西部の領地
1人の側近をつれてやって来た西部の地は、依然として閉鎖的な考えに囚われた古参の連中らしい陰湿な雰囲気が漂っていた。ここでは当然のように人間が見下され、まるで息をひそめるように生活している。この地では鬼の番として選ばれることは喜ばれることだった。なにせ絶対的な権力を持つ鬼の庇護下に入ることができるのだから。
以前はこんな考えをもっている鬼を見ても何も思うことは無かった。けれど今は考えるだけでも気分が悪くなる。
「俺を脅すとは良い度胸だな、涙。よほど東部と対立したいらしいな」
部下の鬼を従えて出迎えた西部の当主に開口一番に喧嘩を売る。けれど、仕方のないことだろう。あんな脅迫まがいの手紙を寄越されては。今思えば大事な番をこんな土地に連れてこなかったことは賢明な判断だったと思う。この土地の実態を知れば、人間と鬼の共存を願う彼女はその心を痛めるだろうから。彼女には、どんな些細な悲しみも与えたくない。
「お前とお話をするためだ。ああいう書き方をしないと番を連れてこようとするだろ」
言葉にはしないけれど、番を良く思っていないことが態度に出ている。涙が連れて来た鬼の部下もそうだ。思想を違えた原因である東部の当主に思うところがあるのだろう、表向きは貴賓として対応しているけれどその視線には侮蔑の色が滲んでいる。
「少し2人で話がしたい。席を外してくれ」
涙が連れて来た部下に声をかけると、彼らは一礼して姿を消した。自分の側近が俺の判断を確かめるようにこちらに視線を向ける。
(ちょうどいい機会だ。どちらにせよ、涙とは話をしなければならなかった)
涙の提案に従うように頷くと、側近も一礼して距離を取る。それを見計らったように涙が口を開いた。
「司樹、考えなおせ。番の思想に染まり、鬼としての権威を落とすことはやめるんだ。番への情で鬼の社会を乱すなど当主としてあるまじき行為だ」
「・・・涙。お前こそ鬼の当主としてこの土地の在り方に疑問を持たないのか?この土地に染みついた思想こそ、あの方の理想とするものと真逆であることはお前が一番よくわかっているはずだ」
「・・・・だからこそだ」
涙は低く呟くと険しい表情で俺を見据えた。その目には強い意志が滲んでいる。
「あの方を思えばこそ、我々は鬼の一族としての誇りを示さなければならない。人間など足元にも及ばない、尊いあの方の血族なのだから」
涙は鬼を尊ぶこの西部の中でも特に玻璃様に心酔し、崇拝している。それは他人に興味を持たない俺が見ていてもよくわかるほどだった。
「司樹、あなたは鬼の一族にとっての光だ。徐々に薄まりつつある尊い鬼の血を絶やさないためにも、あなたの存在が必要だ」
「・・・それを言うなら涙、鬼の一族にとっての希望はお前のはずだ。あの方が唯一希望だと認めたお前自身がそれを否定してどうする」
「俺は・・・・」
涙を顔を歪ませて唇を噛んだ。どうしてだろうか、その姿が子供の頃の涙の姿と重なった。子供のころの涙はよく俺の後をついて回っていた。何か特別なことをしたわけじゃない。力の強さに惹かれていたのだろう、まるで親鳥について回る雛みたいに盲目的に慕ってついてきた。涙は泣き出す前、よくこうやって耐えるように唇を噛んで顔を歪ませていた。
「考えなおしてくれ、また西部と共に鬼の未来を創ろう。あなたがいればあの方だって1人にならない、理想と違っても救いの道を見出すことができる」
「・・・俺が選ぶのは鬼の未来じゃない。番が望んだ、鬼と人間のための未来だ」
食い下がる涙の言葉をきっぱりと否定する。ここではっきりさせなければならない。自分たちの考えは相いれないこと、そして何を選ぶことが未来のために最善なのかを。
「考えなおすのはお前の方だ。お前が鬼の希望としてあの方の理想を実現していくんだ。そのためにいつだって東部は協力を惜しまない」
「鬼の・・・・希望」
「そうだ」
まるで導を失ってしまったかのように涙はどこか茫然としたまま呟いた。番の願いのためにも涙の存在は重要だ。あの方の言うように涙の存在が鬼の新たな未来を創っていくのだから。
「・・・・・よく、わかった」
長い沈黙のあと、うつむいたままの涙が呟く。その言葉にほっとした。
「時間を取らせたな。少し遅くなってしまったが事件のあった現場に向かおう」
まるでそれまでのやり取りを気にしていないように、さっぱりとした表情で涙は部下に声をかけた。
気のせいだろうか。顔を上げた涙の表情は以前よりもどこかよそよそしいもののような気がした。
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