北家の当主と鬼神
司樹のエスコートで向かったのは不思議な部屋だった。
中央の円卓を囲むようにして椅子が配置されており、部屋の奥には薄布がかけられている。
到着したのはどうやら私たちが最後らしい。
真綿と伊織、涙の他に見知らぬ男性が立っているのが見えた。
(この方が、北家の当主・・。)
存在感のある男性だった。
腰まである緑がかった黒髪を組紐で1つに結わえており、身長は司樹よりも高い。
日本画のような静かな美しさなのにどこか浮世離れして見えるのは腰に下げられた色とりどりのおもちゃのせいだろう。
(・・・風車に水風船、おはじき?)
ちぐはぐ具合に思わず見つめていると深緑色の目と目が合った。
男性は無表情のまま静かにこちらにへと歩いてくる。
(じっと見てたから失礼だったかな・・)
先ほどの涙のこともあり、緊張していると男性は背をかがめて私の顔をのぞき込みすっと風車を目の前に差し出した。
「欲しいのか?」
「え・・・?」
予想外の行動に思わずぽかんとしてしまう。
唖然としたまま言葉が出ない私に代わり、答えたのは司樹だった。
「琥珀、彼女は子供じゃない。成人している。」
「・・・そうか。」
琥珀と呼ばれた男性は少し残念そうに風車を腰に差し直した。
(あれは子供に渡すためのものだったの?)
司樹も驚いた様子はない。
このやりとりは珍しくないものなのだろうか。
「朝陽。紹介するよ。彼は北家の当主、黒沢琥珀だ。
琥珀。この人が俺の番だ。」
「初めまして。久世朝陽です。」
「・・・そうか、君が。
私は北家の当主をしている、黒沢琥珀という。」
「琥珀は俺たち当主の中でも最年長の鬼なんだ。」
「そうなんですね。」
琥珀は最年長にふさわしい貫禄を持ちながらふんわりとした穏やかさもある不思議な鬼だ。
「あぁ。幼い頃の司樹の面倒を見ていたこともある。
といっても、お前は小さなころからとても物静かで手がかからなかったがね。」
琥珀はその頃のことを思いだしたかのように小さく微笑んだ。
「面倒を見るって・・・あなたは縁側で遊んでいる俺たちを眺めながら茶を飲んでいただけでしょう。」
「そんなことはないさ。
涙のおむつを替えたこともある。」
「そこっ!!余計な昔ばなしをするんじゃないっ!!
もうすぐあの方の到着なんだから席につけ!」
離れていても声はしっかり聞こえていたのだろう。
涙は少し顔を赤くしながら怒鳴っている。
「おや、怒られてしまったな。
では、また後ほど。」
琥珀はゆったりとした動作で自分の席に向かう。
「俺たちも行こう。」
司樹のエスコートで自分たちの席へと向かった。
横目で見渡すと真綿の隣には伊織が座っている。
一方で涙と琥珀の隣に番の姿はなかった。
「皆、待たせたね。」
全員がそれぞれの席につくとと室内に凛とした声が響いた。
それだけで場の空気が一気に変わる。
声に合わせて皆が立ち上がった。
司樹に手を添えられて私も同じように立ち上がる。
その一声だけでこれまでの少し砕けたような雰囲気から一気に厳粛なものへと変わる。
部屋の奥、幾重にも重なった薄布の向こうから誰かが歩いてきた。
(・・・この方が、鬼神。)
顔を隠すように頭から白い頭巾をかぶっている。
声と体格からして恐らく男性のようだった。
鬼神と呼ばれるほどだから、高齢の鬼を想像していたがその声は思っていたよりもかなり若い。背もすらりとしていて凛とした佇まいにこちらの背筋が伸びる。
「東家当主 青水稀龍ここに。」
「西家当主 虎頭白夜ここに。」
「南家当主 雀ヶ野真朱ここに。」
「北家当主 朽縄黎亀ここに。」
鬼神が円卓についたのを合図にそれぞれの当主が胸に手を当てまるで臣下のように挨拶をする。
それはまるで神聖な儀式の一幕のようだ。
「今日は私の呼びかけに集まってくれてありがとう。どうか楽にしてくれ。」
鬼神の呼びかけで全員が椅子に腰かける。
「初めまして。君が東家当主の番だね。」
全員の顔を見まわすように顔を向けた鬼神がこちらを向いた。
頭巾に隠れているはずなのにはっきりと視線を感じる。
こちらを気遣うような穏やかな口調だけれど、緊張感は拭えなかった。
「は、はい。久世朝陽と申します。」
「私の名は玻璃。
皆には鬼神、と呼ばれる存在だ。
私は君を歓迎するよ。」
「玻璃様っ!このような下等な人間に過分なお言葉は必要ありません。」
鬼神の言葉に声を上げたのは涙だった。
涙は私をじっと睨みつける。
それを止めたのは鬼神だった。
「涙。」
先ほどよりも少し低い声。
それだけで一気に空気が冷え込んだのがわかった。
「番は鬼にとってとても大切な存在だ。それは君も理解しているはず。」
「ですがっ―—」
「私は彼女を歓迎する、と言ったはずだ。
私の言葉に逆らうのかい?」
自分に向けられているわけではない言葉と空気なのに本能的に身体が固くなる。
重苦しい空気に飲まれそうになったとき、ふと手に温かい感触が触れた。
(・・司樹)
膝に握りこんだ私の手を司樹の大きな手が包み込んでいた。
その温かさにほっと少し息をついた。
「も、申し訳ございません。
出過ぎたことを申しました・・。」
「わかってくれればいいんだ。東家の当主が番と認めている時点で彼女はすでに我々の同族。
それを忘れないようにね、涙。」
「はっ。かしこまりました。」
先ほどまでの威勢を無くした涙は恭しく頭をさげた。
鬼神の視線は再び私へと向いた。
「すまないね。涙の無礼を許してほしい。」
「いえ、そんな・・」
「涙にも言ったように、君はもう我々の同族だ。
何かあれば司樹だけじゃなく、私のことも頼ってほしい。」
さっきまでの様子をみてもとても気軽に頼れる相手ではない。
「ありがとうございます。」
畏れ多いその厚意に内心で気持ちだけ受け取っておくことにした。
おそらく鬼の頂点にたつ存在を頼ることなどないだろう。
「それから、今日皆を呼んだのは東家当主の番の披露目だけじゃない。
君たちの耳にも入っているとは思うが、各地で相次いでいる番誘拐事件についてだ。」
(番誘拐事件?)
聞いたことのない事件だった。
けれど当主たちは把握しているのか、皆驚く様子はない。
「鬼神として四家の当主に命を下す。協力して事件にあたり早急な解決に努めるように。」
「「「「御意に。」」」」
静かで固い鬼の結束。
そしてその存在すら知りえなかった鬼の頂点である鬼神という存在。
見たことのない世界に踏み入れたことを身をもって実感した。
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