
言葉。
知識。
世界。
一つずつ学びたり。
やがて一つの馬鈴薯は、自ら考え、自ら歩むようになりけり。
「そして」
ポテ彦少し誇らしげにしたり。
「王都国立大学農学部へ進学しました」
しん。
急に現実へ戻りたり。
「そこなんだよな」
佐藤呟きたり。
「何でしょう」
「いや、すげぇ努力してるのは分かる」
「はい」
「でも馬鈴薯が大学行ってる絵面が追いつかねぇ」
ポテ彦、少し考へたり。
「入学当初は目立ちました」
「だろうな」
「ですが三ヶ月もすれば慣れられました」
「慣れるの早いな王都」
さすが異世界なり。
様々な者おりければ、多少のことでは驚かぬものなり。
フィアは少し微笑みたり。
「でも、素敵な方だったんですね。その冒険者さん」
「はい」
ポテ彦答へたり。
「私に人生をくれた方です」
珍しく。
部屋には穏やかなる空気流れたり。
海風。
月明かり。
過去を語る馬鈴薯。
妙な光景なれど、確かに一人の旅人の話なり。
その時。
貴光。
静かに口開きたり。
「一つ問ひたきことあり」
「はい」
ポテ彦向き直りたり。
「何でしょうか」
貴光。
真剣なる顔なり。
「その者」
「はい」
「何故、馬鈴薯に力を使ひしや?」
沈黙。
「……」
ポテ彦止まりたり。
「……」
佐藤も止まりたり。
「……」
レンも止まりたり。
波の音だけ響きたり。
「……確かに」
佐藤、小さく言ひたり。
「そこ一番謎だな」
「いや、今聞くところ?」
エレノア呆れたり。
「でも気になるわ」
フィアまで言ひたり。
ポテ彦。
少し考へたり。
「……」
「実は」
「うむ」
「私も聞いたことがありません」
全員。
黙りたり。
「聞かなかったのかよ」
レン突っ込みたり。
「生まれた時からそうでしたので」
「まあ本人からしたらそうか……」
佐藤、妙に納得しかけたり。
かくして。
感動的なる過去話は、最後に妙な疑問を残して終はりけり。
されど。
ポテ彦が歩みし道。
それ自体は変はらぬものなり。
ただの馬鈴薯として生まれ。
一人の冒険者と出会ひ。
学び。
今ここに居る。
それだけは確かなことなり。
その後。
明日の予定も決まりたり。
港を見て回り。
船を探し。
さらに先の地へ進む。
久方ぶりの、ただの旅なり。
「普通の冒険みたいだな」
佐藤呟きたり。
「元より冒険なり」
貴光答へける。
「いや」
佐藤、少し考へたり。
軽虎。
神界。
魔王。
今までの出来事思ひ返したり。
「……そうだったか?」
答へは出なかりけり。
夜風、静かに宿を通り抜けたり。
明日もまた、旅は続くのでありけり。




