弐ノ其
東京都江東区亀戸──深夜。
亀戸中央公園Cブロックに五柱神最後の『天人』とオモイカネが立っていた。周囲にはエソラムが多数いる。
「ガーゴイル隊はEs討伐に専念して下さい。そして、草薙君は『天人』をお願い」
珍しく、茜が指示を出した。それに驚く皆を前に茜は、
「オモイカネは、私がどうしても倒したいの。みんなには申し訳ないけど、ここは私の我儘に付き合って」
そう、茜はコインデック戦での苦い思いをここで晴らしたかったのだ。あの時、自分が不甲斐ないせいで鍵を奪われた。その雪辱を晴らすのは今しかないと思っていた。
「判ったよ。俺は『天人』とサシでやればいいんだね?」
「ガーゴイル隊、了解。これよりEs討伐の任にあたります」
茜の指示に誰も文句は言わなかった。むしろ、それが当たり前の様に皆がそれぞれの任務に就こうとしていた。
「みんな…有難う」と、茜はぽつりと呟くも皆は何も言わずに右拳を上げて、
「ガーゴイル隊、散開!」
「よっしゃぁっ! いっちょ戦りますか!」
と、それぞれ散っていった。
皆が戦っている最中、加賀は総武線の高架下で高架橋の一つをじっと見詰めていた
アマテラスのセンサーを最大出力させてその支柱を睨む様に眺めると、そこには一枚の板が埋まっているのが判る。
それは今迄の紛い物と違い、うっすらとではあるが光り輝いているのが”本物”の証だった。
「オモイカネの言っていた通りだな」
そう呟くと、アマテラスの鉤爪が容赦なく柱を抉った。そして、その”本物”を掴み取るとそれには龍のレリーフが施されていた。
「これが,青龍門の鍵…」
これで、加賀の手元には四枚の鍵が全て揃った事になる。
「フッ…フハハ…フハハハハハッ!」
勝った。
これで、コインデックはおろか東京中、否、日本中が我が手中となった。
「オモイカネ、アメノホヒ、後は任せた! 俺はこれから高天原を動かしに行ってくる!」
「何っ⁉」
その言葉を聞いた正義達は足を止めた。
「くそっ、加賀にしてやられたのか!」
長野がエソラムを葬りながら叫んだ。正義も然り、叫びこそしなかったものの苦虫を噛み潰す勢いだった。
慌てて加賀を追おうとするが時すでに遅し、正義が後もう少しという所で歪界域の中に沈まれてしまった。
「何てこった! これじゃ敗北したも同じじゃねぇかっ!」
正義は地面に膝を着けると右の拳を振り上げ地面に叩き付けた。
だが、そんな状態でも意に介さず戦闘を続けている者がいた──茜だった。
ジェムウィップを伸ばしてオモイカネを捉えようにも、又しても分身攻撃でかわされてしまう。それを見越してテレジェムを全開放させるも、そのどれもが次々と消えていく。これでは、前回の敗北と同じ戦いになってしまう。
しかし、あの時はまだミタマだった。ツクヨミとなった今なら、オモイカネを仕留められる。これは予測なんかじゃない、確信だ。
再びオモイカネが六体に分身した。しかし、茜は分身に攻撃を仕掛けなかった。
分身は全部偽物だ、本物は何処か別の場所にいる筈。そう思うと、茜は宝玉を全開放させその全てを高速回転させた。電磁を帯びた宝玉はバチバチと音を立てて回転している。やがてその磁場は一つの雷となって、分身を無視した状態で明後日の方向へと舞った。
「そこね!」
何もない空間に被雷すると、そこには透明化していたオモイカネが痺れた状態で姿を現した。
《何故我ノ存在ニ気付イタ》
「もう、あの時の私だと思わないで。ツクヨミになった今なら貴方を倒せる!」
《ナラバ、我モ本気ヲ出ストシヨウ》
そう言うと、オモイカネは又しても分身を出した。しかし、それ迄と違うのは全員がブレードを展開させていた事だ。
《今迄ノ影分身トハ違ウ、今度ハ全テ本物ゾ》
分身が一斉に攻撃を仕掛けてくる。茜は、一旦様子を見ようと敢えて反撃せずにいた。
ブレード自体は切れ味こそ悪かったものの、ツクヨミに打撃を与える事で怯ますには十分だった。しかし、打撃程度では圧し負ける事はないと悟った茜は、ジェムウィップをしならせると次々と襲ってくるオモイカネ相手に鞭の様に叩き付けていった。
だが、多勢に無勢とはこの事でいくら鞭打っても次々とオモイカネが打撃を喰らわしていくのは流石に厳しいものがあった。
「それなら!」
今度は宝玉を全開放させ、再び雷撃で一体ずつ攻撃を仕掛けた。今度の攻撃は効果的で、一体に集中させる事で動きを止める事が出来た。とはいえ、一体一体に時間を割いてはいずれ自分の方が不利になるだろう。ならば、威力は劣るが全宝玉から雷撃を落とした方が効果的なのでは、と今度はテレジェムを広範囲に展開させた。それでも、その効果は抜群で全てのオモイカネを痺れさせ動きを止めるのには十分だった。
「よし、これなら!」
雷の膜を纏わせた状態で宝玉を高速回転させ、それをオモイカネにぶつけていく。宝玉が当たった分身達は次々と体を真っ二つに切り裂かれ消滅していった。だが、オモイカネ本体は両手で無理矢理宝玉を受け止めようと必死だった。
こうなれば、後はツクヨミの一人相撲だ。残る全てのテレジェムをオモイカネにぶつけ、その外装を徐々に削り落としていく。
《マサカ、主ニソノ様ナ力ガアッタトハ》
「貴方に受けた屈辱、今ここで晴らさせてもらう!」
全ての宝玉がオモイカネを貫き、『天人』オモイカネはその場で金切り声を上げて四散した。
「やった…オモイカネを倒せた!」
喜びの余り正義の所へ向かおうとして──ツクヨミが突如ぱっくりと割れた。
「え?」
ツクヨミが茜から剥がれ落ちる様に割れたかと思うと、それはタマハガネの状態に戻ってしまった。
「ツクヨミ? どう言う事なの?」
《汝ハ我ニ嘘ヲツイタ》
タマハガネになったツクヨミに「嘘」と言われ、茜は混乱した。
「嘘って何? 私は──」
《汝ハ我ニ「安寧秩序ヲ守ル為ニ力ハ必要」ト語ッタ》
「それは間違いなく──」
茜は続け様に言葉を遮られてしまうが、ツクヨミは彼女に容赦なく、
《ダガ、汝ノ本来ノ目的ハオモイカネヲ仕留メル為ノ力ガ必要ダッタノダロウ?》
「それは…」
痛い所を突かれた。
確かに、彼女はオモイカネに固執していた。それだからツクヨミにそこを突かれてしまっては反論すら出来やしなかった。
《我ガ望ム物ハ安寧秩序。ソレ以外ニ何も必要ハナイ。マシテヤ力ナンゾ以テノ外ナリヤ。汝ノ嘘ニ付キ合ウ義理ナゾナイ》
「…」
何も言い返せなかった。
力を求める余り強引に話を進めた事実。それをツクヨミが”嘘”と感じた所であながち間違いではないのも又事実だ。これ以上ツクヨミに対して何を言っても通用はしない。
「曲木さん? どうしたんですか、ツクヨミ解除なんかしちゃって」
恐らくアメノホヒを倒してきたんだろう正義が、茜の元へとやってきた。
「草薙君、どうしよう…私、ツクヨミに拒絶されちゃった…」
そう呟くと、茜は絶望の余り膝を落として涙を流した。




