真実
『すまない。』
あの声を聞いたことがある。
同じように泣きそうになりそうな声だった気がする。
(・・・そうだ。あの声を聞いたのは澪ちゃんが殺された日に・・・)
そこで私はハッと目を覚ました。
真っ先に目に入ったのはタイル張りの天井。
辺りを見渡すがカーテンに囲まれているため周囲の状況を把握することはできない。
「ここは・・・?」
ベッドに横になっていた身体をおこすと身体が少し軋む。
どうやら長い時間眠ってしまっていたらしい声はかすれていた。
手を伸ばしてカーテンを開けると近くにいた看護師と目があう。
「あ!久世さん。目を覚ましたんですね。
すぐ先生を呼んで診察してもらいましょう。」
そう言って看護師はパタパタと病室を出ていった。
診察に来た医師から診察を受ける。
幸いにも軽い打撲だけで済んだようだ。
医師や看護師にあの日何があったのか尋ねた。
けれど詳しいことを知る人はいなかった。
わかったことは私が怪我をしてこの病院に運ばれたこと、ただそれだけだった。
検査のためもう1日入院し退院することになった。
治療費もすでに支払われているから安心してほしいと言われ、
一体誰が支払ったのかを尋ねても答えてくれる人はいなかった。
まるで煙に巻かれているような気分だった。
けれど私には1つだけ確かな確信があった。
退院した翌日、私は学院へと出勤していた。
奇しくも今日は卒業式だ。
式が終わったあとの学院内は閑散としている。
皆外で記念写真を撮っているのだろう。
楽しそうな声がカウンセリングルームにも届いていた。
物思いにふけっていると扉が開いた。
「先生から呼ばれるなんて珍しいね。
休んでいたみたいだけれど、体調は大丈夫?」
卒業証書を手にした彼は心配そうにしている。
「えぇ。もう大丈夫よ。一条君。」
彼は普段と変わりない。
けど手がかりは確信に変わっていた。
どうして忘れていたんだろう。
「君に聞きたいことがあるの。」
「何?」
「9年前、私たちは会ったことがあるわよね。」
彼は途端に困ったような顔をして笑った。
「・・・・思い出したんだ。」
思っていたよりも簡単に白状する彼に拍子抜けする。
「ずいぶん簡単に認めるのね。」
「あぁ、それを思い出してるってことはもうどんな言い訳をしても無駄だからね。
それに、もう話さなければならなかった。」
覚悟を決めたような彼の様子に自分のなかで今までの感情が溢れた。
「・・・・・君に聞きたいことはたくさんある。
どうして澪ちゃんが、私の友人が殺されなくてはならなかったのか。
あの男が何者で、どうなったのか。
どうして私が狙われたのか。
わからないことがたくさんあるけど
でも、それよりも聞きたいことは・・」
彼はもう笑っていなかった。ただ私を見つめていた。
「・・・あなたが仕組んだことではないのよね?」
申し訳なさそうな、悲しそうな彼の表情は泣き出しそうに見えた。
「あぁ。俺が仕組んだわけじゃない。
先生も、先生の友人も巻き込まれただけなんだ。俺たちの都合に。」
「どういうこと?」
「先生を攫ったあの犯人・・・俺の腹違いの兄なんだ。」
「え?」
「幼いころから兄弟仲は決していいものじゃなかったんだけど
家の都合で、俺たちの仲がは一気に悪化したんだ。
それこそ、対立するくらいにね。
けど、俺にとっては家のことも兄のことも興味がなかったから関係ないと思ったんだ。
放っておけばいいと思っていた。
けど結果としてそれがあの人にとって1番気に食わないことだったみたいだ。
だから兄は俺を陥れる方法を考えた。
・・・俺が最も苦しむ方法をね。」
「あなたが、苦しむ方法。・・・まさか」
あの男は言っていた。
私が唯一なのだと。
「・・・朝陽先生、あなたのことだよ。
あなたは、俺の番なんだ。」
(私が、一条君の番?)
鬼の番に対する執着心はとても強い。
日常生活ですら番を傍において離さないほどだ。
番が異性と同じ空間にいることも良しとしない。
けれど彼がそんな素振りを見せることは一度たりともなかった。
「でも・・。」
「信じられない?まぁ、当然だ。
鬼は人間が考えるよりもはるかに憶病なんだよ。
特に番に対してはね。」
自虐的に笑う彼はとても嘘をついているように見えない。
「俺は9年前、あなたという番を見つけていたんだ。
言葉にできないくらい嬉しかったよ。
柄になくはしゃいで、あなたに喜んでもらえるように迎えるつもりだった。
けれど、迎えに行くつもりだったあの日、事件が起きた。
俺がもっと周囲に気を配っていれば、あなたの友人が殺されることもなかった。
全部俺のせいだったんだ。」
「・・・どうして、今まで黙っていたの?
どうして、3年前から会いに来ていたの?」
「俺のせいで友人を亡くしたあなたにどんな顔をして
あなたは俺の番なんだと愛していると言えばいい?
どうすればそんな恥知らずな真似ができる?
・・・少なくとも、俺にはできなかった。
せめてけじめをつけるまではね。」
「けじめって・・まさか。」
「そう。俺はずっとあいつを追いかけていたんだ。
同族殺しの犯罪者である、腹違いの兄をね。
せめてあいつを捕まえるまではあなたに打ち明ける資格はないと思った。
けれど、結果として追い詰める前にまたあなたを危険な目に合わせてしまった。
あなたとあなたの友人を巻き込むことになってすまない。
俺のせいだ。本当にすまなかった。
俺は、あなたの鬼として失格だ。」
司樹は困惑したままの私に頭を下げた。
「あいつは然るべき裁きを受ける。
もうあなたが襲われるようなことはないから安心してほしい。
あなたが俺の顔も見たくないのであればその意志に従う。」
彼の言っていることは真実なのだろう。
けれどすぐに全てを受け止めることができない。
「・・・・・正直言って今すぐ答えを出せない。
友人が殺されたことも、犯人のことも
君が関わっていたことも気持ちの整理がつかないから。」
「あぁ。当然だ。」
私がそう言うと彼は傷ついた顔をしながらも諦めたような顔をした。
初めから結果がわかっていたかのように、少し俯いた。
「・・・・だけど、だからと言ってあなたを憎む気持ちにはならない。」
私の言葉にハッとしたように彼は顔を上げて
「・・・・・・ありがとう。」
噛みしめるように薄く笑った。
「朝陽先生。これだけは忘れないで。
俺はずっとあなたのことを思っている。
どんなに離れてたってあなたのことを
あなたの夢を俺が1番に応援している。」
司樹は私の手を取ると祈るように自分の額に当てた。
その姿はまるで忠誠を誓っているかのように見えた。
「必ずまたあなたに会いに来る。
どうか、その時に答えを聞かせてほしい。
どんな答えだったとしても、あなたの気持ちを受け入れる。」
司樹は悲しそうに微笑むと私の手を離して、部屋を出て言った。
1人残された部屋には外からの楽しそうな声だけが聞こえていた。
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