帰還
屋敷の奥、許された者しか立ち入ることのできないその場所で真っ白な髪のその人はこじんまりとした庭園を眺めていた。テーブルの上には彼のために用意された紅茶と茶菓子が用意されているが手を付けた様子はない。紅茶からは湯気が立っておらず、すでに冷めきってしまっているだろう。けれど当の本人は気にする様子がない。
「・・・・東部の当主の調査は終了し、各地の当主に結果を報告しています」
「ご苦労」
「・・・玻璃様。よろしいのですか?」
「何をだい?琥珀」
一連の報告を終えた琥珀は少し戸惑ったように尋ねる。
「このまま野放しにしていてもよろしいのですか?すでに多数の被害がでております」
「もちろん。その行動もまた私が見届けるべき結果なのだろう」
玻璃は当然だと言わんばかりに肯定すると焼き菓子を1つ手にとり、欠片を地面に落とした。
「未然に防ぐことも結果を提示することも簡単だ。けれどそれでは何の意味もない。私の意志で左右されてしまうのであれば人形劇をしているのとかわらないからね」
菓子の欠片に気づいたらしい蟻がせっせとその成果を巣に持ち帰る。蟻の行動もそうだ。菓子を落とせば餌として巣に持ち帰ることを知っていれば、それはさせているのと同じこと。
「私はただ見届けるだけだ・・・私が作り出したこの箱庭の行く末を。すべては彼らの意志の先に私の求めるものがあると信じてね」
餌を与えられた蟻は巣に帰って仲間を増やしていく。その数はどんどん増えていくだろう。その結末は何を迎えるのだろうか。
「さぁ、私を楽しませてくれ」
―――これは私の積年の願いなのだから。
**********
司樹が帰ってきたのは西部と北部の調査に向かってから3日後のことだった。
「・・・それで?全体の調査を終えた結果はどうでした?」
「不可解だった」
「なんですって?」
司樹の短い答えに真綿が怪訝な顔をして聞き返した。
「同一人物による犯行なのはまず間違いない。不可解なのはまったくと言っていいほどにその証拠が挙がらないことだ」
「時間が経ってしまっていたからではないの?」
真綿の言葉に司樹は首を振った。
「時間の問題以前に犯行現場に共通して言えることがある。・・・それは、俺の力だほとんど役に立たないことだ」
司樹の力、それは水の記憶を読み取る力だ。今回の事件解決のための鍵になると言ってもいいその力が役に立たないということはどういうことなのだろうか。その答えは真綿が教えてくれた。
「まさか、水場がなかったということなの?」
真綿の問いに今度は頷いた。
「今まで起きていた事件とほとんど意味をなさない水の記憶、そして東部で事件が起きていないことでたどり着く答えがある」
「・・・まさか、犯人は司樹の力を知っているんですか?」
「おそらくは」
今まで気にしたことはなかったけれど東部は水の街だ。町全体に噴水や水路があり、雨が降ることも多い。水の力を持つ司樹にとっては町全体が自分の庭みたいなものだろう。東部で犯行が行われたとしたら犯人の足取りはすぐにつかめてしまう。だからこそ、今まで事件が起きなかった。
「・・・しかし、当主の力を知っている者といってもあまり絞られませんね。なにせ一族の鬼は当然のように知っているものですから」
「少なくとも人間という線はなくなった。それなら各当主が自分の領地の鬼を調べればいいんじゃないか?」
「簡単に言わないでください。どれほど時間がかかると思っているのですか。その間に次の被害者がでてしまいます。これは迅速に解決しなければならない問題です」
真綿は頭を悩ませるけれどいい案は思いつかないらしい。とりあえずの報告会は解散となった。今晩は真綿の屋敷に滞在し、明日東部の領地に帰還することとなった。
夕食を終えて入浴してあと、客室の扉の前で息を吸いこんだ。
気合を入れてコンコンっと扉をノックすると扉が開かれる。
「俺に用事?どうぞ、入って」
私の訪問してくることがわかったのだろうか、司樹は驚いた様子もなく私を部屋に招き入れた。テーブルの上には書類が山積みになっており、調査を終えても仕事に追われているのだとわかる。
「何の仕事をしていたの?」
「領地の報告書を呼んでいただけだよ」
あなたは気にしなくていい、と暗に言われているような気がした。
「・・・私にできることはある?」
「明日も早いから早く休んでほしい、くらいかな」
まただ。司樹はこうやって私に線を引く。大切に思ってくれているからだということはわかってる。それでも私は私にできることがしたい。だから私から一歩踏み込んだ。
「私はあなたの隣に立つ番として、できることをしたいの」
真っ直ぐに司樹の紺色の目を見返した。普段は線を踏み越えてくることのない私の言葉に驚いたのだろう。少し目が見開かれたけれど、すぐに妖しい光が宿った。
「朝陽、自分が言ってる意味わかってる?」
司樹は私の手を取ると壁際に追い詰めた。トンっと背中に壁の感触が当たる。
「鬼が番に求めることなんて決まってる」
その熱を持って私を見つめる目が答えていた。それが何を意味しているのかを察してごくりとつばを飲む。徐々に彼の顔が近づいてきて、思わず目を閉じた。けれど予想していた感触はなく、代わりに肩に重さが乗る。
「あなたはただ番としての立場や責任感に急かされているだけだ。あなた自身が俺の番になりたいと思っているわけじゃない」
目を開けると司樹は額を私の肩にのせていた。その姿はまるで何かに耐えているように見える。
「俺は・・あなたに傷ついてほしくない。悪いもの、嫌なものなくして綺麗なものだけを見せたい。ずっと笑っていてほしいから」
「司樹・・・」
名前を呼ぶと俯いていた彼が視線を向けてくれた。切ない表情をしている。真綿の言っていた通り、彼は自分の感情を持てあまして抱え込んでしまっているんだ。彼の抱えているものを分け合ってもらえるようにそっと背中に手を伸ばした。
「私、あなたのことが好きだよ」
「っ」
私の言葉に驚いたように司樹は顔を上げた。
「好きだから、1人で抱えこんでほしくない。私の願いを尊重してくれる気持ちが嬉しいけれど、その過程で生まれるもので傷つくとしても隠さないでほしい。あなたが私の願いを共に叶えてくれるというなら一緒に乗り越えていきたいの。私は、あなたの番だから」
「~~~~~くっ」
司樹は耐えるように呻き声を漏らして天井を向いたと思ったら、深いため息を1つついた。
「・・・・あなたの気持ちはわかった。けど、覚悟もないのにそんなことを言うのはずるい」
「覚悟?」
「俺と寝室を共にする覚悟」
「っ!」
今度は私が頬を染める番だった。
「いくら番の願いでも他人の家でどうこうするつもりはない。・・けど、次言葉にするときは覚悟しておいて」
耳元で囁かれて頬にキスを落とされた。
「っ・・・・お、おやすみなさい!!」
動機と羞恥心に耐え切れずに司樹の部屋から逃げ出して自分の部屋に駆け込んだ。両手で頬を押さえるけれどなかなか収まってくれそうにない。何度も先ほどの光景と感触がよみがえる。
「・・・私、経験ないんだから・・」
情けない独り言を呟きながらしゃがみ込んだ。その夜はなかなか寝付くことが出来なかった。
結局朝に再び顔を会わせたときにも思い出してしまい、私と司樹の様子で何かを察したらしい真綿と伊織から生暖かい視線を向けられながら朝食を食べることになった。
読んでいただきありがとうございます。




