鬼神
司樹と途中で別れて琥珀に連れられてきたのは庭園の中にある東屋だった。屋敷に向かう途中に見た庭園とはまた違う。あれは来客を迎えるための庭園だったけれどここはもっとこじんまりとしていながらも洗練された美しさがある。限られたものしか見ることができない、まるで目の前に座る人物のようだった。
「改めて、ようこそ我が庭園へようこそ、東家の番」
頭巾に覆われて表情は見えないけれど、その声色はとても穏やかだ。茶の席についているのは私と鬼神の2人だけ。同行した琥珀はまるで使用人のように鬼神の傍に控えている。
「お茶菓子は人の世で人気だというものを取り寄せてみた。よければ食べてみてほしい。君の口に合うと良いのだけれど」
「ありがとうございます。いただきます」
そう言って茶器を手に取った。一口飲むとふわりと桃の香りが広がった。
「・・・おいしい」
「口に合ったようでなによりだ」
美味しい茶の風味に少しだけとがっていた神経が凪いでいくのがわかる。けれどそれも少しの間のことだった。
「2人で話をしたい。席を外してくれないか」
「御意に」
鬼神が側に控えていた琥珀に声をかけると、彼は一礼して背を向けて行ってしまう。
(まさか、2人きりになるなんて・・何の話だろう・・)
琥珀の姿がなくなってしまったことで少し心細く感じる。さっき出会ったばかりだけれど、目の前の鬼の中の始祖と呼ばれる人物よりかは琥珀の存在の方が親しみを持てる。鬼神は良くも悪くも雲の上の存在のようだ。目の前に座っているにも関わらず、現実味がない。
「そんなに緊張しないで。初めにも言ったとおり私は君という存在を歓迎しているんだ」
私の緊張を感じ取ったのだろう彼は穏やかに言った。
「君のことは知っているよ。鬼と人間の種族間の溝をなくそうとしている。司樹も君の考えに賛同して東部を統治し直しているからね」
「・・・私は、当主の番として相応しくないでしょうか・・」
少しだけ、ここに来てから感じていたことだ。涙の言っていた人間を卑下して鬼を尊ぶ言葉。そして鬼よりも遥かに高貴な鬼神という存在。住む世界が違うことを目の当たりにして自分がちっぽけな存在に思えてくる。
「誤解しないで欲しいのだけど私は賛同しているんだ。君の夢に。だからこそ今日、君をここに招いた。
自分と同じ思想を持つ人間の君と話をしてみたかった。私と君は良き協力者になれるだろう」
(同じ思想・・・?)
思ってもみない言葉だ。鬼神が自分と同じく種族間の溝を無くしたいと思っているということだろうか。
「だが、その前に君に知ってもらわなくてはならないことがある。・・・鬼という存在について」
「鬼、ですか・・・?」
「君は鬼という存在に疑問を持ったことはないかい?鬼はなぜ人間の中から番を求めるのか。なぜ鬼は同じ種族同士で種を残さないのか」
「え・・」
考えたこともない。
鬼は番を求める、それは世の理と思っているからだ。普通に生きているなかで疑問に感じない。それが当たり前だと思ってしまっていれば、疑問を抱くことはない。
(鬼は、同族で子孫を残すことができるの?)
鬼は番以外の人間とも子孫を残すことができる。けれど鬼と子孫を残せるなんて聞いたことがない。
―――いや、本来であれば同じ種族で子孫を残せないはずがないんだ。
「鬼はね、同族で子孫を残すことを禁忌としているんだ」
「・・・・それは、なぜですか?」
少しだけ声が震えた。その先の答えは果たして私が知っても良いものなのだろうか。けれど玻璃は気にすることなく、まるで誘うように言葉を続けた。
「その答えを見せよう。私が、鬼の始祖であり鬼神と呼ばれる意味もね」
そう言って彼は頭巾に手をかけた。頭巾を外していく姿に目が離せない。
(・・・・・鬼、だ・・・)
いや、厳密に言えば私の知っている鬼じゃない。まるで怖い昔ばなしとして語られる鬼のようなのに、まったく違うともいえる。額から伸びた白い2本の角。穢れのない真っ白な髪。赤と黒の左右で色の違う瞳。鬼神と呼ばれるのにふさわしい畏怖と尊敬を感じさせる姿。
(・・・・怖い)
最初にその姿を目にして感じたのは恐怖だった。人は本当に美しいものを見ると恐怖を感じるらしい。驚いて声がでない私の姿を見て彼は小さく笑った。
「驚かせてしまったね。」
(・・・・あれ?)
素顔が見えるようになったことで、違和感を感じた。
「君は私の姿を見てどう思う?」
玻璃は穏やかな口調のまま問う。色の違う瞳が私をじっと見つめている。
「・・・それは・・正直に言って・・・怖いと感じました」
恐らくここで建前など求められていない。その証拠に鬼神は反応を確かめるような視線で私のことを見ている。
「そうだね。それが人間として正しい反応だ。正直に答えてくれた礼に1つ良いことを教えてあげよう。」
私の答えに満足したらしい玻璃の形のいい唇が弧を描いた。
「鬼という存在はね、私とは全く違う生き物だ。なにせ私が作り出した存在だからね。」
「え・・・?」
(作り出した・・・?)
言われた言葉の意味が分からない。これまでの会話もそうだ。自分の常識と理解の範囲を超えていて言われた言葉がずっと頭の中でぐるぐると回っている。
「私と君は全く正反対の存在だと思わないかい?」
鬼神は変わらず穏やかに言った。見た目だけなら私だけじゃない、この世のほとんどの人間が当てはまる。それをわざわざ私、と指定した。
「正反対なのに、同じ望みを持っている。不思議だと思わないかい?だからこそ私は君に興味がある。望む未来のために君に協力してほしいんだ。」
「協力、ですか?」
「難しいことではない。たまにこうして私と話しをしてくれるだけでいい」
私を見つめる色の違う瞳からは何を考えているのかわからない。同じ望みとは人間と鬼の共存。種族の溝を無くすこと。けれど本当にそうなのだろうか。
(それを言うなら、どうして私を正反対の存在と呼ぶんだろう。)
私と目の前の鬼神の存在は確かに全く違う存在だ。けれど自分と考えを同じくする者同士ならきっとそうは呼ばないのではないだろうか。それとも、そう呼ぶ理由があるのだろうか。それを理解できるほど、私は玻璃という存在のことを知らない。けれどこれまでの会話のなかで確かに違和感を感じている。答えをだせるほどではない、もう少しで違和感の正体に手が届きそうなもどかしさがある。けれどそれは唐突に打ち切られた。
「さて、楽しい時間の続きはまた次回の楽しみにしておこう。」
「え?」
「今日は見知らぬ地で初めて会う者も多かった。私と話していて自分でも思っている以上に疲れているはずだからね。」
鬼神はテーブルの上に置かれていた鈴を持つとちりん、と静かに鳴らした。涼やかな音が庭園に響くとどこからか再び琥珀が姿を現した。
「次回また会うときまでに考えてみてほしい。私が鬼という生き物を作り出した意味を。また会えるときを楽しみにしているよ。」
鬼神は穏やかに、何てことないように言う。それはまるで宿題の答えを見てあげるとでもいうような気軽さだった。
読んでいただきありがとうございます。




