鬼神のお茶会
「ようこそ。君が来るのを心待ちにしていたよ」
現実離れした美しい庭園のなか、綺麗に整えられた東屋で玻璃は私を出迎えた。既に顔を晒しているからか、頭巾をかぶっていない彼は何度見ても少し恐怖を感じるほどに美しい。この茶会に招かれたのは東部に帰ってきてから翌日のことだった。見計らっていたかのように帰宅してすぐに従者の鬼が招待状を持ってやってきて今に至る。
「お招きいただきありがとうございます」
「堅苦しい挨拶は不要だ。さあ、こちらに座ってくれ」
相変わらず招待されたのは私だけ。司樹は立ち入り禁止区域の外で待ってくれている。前回と同様に琥珀がここまでの付き添いをしてくれたが、すでに立ち去っておりこの場には私たちしかいない。玻璃に自分の向かいの席に座るように促されて用意されていた席につく。そこには以前と同じく私を歓迎するように焼き菓子や淹れたての紅茶が用意されている。
「各地の調査から戻ったばかりだというのに呼び出してすまないね」
やはり私たちの動向は知っていたらしい。当然のようにさらりと出た労いの言葉にもあまり驚くことは無かった。
「いえ・・・私はただついて行っただけですから」
「そうか、君の負担になっていないのならいいんだ。司樹も頑張ってくれたようだね」
その言葉がやけに引っかかった。各地で起きている番の誘拐事件はもとはと言えば鬼神からの要請を受けて調査を開始したものだ。それなのに指示を出したはずの玻璃はどこか他人事のように流している。
(・・・司樹がすでに報告したのかな?)
報告を受けていたとしても、今回の結果に悲観する様子もないことが気になる。まるでそれを見越していて驚いていなか、もしくは興味がないかのように。そんなことありはしないのだろうけど。戸惑ったまま紅茶を飲んでちらりと玻璃に視線を向けると左右で色の違う目が私を見た。
「さて、本題に入ろう。前回会ったとき。君にした質問の答えを聞かせてもらえるかな?」
私の心情を知ってか知らずか、玻璃は何事もないように問いかけた。前回会ったとき、投げかけられて問いはたくさんあったけれど彼が言っているのは最後の言葉だろう。
『次回また会うときまでに考えてみてほしい。私が鬼という生き物を作り出した意味を』
あれから考えていた。目の前のこの鬼神がなぜ自分と同じ種族ではなく、鬼という別の存在を作り出したのか。自分の考えをまとめてからゆっくりと口を開いた。
「・・前回お会いしたとき、あなたは鬼が同じ種族同士で種を残すことを禁忌だと言いました。そしてその答えが自分であり、自分が鬼という種族を作ったとも。あなたの言葉で考えたことがあります・・・・けど、その答えを出す前に――」
テーブルの上に見せるようにして手に持っていたケーキ箱を置いた。突然の行動にも玻璃はあまり驚いた様子はなく、箱を見つめた。
「・・・これは?」
「手土産です。私が作りました」
「君が・・・そうか、後でいただこう」
「いえ、今一緒に食べませんか?」
箱から取り出したのは自作したマフィンだ。箱から取り出して有無を言わせずに玻璃の取り皿に乗せる。玻璃は目の前に置かれたマフィンを戸惑ったようにじっと見つめてから私を見て笑みを作った。
「・・・では、いただくよ」
玻璃は躊躇うことなくマフィンにかじりついた。私は玻璃の表情を見逃さないように彼の美しい顔をじっと見つめる。きっと私が感じていた違和感の正体の答えがここにあるはずだ。
「うん。苦くて、甘くて、辛い・・・個性的だけれどとても美味しいよ。私のために作ってきてくれてありがとう」
マフィンを食べる前と同じように玻璃は笑みを作った。けれど、その様子を見て私の中で1つの答えが出た。
「玻璃様・・・あなたは嬉しいとか、美味しいとかそういった心で感じるはずの感情が鈍いのではないですか?」
その瞬間、色の違う目に怪しい光が宿った気がした。けれど気づいたときには普段と変わらない様子に戻っている。玻璃は困ったように首を傾げた。
「おかしいな。手作りのものを貰ったときはこう答えることが正解だと学んだのだけど・・私は何か間違えたかい?」
決定的な答えにたどり着くと先ほどまでは違和感しか感じなかった玻璃の笑顔は仮面のように見えてくる。これが、私の感じていた違和感の正体だ。彼の受け答えはよく言えば模範的、悪くいえば表面的なのだ。
「先に謝ります。無礼にも玻璃様を試すような真似をして申し訳ありませんでした。・・・実はこのマフィン、とっても不味いんです」
私は自分で作ったそれにかじりつく。普通のマフィンにカラシとゴーヤを混ぜ込んだそれは案の定とても不味い。けれどこの予想外の一手を使うことで彼の違和感の正体に気づくことができた。
「それなら、普通私の味覚がおかしいのだと考えなかったのかい?この菓子が美味しく感じるほど奇特な味覚なのかもしれない」
私はその言葉に首を振って否定する。
「それはありません。だってここにある私たちのために用意されたお菓子はどれも素晴らしく美味しいものばかりなのに、あなたは私の前で決して口をつけようとしかなった。それは、表情の変化を見破られないようにするためじゃないんですか?」
私は目の前にならんだお茶菓子の内の1つを手に取って食べた。口に広がる小麦とバターの香りは上品で、やっぱりとても美味しい。食べた人が思わず笑みをこぼすような素晴らしい味だ。
「あなたの受け答えはまるでお手本みたいです。相手に威圧感を与えないように、笑顔で寄り添ってくれる。言葉と態度は一見すると私と同じ目標を持った仲間のように錯覚する・・・けれど、ずっと違和感がありました。あなたは笑っていてもその目はずっと探るように私を観察していましたから」
これが、私の出した答えだ。無礼なことは百も承知の賭け。毅然とした態度でいても内心は恐ろしい。目の前のこの鬼神は私の行動にどんな反応を示すのだろうと固唾をのんでいると玻璃は口角を上げて私を見た。
「・・・ふふふ、合格だ。久世朝陽。やはりカウンセラーを名乗るのは伊達じゃないね。対話の専門家には通用しないか」
友好の仮面が剥がれた玻璃の表情は笑っていてもとても冷たさを感じるものだった。自然と身がすくむような何か自分と違う生き物と対峙しているような気持ちになる。
「これまで数多くの人間と言葉を重ねて君たちの心を理解しようとしたとしたけれど、そのすべてを理解することはできなかった。利己的な人間ならまだわかりやすい。どうすれば手のうちで勝手に転がってくれるのかは決まったパターンがあるから。けれど、君のように心を重んじる人間はその予測がつかない」
観察記録を話しているような玻璃の言葉に今度は私が戸惑う番だった。
「あなたの理想は嘘だったのですか?私と同じように鬼と人間が差別なく共存できるようにするということは・・」
「まさか。それは私の本当の願いだ」
「・・・それなら、なぜ私にこの話を持ち掛けたんですか?」
自分にとって扱いづらい人間を協力者に据えることはさぞ彼にとって邪魔になるのではないだろうか。そう考えたけれど、玻璃にとってはそうではないようで穏やかに口元だけ微笑んだ。
「理由は2つある。1つは可能性を上げるためだ」
「可能性、ですか?」
「ああ、君は植物を種から育てたことはあるかい?野菜でも、花でもいい」
ぼんやりと小学生の頃の記憶を思い出す。たしかに小さな鉢植えに種を蒔くとき、小さな穴を作って何個か同じ穴に種を入れて土で蓋をした。水を上げて数日でいくつか芽が出た記憶がある。芽が出るものもあれば、出ないものもあった。それがどうかしたのだろうか。
「君はいわば種だ。私の欲しいものを実らせるための可能性の種。それは途中で枯れてしまうかもしれないし、思いがけない成果を得るかもしれない。私にとっては希望の内の1つ」
期待を込められているはずのその言葉に何の喜びもうかばない。だって期待されているのに、期待されていないような気がしてしまうから。私が表情をこわばらせても玻璃は言葉を続けた。
「そしてもう1つは君が司樹の心を芽吹かせたことだ。幼い頃、司樹は何に対しても無関心だったと聞いたことはないかい?」
真綿から何度か聞いたことがある。今では想像もできないけれど、他者に対して関心を持つことが出来なかった幼いころの司樹の話。それがどうかしたのだろうか。
「彼はね、現代では見ることもないほど濃い鬼の血を持った先祖返りなんだよ」
「っ!」
思わず息をのんだ。無関心な幼い司樹、それが稀に見るほど濃い鬼の血を持つことが理由なのだとしたら、目の前のこの鬼神は――
「先の君の言葉、少しだけ訂正しよう。私は感情が鈍いんじゃない。心が無いんだ。物事に対しても血族に対しても何の感情も湧いてこない」
わずかにずれていたピースがピタリとはまった気がした。私を思想を同じくする協力者と呼びながら正反対の存在だと言ったことも、扱いづらい人間でありながら手中に収めようとしたことも。
「・・・それなら、どうして私と同じ理想を描くんですか?鬼という存在を作りだして、人間と共存する未来を創ろうとするんですか?」
玻璃の言葉は余計に彼の理想とする願いの信憑性を低くしている。心がないなら願うこともないのではないかと疑心暗鬼になって問いかけた。返ってきた言葉は予想よりあっけなく、子供のようにあどけないものだった。
「ただ知りたいんだ。願いの行く末を」
「願い、ですか?」
「ああ。遠い昔君と同じように異なる種族の共存を願った者がいた。それを叶えたかった・・・いや、正確には叶えたいんじゃない。私に見えない景色を見ていた彼女の願いの行く末を知りたいんだ」
「彼女、ですか・・・?」
問いかけると玻璃は庭園の花を眺めていた空虚な目を私に向けた。
「君から見た私は寂しそうに見えるのかい?」
意図のわからない言葉だ。けれど、深く考えずに自分の感じたままの言葉を返す。
「・・・はい」
「・・・・そうか。昔、彼女も同じように私に言った。今もその言葉の意味がわからないままだ」
「・・・その人はどうなったんですか?」
なんとなく予想はついていた。けれど、代わりに願いを叶えようとするほど大事な存在に彼がどんな反応を示すのかが気になった。ざぁっと庭園に一際強い風が吹き抜けて髪を乱す。思わずうつむいてしまった顔を上げたとき、驚きで目を見開いた。
「死んだよ。あっけないほど、簡単に」
大切な者の死を語る玻璃は空虚な目をしながら薄く微笑みを浮かべていた。
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