2人のはじまり
「はぁっはあっ・・っ」
暗い夜道を走り抜ける。
「はぁっ・・どうして?」
人がいない。
助けを求めようにも人の声もしない。
自分の呼吸と鼓動の音がうるさいくらいに響いてる。
肺が痛い。足にも力が入らなくてもう走れない。
近くの茂みに身を隠す。
どうか見つかりませんようにと膝を抱えて小さくうずくまり祈るように手を握る。
「暁翔・・助けて・・・」
名前を呼ぶのは自分の愛しい鬼。
どうして、こんなときに。
たまたまあの鬼と離れてしまった、こんなときに。
ふと視線を感じた。
背後からじゃない。
まるで自分を見下ろすような鋭い視線。
ハッとして見上げたその顔は月明かりを背にしていてよく見えない。
「・・・・あなた、誰なの・・?」
震えた問いかけに答える声はないままどさりと音だけが響いた。
女性の呻き声を最後に辺りは静寂につつまれる。
月明かりに照らされた明るい夜。
1つの人影は地面に倒れた影を引きずって消えて行った。
**********
私は変わらずにこの明星学院のカウンセラーとして勤めていた。
変わったここといえば、毎週カウンセリングに訪れていた彼が来なくなったことと
「朝陽、お疲れ様。今日はもう上がりだろう。一緒に帰ろう。」
仕事のある日は毎日彼、私の鬼である一条司樹が迎えに来てくれるようになったことだ。まるで見ていたかのようにタイミングまでばっちりだ。
「ここのところ毎日カウンセリングを受ける生徒が絶えないみたいだけれど疲れていない?」
「私が当主の番だということが知られていて、物珍しいからよ。
いずれ落ち着くわ。」
入学式で当主として顔を見せた司樹は見事に女子生徒の心を奪っていったらしい。
若く美しき鬼の当主。
高嶺の花が毎日女性を送り迎えしていれば注目されるのも必然で私が彼の番だということもあっという間に広まった。
おかげで恋愛相談室と化したカウンセリングルームは毎日大盛況だ。
鬼の番になりたい女子生徒の相談にのる毎日に変わってしまっていた。
「私よりも司樹の方が大変でしょう?」
「俺は問題ないよ。学院の仕事は部下に一任しているし、当主の仕事だけしていればいい。」
司樹はなんてことないように言っているが東部を治める当主だ。
楽なわけがない。
それでも、こうして2人で過ごす時間を作ってくれていることに申し訳なさを感じつつ嬉しくもある。
「無理はしないでね。」
「番のためにできる苦労なら喜んで。」
なんてことない会話をしながら2人で並んで歩く。
職員寮にある私たちの家へと。
事の発端は司樹の提案だ。
番と離れたくない鬼の習性からか、司樹は恋人同士になって早々に同棲を提案した。
いきなり同棲なんてハードルが高い。
そう言って断った私に司樹はこう言って笑った。
「それならルームシェアはどう?」
物は言いようだ。
あの時それならまぁ・・考えておくと言葉を濁して誤魔化した自分を止めたい。
次の日、仕事を終えて職員寮の自分の部屋に帰るともぬけの殻になっていた。
まるで夜逃げをした後のように。
言葉を失って立ち尽くしていた私を出迎えた司樹は、職員寮の最上階へと連れて行った。
最上階すべてを使った一部屋は、司樹の住んでいる部屋だった。
そして当然のように私の荷物もそこへ運び込まれていた。
白状してしまうとルームシェアは思っていたよりも快適だった。
お互いの部屋は分かれているし、何かあれば鍵だってかけられる。
何より司樹は私に尽くしてくれるのだ。
朝目が覚めると温かい食事が用意されているし
部屋はいつも綺麗に整えられている。
私が家事をしようと思っても断られてしまう。
鬼にとっては番の世話を焼くこともまた幸せらしい。
人を雇って身の回りのことをしないのかと尋ねて
『1人ならそうしていたけど、朝陽との生活に他人を入れたくないんだ。』
と言われたときは返す言葉がなかった。
手早く夕食を作る。
普段は司樹が作ってくれるのだけれど今日は仕事が終わらないらしい。
外食を提案されたけれどいつものお礼にと今日は私が腕を振るう。
「よし、できた。」
司樹には及ばないけれどそこそこ美味しくできたはずだ。
テーブルに出来上がったばかりの料理を並べる。
司樹はまだ、自室から出てきていなかった。
「司樹。御飯ができたよ。」
司樹の部屋の扉をノックする。
けれど一向に返事がない。
「司樹?入るよ?」
呼びかけても返事がない。寝ているのだろうか。
悪いと思いながらもそっと扉を開けた。
「わ・・」
部屋の内装に思わず声が漏れた。
青と黒に統一された内装。
部屋に大きな水槽が配置されているだけじゃない、壁にも水が流れる仕組みになっていて部屋に静かに水の流れる音が響いている。思わず深呼吸をしたくなるような、落ち着く部屋だ。
奥へと歩いていくとソファに横になったまま目を閉じる司樹がいた。
仕事をしている最中に寝てしまったのだろう、テーブルには書類が山積みだ。
疲れているのだろうか、近づいてそっと顔をのぞき込んでも起きる気配はない。
(綺麗な寝顔。こんなに気持ちよさそうに寝ているなら起こすのはかわいそうね。)
晩御飯は冷蔵庫に入れておけばいい。
起こすのはやめて興味の惹かれるまま、司樹の部屋を見て周る。
(水が好きなのかな。)
ベットサイドにも小さなラバランプが置かれている。
ふと壁側の戸棚を見て、首を傾げた。
「・・・・これは、小瓶?」
戸棚には小さな瓶が数多く並べられている。
(薬?・・・その割には何も書かれてない・・・)
不思議に思いながら戸棚を開けて小瓶を手に取る。
何の変哲もない小さな小瓶に透明な液体が入っている。
他の全ての小瓶の中身も透明な液体だ。
(全部同じものが入ってるのかな・・?)
首を傾げながら小瓶を傾けて眺める。
「おはよう。」
「ひっ!」
耳元で聞こえた少し掠れた声に身体が跳ねて思わず手が滑った。
「おっと。」
落とした小瓶を司樹がキャッチする。
割れてしまわなかったことにほっとした。
「あ、ごめんなさい。勝手に部屋に入って見たりして。」
「朝陽なら構わない。好きなときに、好きなだけ見ていて。」
司樹は手にした小瓶をそっと戸棚に戻した。
まるで大切なものをあつかうように。
「それ、大事なものなのよね。ごめんなさい。」
「謝らないで。大切なのはたしかなんだけど、ほんとにあなたならいいんだ。
それより、俺を呼びにきてくれたんじゃないの?」
「食事ができたから呼びに来たの。」
「そうか。ありがとう。朝陽が作ってくれる食事なんて夢みたいだ。」
「大げさよ。それに、味は期待に応えられないかも・・。」
私たちの関係は変わった。
カウンセラーと生徒という関係性から、一応恋人という関係に。
それでも始まったばかりの恋人関係に戸惑いながらも歩き始めたばかりだ。
読んでいただきありがとうございます。




