当主の力
四家会議と鬼神のお茶会に出席して数日後、私たちは司樹が治める東部の地を離れて南部の地を訪れていた。鬼の始祖である鬼神との茶会は疑問を残したまま終了となった。茶会の中での会話のことは司樹に聞けずにいる。鬼神はまるで次回あったときの宿題のように私に問いを残していった。つまり、意味を考えてほしいということだろう。司樹も鬼神との茶会で何を話したのか察しているのだろうか、尋ねてくることはなかった。
「ご足労いただきありがとう、お2人とも。ようこそ、私の治める南部の地へ」
到着早々私たちを出迎えたのは伊織と真綿だ。車と飛行機を乗り継いでやってきたのは南部にある真綿の屋敷。普段であれば穏やかな雰囲気の2人も、今日はどこか緊張感がある。それもそのはずだ、今日私たちが南部を訪れていたのは、件の番誘拐事件の協力要請のためだ。当主たちから協力要請を受けるという大々的なものであったにも関わらず、今回の訪問は私と司樹、そして護衛についている者たちだけの少数だ。
「ゆっくりしていってくださいと言いたいところなのですけれど、すぐに取り掛かっていただいてもよろしいかしら」
「あぁ」
真綿の言葉に司樹は当然のように頷く。協力といっても何をするのか聞きそびれたまま当日を迎えてしまった。言われるままに真綿の用意した車に乗り込むと誘拐事件があったという現場へと向かう。
「慌ただしくてすまない。疲れてない?」
気遣うように司樹が私の顔をのぞき込む。南部までの移動に加えて現地での車の移動、正直疲れていないわけではないけれど心配させないようにと微笑む。
「大丈夫。急がなくてはいけないんでしょう?」
普段の司樹であれば私の体調を優先させる。有事だからということもあるけれど、それにしても急いでいる様子は何か他に理由があるように思えた。
車で到着した先は広い公園だった。普段であれば人が賑わっているのだろうその場所は今は規制線が張られていて自由に立ち入りできないようになっており、あちらこちらに警備員が立っている。当主の到着に気づいた警備員たちは敬礼をして、当主たちを迎える。
「お疲れ様です。先触れの通り、東部の当主に現場の案内を」
「はっ。かしこまりました」
「詳しい場所は彼が案内してくれます」
真綿が声をかけたのは現場管理の責任者なのだろう、司樹に深々と頭を下げた。司樹に続いて着いていこうとすると司樹は立ち止まったまま申し訳なさそうな顔をしている。
「司樹?」
どうしたのだろうかと司樹を見上げるとまるで言いたくないかのように司樹が重たい口を開いた。
「・・・すまない。少しここで待っていてほしい」
「?・・・わかったわ」
司樹から待つように言われたことに驚きながらも頷いた。普段の司樹なら私に待っていてほしい、と言うことはない。私が行く場所に司樹がついてくるし、司樹が行く場所ならついて来て欲しいというからだ。司樹が待っていてほしいと言うならそれだけの理由があるのだろうとすぐに了承したけれど、言った本人はなかなか私の手を握ったまま動こうとしない。
「あの・・・司樹?」
どうしたのだろう。司樹の顔をのぞき込んでも険しい顔をして黙ったままだ。
「・・・・彼女のことは任せて早く行きなさい」
動く様子のない司樹を一喝したのは業を煮やした真綿だった。呆れた様子で払いのける仕草をしている。司樹は私の手をぎゅっと握った後名残惜しそうに離した。
「すぐ戻る」
そう言って背を向けると誘拐事件があったという現場へと向かって行った。
「・・・まったく」
その様子を見て真綿ははぁっと息をついた。
「何かあるんですか?」
「この先は誘拐現場だからです。記憶をあなたに見せたくないでしょう。けれど誘拐事件のあった地でもあるから、離れたくもないのです。同じ鬼として気持ちはわかりますけれど・・」
「記憶?」
「朝陽さんはまだ私たち当主の鬼の力をご存じなかったのですね。なら、見ていただいた方が早いかしら」
真綿は優雅に微笑むと私に手のひらを見せるように差し出した。何があるのかと手の平を見つめているとまるで手品のように突然手のひらに炎が燃え上がった。
「えっ!火、火が!どうして?」
「安心してくださいな。これはただの火ではありません。触っていただいても大丈夫ですよ」
「え?」
言われるまま恐る恐る指で触れてみる。
「熱くない・・?むしろ温かい」
指先に触れているはずの炎に焼き尽くそうとする温度はなく、包み込むような温かさが心地いい。通常の炎であれば触れるまでに温かさを感じるが、真綿の作り出した炎は触れていないと温もりを感じない。不思議な感覚だった。
「これが南家当主の力。炎による治癒の力です。もちろん、攻撃用としての炎を出すこともできますが悔しいことに私の力では大した威力になりません。」
真綿は手を握りこむようにして炎を消した。
再び開かれた白く美しい掌には傷1つない。
「そして東家当主、司樹の力は水の力です。」
真綿は司樹が向かった公園の奥へと視線を向ける。
「水、ですか?」
「えぇ。水には記憶が宿ると聞いたことはありませんか?司樹は水に宿った記憶を見ることができるのです。水の量が多ければ多いほど鮮明に見ることができる。」
(・・・だから、急ぐ必要があったんだ)
ただでさえ事件から一週間以上も経過している。水が蒸発してしまえば見えるものも見えなくなってしまうから。急がなければならなかったこの状況にも納得できる。
「もちろん。水を生み出すことも可能です。朝陽さん。あなたは雨に降られることが多くありませんでしたか?」
「・・・そういえば」
たしかに、気にするほどでもなかったけれど思い返してみれば雨が降っていることは多かったかもしれない。
「司樹は私たち当主の中でも群を抜いて強い力を持つ鬼です。雨を降らせることで相手の位置を把握することもできるのです。けれど、負担も大きいものですし水害になりかねませんから。そう多用できるものでもありませんけれど。」
(水・・・・そう言えば・・)
司樹の部屋を覗いたとき、ガラス棚に飾られていた小さな小瓶。大切なもの、と言っていた司樹の言葉。
(あれは、もしかしたら・・・)
「朝陽。お待たせ。何もなかった?」
「司樹」
戻ってきた司樹の呼びかけに現実に引き戻される。思っていたよりも早く終わったらしい。
「私が側にいて何かあるわけがないでしょう」
「お前の場合は余計なことを言いかねないだろ。気まぐれに連れ出すかもしれない」
「失礼ね。そんなことない、と言いたいところですけれど否定はできませんわね」
「・・・お前な、いくら同性だからって他人の番に手を出すな」
「コホン。それよりも収穫はありましたか?」
わざとらしく咳払いをして話題を変えた真綿の言葉に司樹はちらりと私を見る。その視線の意味をいち早く理解したらしい真綿が険しい顔をした。
「司樹。いつまで目隠しをしているつもりですか。朝陽さんはあなたの、東部の当主の番です」
「・・・必要ない。俺が守り切ればいいだけの話だ」
真綿は先ほどの穏やかな様子から一転して少し厳しい口調で司樹を諫める。けれど言われた司樹は意に介していないように言い切る。まるで関係ないから口を突っ込んでくるなとでも言うように。しかしそんな司樹の様子にも慣れているのだろう、真綿も臆することはなかった。
「それで済むのは一介の鬼の番の場合です。彼女はすでに当主の番という目で見られているのです。何も見せない、聞かせないことは彼女が周囲の者から何も知る気がないと思われることと同義です」
真綿の言っていることはおそらく四家会議でのことだろう。番の誘拐事件について何も知らないことを涙にチクリと言われたのは記憶に新しい。ちらりと司樹の顔を見上げる。言いたくないのだろう、引き結んだ口がそれを物語っている。
「司樹」
黙り込んだ司樹の手を取る。少し驚いたように司樹の青い目が見開かれる。
「私もちゃんと聞きたい。あなたの番だから」
「・・・・・・わかった」
本当は関わらせたくない、耳に入れさせたくないことが如実に表情に表れている。本人にとっては不本意なのだろう。けれど、こういう場面で司樹は私の願いを優先してくれる。私を危険から遠ざけたいという思いも、怖いことは聞かせたくないという彼の思いも全て私を想ってのものだ。それを考えると嬉しい気持ちもある。けれどそうはいかない。真綿の言う通り、私は司樹の番だから。私が何も知らないことは司樹がそういう目で見られることも意味しているから。
「有力な手がかりはあまりなかった。現場の近くにめぼしい水場がないからはっきりとはわからないが、どうやら犯人は目星をつけた女性をすぐに誘拐しなかったらしい」
「どういうこと」
「逃げられそうで逃げられないくらいの・・・まるで獲物を追い詰めるように誘導している」
「・・・・」
司樹が言いたくなかった理由がよくわかる。追いかけられて体力を削られ、動けなくなったところを誘拐されるのはどれほどの恐怖だったのだろう。尋ねた真綿も一瞬黙り込んだ。
「・・・犯人の特徴は?」
「わからない。犯行が夜であったこともあって、映っていたのは実行犯の影だけだ」
「そう・・・。まぁ、いいでしょう。今しばらく翻弄されてあげます。
我が領地内で同族に手を出したことは必ず後悔していただきますから」
そう言った真綿の雰囲気は冷え切ったような、温度を上げて燃え上がったようなものに変わった。まるで熱を凌駕した青い炎みたいに。それが彼女の怒りを物語っていた。
結局大きな成果を得られず、煮え切らないまま私たちは真綿の屋敷へともどった。
読んでいただきありがとうございます。




