互いの目指す未来
鬼神とのお茶会を終えて琥珀に付き添われながら帰路につく。
―――心が無いんだ。
平然とまるで当たり前のことのように告げられた事実が頭に残っていた。鬼の始祖となる心を持たない鬼神、その先祖返りである司樹、鬼神の大切な人が願ったという鬼と人間が共存する社会。前回と同様に与えられる情報量とそのスケールに頭の整理が追いつかない。
(玻璃様は鬼と人間の種族間の溝を無くして共存していくことを目的としている。だけど、それを無くすことが出来なかったから私を協力者にしようとしているのね)
それなら彼の言葉も納得できる。心を持たないという玻璃であれば、種族間の溝という心理的な問題を解決することは困難を極めるだろう。だから他者の力を求めたんだろう。
ぼんやりと先ほどのやりとりについて考えていると目の前から思いもしない人物が歩いてくるのが見えた。向こうもこちらに気づいたらしい。顔を上げてこちらを見ると眉をひそめた。
「・・・・お前は・・」
琥珀の背後を歩いている私の姿を見て顔をしかめたのは西部の当主、涙だった。挨拶をすべきだろうかと口を開く前に前を歩いていた琥珀が私を隠すように一歩前に出た。
「涙、何故ここに?」
「・・・・あの方と謁見の約束がある。そいつこそ、何故ここに?」
そいつとは間違いなく私のことだろう。琥珀の大きな背中で涙の姿は見えなくても今どんな表情をしているのかなんとなく想像がつく。
「彼女は正式に玻璃様から招待を受けてここにいる」
「招待・・・だと?ただの人間が・・」
涙の言葉に内心ひやりとした。鬼を尊んでいる言動をする彼のことだ、私が彼らの始祖となる鬼神と個人的に会うことは不快極まりないだろうということは容易に想像がつく。私の緊張を感じ取ったのか、琥珀はちらりと私を振り返ると再び涙へと向き直る。
「今私は司樹の代わりとして彼女に同行している。もし彼女を侮辱するような言動があれば私が容赦しない」
「・・・・・」
琥珀の警告するような言葉に涙は黙り込んだ。涙がどう出るのかわからない一触即発の空気のなかで涙ははぁっと大きなため息をついた。
「端から侮辱するつもりなどない」
ため息の後に告げられたのは少し拍子抜けするような言葉だった。気のせいだろうか、少しだけ彼の態度が軟化しているような気がする。何か心境の変化でもあったのだろうか。
「ただ聞きたいことがあるだけだ・・・・・おい、人間」
人間、と呼ばれて不本意ながらも琥珀の背から顔を出した。
「人間なんて名前じゃありません・・・久世朝陽です」
「どうでもいい」
軟化したと思ったけれど、そうでもないらしい。名前を伝えても心底興味がないという顔をされた。相変わらず人間のことは嫌いらしい。
「お前の目指す未来とは何だ?」
「・・・・え?」
問われた質問は予想もしないほど壮大なものだった。
「私の目指す未来、ですか?」
意図がわからなくて思わず質問された内容を繰り返した。
「そうだ。お前の夢、目的とする未来とはどんなものなんだ」
私を見る真剣な眼差しからはからかいが感じられない。少し考えてからゆっくりと口を開いた。
「私は・・・人間も鬼も差別されることなく、対等な存在として生きていける未来を望みます。今のように鬼が恐れられることも人間が鬼を恐れることもなくしていけるように、長い時間をかけて出来てしまったお互いの誤解を解いていきたいんです」
「誤解だと?誤解なんかじゃない。お前も知っているはずだ。鬼がすべてに置いて人間の能力を上回る存在だということを。俺たち鬼の当主が使うあの方から授かった力を。突出した力に弱者が恐れを抱くのは当然のことだ」
「・・・・・でも、その力をどう使うかはその人次第です」
問われている意図はわからない。けれど、これは私が持つ信念だ。それを示すように目を逸らすことなく真っ直ぐに涙の目を見た。
「私たち人間だって同じです。誰かを傷つけることだってできるけれど、わざと傷つけようとする人はごく限られています。私たちはいつだって理性と思いやりを持って誰も傷つけないように手を取り合って生きている。人よりも優れた力、人にはない特別な力を持っているとしても鬼という存在を全て恐れる必要はない。だってあなたたちはずっと証明してきたではありませんか。鬼という存在が不用意に人間を傷つけることはしないと」
「それは理想論だ。実際に俺たちの力を見て恐れを抱くものは大勢いる。特になんの力も持たない者は本能的に異質な存在を忌避し敬遠する。だから長きにわたって我々鬼と人間が分かり合うことなどなかった。それがお前に変えられるのか?」
「そのために私はカウンセラーになったんです」
微笑んで言い切ると涙の目が驚いたように見開かれた。
「恐れや恐怖を抱くのは当然です。だって自分にとって未知の存在で、自分よりも遥かに強い力を持っているんですから。けれど私たちには交わすことができる言葉がある。お互いのことを知って、理解を深めることで無意識に作ってしまった壁を崩すことができるんです。私はそうやってあなたたち鬼を理解して生きていきたいんです」
私の語る未来はきっと私の命の時間ではたどり着けないだろう。けれど、この行動の先にきっと理想とする未来が待つことを信じて歩くことしかできない。わずかな歩みだったとしても分かり合うことをやめてしまえばそこで終わってしまうのだから。
「お前の理想とする未来には・・・・そこには・・」
涙は何かを問いかけようとしたけれどぐっと口を引き結んだ。
「・・・・あの・・」
何を言おうとしているのか尋ねようと口を開いたけれど、それを拒否するように涙が首を振った。
「何でもない・・・・もう、いい。聞きたいことはそれだけだ」
それだけ言うと涙は邸の奥、私たちが来た方へと歩いて行ってしまった。本当にただ質問したかっただけだったらしい。
(・・・・・聞きたかったことに答えられたのかな・・)
去り際の涙の表情を見てなんとなく気にかかった。すっきりしたわけではない、何かを考えるような涙の顔はどこか思いつめているようにも見えた。鬼を尊ぶ思想をもつ西部の当主。今すぐにわかり合うことはできない。思想を違える原因となった私の存在を良しとしない涙は今の話を聞いて何を思ったのだろうか。
「司樹は良き番と巡り合えたな」
「・・・え?」
なんとなく涙の背中を見送っているとポツリと琥珀が呟いた。驚いて見上げると深緑色の瞳が慈愛を含んだ目で私を見下ろして微笑んでいた。
「では行こうか。司樹も君の帰りを心待ちにしている」
その笑顔に呆気に取られていると琥珀は背を向けて再び私を先導するように前を歩き始めた。ちらりと後ろを振り返ったけれど、すでに涙の後ろ姿は見えなくなっていた。あいてしまった距離を埋めるために少し早歩きで琥珀の大きな背中を追いかけた。
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